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いよいよ夏の甲子園予選がスタート、浩太と真希の最後の夏はどうなる?強豪・智阪学院との一戦がプレイボールです。

全三話の二話目です。

予選大会前の最後の練習を終え、試合用のユニフォームが配られた滑の川高校ナインがいよいよ大会一回戦にのぞみます。

相手は甲子園の常連、智阪学院。記録員としてベンチ入りする真希も気合いが入ります。

「かっ飛ばせぇ~智阪。滑高倒せぇ~オウッ!」

 翌朝、県立笹の葉台球場。炎天下の第一試合。まだ県予選の一回戦だというのに、甲子園常連校の応援団とブラスバンドは、うざいほどに気合い十分だった。


「ったくよ。何なんだアイツらは。少しは情けってもんは無いのかよ。ボカスカ打ちやがって」

 タイムを取った浩太に呼ばれて、キャッチャーの上原が呆れ顔でマウンドに歩み寄った。セカンドの山本とサード上村、ファーストの永川も集まってくる。


「ホントだよな。俺の腕が万全だったら少しはマシな試合になったと思うけど、アイツらが相手だと流石に誤魔化しはきかないな」

 イニングは5回。スコアは10対1。ノーアウト満塁でバッターは4番だ。ドラフト候補とも称される浩太の中学時代のチームメイト、堂島雄大が打席に立っている。


「椛島ぁ、お前もちょっと来てくれ」

 あと1点でコールドゲーム。試合終了だ。サードランナーがホームに帰った時点で、浩太たちの代の最後の夏は終わりを告げる。

 ショート椛島に声を掛けた浩太は、そのまま外野の三人もマウンドに呼んだ。


「お前らに言っときたいことがあってな」


「なんだよ、全員集めて仰々しいな。だったら神代たちも呼ぶか。伝令とか言って」

 外野からの全力疾走は流石に息が切れる。小刻みに肩を上下するセンターの前崎が、恨めしそうに口を尖らせた。


「呼びたいところだけどな。まあ、アイツらには後で声を掛けるわ」

 そう言うと浩太はベンチを見た。山本たちも視線を移す。

 長い髪をすっぽりと帽子の中に収めた真希は、黒々とした日焼けも相まってまるで中学生の男の子だ。澄香は何を祈っているのだろう。両手を胸の前で堅く結んで、小さく口を動かしている。


「ハリー・アップとか審判が煩いから手短にいうぞ。オマエらみんな、今日まで本当にありがとうな」

 帽子を取って浩太は、円陣の真ん中でそう言った。それぞれやりたいことがあって滑校に進んだだろうに、無理に野球部に引きずり込んで悪かった。自分の我儘に付き合ってもらったこの三年間、感謝してもしきれないと頭を下げた。


「おいおい、急にどうしたんだよ、浩太らしくもねえ。確かにオマエに誘われて野球部に入ったけどさ。でも何かさ、楽しかったんだぜ。だからアホみたいに毎日泥だらけだったけど、今日まで頑張り通しただろ、一応は」

 いつも練習がキツイと愚痴を言う、ダラダラと走るばかりの永川がそう言った。椛島と上村も頷いている。山本と前崎は泣き出しそうだった。「高校で野球ができるなんて思ってもいなかった」と、野球経験者のふたりは口を揃えた。


「よーし、んじゃあの化け物をぶっ倒して、次の回に行くとするか。おい浩太。そんな怪我なんて言い訳にすんなよ。元中学県代表校のエースの底力、バッターボックスのあのドラフト野郎に見せつけてやれよな」

 そうまくし立てた上原がパチンとミットを叩いた。そしてその音を合図にしたかのように、気合いを入れ直した滑高ナインはそれぞれの守備位置へと散っていった。


(よし、じゃあいくか)

 プレートを踏んでセットポジションを取った浩太は、ボールを持つ手に力を込めた。「バッチ来い」と背中のどのポジションからも、智阪の大応援団をものともしない掛け声が飛んでくる。


「プレイッ!」

 バックスクリーンの大時計を仰ぎ見た主審が、小気味よく、そして少しだけ苛立ち気味に試合の再開を告げた。

 その瞬間に球場は大歓声だ。ブラスバンドの演奏が内外野につんざく。

 滑高の勝利を願う者などほんの一握りだろう。だが、容赦なく浴びせられる「滑高倒せ」の大合唱に混じって浩太の耳には、涙ながらに声を振り絞る、真希と澄香の祈りが届いていた。


(真っ直ぐ。そうだよな、もうそれしかない)

 上原のサインに頷く。左足を持ち上げ右足で踏ん張る。真一文字に口を結んだ浩太は初球を投げた。九回まで戦う予定でセーブしていた力を全て解き放って、渾身の一球を元チームメイトに投げ込んだ。


「キンッ」

 伸びのあるストレートがインコースに食い込んだ。怪我をする前の全盛期を彷彿させる、ありったけの体重を乗せた真っ向勝負の直球だ。

 しかし、それでも堂島はバットに当てた。並みのバッターならダブルプレーが取れたかもしれない。だが相手は怪物だ。目にも止まらぬスイングから放たれた堂島の打球は、わずかにミートできなかったのか、真後ろへのファールとなってバックネットに突き刺さった。


