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TRUE DAWN  作者: 三九
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獣の兄弟――水との繋がり――

 ヴェヌスの街の領主、サイマスは人当たりの良い人物だ。

 若い頃は王都で騎士団に所属していたという話だが、腕の怪我をきっかけに騎士団を引退し、故郷であるヴェヌスで先代の領主に仕えた。

 その折、領主の娘に一目惚れされて結婚したのだ。


 元騎士ということもあってか、軍事方面に秀でており、尚且つ政治経済にも明るい。

 元々は漁業で栄えた街なのだが、サイマスの案で豊かな自然と海岸を整備したことで、ヴェヌスは観光名所としても有名になった。


 新街道が開通したこともあり、年間の観光客数も飛躍的に伸びた。

 そのお陰でヴェヌスは王都に次ぐ大都市に発展したのだ。


 その領主の屋敷は、旧街道に沿った高級住宅地の、更に奥にある。

 旧街道は街から一歩外に出ると寂れているが、街の中では古くから造られている施設や古式住宅が立ち並び、未だ賑わいは衰えていない。

 旧街道から新街道に行くにつれて、真新しい建物が多くなり、観光客相手の店が増えてくる。

 昨日は旧街道から新街道へと繋がるこの道を通ってきたのだが、今は馬車に揺られながらその道を逆走している。


 商店街もこの道の中程にあるのだが、朝も早いこの時間からでも賑わっているはずの場所は、昨夜の影の襲撃で壊れた、街灯や店の残骸が散らばっていた。

 既に復旧作業は始まっているようで、後始末に来た警備兵や、修繕業者の姿が見える。




 あの後すぐに、ナナエとロディウスは領主の屋敷へと連れてこられた。

 元より領主に会うのが目的だったため、断る理由もなかった。

 用意された馬車で、領主の屋敷へと向かう。

 徒歩では時間のかかった道のりも、馬車で行けば数分で着いてしまう。


 屋敷に着くと、応接室に通された。

 品の良いメイドが煎れてくれたお茶を飲みながら、待つことしばし。

 後ろに控えていた老執事が扉を開けて、領主であるサイマスが姿を現した。


 ナナエとロディウスが立ち上がると、サイマスは「楽にしてくれ」と言って、テーブルを挟んで向かい側に腰掛けた。

 すかさずメイドが新しいお茶を用意する。


 サイマスは来年で還暦を迎える歳だが、若い頃に鍛えた身体は衰えを感じさせない。

 騎士だった頃に怪我を負ったという右腕だけが、自分の意思で動かせずに、力なく肩から垂れ下がっている。


「この度は、モンスターから街を守っていただき、誠に感謝している」


 サイマスはそう言って首を垂れた。

 ナナエは照れたように指先で頬を掻き、領主の前であることを思い出して姿勢を正した。


「あ、それで……エナは大丈夫ですか?

