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TRUE DAWN  作者: 三九
9/18

獣の兄弟――水流る王都――

 朝になりナナエとロディウスが目を覚ますと、ヴォルフは膝を抱えて眠っていた。

 ロディウスと交代で見張り番をしていたはずだが、途中で寝てしまったようだ。


 太陽は大分高い位置まで昇っている。

 仕方なく二人でヴォルフを起こし、次の街を目指して歩き始めた。




「にぃとっ、ナナエっ、一緒っ、うれしっ、たのしっ」


「大体、オレが荷物持ってきてやんなかったらどうしてたんだよ?

 あんだけスパッと出ていった後に、荷物取りに戻るのって無様すぎじゃね?」


 二人の周りをぐるぐる回りながら歌い続けるヴォルフと、昨夜のことに対して文句を言い連ねるナナエと。

 ぎゃいぎゃい騒ぐ二人を相手にしながら、ロディウスは楽しげに笑う。

 実はナナエが来てくれて一番喜んでいるのは、ロディウスなのかもしれない。

 三人は順調に旅を続けた。


 ヴォルフも先日のことで学習したのか、必要以上に街のものに触らなくなったし、何よりロディウスの言い付けを守るようになった。

 そのお陰で、その後は特に何もなく――夜中に影が襲ってきたことが一度だけあったが、概ね順調と言えた。


 ヴェヌスの街を出てから徒歩で五日、三人はようやく王都に入ったのだった。


「ここが王都かぁ。結構賑やかな街だな」


 城壁で囲まれた街に入った途端に人々のざわめきが聞こえてきて、ロディウスは周囲に耳を傾けた。


 行き交う人々の声の中に、「姫様」と「聖誕祭」の言葉が頻繁に出てくる。

 どうやら、水の国の姫君が三日後に誕生日を迎えるらしく、今はその祭りの準備で特に賑わっているようだ。

 ヴォルフが食べ物の匂いにつられて走りださないように、しっかりと外衣の裾を握り締めてから、ロディウスはふと気付いた。

 先程からナナエが喋っていない。


「ナナエ?どうした?」


 振り返って声を掛けると、ナナエはぼんやりと街並みを眺めていたようで、驚いたように視線をロディウスに向けた。


「へっ? あ、何?」


「何じゃなくて。大丈夫か? ぼーっとしてたみたいだが」


 熱でもあるのかと心配するロディウスに、ナナエは慌てて首を振った。


「へ、平気だよ。ぜんぜんへーき。ちょっと、考え事してただけだって」


「そうか? なら、いいんだが……」


 ロディウスはあまり納得していないようだったが、これ以上深く追及するつもりはないようだ。

 三人は王の住まう城へと足を向けた。

 しかしやはり、ナナエの足取りは軽くない。

 ロディウスの言葉につられてここまで来たが、いざ王都に入り王に謁見できると思うと、色々なことが頭を過ぎるのだ。


 本当に王族だったらどうなるのだろう。

 ヴェヌスに戻れるのか。

 それとも城に住むことになるのか。

 王族とはまったく関係ない赤の他人だとしたら、王族を語る詐欺師として打ち首……なんてことはないだろうが。

 もちろんない……と思いたい。


 でも、本当にいきなり連行されたりしたらどうしよう。

 いや、いきなりはないかもしれないけど、素性を調べられて窃盗していたことがばれたりしたら、やはりそれなりの処罰はあるだろうし……


 まてよ、王族が罪を犯したなんて事実が外に漏れるのを防ぐため、なんて言ってやっぱり暗殺されたりとか?


「うっわ、ありそう……」


「ん? 何か言ったか?」


「いやべつに……」


 思わず呟いたナナエの声を耳聡く聞き付けたロディウスが訊ねるが、ナナエは適当にあしらって強引に話を終わらせた。


 あれだけ威勢よく家を出たのに、ここに来て躊躇していることを知られるのは、なんとなく恥ずかしかったのだ。

 城はもう目の前だ。

 今更引き返すことはできないし、それに、


「わあ、でかいな。でかいなー、にぃ。ナナエ、あれ、何だ?」


 一人能天気なヴォルフを見ていると、うじうじ悩んでいる自分が馬鹿らしくなってくる。


(ああもうっ、行くって自分で言ったんだから、悩むのはやめだ! 女は度胸!)


