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魔力を失わずに済む方法

 セレーヌの結婚相手は何日経っても見つからなかった。これまで苦労して身につけてきたものが全て水の泡となって消えてしまうのは嫌だと思っても、結婚相手が見つからない限りは魔力を失うことを覚悟しなければならない。


 そもそも、たくさんの人がいるパーティーの会場で大々的に婚約破棄を宣言されたのだ。エルバトリアの国内で婚約破棄されたことを知らない人はいないだろう。王太子に婚約破棄された女性を妻にしたい人がいるのだろうか。結婚相手が決まらないのも当然だ。


 ため息をついて歩いていると、アンリエッタが割れた花瓶を片付けていた。


「アンリエッタ、大丈夫?」

「セレーヌ様、申し訳ありません。すぐに片付けます。」

「私に任せて。」


 割れた花瓶に向かって魔力を放つと、花瓶があっという間に元に戻った。


「わあ!すごい!」

「怪我をしてしまったの?」

「これくらい大丈夫ですよ。」

「最近使えるようになったのよ。手を出して?」


 アンリエッタの手を取って治癒の魔力を放つと、アンリエッタの手にあった傷はきれいに消えた。


「ありがとうございます!」

「花瓶は直せたけど、お花は元に戻せないの。また飾っておいてくれる?」

「わかりました!」


 アンリエッタは廊下の向こうに駆けて行った。


「まだ大丈夫……」


 修復の魔力も治癒の魔力も習得するのに時間がかかった。まだ魔力は失われていない。結婚しないからと言って魔力が失われるだなんて所詮は言い伝えなのかもしれない。セレーヌは自分を勇気づけようと、毎日魔力が使えるか確認していた。

 

 部屋へ戻ろうとすると、向こうから2人の男性が歩いてくるのが見えた。セレーヌは慌てて近くにあった植木の陰に身を隠した。隠れる必要なんてないのだが、大々的に王太子に婚約破棄をされた挙句、何日経っても結婚相手が決まらないことを気にしていたセレーヌは、できるだけ人と会いたくなかった。植木の陰でじっとしていると、男性たちの会話が聞こえてきた。


「東の村から送られたって話を聞いたことがある。」

「戻って来ないんだろ?」

「そうらしい。食ったなんて話だ。」

「恐ろしいな、魔王様は。」


 魔王というのは、隣国ヴァルドラードの皇帝のことだ。ヴァルドラードの皇帝は、異次元の強大な魔力を持つことから魔王と呼ばれていた。魔王は近隣諸国に対して「攻撃されたくなければ女を寄越せ」と要求しており、エルバトリアからも何人か女性が送られたと聞いたことがある。魔王はその女性たちを食って魔力に変えている、圧政を強いて自国の民たちも容赦なく処分しているなど恐ろしい噂が絶えない存在だった。


「魔王様……か……」


 セレーヌは両手を強く握りしめて父の執務室へ向かった。


「お父様、私、ヴァルドラードに行きます。」


 しばしの沈黙が流れた後、ジーベルトは静かに口を開いた。


「セレーヌ、お前の結婚相手は必ず見つける。だから待っていなさい。」

「ずっと待っています。ずっと待っているのに、見つからないではありませんか。」

「私の探し方がいけないんだ。すぐに見つかるから待っていなさい。」

「お父様!」

「部屋に戻っていなさい。」


 追い出されるようにしてジーベルトの執務室を後にした。拒否されることはわかっていたが、言わずにはいられなかった。きっと自分の結婚相手はこれからも見つからない。王太子に捨てられた女なんて誰も娶りたくないに決まっている。セレーヌはとぼとぼと部屋に戻って行った。


 結婚相手探しは難航していた。セレーヌは王太子の元婚約者で、ステファンを支えるために多くの魔力を習得している。そんなセレーヌとの結婚は国内では恐縮する者が多く、国外の貴族においては王太子に婚約破棄されたのだから何か重大な理由があると思われて拒否されていた。


 ジーベルトが頭を抱えていると、執務室にナターシャがやってきた。


「あなた、セレーヌの結婚相手は見つかった?」

「いいや。早く見つけてやらなければな。セレーヌも焦っているのだろう。さっき、ヴァルドラードへ行くと言ってきた。」

「ヴァルドラード!?」

「それだけは避けたい。だが見つからない……」


 自室へ戻ったセレーヌは、ソファーに腰かけて大きなため息をついた。結婚相手が見つからない以上、魔力を失わずに済む方法は魔王のところへ行くより他ないと思う。魔王が結婚してくれるかはわからないし、ヴァルドラードへ行ったら噂通り魔王に食われてしまうかもしれない。でも女性を求めているのだから、少なくとも受け入れてはもらえるだろう。一度受け入れてもらえれば、結婚できなくても魔力を失わない方法を探せばいい。


 セレーヌにとっては、もはや自分がどうなることよりも苦労して身に付けた魔力を保持することこそが最重要だった。そのためには父をどうやって説得するかだ。単にヴァルドラードへ行きたいと言っても、先ほどのように断られてしまうだろう。


 しかしどう考えても父を説得する方法は浮かばない。セレーヌはおもむろに花瓶に飾られている赤い花に向けて魔力を放った。いつもなら赤い花は白色に変わるはずだった。


「……」


 セレーヌは固まった。手がわずかに震えている。花の色を変える魔力は単純で基本的な魔力だ。習得してからは一度も失敗したことがない。しかし、目の前にある花は何度見ても白ではなくピンクだった。

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