和を以て貴しと為す
ある町の近くには、迷宮がありました。
奥には沢山の財宝が眠ると噂されるその迷宮には、二つの種族が長い間挑んでいます。
一つはネコ族という、とても素早い種族です。財宝の中でも、特に小判には目がありません。
一つはブタ族という、とても力強い種族です。財宝の中でも、特に真珠には目がありません。
二つの種族は仲が悪く、協力するなどとても思い付きません。
ある日のことです。ネコ族たちはブタ族たちの見る前で、道をふさぐ深い穴を飛び越えて進みました。ブタ族に真似できることではありません。ブタ族は悔しがって、別の道を探しに行きます。
けれど、深い穴の先には重い石があり、ネコ族に持ち上げることはできません。ネコ族は悔しがって、別の道を探しに行きます。
ある日のことです。ブタ族たちはネコ族たちの見る前で、道をふさぐ重い石を持ち上げて進みました。ネコ族に真似できることではありません。ネコ族は悔しがって、別の道を探しに行きます。
けれど、重い石の先には深い穴があり、ブタ族に飛び越えることはできません。ブタ族は悔しがって、別の道を探しに行きます。
そんな風に、意地の悪い迷宮は、ネコ族でもブタ族でも、簡単には進んでいけません。
それでも、二つの種族は仲が悪く、協力するなどとても思い付きません。
さて、町にはある仲の良い家族が暮らしていました。
年を取ったイヌ族の夫婦と、若いネコ族とブタ族の兄弟での家族です。兄弟は、赤ん坊だった頃にイヌ族の夫婦に拾われ、実の子のように大切に育てられました。夫婦を実の親のように思い、それぞれを実の兄弟のように思っています。
イヌ族はとても賢い種族なのですが、迷宮に挑むことがないため、ネコ族からもブタ族からも臆病者と笑われています。兄弟も、臆病者に育てられた臆病な兄弟と笑われています。兄弟は、自分たちが笑われるのは我慢できましたが、夫婦が笑われるのは我慢できません。
とうとう、兄弟は夫婦に言いました。
「父さん、母さん、僕たちは、あの迷宮に挑戦しようと思います」
「それはいけないよ。どんな危ないことがあるかも分からないのだから」
夫婦は兄弟を心配し、強く首を振ります。
「どうか、行かせてください」
夫婦は兄弟の真剣な目に、黙り込んでしまいました。やがて、兄弟が心変わりしないことが分かった夫婦は、仕方なく頷きました。
「少しでも危ないようなら、すぐに戻ってくるんだよ」
心配する夫婦に見送られ、兄弟は迷宮に向かいました。
迷宮の入口に着いた兄弟は頷き合うと、中に入っていきました。
兄弟は見事に息を合わせて進んでいきます。
ネコ族が深い穴を飛び越えれば、協力して橋を渡して、ブタ族が通れるようにしました。
ブタ族が重い石を持ち上げれば、協力して支えを作り、ネコ族が通れるようにしました。
そんな風に、意地の悪い迷宮を、ネコ族とブタ族とで、簡単に進んでいきます。
兄弟はあっという間に、迷宮の奥に到着しました。沢山の財宝が、山のように積み重なっています。
山のような財宝の中から、ネコ族は小判を一枚だけ、ブタ族は真珠を一粒だけもらいました。それと、イヌ族の夫婦のために古めかしい本を一冊だけもらって、家に帰りました。
兄弟の元気な姿を見た夫婦は心の底から安心して笑いました。
「すぐに戻ってきてくれたんだね。お前たちが無事ならそれが一番だよ」
兄弟は顔を見合わせて笑いました。
「迷宮の奥に行くことができました。これは、そのお土産です」
兄弟は驚いている夫婦に本を渡して、小判と真珠を掲げました。
「もっともっと沢山の財宝がありましたけど、これで充分です」
夫婦は顔を見合わせて笑いました。
「後生畏るべしだね。それに、過ぎたるは猶及ばざるが如しだ。本当に、これで充分だよ」
家族はみんなで笑いました。
その後も、仲の良い家族はずっと幸せに暮らしました。
さて、迷宮の奥に着いたという兄弟の話を聞いた、他のネコ族とブタ族もようやく協力を始めました。
協力するとは言っても、本当にはお互いのことを考えていないため、手抜きをしてしまいます。深い穴の橋も、重い石の支えも、途中で崩れてしまい、後回しにされた沢山の若いネコ族とブタ族がいなくなりました。
ネコ族とブタ族は長い時間をかけて、迷宮の奥に到着しました。残ったネコ族もブタ族もすっかり少なくなっています。
山のような財宝に目のくらんだネコ族とブタ族が、それぞれの目当てに駆け寄ります。
今度はネコ族同士が、一枚でも多くの小判を自分のものにしようと、奪い合いを始めました。
今度はブタ族同士が、一粒でも多くの真珠を自分のものにしようと、奪い合いを始めました。
最後には、ネコ族もブタ族も全然残りませんでした。