 昨日は、なんかばたばたしてるうちに別れちゃったから……」


 ナナエが申し訳なさそうに口を開く。

 エナを危険な目にあわせてしまったことを悔いているようだ。


「ああ、どこも怪我をしていないし、心配ない。

 少し疲れたようで、寝坊はしているようだがね」


 その言葉を聴いて、ナナエは良かったと呟きほっと息を吐いた。


「さて、朝から呼び出してすまないが、昨日の件でどうしても確認しておきたいことがあってね」


 それまで穏やかに話をしていたサイマスが、急に真剣な表情になる。

 それを見て、ナナエは口許に運んだティーカップをテーブルに戻した。


「昨夜、市内警備を任せていた者から聞いたのだが、ナナエくんには水を操る力があるそうだね?」


 正面からサイマスに見据えられ、ナナエは少し躊躇った後に頷いた。


「その力は、いつから?」


「さ、さあ……小さいときから普通に使えたから……」


 いったいなぜ、こんなことを訊くのだろうか。

 あまりに真剣なサイマスの様子を不思議に思いつつも、ナナエは正直に答えた。


「ナナエくん、ご両親の名は?」


「え……っと……」


 サイマスの問いに、ナナエは言葉を詰まらせた。


 ナナエは、捨て子だったのだ。


 赤ん坊の頃に拾ってくれた父は、盗賊だった。

 ナナエは父と二人で、ヴェヌスから離れた小さな街で暮らしていた。

 そのとき、父はまだ子供だったナナエに、盗賊の技術を教え込んだ。

 鍵開けの方法や、効率良く物を盗む方法、盗品を捌く闇ルートも。


 一通り教えると、父はナナエに盗みを手伝わせるようになった。

 口答えは許されない。

 父に逆らおうものなら、すぐにでも鉄拳が飛んでくるのだ。


 誰がお前を育ててやったと思ってるんだ。


 父はいつもそう言ってナナエを殴った。

 いつかこの男の下から逃げ出してやろうと、父が出掛けるときは剣の稽古に励んだ。


 水を操る力のことは、父には黙っていた。

 言っても信じなかっただろうし、異端の能力があると知られたら、何をされるか解らないからだ。


 盗みを働いては違う街に移り住み、役人の手から逃げるように生活していたある日、ナナエは父に連れられてどこかの屋敷に忍び込んだ。

 そのとき、忘れ物を部屋に取りに来た屋敷の子供に見つかって、駆け付けた警備兵に捕まったのだ。


 ナナエも少年院に送られそうになったが、偶然その屋敷にいたマリーに助けられた。


「この子は私の娘です!」


 そう言われて、庇われたナナエ自身も驚いたのを覚えている。


「精霊様に仕えるようになってから、初めて嘘をついちゃったわ」


 そう言って笑ったマリーに連れられて、ナナエは月の家の家族になったのだ。


 今、このことを話せば捕まってしまうのではないか。

 先生にも迷惑がかかるのではないか。

 そう考えると、ナナエは正直に答えられなかった。

 辛うじて、「オレ、捨て子だったんです」とだけ言った。


 隣で、ロディウスがやや驚いたように顔をこちらに向けたのが解った。

 サイマスは黙って頷きながらナナエの答えを聴き、その後も何かを呟きながら何度も頷いた。

 そして何かを確認するようにナナエをじっと見つめ、やがて確信を得たのか、ナナエを見つめたままで口を開いた。


「ナナエくん、きみのその力についてだが、この水の国の王も、同じ力を使えるのを知っているかな?」


 突然そう言われて、ナナエは思い返してみる。

 しかし、今までそんな話は聞いたことがなかった。


 そういえばマリーに、王家は水の精霊の加護を受けていると教えてもらったことはあるが、そのことを言っているのだろうか?


