206号室のおばあちゃん
「私は昔こことは違う世界にいたのよ。みんなお姫様みたいなドレスを着て、馬車に乗ってね……」
また始まった。206号室のおばあちゃん、現実と妄想の世界がごちゃ混ぜになって帰ってこれないのだ。
「今日はあの人が来てくれる日ね」
毎週やって来る面会人が来る日はしっかり覚えているのにね。
「もうそろそろ来る頃ね。紅茶を淹れましょ」
ゆっくり立ち上がり、いそいそとティーポットに茶葉を入れる。アンティークの物なのか高そうなそれは彼女のお気に入りだ。
「火傷に気をつけてくださいね」
程なくしてやって来た面会人は彼女と同い年位の人だ。静かな人でおばあちゃんの楽しそうな声だけが部屋の外まで聞こえてくる。
帰り際、名残惜しげにその人を見送ると彼女は寂しそうにため息をついた。
「あの子を一人にするのは心配なのよ」
えー、でもあの人、おばあちゃんに比べれば私よりキビキビした動きだし、元気そうに見えるけどな。
「私が昔いた世界では魔法が使えてね……」
今日も今日とておばあちゃんは絶好調だ。さては昔ゲーマーだったな。私も魔法使いたいよ。
それから暫く日々が経ち、変わらず毎週面会人は訪れて、その人はいつもと変わらず、でも彼女は年に逆らうことはできず、段々と食が細くなっていった。
それでも面会人が来ると彼女は微笑んだ。
「私、やっぱりあなたを一人にできないわ」
ある日の帰り際、彼女はそんなことをぽつりと漏らした。相手は暫く無言だったが、小さく「そう」とだけ答えて帰っていった。
このところおばあちゃんの具合がよくない。もうベッドから起き上がることはない。声をかければ反応を見せるが、何もかもが億劫なようだ。
それでも面会人が来たと声をかければ、小さく笑んで頷いた。相手を通せば、寂しそうに、でも嬉しそうに微笑みかけた。
「いつも彼女を見てくれて感謝している」
「いえいえ、何かあったら呼んでくださいね」
「……ありがとう」
珍しく声をかけてきた面会人に頭を下げると部屋を出る。残り少ない二人の逢瀬の時間を邪魔することはできないからね。
「面会の方、帰られたのかしら」
そういえばいつも聞こえてくる彼女の声がしない。違和感に部屋をノックしたが返事はない。
「失礼します」
そろそろと扉を開けば、そこには誰もいなかった。
ベッドは空のまま、シーツもかけられていない。棚の上のポットもない。物入れをそっと開けば何も入っていない。
そこには誰もいなかったかのように。
「……ねえ、ねえってば!空き部屋で何してるの?」
同僚の声に我に返る。
あれ?私、なんでこの部屋にいるのだろう。
この部屋はずっと使われていないのだ。
「201号室の佐々木さん、あなたじゃなきゃイヤだってちょっと駄々こねてるのよ。お願いしていいかな?」
「はーい、すぐいきます」
206号室の部屋を閉め、歩き出す。
利用者さんが安心して過ごせるよう、今日もほどよく、頑張ろう!
おばあちゃんの諸経費は前払いでしっかり前払い、多めに支払い済みでございます。
広義の異世界モノ、ホラーではないハズ、と思いたい。
おばあちゃんは本当に若い頃異世界転生or転移しており、面会人は何らかの方法で現実世界にやって来た異世界の住人です。彼女を連れて異世界へ旅立ったというお話でした。