魔力の回復
馬車はヴァルドラードの城に到着した。
「では、陛下のところへご案内しま~す!」
セレーヌは恐る恐る城の中へ足を踏み入れた。ランスロットの陽気な声が不釣り合いなほど中は暗くて怖い雰囲気だ。窓はあるのに明かりは入って来ておらず、昼間だと言うのに夜のようで空気は湿っぽい。セレーヌは早足でランスロットを追いかけた。
大きな扉の前にたどり着くと、ランスロットは扉を叩いた。セレーヌは汗ばむ手を握りしめた。ついにヴァルドラードの皇帝と対面する。ランスロットが扉を開くと、中から強い風が吹いてきて、セレーヌは強く目をつぶった。
「陛下、セレーヌ様をお連れしました。」
「セレーヌ・ブランシェールでございます、陛下!」
セレーヌはアルフォンスの顔を見ずに、膝を折って深々と頭を下げた。
「あぁ、よく来たな。」
外は大雨だからさぞや怒っているだろうと思ったが、優しい声音で労われたことに驚いてセレーヌは思わず顔を上げた。目の前に立っていたのは、想像よりもずっと若い青年だった。セレーヌは目をぱちぱちと瞬かせた。
「なんだ?」
「え!あ、すみません!」
セレーヌはもう一度頭を下げた。声音は優しいが顔は険しい。やはり歓迎はされていないのだろう。
「ランスロット、あとは頼む。」
「かしこまりました。セレーヌ様、こちらへどうぞ。」
「は、はい……失礼致します、陛下。」
セレーヌはランスロットに続いて執務室を出ると大きく息を吐き出した。心臓がバクバクしている。
「無愛想で申し訳ありません。ちゃんと婚約してますからね。」
「はい……」
こんなにも心臓がバクバクしているのは、アルフォンスの魔力を感じたからだ。アルフォンスの魔力は底が知れない。セレーヌはドキドキしたままランスロットの後を追って廊下を進んで行った。相変わらず薄暗くて恐ろしい雰囲気だがもう怖いとは思わなかった。
「セレーヌ様のお部屋がこちらですよ。」
「わあ!」
ランスロットが部屋の扉を開けると、セレーヌは思わず声を上げた。暗い城の中にある部屋とは思えないほど明るく輝いている。
「こんなお部屋に住んでみたいと思っていたんです!」
セレーヌは部屋の中をぐるりと見回した。好きな配色で彩られ、花瓶にある花もカーテンの色も全てがセレーヌの好みだった。
「セレーヌ様、申し訳ありませんがこの城には私しかいないんです。」
「そうなのですか!?」
「陛下が人を置きたがらないんですよ。セレーヌ様のお部屋へ勝手に入ることは気が引けますので、困ったことがあれば魔力でなんとかしてください。」
「魔力を使って良いのですか?」
「ご自由にどうぞ。城を破壊しないでいただければどんな魔力でも大丈夫です。」
「わかりました。」
「では、失礼致します。」
ランスロットが部屋を出て行くと、セレーヌは部屋の中にある物をじっくり見てまわった。ベッドは憧れの天蓋付きのベッドだ。いつかこんなベッドで眠ってみたいと思っていた夢が叶ってしまった。
ブランシェールの屋敷にあるセレーヌの部屋は、王太子の婚約者の部屋とは思えないほど質素だった。魔力を磨く際に影響を最小限にするため、部屋の中にはできるだけ物を置かないようにしていた。
この部屋はどこを見ても自分の好きな物ばかりだ。引き出しを開けると中にはキラキラと輝く宝石の散りばめられたアクセサリーがたくさん入っていた。
「すごい……!」
次々に引き出しを開けてみたが、どの引き出しにもたくさん宝石のついたアクセサリーが入っている。
「いや、そんなことないよね。そんなことない、うん……」
こうも自分の好きな物ばかり揃っていると、歓迎されているのではないかと思いたくなってしまう。顔が緩んでしまい、慌てて両手で顔を押さえると花瓶の花が目に入った。エルバトリアにいた時は色を変えることができなかった。セレーヌは呼吸を整えて赤色の花に向かって魔力を放ち、ぎゅっと目を瞑った。
「……!」
恐る恐る目を開けると、赤い花は綺麗な白い花に変わっていた。アルフォンスと婚約したことで魔力が戻ったのだ。セレーヌは涙を流した。