エピローグ
ナナエは窓の外に浮かぶ月を見上げた。
あの赤い月が消えてからしばらくの後、新しい月が昇るようになったのだ。
新たな月の精霊が、誕生したということだろう。
あの戦いの後、ナナエとヴォルフは救援に駆け付けたダルたちに助けられた。
ほとんど無傷だったナナエだが、月の精霊に生気を食われたことにより、救助されてから一週間程はねたきりの状態が続いた。
ヴォルフの方は怪我が酷く、すぐに施療院に運び込まれた。
だが、どこの施療院も怪我人で溢れており、獣人のヴォルフは中々治療してもらえなかったらしい。
そこでナナエ共々ガレットが引き取り、水の国に連れて帰ってきたのだ。
各国とも、酷い有様だったという。
特に聖王国は壊滅状態で、世界の人口も激減してしまった。
それでも生き残った者たちは、こうして家を建て、街を造り、国を建て直している。
数年が経った今、ようやく国家として機能し始めたのだ。
ナナエは一度、本当の家族の許へ戻ったのだが、王位継承権を放棄して世界中を旅している。
ナナエが今抱いている新しい家族は、人間と共に、まして王族と共に暮らすことは難しいからだ。
それでも時々は人間の街に立ち寄り、彼らの存在を受け入れてもらえるように努力している。
今日泊まった宿の主人も、最初は驚いていたが理解を示してくれた。
少しずつだが、世界は……否、ヒトは良い方向へと歩きだしている。
いずれは彼らだけでなく、精霊たちとも理解し合えるだろう。
精霊に愛されし者だけでなく、普通の人々でも精霊の声が聞こえるようになったという話を、ここ最近になってよく耳にする。
不意に部屋の扉が開き、ヴォルフが入ってきた。
杖で身体を支え、ゆっくりとナナエに近寄ってくる。
無理に半獣化した副作用か、切られた腱が壊死してしまっていたのだ。
少しずつ回復してはいるが、治りが遅く、未だに杖がないと歩けない。
それでもヴォルフは、ナナエと共に旅をする道を選んだ。
ようやくナナエの横に並んだヴォルフは、ナナエに倣って夜空を見上げる。
「ははっ、レイオン、今日も頑張ってる」
金色に光る月を見て、ヴォルフが笑った。
「騒ぐなよ。起きちまうだろ」
咎めるようにナナエが言うが、少し遅かったらしい。
ナナエの腕の中で、小さな子供が身動ぎする。
眠そうな目をこすり、ナナエを見上げた。
「うぅ〜……」
「ああほら、起きちゃったじゃんか」
「う、ごめん」
ナナエが抱いていた子供の、大きく尖った耳がぴくりと動く。
褐色の肌に月の光を受けて、その子供は眠気を払うように首を振った。
白銀の髪が、それに併せて大きく揺れる。
「もう朝?」
金色の瞳を瞬きさせて、子供はナナエの顔を覗き込む。
「まだ夜。明日は父さんの墓参りに行くんだから、早く寝な」
「……寝てたのに」
その子供はぷうっと頬を膨らませて不機嫌そうに呟くが、ナナエに抱かれたまま軽く揺すられるうちに、再び眠りについた。
父親に良く似た面影の子供を抱き締め、ナナエは月を見上げる。
月は相変わらず、美しく輝いていた。
明日もきっと、精霊に祝福されたような良い天気になるだろう。
何しろ精霊の王は、晴れ渡った空を舞うのが好きだから。
遠くて近い場所にいる子供の父に思いを馳せながら、ナナエは静かに目を閉じた。
END