 気合一発、自分の頬を両手でばしっと叩く。


 ロディウスとヴォルフがぎょっとして足を止めるが、ナナエは気にせず歩いていった。




 城の前で暇そうにしている初老の門番に、三人は近付いていった。

 突然近寄ってきた怪しげな三人組を目にして、門番はようやく自分の仕事に取り掛かる。


「何だお前たちは?」


 いかにも胡散臭そうに半眼で睨み付け、しわがれた声で尋ねてくる。

 実際はそんなに歳をとっている訳ではないのだろうが、その声と覇気のない顔のせいで老兵に見えるのだ。

 ロディウスは荷物の中から筒に入った書類を取り出し、門兵に差し出した。


「ヴェヌス領主、サイマスからの紹介状だ。水王ダナンにお目通り願う」


 門兵が受け取った書類には、ヴェヌス領主直筆のサインと紋章があり、偽物ではないことが判る。

 文書に添えられた紹介状には、信頼できる使いを雇ったので、王に直接謁見させてほしいといった内容が書かれていた。


 門兵は改めて三人を見やる。


 乱暴そうな剣士に顔を隠した男に、どうにも落ち着きのないやたら子供っぽい男。


 信頼できる? これが?


 そんな感情がありありと顔に刻まれているのだが、領主直筆の紹介状があるからには、門前払いにする訳にもいかない。

 門兵は取り次ぎをするために、三人をその場に残して門の脇に設置してある伝声管の蓋を開けた。


 しばらくして、城の中から使用人と思しき男が出てきた。

 彼は書状を預かると、また城の中に戻っていく。

 これから上の役職の人間に話を通して、色々面倒な手続きをして、王に謁見できるのはそれからになるだろう。

 急な訪問ではそれも仕方ないだろうが、ロディウスたち三人は、目的地を前にして暇を持て余すことになった。


 結局その日は時間がとれないということで、明日の朝改めて謁見することになった。

 かなり緊張して覚悟を決めて行ったのに、これでは拍子抜けだ。


(こんなことなら、もっと観光とかしとけば良かった)


 あの後結構待たされて、返事を貰う頃には日が傾き始めていた。

 宿を取るのもかなり苦労した。


 何しろお姫様のお誕生パーティー――こう言うとものすごく安っぽく聞こえるが――に集まった観光客やら記者やらが、王宮付近の宿をほとんど占領していて、ナナエたちは町外れの方まで空いている宿を探し歩いたのだ。


 すっかり日も暮れてしまい、王都の見物などできやしない。

 宿探しとヴォルフのお守りをロディウスに任せて、自分一人だけ観光に行くというのも気が引けた。

 一応、道案内役なのだし。


 ナナエはベッドの上で寝返りを打った。

 衝立を挟んで向こう側には、ロディウスとヴォルフが眠っている。


 実はここ、二人部屋なのだ。

 やっと空いている宿を見付けたのは良いのだが、生憎二人部屋が一つしかないと言われてしまったため、仕方なく同じ部屋で眠ることになったのである。

 ロディウスは当然のようにベッドをナナエに譲り、ヴォルフと一緒に床の上だ。


 そう、この部屋にベッドは一つしかない。

 よりによってシングル二つではなく、ダブルベッドの部屋だったのだ。

 流石にナナエも遠慮したのだが、ロディウス曰く、

「元々山の中に住んでたんだぜ? ベッドより硬い床の上の方が落ち着くってもんだ」

 だそうだ。

 その証拠に、衝立の向こうに消えてから、ものの五分と経たずに寝息が聞こえてきた。

 かくてナナエは広いベッドを一人で占領した訳だが……


(落ち着かねー……)


 こんな広いベッドで眠ったことなどなかったため、中々寝付けないでいた。


 寝るときは、狭いベッドで縮こまって寝るのが普通だったので、両手を広げられるスペースがあると、なんだか心許ない。

 眠れないままに何度か寝返りを打っている間に、東の空が白んできた。

 結局、ナナエが眠れたのは、明け方の二時間程度だった。




「ふわぁぁぁぁぅ……」


 盛大な欠伸をしつつ、ナナエは再び城に向かっていた。

 その後ろを歩くロディウスとヴォルフは、そっくりな仕草で首を傾げる。


「何だ? よく眠れなかったのか?」


「ナナエ、眠いか? 起きたのに」


 涙の浮かんだ赤い目をこすりながら、ナナエはかくんと頷いた。


「んあー……なんか落ち着かなくて眠れなかったんだよ……」


 ナナエのその言葉を聞いて、何やら思うことでもあったらしく、ロディウスはにやにや笑いながらナナエの肩に腕を回した。

 急に肩を組んできたロディウスに驚き、ナナエは眠そうな目で彼を見上げる。


「そうだな、いくらナナエが男っぽくても女の子だもんな。男二人と相部屋なんて、気が気じゃなかったんだろ?」


「……は?」


 突拍子もない台詞に、ナナエの目は点になる。

 ロディウスの顔は、口の端が意地悪そうに吊り上がっていた。


「大丈夫だって。ナナエは夜這いされる程女らしくないから」


 ぶちっと。ナナエの中で何かが切れる音がした。


「てめーはいっぺん死んでこいっ!」


 ナナエの怒りの一撃は、華麗にロディウスの鳩尾にめり込んだ。

 ロディウスは殴られた腹を押さえて蹲ったが、すぐに立ち上がり何事もなかったかのようにナナエの後ろを歩きだす。


 びっくりしたヴォルフがおろおろしながらロディウスの周りを歩き回るが、軽く頭を撫でられると安心したように横に並んだ。


 ナナエは内心驚いていた。

 渾身の力を込めて殴ったのに、奴はまったく堪えていないようだ。

 獣人と人間の筋力差を思い知らされた気分だ。なんだか腹が立つ。

 つまるところ奴は、ナナエなど怒らせても痛くも痒くもないから、安心してからかってきやがるのだ。


(うっわぁ、ムカつく――!)


