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社会不適合者が凄腕のショコラティエになっていた件  作者: エスティ
第4章 地方復興編
69/70

69粒目「アウティング」

 決意を新たに、私が行動を起こすのに時間はかからなかった。


 普段は敬遠していたグラビア撮影の仕事を引き受け、ピンク色の水着を着用する。


 学生水着じゃないし、上下に別れていて露出度が高い。パンツに至ってはフリルがついていて肌に食い込んでくる。少しばかり食べ過ぎたかな。体型が諸に現れるし、ここから逃げ出したい。


 本来なら恥ずかしくて到底できないことだけど、お兄ちゃんが体張って取ってきた優勝と集客で葉月珈琲が生き長らえている。なのに私だけ恥ずかしいなんて言ってる場合じゃない。


 私のグラビア撮影を凪と降谷社長が見守っている。


「社長、璃子になんて言ったの?」

「いやいや、璃子ちゃんの方から言い出したんや」

「璃子の方から言い出した?」

「ああ。どんな風の吹き回しなのやら」


 数日前――。


 覚悟を決めた私は葉月珈琲倒産阻止のため、タレントップへと赴いた。


 社長室に入ると、単刀直入に給料アップのためにはどうすればいいかと願い出た。


 お世辞にもローカルアイドルの収入は少ない。子供のお小遣いとして見るなら多いが、社会人として見るなら控えめである。入った当初は活動範囲が広く、テレビ出演もあって比較的多めだったが、テレビ局から出演停止を言い渡されてからは給料が下がり、葉月珈琲を支えきれなくなっていたのだ。


 給料のほとんどは葉月珈琲の維持費に費やしている。


 お兄ちゃんは黙認してくれているが、店を維持するのが精一杯だ。


「何を言うかと思えば、給料アップのために仕事を増やしてほしい?」

「はい。つい最近まで休みがちで申し訳ないのですが、どうしても稼がないといけない事情ができたんです。選り好みはしません。私にできることなら何でも言ってください」

「そうはゆうてもなー、今の時期に給料上げるんはちょっと厳しい――あっ、そうや。グラビア撮影の仕事やったらどうにかなるで」

「グラビア撮影ですか?」

「8月は日差しも強いし、他の子は年頃なのか、全くやりたがらないし、とびっきりスタイルのええ子やないと儲からへん。璃子ちゃんやったら申し分ないけど、水着の仕事はあかんかったやろ?」

「やります。私の兄は生活のために体を張ってくれたんです。今度は私が体を張る番です」

「……そうか。ほな、行って良し」


 何かを悟ったように、自らが腰かけている回転椅子を横に向ける降谷社長。


 私は静かにお辞儀を済ませて社長室を出るのだった――。


 写真写りを意識しながらも、一定時間毎にポーズを変え、後で写真写りを自分で確認する。これなら十分にマガジンの表紙として売り出せるとのこと。


 ホッと一息吐いたところで、椅子に腰かけた。


「あんなにグラビア撮影を嫌がってたのに、何か事情でもあるのかな?」

「細かいことは知らんけど、困ってるみたいやで」

「あたしには全然言ってくれなかったのに……ちょっと妬いたな」

「なんや、頼ってほしかったんか?」

「そんなんじゃない……」


 凪がそっぽを向きながら不機嫌そうに言った。


 この後、凪からグラビア撮影の背景を問われた。


 おおよそ察しはついていたようだが、いつもの璃子らしくないと凪は言った。どんな私も多面的な私の一部にすぎない。無論、それは他の人にも言えることだが……。


「だとすると、敵もこっちの動きに感づいている可能性があるかもね」

「その心配はないと思う。お兄ちゃんにしか言ってないし、今後はお父さんとお母さんにも情報は伏せておく。お兄ちゃんは元から細かい報告とかしないし、もしバレてなかったら――」

「璃子の両親は敵に脅されているってわけね」

「うん。外れているといいけど」

「仮にもあたしの助手なのに、推理が外れることを祈るなんて、やっぱりあんた変わってる」

「そーゆー凪は人のこと言えるの?」

「どうかな。あたしにだって、普通の人と同じところくらいあるよ」


 手で髪を梳きながら凪が言った。すぐに誉め言葉だと分かった。


 さっきから私の胸ばかり見てるし、何か思うことでもあるんだろうか。


 かと思えば、息が荒くなり、顔は赤くなっていく。手で花を隠しながら後ろを向き、ティッシュで鼻をかんでいる。撮影が終わったことを確認してから再び戻ってくると、凪は魔法にでもかかったように再び私の胸元を凝視する。変なのはむしろ凪の方だ。


「どうかしたの?」

「さっきより小さくなってると思って」

「あー、これは胸を小さく見せるブラを着けたから」

「えっ、小さく見せてるの? 勿体ないなー。あたしはむしろ強調してほしいけど。璃子はモテるんだから、もっと自分を前面に出した方がいいと思うよ」

「私は目立ちたくないの。できれば誰にも存在を悟られないようにしたかったけど」


 ふと、友恵さんのことを思い出した。水着を着てまた胸が大きくなってることを思い知らされた。


 用意してもらったブラが想定より小さかった。私くらいの歳では当たり前のサイズらしい。


 また特注してもらわないと、胸がブラを引き千切ってしまいそうだ。私の意思とは関係なく、少しずつ確実に膨らんでいく。外にいる限り、ずっとケダモノたちから狙われ続けると思いながらも嫌悪していたこの半球に助けられるとは、何とも皮肉なものだ。