「いや、知りません。王家には水精霊の加護があるとしか……」


「そうか……」


 サイマスはそこで一度言葉を切り、少々冷めてしまったお茶を口に運んだ。

 緊張しているのか、乾いた口をぬるい茶で潤す。

 この力に何か良くないことでもあるのかと、ナナエは固唾を呑んでサイマスの話に耳を傾けた。


「よく聴きなさい。

 この世界が、精霊によって創られたことは知っているね?」


「それくらいは……」


「この世界は、精霊により創造された。人間も然り。

 そして、精霊の力を受け継いだ者が存在する。精霊に愛されし者、と呼ばれる人のことだ」


 ナナエは黙ってサイマスの話を聴いていた。

 隣ではロディウスも、じっと耳を傾けている。


「それぞれの国に守護精霊がいて、その力を授かったのが、精霊に愛されし者。

 精霊の力を自在に操り、大地、炎、風、そして水の流れさえも意のままにすると言う」


 ナナエは自分の手のひらに視線を落とした。

 今まで知らずに自分が使ってきた力は、水精霊の力だったのかと、長年の疑問が解けた気がした。


 しかし、その話をするために、わざわざ呼び出した訳ではないだろう。

 サイマスは再び口を開いた。


「この水の国にも、精霊に愛されし者が生まれる。

 だが水精霊の力を授かるのは、この国の王族だけなのだよ」


 サイマスが告げた事実に、ナナエは息を呑んだ。


 サイマスはつまり、ナナエが王族の血を引いているのではないか、と言っているのだ。

 否、サイマスは既に確信しているようだった。

 その目はじっとナナエを見つめている。


 話の内容に頭がついていかなくなったのか、ナナエは驚きのあまり目を見開いたまま動けなくなってしまった。

 サイマスは口を閉ざし、ナナエの言葉を待っているようだ。


「え……何言ってんですか……? だってオレ、そんなんじゃ……」


 混乱した頭でなんとか絞り出した言葉は、およそ現実を受け入れようとするものではなかった。

 だが、サイマスは首を振る。


「きみは捨て子だったのだろう? 本当の両親は判っていない。」


「だ、だったら、オレの両親が王族じゃないって可能性だって……」


 力なく反論するナナエだが、サイマスの目を見ると言葉の先が紡げなくなってしまう。

 名君と名高い領主は、ナナエが王族であると信じて疑っていない。


 サイマスは執事に言って、国の近代史をまとめた本を持ってこさせた。


 国の政や大きな事件などを書物にするように定められたのは、数百年も昔のことだったという。

 それらを後世に遺すことで、この世界そのものの発展を願ったのだろう。

 以来、各国で必ず年に一度は本を発行している。


 サイマスが開いた本には、十五年前のとある事件が書かれていた。


 水の国の后が娘を連れて別荘に行った折に、何者かに王女が誘拐されたというものだった。

 当時一歳だった王女の行方は未だ知れず、犯人も捕まっていない。


 犯人からの要求もなく、何の目的があって犯行に及んだのかも解らない。

 すべてが謎のまま、迷宮入りしてしまった事件だった。


「少なくとも、数年は捜索を続けていたが、結局は見つからずに打ち切りになったそうだ」


 サイマスの説明を聞きながら、ナナエは本に釘付けになっていた。


 王女が生きていれば、十六になるはずだ。

 偶然にもナナエと同い年である。

 だが、それだけで納得しろと言われても、無理な相談だ。


 ナナエは何度もその記事を読み返し、ややあって顔を上げた。


「なんで、この話を……?」


「私は、きみに王都に行ってもらいたい。

 血縁関係を確かめるだけでもいい。国王様に、会ってもらえないか」


 ナナエはしばらく黙っていたが、疲れたような溜め息を吐いて言った。


「一度、家に帰っていいですか? 少し一人で考えたいんで……」


 サイマスはナナエを家まで送らせようとしたが、ナナエはそれを断った。


 そして部屋から出るときに、今まで口を挟まずに隣に座っていたロディウスに目を向け、「じゃあな」と小さく呟く。

 ロディウスが返事をする代わりに片手を挙げるのを見届けてから、部屋の扉を閉じた。


 応接室の中に残されたロディウスとサイマスは、部屋の周囲の人払いをしてから、昨夜の事件とポトの街のことについて話を始めた。

 ロディウスが荷物の中から、国王宛ての書状を取り出す。

 領主を通して、国王に届ける手筈になっていたのだが、ユーティスの領主は先日から所用で留守にしていた。

 そのため、隣街の領主であるサイマスに届けることにしたのだ。

 サイマスは書状を受け取り、しばし考えてからロディウスにあることを依頼をした。




 ナナエは一人で歩いていた。

 領主の屋敷から家までは遠い。

 歩く間にも、先程の話について考えていた。


 自分が王族だって? 馬鹿げたことを。

 いや、王族かもしれない、だ。まだ決まった訳じゃない。

 そもそも、根拠は水を操る力があるということだけではないか。

 それだけで、誘拐されたお姫様だと決め付けられても困る。


 第一、この精霊の力だって、必ず王族だけが受け継ぐということも疑わしい。

 たまたま今まで精霊に愛されし者が王族の出だっただけで、今回は一般人のナナエが選ばれたのかもしれない。


 だが、もし本当にお姫様だったとしたら、これからはお城で暮らさなければいけないのだろうか?

 いや、でも王族の血縁者だったとしても、姫ではなくて、誰か他の人の隠し子とかかもしれない。

 王様の従兄弟の子、とか。


 そうだとしても、もし王族であると立証されてしまえば、今の暮らしはできなくなるかもしれない。

 ……まてよ、そしたらもう盗みもしなくていいかも?


