突然の来客
イグナシオがヴァルドラードの皇帝へ書状を送ってしばらくすると、ブランシェール家にヴァルドラードから来客があった。
「突然申し訳ございません。アルフォンス皇帝陛下の側近、ランスロットと申します。」
「ランスロット様、遠くからお越しいただきありがとうございます。今日は娘をお迎えに……?」
「いえ、お話があって伺いました。」
わざわざ皇帝の側近が出向いてまでする話とはどんなことなのだろうか。ランスロットの向かいに並んで腰かけているジーベルト、ナターシャ、セレーヌの3人は手に汗を握った。
「どのようなお話でございましょうか。」
「これまで、陛下は各国に女性を送れだなんて言っていましたが、女性に満足されたようなんです。セレーヌ様は来て頂かなくて結構です。」
ジーベルトは口を開けたまま固まった。ナターシャとセレーヌも固まっている。ランスロットだけはにこやかに微笑んで、セレーヌを見据えた。
「セレーヌ様、よかったですね。ヴァルドラードへいらっしゃる必要はございません。では、私はこれで。」
「待ってください!」
セレーヌは慌ててランスロットの腕をつかんだ。
「もう一度、陛下にお願いできないでしょうか!私、後がないんです。陛下に受け入れていただけなければ私は……」
「セレーヌ様、あなたは魔王のところへ行きたいとでも言うのですか。魔王様は恐ろしい方です。ヴァルドラードには何人も女性が送られて来ましたが、女性たちはどこへ行ったかわからないんですよ?」
「それは……聞いたことがありますが……」
「もう女性には満足したからお断りするようにとのことございます。よかったですね、行方不明にならなくて。」
「魔王様に断られてしまうなんて……もう終わりだわ……せっかくここまでやってきたのに……」
セレーヌは掴んでいたランスロットの腕を離すと、ふらふらとソファーに腰を下ろした。魔王のところへ行けば良いと考えていたが甘かった。魔王にすら断られてしまった。
「ランスロット様、私からもお願いします。もう一度、陛下にお願いしていただけませんか?」
「……へ?」
セレーヌの背中をさすっているナターシャの言葉に、ランスロットは耳を疑った。セレーヌとナターシャの言葉は、まるで魔王のところへ行きたいみたいだ。
「ランスロット様、私からお話させて頂いてもよろしいでしょうか。」
ランスロットが視線を彷徨わせていると、ジーベルトがソファーに座るように促した。
「セレーヌはエルバトリアの王太子、ステファン様との婚約を破棄されてしまいました。その後、結婚相手を探したのですが見つからず、大変恐縮ながら、皇帝陛下にお願いできないかと思っております。」
「陛下に求婚すると仰るのですか!?」
「無理にとは申しません。ご検討いただけないかと思っております。」
ブランシェール家は、エルバトリアの由緒正しい家柄だ。そんな家の令嬢なのだから、当然国王の命令で無理やりヴァルドラードへ送り込まれるのだと思っていた。ヴァルドラードへ送られることをさぞ本人は嘆いているだろうと思っていたが、来てみたら真逆だ。ヴァルドラードへ来なくていいと言ったら娘はショックを受け、父親は皇帝であるアルフォンスと結婚させたいなどと言っている。
「セレーヌは特定の相手を決めなければ、持っている魔力を失ってしまいます。ですから、どうかもう一度、皇帝陛下にお話しいただけないでしょうか。」
「ランスロットさん、私、何番目でも大丈夫です。10番目でも100番目でもいいです。お願いします!」
結婚できるのなら100番目の妻でも良いと言うのか。アルフォンスをどんな風に思っているのだろうか。ランスロットは困惑したが、自分が判断できる問題ではない。
「とりあえず陛下に相談してみます……」
「ありがとうございます!」
3人に揃って深々と頭を下げられて、ランスロットは挙動不審でブランシェールの屋敷を後にした。
「どういうことだ?魔王と結婚したいだなんて。」
断れば喜んでもらえるだろうと思っていたのに、反対に結婚してくれと言われてしまった。ヴァルドラードへ戻る馬車の中で、ランスロットはどうやって皇帝であるアルフォンスに事情を話したらいいか悩んだ。
「いや、待てよ。」
ものは考えようだ。アルフォンスは結婚する気が全くない。後継は側近に譲ると言うのが口癖だが、その側近は事情があって城におらず、戻ってくる見込みがない。ヴァルドラード存続のためには、アルフォンスが妃を娶る方が現実的だ。ランスロットはセレーヌがヴァルドラード行きを希望していることをチャンスと考えた。