 いつか絶対ぎゃふんと言わせてやる。

 ナナエはそう心に誓って拳を握り締めた。




 最初に来たときは随分待たされた門も、今回はあっさり通された。

 城の中など入ったことのないナナエとヴォルフは、物珍しそうに周囲に目を向ける。

 ロディウスだけは堂々と前を向いているが、これは彼が、物を見るという行為ができないからである。


 三人が案内された部屋は謁見室ではなく、来賓用の客間だった。

 ここに来るまでにも何人かすれ違ったが、二日後の姫君の聖誕祭に、国内からだけでなく各国からも祝辞を述べに客が来ているようだ。

 水の国ではあまり見かけない服を着た、いかにも貴族風の男とすれ違ったときに、そのことに気付いた。


 部屋で待つこと数十分。 ようやく扉がノックされた。

 国王も執務で忙しいのは解るが、この待ち時間の長さはどうにかならないものか。

 待ち時間が長いから、客室に通されたのかと思うくらいだ。


「はぁい、今行きますよー」


 ナナエが答えてドアを開けようとしたときだ。

 向こうからドアを開けて中に入ってきた。

 だがそれは、ナナエたちを呼びに来た使用人ではなかった。

 ドアを開けたのは使用人だが、中に入ってきたのは良質な絹の礼服を纏った、いかにも身分の高そうな壮年の男性だ。


 ナナエと同じ明るい茶の髪と口髭。

 目の色は青かったが、かすかに漂う水の精霊の気配を感じ、瞬時に彼が何者なのか理解できた。


「こ……国王陛下……」


 ナナエの呟きを耳にして、暇を持て余したヴォルフの遊び相手をしていたロディウスも席を立つ。


 客室に通されたことも変だと思ったが、国王が直々に客の部屋を訪問するなど、更に異例だ。

 どういうことかと狼狽えている間に、王は身を屈めてナナエの顔を覗き込んだ。


 そのままたっぷり数十秒の時が流れる。


 流石にナナエが耐えきれなくなった頃、王はやおら大きく頷いてナナエから視線を外した。


「ああ、間違いない。私の娘だ。ロディウス、ご苦労だったな」


「いや、これも仕事だからな」


 ナナエは弾かれたように振り向く。

 ロディウスと国王が知り合いらしいことも驚いたが、何よりロディウスの言葉が信じられなかった。


 今、何て言った? 仕事? 何が?


「ロディウス……仕事って、領主からの預かり物を運ぶんだよな。え……お前、王様と知り合いだったのか……?」


 狼狽してうまく言葉が出てこない。

 ナナエは困惑して、何度もロディウスと国王を見た。


 ロディウスと国王が知り合いなのだとしたら、ロディウスは王都の場所も城の場所も知っていたはずではないのか?

 ならば何故、ナナエに道案内など頼んだのだ?