「お、おい、大丈夫か」

 今度は堂島が打席を外した。浩太がマウンドで右腕を押さえ、苦悶の表情でうずくまっていたのだ。

 すぐにタイムを取った上原が、浩太のもとへと走り寄っていく。

 最後の相手となるかもしれないバッター。それが堂島なら本望だ。そんな思いが浩太に全力を出させたのだろう。80%での投球ですら医者に止められているというのに、なりふり構わぬストレートで浩太は、ドラフト候補の怪物に立ち向かったのだった。


「滑の川高校、選手の治療のため、試合を中断いたします」

 場内に流れたアナウンスにどよめきが起こった。突然のアクシデントに強豪校のファンや応援団の間にも、流石に同情が芽生えたのだろう。

 右肘を押さえた浩太は、上原に抱えられてダグアウトに戻った。そしてベンチに腰を下ろすと、どこか晴れがましい笑みを浮かべて、ネクストバッターズサークルでバットを振る堂島を指差した。


「見ろよ、あの慌てっぷり」


「ああ、ファールのあとアイツ、『クソッ』とか怒鳴ってたもんな」

 振り返って堂島を見た上原は、そう言うとすぐに向き戻って、浩太を治療する澄香を手伝い始めた。そしてむくれた顔をして「でもよぉ、最後だからって無茶しすぎなんだよ」とブツブツ言いながら、浩太の腕に巻かれたバンテージを剥がしていく。


「そうだな。流石に全力は無理だった」

 渾身の一球の手ごたえが右手に残っている。何の心配もなく投げられた頃のあの懐かしい痺れが、人差し指と中指にジンジンと漂っている。


「けどな、あの野球バカと最後にやれてよかったよ。それに空振りは取れなかったけど、俺は打たれたわけじゃない」


「もしかして浩太、アンタが滑高に来たのって…」

 バッグからアイシングサポーターを取り出した真希は、浩太に手渡しながらそう訊ねた。

 堂島とともに智阪学院に進み、甲子園を目指すのだろうと思い込んでいた中学の県大会優勝投手が、自分の高校のクラスメイトだと知ったときの驚きを思い出したのだった。


「そうだよ。アイツと対戦したかったんだ」

 同じチームじゃ無理だしな。と続けた浩太は、「それに、智阪なんかじゃ東大には行けねぇだろ。俺は甲子園より神宮なんだ。東大で野球をやりたいんだよ」と、冗談なのか本気なのかわからない注釈を加えた。


「で、どうすんだ、この後は」

 東大ねえ、と吹き出した上原は、甲子園よりは現実味があるわなと嘯いたあとに真顔になった。

 浩太が続投できるとは思えない。となれば、9人しかいない滑高は棄権するしかない。それでも構わないと上原は考えていた。滑高野球部は浩太がひとりで作り上げたチームだ。その浩太がベンチに下がらざるを得ないのであれば、もう試合を続ける意味はない。


「どうって、お前が交代するしかないだろ」


「お、俺が投げるんかよ」

 と、素っ頓狂な声を張り上げて上原は目をパチクリさせた。投げるんなら野球経験者の山本か前崎だろうと、大慌てでそうまくし立てた。


「違う違う、そうじゃないよ。代って欲しいのはキャッチャー。悪いけどお前にはベンチに下がってもらって俺が捕る」


「なんだ、キャッチャー交代か。変なとこで言い間違えんなよ。びっくりさせるなよ」


「悪い悪い。それじゃあ神代、あとは頼んだぞ」


「えっ、なっ、何。今、何て言ったの?」


「だからお前が投げるんだよ。エースが潰れたら二番手がマウンドに上がる。そんなの常識だろ」

 あっさりとそう言い放った浩太は、上原からレガースやミットを奪い取って自分に装備し、さっさとグランドに戻っていってしまった。


(ど、どういうことなの…)

 ベンチの真希はただ固まっていた。記録員としてのベンチ入りのはずだ。選手登録もしてないのにピッチャーをやれだなんて、いったい浩太は何を考えているのだろう。


「滑の川高校、選手の交代をお知らせ致します。キャッチャー、上原昴君に代わりまして大河内浩太君。ピッチャーは、神代まさき君。背番号10」

 場内アナウンスまでが、当然のように真希の交代を告げた。

 早く来いと浩太が、審判の横で手を広げている。どうやら選手登録までがなされていたようだ。審判もバックネット裏の大会役員も、相手チームの選手や監督も誰一人として、非常識なこの交代に疑いの表情すら見せていない。


「ま、そういうこった」

 出番を終えた上原が、大げさに足を組んでそう言った。そして、


「行って来い、マサキ。お前が試合を締めてくるんだ」

 と、真希の背中を力任せに叩いた。

お読みくださってありがとうございました。

次回で完結となります。ありがちなストーリーで「くだらない」と思われるかもしれませんが、感想などいただけると嬉しいです。

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