 いやいや、しかし自分にそんな大層な血が流れているなんて思えないし、何より王様とは似ても似つかない……まあ、見たことないから判らないけど。


 そんなことを考えながら歩いているうちに、すっかり日は高くなっていた。

 真上から降り注ぐ日差しに汗が浮かぶ。


 もう夏が終わって秋になるとはいえ、天気の良い日は結構暑い。


 ナナエは露店でフルーツジュースを買って飲んだ。

 予想以上に甘くて、余計に喉が渇きそうだ。

 家まではもう少し距離がある。

 ナナエは再び考え込みながら歩いていった。


 ぼんやり考えながら歩くと、足が遅くなる。

 ナナエが家に着いた頃には、太陽は西に傾き始め、昼食には遅いが夕食には早すぎる、中途半端な時間になっていた。

 ありあわせのもので簡単な食事を作り、一人でもそもそと食べる。


 もし王都に行って、月の家の皆に二度と会えなくなったらどうしよう。

 エナと会えなくなったらどうしよう。

 ロディウスは……べつにいいか。


 あ、そう言えばロディウスの目的は領主に会うことだったっけ。

 じゃあ、目的達成したからもう帰るのかな。


 てゆーか、道案内のお礼とかってないわけ?

 まぁ、あんまり金持ってなさそうだから期待はしてないけど……


「失敗したなぁ……ちゃんとロディウスからふんだくって帰ってくれば良かった」


「誰からふんだくるって?」


 ふぐっ!


 突然窓から声がして、ナナエはパンを喉に詰まらせそうになった。


「ぐっ、げほっ!

 ……え、ロディウス? なんでここに?」


 ナナエが驚くのも無理はない。

 朝、領主の屋敷で別れたはずのロディウスが、窓の外に立っているのだ。

 ナナエは慌ててドアを開けて外に出た。


「おまっ、何しに来たんだよ!」


「いやなに、帰るときに随分へこんでたみたいだから、ちょっと様子見に」


「見えねえだろが」


「言葉のあやだ」


 ひとしきり言い合ってから、ナナエは思わず吹き出した。

 こんな馬鹿げたやり取りをしていると、なんだか可笑しくなってくる。


「はははっ、あー、なんだかなぁ……そういや、なんでオレんち知ってんだよ?」


 目に浮かんだ笑い涙を手で拭い、ナナエはふと疑問に思ったことを訊いてみた。


「ん? 人に訊いたんだよ。どうしてもナナエに会いたくて、な」


 いきなり何を言い出すのかこの男は。


 勘違いしそうになる台詞を聴いて、ナナエは顔に血が昇ってくるのを感じた。


「えっ、なっ、ななな、何……っ」


 ナナエが狼狽えている間にも、ロディウスはさりげなくナナエに近寄り、その肩に手を置いた。


「ナナエ……」


 ぐっと顔が近くなり、ロディウスが唇を開く。

 ナナエが顔を背けることもできずに、相手を凝視したまま固まっていると、不意にロディウスは勢い良く頭を下げた。


「頼む! もう一回道案内してくれ!」


「………………は?」


 目を点にして間抜けな声を出してから、ようやくナナエはロディウスの言っている言葉を理解した。


 理解して、途端にふつふつと怒りが沸き上がってくる。


(ヲトメの心を弄びやがって……!)