 世の男性たちは、私が思っている以上に女性のスタイルに敏感だ。


 人類誕生前からずっと持ち続けている本能なのかな。


 一抹の不安を抱えながら、私はスタジオを後にするのだった――。


 9月を迎えると、今度は静乃が葉月珈琲に遊びに来る。


 私は葉月珈琲やアイドル活動で稼いだお金で専門学校に通うことを検討していたが、静乃に高卒でなければ通えないと言われ、調べてみれば本当でビックリした。忙しさゆえに調べていないかった。高卒資格が必要であったことは盲点だったし、このままじゃただの中卒に終わりそうで怖い。


 今更受験勉強なんてする気にもなれない。


 仮に受験に受かったとして、学費は誰が出してくれるのか。


 アイドル活動をしながらでは出席日数に影響を及ぼすのは間違いないし、学業と仕事を両立できる気がしなかった。ちょっと通わなかっただけで目立つし、アイドルであることを知られたら最後、男子からは休み時間の度に話しかけられ、女子からは嫉妬を買うことが目に見えている。


 実際、凪がそうだった。常に荒波の渦中にいた凪は学業に集中できず、アイドル活動と秘密探偵業に専念している。例の女子が誘拐された事件で警察が捜査を最低限に留めたところに不信感を持ち、警察の中に巨悪が紛れていることに感づいた凪は、直接届け出ることはせず、秘密裏に捜査を行っている。


 久々にクロエクローズへと赴く。友恵さんの方から雑談を設けてくるのはお約束。


 友恵さんは私とは真反対な性格だ。人と話すのが好きで、何事にも物怖じしない。


 彼女なら何か知っていると思い、心の内を話した。


「それで今、凄く困ってるんですけど、家の事情で高校には行けないんです。友恵さんは独学でファッションデザイナーになったと聞きました。参考までに聞きたいんですけど、友恵さんはファッションデザイナーの専門学校に通いたいとは思わなかったんですか?」

「思わないかなー。人からあーしろこーしろって言われるのが嫌だったし、誰かに言われた通りに服を作るよりも、自分で1から作れるし、分からないことは本を見たりして学習したから、通学するっていう発想はなかったかな。それに学ばせてもらおうみたいな受け身の姿勢だと、いつまで経っても身につかないと思ったし、やるんだったら、自分から出探りで学ぶ方がずっと身につくと思うの」


 赤いレースの衣装を身に纏いながら、鏡で自らの角度を確認する。


 腰の括れを強調する設計は、彼女の自信を象徴していた。


 言われてみればそうだ。私は誰かに学ぼうとしているが、受け身の姿勢では身につかない。だが独学だけでは限界がある。葉月珈琲にチョコレートを出す案を可決してから一向に完成しない。誰でも簡単に思いつけるようなものじゃ駄目だけど、かと言って基礎が固まりきっていない状態で、新しいアイデアを考えるのも難しいものがある。チョコレートの基礎は習得したが、自分のアイデアを反映するくらいに応用した作り方ができない以上、プロに学ぶ必要がある。


 お兄ちゃんや友恵さんの感性には独学の方が合っている。


 恐らく多くの人には合わない学び方だし、何もないところからアイデアを閃く2人は、言ってしまえば天才の域である。模倣品を作るので精一杯な私には、基礎から応用までを教えてくれる存在がいなければ何もできない。今まで作ってきたチョコレートは誰かが作ってきたもの。


 基礎なら調べればすぐに分かるが、新商品の開発に結びつくほどの高度な技術はどこにも載っていないのがネックだった。基礎は大事だが、基礎止まりではその他大勢の1人だ。


 当然だが、コピーばかりの人間がトップに立つことはない。


 業界の覇者はクリエイトを究めた人間だ。分かるが故に辛い。


「はぁ~」

「どうしたのぉ~。ため息なんか吐いちゃってー。運が逃げちゃうよー」

「もう逃げてるかもしれません」

「はにゃ?」


 目が点になりながら頭を傾げる友恵さん。これ以上ヒントは貰えそうにない。


 そう思った私は、仕方なく立ち去ろうと、出そうなため息を押し殺しながら足を後ろに向けた。


「待って。せっかく来てくれたんだからー、サイズ測っていったら?」

「……分かりました」


 試着室へと移動し、友恵さんにスリーサイズを計ってもらう。


 やはりまた胸が大きくなっていることが分かり、またしてもため息を吐きそうになる。


「璃子ちゃんって、ショコラティエ目指してるんだっけ?」

「はい、そうですけど」

「じゃあ優子ちゃんにお願いしたら?」

「店の経営で手一杯みたいです」

「あたしだったらー、売り上げに貢献する代わりに、チョコレートの加工技術を教えてもらおうかな」

「!」


 ――そうか、その手があった。交換条件なら何とかなりそう。


 しかし、問題は藤次郎さんだ。優子さんはともかく最終的には藤次郎さんの許可が必要だ。


 チョコレートの基礎から応用までこなせることは、ヤナセスイーツで輝きを見せていたチョコレートケーキが証明済みである。素人でも分かるくらいの造形美、均一にテンパリングされた光沢、話を聞いてみれば、優子さんが作ったというのだから驚きだ。


