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魔力の衰え

「お父様……!」


 突然執務室の扉が開いて、血相を変えたセレーヌが飛び込んできた。


「色が変わらないの!赤いお花を白に変えようとしたのにちゃんと変わらないのよ!こんな……こんな簡単な魔力、一度も失敗したことがないのに!」

「セレーヌ、落ち着きなさい。落ち着いて、もう一度やってごらん?」


 セレーヌは、執務室に飾られている赤い花に向けて魔力を放った。しかしピンクにしか変わらない。違う色ならできるかもしれないと黄色い花に向けて赤色に変わる魔力を放っても、オレンジ色に変わるだけだった。


 ジーベルトはセレーヌの魔力が落ちていることを目の当たりにした。言い伝えは真実だと思わざるを得ない。


「もうだめなんだわ。私の魔力はこのまま消えていくのよ!これまで頑張ってきたのに、こんなことで失ってしまうなんて……!」


 ナターシャは泣いているセレーヌの背中をさすっているが、なんと声をかけていいかわからなかった。


「お父様、ヴァルドラードへ行かせてください……!」

「セレーヌ……」


 ヴァルドラードや皇帝に関する正確な情報はほとんどない。噂はあくまで噂に過ぎないかもしれないが、現実はもっと酷い可能性もある。ジーベルトは素直にヴァルドラードへ送ることを承諾することができずに目を伏せた。


「あなた、セレーヌの言う通りにしてあげませんか?」

「ナターシャ、相手は魔王なのだぞ?」

「わかっています。私もヴァルドラードへ送ることなんてしたくありません。でも、このままではセレーヌの魔力が落ちていくのを見ているだけです。それはあまりにも可哀想ではありませんか。」

「だが……」

「ヴァルドラードへ行けば二度と戻って来られないかもしれないわ。でも、何もしないより良い。セレーヌはそう思うのよね。」


 セレーヌは小さくうなずいた。結婚相手は未だに見つかっておらず、この先も見つかるかわからない。新たな結婚相手が見つかる前にセレーヌの魔力が無くなってしまうことは充分に考えられる。セレーヌがヴァルドラードへ行ったところで魔王と結婚できるのかわからない。だが、異次元の魔力を持つヴァルドラードの皇帝ならセレーヌの魔力を維持する方法を知っているかもしれない。


「お父様、お願い。このまま魔力が無くなるのは嫌なんです!」


 セレーヌはしくしくと泣き続けている。ジーベルトはセレーヌがこれまで苦労して魔力を習得し、ステファンを支えようと必死に魔力を磨いてきた姿を見てきた。それだけに魔力を失ってしまうことの悔しさは痛いほどわかる。自分もナターシャと同じように、ただ魔力が落ちていくセレーヌを見ているのは辛い。ジーベルトはセレーヌの頭にそっと手を乗せた。


「セレーヌ、必ずお前の魔力を生かせる場所がある。明日、国王陛下に話をしてみよう。」


 セレーヌを魔王のところへ送るなんてことは、本来ならばしたくない。しかし結婚相手が見つからないまま魔力を失ってはセレーヌが悲しむ。自分も後悔するだろう。


 ヴァルドラードは魔力の国だ。皇帝のアルフォンスだけでなく、国内にも魔力を保持する者が多いと国王から聞いたことがある。セレーヌはこれまで努力して多くの魔力を習得してきた。うまくできずに泣いて苦しんだことも多かったが、今では国を支えられる程の魔力の使い手だ。そんなセレーヌであれば、ヴァルドラードでうまくやれるかもしれない。ジーベルトは複雑な思いを抱えながらも心に決めた。

 

 翌日、ジーベルトはエルバトリアの城で国王イグナシオに謁見した。


「陛下、セレーヌをヴァルドラードへお送りください。」

「セレーヌをヴァルドラードへ!?」

「はい。ブランシェール家の言い伝え通り、セレーヌの魔力が衰えはじめております。」


 イグナシオは顔を俯けた。まさかステファンと婚約破棄したことで、セレーヌをヴァルドラードへ送ることになるとは思ってもみなかった。


「もうヴァルドラードへ女性を送ることはしていないんだ。」

「そうなのですか!?」

「あぁ。だから……」

「では、皇帝陛下の妃候補としてセレーヌを推薦していただけませんか?」

「な……ななんだと!?」


 イグナシオは驚いて立ち上がった。あの恐ろしいアルフォンスに求婚するとは信じられなかった。


「殿下に婚約破棄をされて以来、セレーヌの結婚相手を探しておりましたが見つからないのです。このままではセレーヌは魔力を失ってしまいます。」

「しかし、あの皇帝に求婚とは……」


 イグナシオは玉座に力なく腰を下ろして頭を抱えた。


 ジーベルトはイグナシオをじっと見つめた。本当ならセレーヌをヴァルドラードの皇帝に差し出すようなことはしたくない。こんなことになっているのは、すべてステファンに婚約破棄されたからだ。ステファンに婚約破棄されなければ、セレーヌの魔力は衰えることもなく、魔王に求婚する必要もなかったのだ。ジーベルトの思いが伝わり、風もないのに謁見の間のカーテンが激しく揺れた。


「ジーベルト、私はセレーヌを王太子妃にと思っていた。彼女のようにちゃんと魔力を習得した女性でなければステファンを支えられないからな。」

「ありがとうございます。」

「ステファンがあの娘と駆け落ちするなどと言い出したために……すまなかった。」

「そうでしたか。」


 ジーベルトは手を握りしめた。もはや何を言っても遅い。婚約は破棄されてセレーヌの魔力は衰えている。あの無責任な王太子のせいでセレーヌは苦しんでいるのだ。ジーベルトの思いがイグナシオの玉座に伝わり、玉座の飾りがポロポロと落ちた。


「皇帝に書状を書こう。」

「よろしくお願い致します。」


 謁見を終えたジーベルトが廊下を歩いていると、城の壁に穴が空いているのを見つけた。周囲を見渡すと至る所に穴があいている。ジーベルトは魔力を放ってそれらの穴を修復した。しばらく行くと今度は窓が割れていた。


「これは、もしや……」

 

 ジーベルトはため息をつきながら破損している部分を修復していった。


 ステファンの両親である国王と王妃は魔力が高い。王太子であるステファンもそれなりの魔力を持っている。だが、ステファンは全く魔力を習得しようとしないため、魔力を正しく使うことができず、制御もできないのだろう。壁の穴や割れた窓は、ステファンの魔力が暴走している影響だ。これまで城の中がこんなことになっていなかったのは、セレーヌがステファンの魔力を制御して調整していたからに違いない。


「良かったのかもな。」


 セレーヌを魔王のところへ送るのは不本意だ。不安もある。しかしこれからはステファンのために無駄な魔力を使わなくて済む。セレーヌは婚約破棄されて良かったかもしれないとジーベルトは思った。

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