 そんなこと、考えるまでもない。

 ナナエを、ここに連れてきたかったからだ。


「騙したのか!?」


 ロディウスの真意に気付いたナナエの顔は、怒っているようにも見える。

 しかしロディウスにはその表情は見えないし、ナナエ自身も、この気持ちが怒りなのかもっと他の感情なのか、解らなかった。


「騙した? 王都に行くと言ったのは、ナナエだろう?」


 ロディウスの方は、口許にだけわずかに笑みを浮かべていた。

 いったい何を思っているのか解らないくらいに抑揚のない声で、ナナエの言葉に応答している。

 ナナエは、それが許せなかった。


 一人で悩んでいたときに道を指し示してくれたのは、ナナエを王都まで連れてくるための演技だったとでも言うのか。


「嘘ついてたのは変わらないだろ! 何だよ……なんで……っ」


 言葉が上手く出てこなくなって、ナナエは唇を噛み締めた。

 国王は使用人に、ナナエを奥の部屋に連れていくように命じる。

 黙り込んだナナエは、抵抗することもなく、女中に連れられて部屋を出ていった。


「いいのか? にぃ、寂しくないか?」


 兄の背後にくっついて事態を傍観していたヴォルフは、声を潜めて囁く。

 あまり賢くはないはずの弟の、いやに核心をついた問いに、兄はただ静かに頷いた。


「いいんだよ。これ以上、ナナエを巻き込みたくないからな」




「う〜ん……」


 ナナエは一人で豪奢な部屋の中にいた。

 王がナナエのために用意させた部屋だ。


 ここまで案内してきた女中からは、何も説明がなかったため、ナナエには想像することしかできない。


 ロディウスは恐らく、ナナエが領主の屋敷を出た後に、サイマスから頼まれたのだろう。

 無理矢理連れていくのではなく、ナナエの意思で王都に行くように仕向けたのは、その方が任務を遂行しやすかったから。


 いくら何でも、嫌がる人間を無理矢理連れていくのは骨が折れる。

 途中で逃げ出すかもしれないので、常に見張っていなければならないからだ。

 道案内を頼むなどと言ってナナエと行動を共にしたのは、途中で気が変わって逃げ出さないようにするため。

 大方そんなところだろう。


 国王には、早馬か何かで先に知らせが届いていたのかもしれない。

 だからいきなり、客室にいるナナエを訪ねてきたのだ。


 ナナエの想像は大体辻褄が合うのだが、一つだけ納得できないことがある。


(あの街で、オレが追い掛けてこなかったら、どうするつもりだったんだろう)


 ヴォルフが騒ぎを起こした、あの街のことだ。

 あのときロディウスは、王都に連れていかなければならないはずの、ナナエの手を取らなかった。


 結局、ナナエの方からロディウスにくっついてくる形になったのだが、あのときナナエが、ロディウスと共に行くことを諦めて引き返していたら、目的は達成されないことになる。

 そこだけが腑に落ちなくて、ナナエは部屋の隅に蹲って唸っていたのだ。


 広い部屋では落ち着かない。

 これ以上考えても答えが解る訳でもなし、これからどうなるのかも解らない。

 考え込んでいても仕方がないと、ナナエが立ち上がったそのとき、部屋の扉を叩く音がした。


 ナナエが返事をするのも待ちきれなかったのか、勝手に扉を開けて中に入ってきた女性がいた。

 その女性はナナエを見た途端に、目に涙を浮かべて駆け寄ってくる。


「ああ、アイリス! 本当にアイリスなのね!」


 ナナエとは似ても似つかない黄金の髪に白い肌、しかし瞳だけはナナエと同じ琥珀の色で。


 この貴婦人が誰なのか、ナナエにはすぐに解った。

 頭では解ったのだが、心が解ろうとしていない。


(……母さんなんて呼べないよ……オレの母さんは、マリー先生だけだ)


 水の国の王妃メリルは、ナナエの髪を撫で、顔を見つめ、抱き締めてくる。

 温もりを感じるはずの彼女の暖かさが、どこか遠く感じられた。


「あ……あのっ」


 ナナエはなんとか王妃の身体を引き剥がした。

 メリルはやっと再会できた我が子を、もっと抱き締めていたいのだろう。

 その手はしっかりとナナエの肩を掴んで離さなかった。


「どうしたのアイリス? どこか具合でも悪いの?」


 メリルが心配そうに訊いてくるが、別に体調の問題ではない。


「あの、オレ、ずっとナナエって呼ばれてて……その、アイリスって呼ばれると、なんか聞き慣れないって言うか……」


 途惑いから歯切れが悪くなるナナエの言葉を聞いて、メリルは少し困ったように眉尻を下げて笑った。


「まあ、そうだったの? ごめんなさいね、気付いてあげられなくて。

 ナナエ、その名前も可愛いわ。でも忘れないで頂戴。貴女が何と呼ばれようと、私の娘であることに変わりないのよ」


 メリルの言葉に、ナナエは曖昧に笑みを浮かべて頷いた。

 肯定していいのか否定していいのか、解らなくなってしまった。


 正直、今更本当の親など出てこられても、どう反応していいのかまったく解らない。

 ナナエの家はずっと月の家だけだし、家族も月の家の皆だけだと思っている。

 それはこれからも変わらない。けれど。


(先生と、同じように笑うんだな)