 本人にはそのつもりはまったくなかったのだが、あの言い方では勘違いもしようというものだ。


 誤解を招くような言い方をしたロディウスを、怒りに任せて張り倒そうとしたのだが、近所の道行くおばさま方の視線が痛くてできなかった。

 プロポーズかしらそれとも痴話喧嘩かしらと、勝手な想像でひそひそ盛り上がらないでほしい。


 ナナエは居たたまれなくなって、ロディウスの手を引いて家の中に逃げ込んだ。


「いきなりどうしたんだ?」


「うっさい! そりゃこっちの台詞だ! 変なこと言い出しやがってこの馬鹿うすらハゲ!」


「禿げてねえよ!」


 肩で息をしながらまくしたてるナナエの言葉に、ロディウスは思わず自分の頭に手をやった。

 大丈夫、禿げてない……いや、そんな夫婦漫才をしに来た訳ではなくて。


「いや、実は領主に運び屋の仕事を頼まれてさ。

 水王に届ける荷物を預かったのはいいけど、城の場所がいまいち分からないんだ」


 ナナエはようやく冷めてきた頬を撫でながらロディウスを半眼で睨む。


「お前、ろくに道もしらないのに、よく運び屋なんかやってるよな」


 それを言われてしまうと何も言い返せない。

 ロディウスは引きつった笑みを浮かべて、ナナエに両手を合わせた。


「なあ頼むよ。城の近くまででいいからさ」


「でも王都は……」


 呟いて、口ごもる。

 そこはまさに今、ナナエが行くべきか行かざるべきか悩んでいる場所ではないか。


 ナナエが俯いて黙り込んでしまうと、部屋の中を静寂が支配する。

 静けさを打ち破るように、ロディウスが一つ咳払いした。


「……あの月の家ってさ、今、経営が厳しいんだって?」


 急に違う話をされて、ナナエはのろのろと顔を上げた。


「……何? なんで知ってんだよ」


「昨日マリーから聴いた。それで、ナナエが仕送りしてるんだってな」


 ナナエは何が言いたいのか解らずに、黙ってロディウスの言葉の続きを待った。

 ロディウスは見えないはずの目をナナエに向けて、はっきりと言った。


「ポトの街で会ったとき。あのとき、金を盗みに来てたんだろう」


 訊ねるでもなく、推察するでもなく、確信を持ってそう言われて、ナナエは立ち尽くしたまま動けなくなってしまった。


「……な、んで……」


 知ってるんだ。そう言おうとして、言葉が出てこなかった。


 通報されるのだろうか。

 それも怖かったが、何より、マリーに知られるのが恐かった。

 月の家の家族になったあの日に、もう盗みはしないと約束したのに。


 固まってしまったナナエを前に、ロディウスは腕組みして話を続けた。


「ナナエがあの家のことを思ってやったんだってことは解る。

 けどな、そんなことしてて、いつか捕まったら皆が悲しむだろう?」


「それ、は……そう、だけど……」


 言い返すことも、肯定することもできず、ナナエは曖昧な返事だけ呟いて俯いた。

 ロディウスは決して責め立てるような口調では言わなかったが、ナナエにはそれが逆に怖かった。

 あの父のように、正面から怒鳴って殴られる方が、気が楽だ。

 こうやって静かに叱られると、胸が締め付けられる。


 すっかり落ち込んでしまった様子のナナエに、ロディウスは苦笑して呟いた。


「ま、人のことは言えないんだがな」


「え……それって……」


 どういうことかと訊く前に、ロディウスがナナエの肩を軽く叩いた。


「よく考えてみろ。これでもしナナエが王族だと判ったら、王家は今までナナエを保護してくれた月の家に、礼をしなきゃいけない」


「へ? そりゃ、そうかも……ってまさか」


 ナナエはロディウスが言わんとしていることに気付き、あんぐりと口を開けた。

 かなり間抜けな顔だったろうが、幸いそれを目にした者は誰もいない。


「ロディウス……お前って案外ずる賢いのな」


 呆れたような声のナナエに、ロディウスは唇の端を吊り上げて笑ってみせた。


「何言ってんだ。泥棒やって捕まるよりずっといいだろ」


「……そりゃそうだな。

 でも、城で暮らせとか言われたらどうすんだよ。オレ嫌だぜ、今更お姫様らしくなんて」


 ナナエは城での生活を想像して顔をしかめた。

 サイマスの前ではああ言ったが、本当は王都になど行きたくない。


「そんときは……」


 そんなナナエの頭を少し乱暴に撫でながら、ロディウスは言う。


「何処へだって連れ出してやるよ。なんたって、運び屋だからな」


「道案内が必要だけどな」


 からかうように言ったナナエの一言で、ロディウスはがっくりと項垂れた。

 それは言うなよ……と小さく呟く。

 今朝からまとわり付いていた心の中の霧が、すっと晴れていくのをナナエは感じた。


 王に会おう。

 それは自分のためでも、水王のためでもない。

 月の家の皆のためだ。


「いいねその案、乗ってやる。行こうぜ王都へ!」


 ナナエはロディウスに向かって、力強く頷いた。

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