婚約
「すみませーん!ランスロットなんですけど!」
翌日、ブランシェール家を訪れたランスロットは陽気に呼びかけた。ブランシェールの屋敷は騒然として、奥から慌てた様子のナターシャが出てきた。
「ランスロット様!?ど、どうなさったのですか!?」
「どうもこうも陛下に聞いて来ました。セレーヌ様はいらっしゃいますか?」
「は、はい!こちらへどうぞ……」
ナターシャはランスロットを客間へ案内すると、急いでジーベルトとセレーヌを呼びに行った。
「ランスロット様、お待たせ致しました。こんなに早く来て頂いて、ありがとうございます。」
「お急ぎのようでしたからね。」
ジーベルトは緊張した面持ちでランスロットに問いかけた。
「それで、皇帝陛下のお答えというのは……セレーヌを受け入れてもらうのは、やはり難しいのでしょうか。」
こんなにすぐにランスロットが来るのだから、断ってくるように言われたのだろうと3人は思っていた。
「1年間、ご婚約という形で様子を見させて欲しいとのことでございます。」
3人は驚いて顔を上げた。ランスロットは3人の動きがあまりにも揃っていて、吹き出しそうになった。
「そんなに驚かないでくださいよ。陛下に求婚されていたではありませんか。」
「こんなに早くにランスロット様がいらしたので、拒否されるものとばかり思っておりました。」
「セレーヌ様の魔力が無くなってしまっては困りますから、ちょっと急ぎました。」
「ありがとうございます!」
3人は揃ってランスロットに頭を下げた。
「セレーヌ様にはヴァルドラードで1年間婚約者として生活していただき、陛下に適性を判断していただきます。陛下の判断次第では、婚約破棄になる可能性もございますので、その点をご了承ください。」
セレーヌは涙が出そうだった。拒否されると思ったのに婚約してもらえて、さらに1年の猶予があるのだ。その間に魔力を持続させる方法を探せば良い。
「わかりました!頑張ります!」
「では、こちらにサインをお願いいたします。」
ランスロットはセレーヌの前に1枚の紙を差し出した。
「これは?」
「婚約証明書です。陛下にサインをもらってきましたから、早く書いてください。」
「もうサインするのですか!?」
「お急ぎなんですよね?」
「は、はい!」
セレーヌはランスロットから差し出された婚約証明書にサインした。こんなにあっさりと婚約することになるとは思わず、少しだけ手が震えてしまった。
「これでセレーヌ様は陛下の婚約者です。」
「ありがとうございます!」
ランスロットはアルフォンスとセレーヌのサインの書かれた婚約証明書を見つめて、満足気に微笑んだ。
「ランスロット様、ありがとうございます。セレーヌ、よかったな。」
「よかったわね、セレーヌ。」
緊張感の漂っていた客間が暖かい空気に包まれた。
「それでセレーヌ様、よろしければこのまま行きませんか?」
「これから行くのですか?」
「何度も往復するのが大変なんですよ。」
「そうですよね。申し訳ありません。何度も来て頂いて。」
ヴァルドラードとエルバトリアは国境を接しているが、ヴァルドラードは広大だ。城がどこにあるのかわからないが、ここからは離れているのかもしれない。
「ヴァルドラードは魔力の国だ。お前の魔力は、エルバトリアよりも役立つかもしれないよ。」
「そうね。これまでがんばって来たんだもの。あなたなら大丈夫よ。」
このままエルバトリアにいてもやることはない。それならば、ヴァルドラードへ行って自分のやるべきことをやった方がいい。
「ランスロットさん、行きます!準備してきます!」
セレーヌは手早く出発の準備を済ませると、ランスロットのもとへ急いだ。
「ではこれをお持ちください。」
ランスロットは、セレーヌにペンダントを差し出した。
「これは、魔法石ですか?」
「ヴァルドラードに入るまで外さないでください。ヴァルドラードは、陛下の魔力で覆われています。セレーヌ様のように魔力の高い方は、魔力同士が干渉して体に負担がかかってしまいます。その石が魔力を調和します。」
「わかりました。」
セレーヌがペンダントを身につけると、体がキラキラと輝いた。
「これが皇帝陛下の魔力か。」
「婚約指輪のようなものかしら。ふふふ。」
セレーヌは魔法石を眺めた。とてつもなく深い効果があるようで、じっと見ていると吸い込まれそうになる。
「セレーヌ、しっかりやるんだよ。」
「頑張ってね、セレーヌ。」
「お父様、お母様。行ってきます!」
セレーヌは馬車に乗り込んだ。