 メリルの笑顔は、マリーのそれに似ていた。

 母が子に見せる顔というのは、身分に関係なく皆同じなのかもしれない。

 それだけはナナエを安心させた。


 王妃は執務の合間にナナエに会いに来たらしく、すぐに使いの者が呼びに来た。

 王妃は名残惜しそうにしていたが、まさか仕事を残したままにする訳にもいかない。

 一国の主の妻ともなれば、その両肩には沢山の責任が乗っているのだから。


「残念だわ、もっと話していたいのに。また昼食の後に会いましょう?」


 家族なのだから、これからはいつでも話ができる。

 王妃はそう言ってナナエから手を離した。


 それは暗に、ナナエをこの城に住まわせるつもりでいると言っているのだが、このときのナナエはまだ若干混乱していて、それに気付かなかった。


 王妃が出ていったのと入れ替わりに、女中が二人、何やら荷物を抱えて入ってくる。


「お目にかかり光栄です。私は使用人として働かせていただいております、サニアと申します」


「同じくタチアナと申します」


「え? はぁ……?」


 ナナエが訳も解らず首を傾げていると、女中二人は持ってきた荷物を広げ始めた。

 中に入っていたのは、色とりどりのドレスだ。


「僭越ながら姫様のお世話を任されることになりました。お召し物を用意いたしましたので、こちらにお着替えください」


「へっ? えええええ?」


 ナナエは驚愕に目を見開いた。

 今朝城に来てから二時間弱で、ナナエの体型に合わせた服まで用意するとは。

 正確に寸法を測った訳ではないので、なるべく近いサイズのものを呉服屋から仕入れてきたのだろうが。

 きらびやかな衣装を前にして、ナナエの顔が引きつった。


「や、やだよこんなヒラヒラしたの!」


「まあ姫様! そんなこと仰らずに袖を通してくださいませ」


「どれも一流デザイナーが仕立てた一級品でございますよ?」


「服なんて一流だろうが三流だろうが、着られればそれでいーじゃん!」


 ナナエと女中の攻防はしばらく続いたが、結局折れたのはナナエだった。


 スカートだけは脚がすーすーするから履きたくない! と頑なに拒んだので、そこだけは女中も妥協したようだ。


 青を基調にしたツーピースのセミアフタヌーンドレスだが、ボトムスは白のミニスカートにタイツとブーツを組み合わせることで、どうにか見栄えは良くなった。


 昼食まではまだ一時間程あるので、それまでは部屋で自由に過ごせる。

 城の中を見て回ることもできたが、来賓が多く城に滞在している今、すれ違う度にいちいち挨拶するのが面倒で、こうして部屋に閉じこもり本を読んでいるのだ。


 精霊にまつわる伝奇を捲って文字を眺める。

 内容はさっぱり頭に入ってこなかった。

 だらだらと本を眺めていると、不意に小さく控え目なノックの音がした。


「どうぞぉー、開いてますよぉ」


 なげやりに返事をすると、わずかに軋んだ音を立てて扉が開いた。

 中途半端に隙間を開けて、小さな影が部屋を覗き込んでいる。

 一瞬驚いて身を竦ませたナナエだったが、影の正体が小さな女の子だと解ると、安心したように笑みを浮かべた。


「どした? オレに何か用?」


 ナナエに声を掛けられて、少女は怖ず怖ずと扉を開いて中に入ってくる。

 金に近い茶色の髪を結い上げた、大きな青い瞳が可愛らしい少女は、なんとなく誰かに似ているような気がした。


「お嬢ちゃん、どっかで会ったっけ?」


 ナナエは首を傾げて少女に近付き、屈んで目線を合わせる。

 少女はしばらく恥ずかしそうにもじもじしていたが、やがて意を決したように顔を上げ、小さな唇を開いた。


「あのっ、お姉さんが、私のお姉様って、本当ですか?」


 少女の言葉に、ナナエは絶句して固まった。

 目の前にいる少女は、二日後に八歳の誕生日を迎える、アリシア姫だったのだ。




「母様は、ときどきお姉様のこと、話してくれました」


 ナナエはアリシアと一緒にソファに座り、アリシアの話を聴いていた。

 行方不明だった姉が戻ってきたと聞いて、こっそり部屋から抜け出してきたらしい。

 ナナエは慌てて通りすがりの女中を捕まえ、アリシアが来ていることを伝えた。

 城内で姫君が失踪したなどと騒がれては面倒だ。


 小さな姫君は、初めて見る姉に途惑っているのか、遠慮がちにナナエの顔を覗き込んでは、目が合った途端に目を逸らす。

 最初こそこのように恥ずかしがっていたのだが、徐々に慣れてきたのか、今はナナエの隣に座り、楽しそうにお喋りを続けている。


「お姉様は、何で男の人みたいな言葉なんですか?」


「んー、ちっちゃい頃は親父と二人暮しだったからなぁ……あの糞親父の言葉遣いがうつったんだろうなぁ」


 身の回りにこんな喋り方をする者がいないアリシアは、姉の言葉遣いが面白いようで、ナナエが何か言う度に楽しそうに笑った。


 やがて昼食の準備ができたらしく、女中がアリシアを呼びに来た。

 来賓の貴族たちと会食があるので、ナナエだけこの部屋に残された。

 行方不明だった第一王女が帰還したことを、まだ正式に発表していないためである。


 今のところ王位継承権はアリシアにあるものとされており、急に現れたナナエを次代の王にするには、何かと面倒な手続きがある。

 そのため、ナナエの処遇はとりあえず、客人扱いといったところなのだ。


「あーあ、帰りてえなぁ……」


 広い部屋に一人で食事をしながら、ナナエはぽつりと呟いた。




 昼食をとってしばらくした後、王の使いがナナエを呼びに来た。

 大事な話があると言われて連れてこられた部屋には、王と王妃、数人の客人と思しき人たちと、ロディウスとヴォルフの姿があった。


 彼らに気付いたナナエは、何か言いたそうにしていたが、人前でいきなり喧嘩を始める訳にもいかない。

 ぐっと押し黙って席に着いた。


 この部屋は議会室のようになっており、部屋の中央に置かれた円卓を囲んで椅子が並べられている。

 そこに座っているのは王たちと客人、ナナエだけで、ロディウスとヴォルフは部屋の隅に立っていた。


「遠路はるばるご足労いただき、ありがたく思っている」


 皆を見渡して水王ダナンが口を開いた。

 その姿はまさしく一国の主に相応しい、威厳に満ちたものである。

 そこに威圧感さえ感じ、ナナエは人知れず息を呑んだ。


「今回集まってもらったのは他でもない。昨今急増している『影』のことだ」


 あらかじめ説明を聞いていないナナエは、訳が解らず、ただ王の話を聞いていた。

 ここに集まった者たちは、既に会議の内容を承知しているらしく、誰も泰然と構え微動だにしない。


 今この場で事態を理解していないのは、ナナエと、あとはヴォルフくらいだろう。


「その前に紹介しようか。急なことで私も驚いたのだが……先日まで行方不明になっていた、我が娘が発見された。

 水の力を受け継ぐ者として、ここに列席させようと思う」


 急に自分の話をされて、ナナエは王の顔を見上げた。

 集まった客人の間にも、驚いたようにざわめきが起こる。


「ナナエ、こちらに来なさい」


 王に呼ばれ、ナナエは席を立って王の隣に立った。


「彼らは各国の代表だ。皆精霊に愛されし者で、それぞれ国を支える立場にある。

 あちらから順に、土の国の巫女アルテミシア殿。風の国の民ダル殿。火の国の戦士カーラ殿だ」


 土の巫女はウェーブのかかった金の髪を揺らし、ナナエに微笑んだ。

 風の民はどこか斜に構えた雰囲気の、黒髪で目付きの悪い男だった。

 火の戦士は、燃えるような赤い髪が特徴の少女だ。 ナナエと同じくらいの年頃だろう。


 だが順に紹介されても、ナナエにはまだ状況が把握できていない。


「この者は私の娘、ナナエという。此度の事件に関わった参考人と思っていただきたい」


 王はナナエのことをそう紹介すると、ナナエに席に戻るように告げた。

 ナナエは言われるがままに席に着く。

 どうやら、あの影の事件に関係があるらしいが、とにかく今は話を聞いて情報を整理するしかない。

 ナナエは黙って王の話に耳を傾けた。


「皆、存じておるように、最近になり影のようなモンスターが現れるようになった。過去にこのような記録はなく、新種のモンスターであると推測される。

 生態については未だ正式な発表はされていないが、聖王国の精霊学者ににより、既に調査が進められているとのことだ」


 これから続く長い話は、こうして始められた。




 最初に影が現れたのは、地水火風の四大国の頂点に立つ、聖王国だった。

 偶然その影を見付けたのが、聖王国に住む若き天才精霊学者、ヨハネスト=ダークである。

 ダークは影の捕獲に成功し、たった一日にして影の性質を理解した。


 ダークが捕らえたのは、小さな影の鼠だった。

 影は月が沈むと消滅してしまった。

 しかし影を瓶に閉じ込め、月の光を宿すと言われる月光石の側に置いたところ、影は月が沈み夜が明けた後も存在し続けたという。

 ダークは、この新たなモンスターの研究を続けた。

 月夜になるとモンスターを探して捕獲し、研究室に持ち帰っては実験に明け暮れる。


 影を存続させる方法と消滅させる方法、影が生まれる条件はすぐに解明できた。

 しかし、影が生まれた理由だけが理解できなかったのだ。


 生命には、各々の役割がある。

 大地に生える植物を草食動物が食べ、草食動物を肉食獣が食らい、肉食獣の死体を微生物が分解し、それを養分として植物が生える。


 それは精霊が作り出した循環のシステム。

 ここに当て嵌まらない生命はいないのだ。


 しかし、この影は違った。

 無作為に他の生命を襲い、破壊し、滅ぼす。

 循環のシステムを断ち切り、命を消滅せしめんとする。


 この世界を創った精霊は、何を思いこのようなものを生み出したのか?

 ダークには、それだけが理解できなかった。



 影は徐々に大きさ、狂暴さを増していっているようだった。

 最初は鼠以下だった影も、今では人間と同じ大きさのものさえ現れるようになっている。


 影を捕獲することも困難になってきたが、研究を止める訳にはいかない。

 もしかしたらこの影は、世界に住まうすべての生命を滅ぼすために創られた、我々とはまったく別の存在なのかもしれないからだ。

 そんなものを、野放しにしておく訳にはいかない。



 そんなある日、ダークは捕獲していた影が、硬質化していることに気付いた。


 影の表面はぼろぼろと崩れ、中から親指程の大きさの、黒い宝石が現れたのだ。


 調べた結果、それは月光石と同じ物質であることが判った。

 しかし、月明かりのように仄かに光る月光石とは違い、その宝石光を宿さず、逆に光を飲み込んでいくようだった。

 月光石の光を浴び続けた結果、影がこの宝石に変質したのか、元々影の中に入っていた核のようなものなのかは解らない。

 ダークはモンスターの研究の傍ら、その宝石の研究も進めた。


 しかし、ある日突然、その研究は中断させられることになる。

 聖王からの使者が、ダークを捕らえたのだ。

 ダークが何やら新種のモンスターを作り出し、それで聖王の命を狙っていると、何者かが密告したらしい。

 もちろん、そんなことは虚偽である。

 しかし、原因不明の病で床に臥した聖王は、その報告を信じ込んだ。

 その謎のモンスターの呪いによって、病に冒されているのだろうと。


 ダークは捕らえられ、その消息は途絶えた。

 恐らく、既に殺されているのだろう。


 しかし、ダークが研究していた影の宝石は、彼の助手によって持ち去られていた。

 助手は精霊信仰が盛んな地の国に逃げ込み、そこの教会に助けを求めた。

 精霊神祖教は各地に浸透しており、彼らは教会を通じてこの水の国に逃亡してきたのだ。


 水王の取り計らいにより、ダークの助手はこの国で密かに研究を続けた。

 その研究結果が、今日、ヴェヌスの領主から届けられたのだ。




 今日、ヴェヌスから、王都に。

 その言葉に反応して、ナナエはぴくりと片眉を跳ね上げた。


 それはロディウスが持っていた、運び荷のことではないだろうか。


 ナナエは気取られないように、ロディウスを注視した。

 彼にはなんら変わったところは見受けられない。

 ただ、隣に立つヴォルフが、妙におとなしいのが気になった。


「ここに研究結果をまとめた資料がある」


 王がそう言って取り出したのは、数枚のレポートと、黒い宝石の入ったケースだ。

 その宝石が、話に上がった影の宝石だろう。


「このレポートによると、初めて影が確認されたのは、二年も前のことらしい」


 王のその言葉に、部屋にいた人々の息を呑む気配が伝わってきた。

 まさか、二年も前から影が生まれていたなど、思いもしなかったのだ。


 ここに列席している者は、各国の代表とも言える人物である。その彼らが知らなかったということは、とりもなおさず、影の情報が隠蔽されていたということを示す。


 聖王国で確認された影の存在を、外部に漏れないようにしていた。

 つまり、裏で手を回していたのは、聖王ということになる。


 何かの考えがあってのことなのか、それとも影の発生に聖王が関係しているのか。

 当然ながらレポートには、聖王の真意までは書かれていなかった。


「聖王が二年前から病に罹り、その半年後に代替りしたのは、諸君らも知ってのことだろう。

 聖王の病と同時に起きた影の発生。代替りの時期に前後して起きた、ダークの襲撃。

 これらの出来事が関係している証拠はないが、無関係であるとも言い切れん」


 水王は難しい顔をして、一度言葉を切った。

 皆、王の次の言葉を待っている。


「そこで今回、極秘に聖王の近辺を調査しようと思う。この召集に聖王国の使者を呼ばなかったのは、そのためだ」


 ざわりっ、と室内にざわめきが起こる。

 それもそうだろう、四大国の頂点に立つ、聖王国を疑っているのだから。

 しかし、この時点で水王の話には疑わしい点はない。

 それよりも、何故聖王国が影の発生のことを隠していたのか、そちらの方が理解し難い。


 水王は、各国から非難されることを覚悟の上で、このことを打ち明けた。

 秘密裏にことを進めては、水の国に疑いがかけられる可能性もあるからだ。

 水王は列席者を見渡し、口を開いた。


「何か、意見のある者はいるかね? 私が知りえない情報を持っている者がいたら、この場で教えていただきたい」


 皆は互いに顔を見合わせ、どう答えてよいものか悩んでいるようだ。

 そんな中で、風の民ダルが手を挙げた。


「水王、聖王が代替わりしたのは一年半前だが、それに前後して、王宮で占術士を一人召し抱えたのはご存知かい?」


 水王は眉をひそめて押し黙った。

 しばらく黙考するが、該当する記憶はない。


「……いや、それは初耳だ」


 風の民の情報網は広い。

 風が届く範囲ならば、どんな音も風の精霊のものとなる。

 しかも、風の精霊に愛されし者は、風の国に生まれた者全員なのだ。

 力の差はあれど、誰もが風の力を持つ。

 そのため、諸外国から密偵の真似事を依頼されることも多い。


 その風の民ですら、聖王国で起こった影の発生を知らなかったというのだ。

 やはり聖王国が何らかの目的で、故意に事実を隠蔽していたという可能性が高い。


 そして、聖王の代替わりに前後して現れたという占術士。

 その者が、事件の発端となっている可能性もあるということだ。


「現聖王は、その占術士をいたく気に入っているそうだ。

 しかし、宮廷の中までは風も侵入できなかった。その占術士が黒幕なのかどうかは、確かめないといけないだろうな」


 ダルはそう言って締め括った。

 しかしその口調は、占術士が黒幕であると確信しているかのようだ。


「ですが、聖王国が事件を引き起こしているとしたら、いったい何のために? 戦争を起こすにしては、事件の規模が小さすぎます」


 口を開いたのは、地の巫女だった。

 彼女の言うことはもっともで、影が街中で暴れたといっても、被害は然程大きくない。

 それこそ、街の警備兵だけでも対処できるくらいだ。


 第一、本当に影を生み出しているのが聖王国だとしたら、各国の街を襲う意味が理解できない。

 聖王国は豊かな国だ。

 戦争を起こす理由がない。


「黒幕なんて、本当にいるのか? ただの偶然が重なっただけかもしれないじゃないか」


 次に意見したのは、火の戦士だった。

 彼女はあくまで、影は自然発生したもので、聖王の代替わりも占術士を召し抱えたことも、偶然時期が重なっただけだと言う。


 彼らの言葉すべてに確信はなく、ただ可能性の話をしているにすぎない。

 皆、国を背負って立つ者である。

 軽はずみな行動はできないのだ。


「だが、確認は必要だ」


 最後にまとめたのは、やはり水王だった。


「黒幕がいるにしろいないにしろ、聖王国が影の事件を秘匿していたのは違いない。

 聖王が事件に無関係であるかどうかだけでも、調べた方がよいのではないか?」


 水王の言葉に同意したのは、意外な人物だった。

 今まで黙って話を聞いていたロディウスが、自ら一歩前に出てきたのだ。


「ダナンの意見には賛成しよう。影の元を掴んでいるのが何なのか、充分に見極めた方が良い」


 突然話に割って入ったロディウスに、皆驚いたように彼を見上げた。

 ロディウスが獣人であることは、ここにいる列席者にはあらかじめ告げてあったのだが、まさか獣人が人間の国の出来事に興味を持つとは思わなかったのだろう。


 よく見れば、ロディウスの手足には枷がはめられている。

 まるで囚人のようなその姿に、ナナエは思わず立ち上がった。


「ロディウス!? 何だよその枷……!」


 ぢゃらん、と枷を繋ぐ鎖の音を響かせて、ロディウスはナナエに小さく手を振った。


「気にするな。獣人が人間の国で暴れないようにするための措置だ」


 平然と言ってのけるロディウスに、ナナエはかっとなって叫ぶ。


「そ、そんなの、気にしない訳ないだろ! だって、そんなの、人間の勝手で……!」


「黙りなさい、ナナエ」


 ナナエを押し止めたのは、水王の重い声だった。

 ナナエは渋々席に座り、膝の上で手を握り締める。


(獣人だってだけであの扱いかよ! 冗談じゃねえ!)


 やけにヴォルフがおとなしくしているのも、そのせいだったのだ。

 彼は今、繋がれた枷を外そうとして、鎖を爪で引っ掻いている。

 無論、その程度で外れる程、弱い鎖ではない。


「話は戻るが、聖王の調査、このロディウス=レザフォードに任せてもらいたい」


 ロディウスはそう言うと右手を胸に当て、腰を折って一礼する。

 それはまるで紳士のような所作で、獣人は野蛮であると思い込んでいた皆を驚かせた。


「ロディウス、それは願ってもない話だ。だが、何故きみは協力してくれるのだね? 何か見返りを期待しているのか?」


 水王はロディウスが、任務を引き受ける代わりに、何か要求してくるのではないかと思っているようだ。


(ロディウスが、モノで動くような奴だと思ってるのかよ!)


 ナナエは王に対する苛立ちを、胸の奥に封じ込めた。

 今そんなことを討論しても、意味がない。

 しかし、ロディウスは水王の言葉に気を悪くした様子もなく、いつも通り口許に笑みを浮かべて言った。


「そうだな、事件がすべて解決したあかつきには、獣人に対する意識を改めてもらいたい。それくらい要求しても、バチは当たらないだろう?」


 ロディウスの要求は、酷く困難なものだ。

 獣人に対する差別の撤廃は、もう数年前から実施している。

 にも拘らず、人々は未だ獣人を恐れ、見下し、遠ざけている。


 それはロディウスにも解っているだろう。

 それでもなお、望まずにはいられないのだ。

 人間と獣人が、同じ社会で暮らせるその日を。


「……解った。それについては尽力しよう」


 水王が静かに頷いたその瞬間、ロディウスは正式に水王配下の密偵として雇われたのだった。

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