 やはり私には優子さんしかいない。


 お兄ちゃんは独学で新しいコーヒーを作れるが、私は既製品を作るのが精一杯だ。


 ここにきて足手纏いなのは私の方であることを思い知らされた。


 どうすればヤナセスイーツを説得できるだろうかと考えた。


 友恵さんがこっそりと試着室を覗いた。


「着替えた?」

「は、はい……一応着替えましたけど」


 私が着用したのはチョコレートを意識したショコラティエの服装だ。


 板チョコを思わせる茶色のコルセット、ラングドシャを意識したフリルのスカート、胸周りはミルクチョコレートを連想させる。夢は以前から公言していたが、サイズもピッタリだ。


「友恵さん、夏芽から私のスリーサイズを教えてもらったんですか?」

「よく分かったねー。あの子人を抱いただけでスリーサイズが分かるから、重宝してるの。うちに欲しいくらい。また夏芽ちゃんに抱かれたんだね」

「意味深なこと言わないでください」

「ふふっ、あたしは偏見ないよー。凪ちゃんと良いカップルなんじゃないの?」

「やめてください。笑えないですよ」

「えっ、でも凪ちゃんって同性愛者なんでしょ?」


 一瞬、背中にブルッと怖気が走った。このことは秘密のはず。


「――どうしてそれを?」

「えっ、だって町中で噂になってるよ。凪ちゃんは歴代相方に振られたのを苦に追放して、今度は璃子をカップルの相手に選んだって」

「友恵さんの寛容さには敬服しますけど、噂を鵜呑みにしない方がいいと思います」


 急いで凪にメールを送ると、すぐに凪から返信が来る。


『凪、大変なことになってる』

『知ってる。あたしのことがバレちゃったみたい。念のために聞くけど、バラしてないよね?』

『もしやっていたら、腹を切ってもいいよ』

『それを聞いて安心した。降谷社長も身に覚えがないって。知らないふりをしてくれたみたいだけど、あたしの音声データがレコーダーに記録されていて、動画サイトで出回っているの』


 やられた。一体誰がこんなことを。許せない。


 ただの噂ならともかく、音声データなら誤魔化しようがない。


 友恵さんは動画を見る習慣がないようだが、他の人もそうとは限らないし、動画を見ていたファンたちから広がったと見て間違いない。趣味の悪い暴露の仕方だ。


 急いで着替えると、帰宅してから2階で編集作業をしているお兄ちゃんの前に立つ。


「ごめん、ちょっとだけ代わって。今すぐ調べないといけないことがあるの」

「ちょっ! いきなり何! まだ編集中だって!」

「今度のクリスマスケーキ、私が作ってあげるから」

「……代わってやるから、事情を言ってみろ」


 お兄ちゃんに事情を説明しながら某世界的な動画サイトにアクセスした。


 画面は真っ黒で、私と凪が会話している時の音声データだけが流れている。


 動画投稿者の情報はない。どうやら捨てアカのようだ。これじゃ特定のしようがない。動画投稿したのは昨日のようで、あっという間に広まったようだ。既に1万再生を超えているし、岐阜中のファンが知るところとなった。法律違反ではない。だが日本では少数意見を持つことは犯罪に等しい。


 法的な裁きは受けずとも、社会的制裁を受けるのだ。私はこれが怖くて、凪の前ですらガンプラの趣味を話さなかった。そういえば、私のことは何1つバレていない。


 どこかに盗聴器が仕掛けられているはず。話の内容からしてエンジェル・ウィングだが、既にここにあったわけではない。一体どうやって盗聴したのかな?


「お兄ちゃん、盗聴器なしで音声データを撮る方法ってある?」

「無茶だろ。部屋の中に仕掛けられてないなら、誰かが持ち込んだってことじゃねえのか?」

「! ――それだよ。誰かが持ち込んだ……でもどうやって?」

「そうだな。こっそり相手のポケットに入れちまうとか?」

「ポケットだったらすぐバレちゃうでしょ。それだったら鞄とかに――!」


 そうか、その手があった。私や凪が持っていた鞄の中なら。


 早速私の鞄を持ち、中を確かめてみると、信じられないことに、鞄の内ポケットから手の平に収まるくらいの盗聴器が見つかった。つまり私と凪の会話は全て聞かれていたことになる。


 悔しい。もっと注意深く警戒していれば――。


「璃子……何で泣いてるの?」

「私のせいで……凪が生き辛くなっちゃう」


 目の前が水分で滲み、全身の力が抜けていく。


 この後、しばらくは家から一歩も出なくなった。


 タレントップには体調不良のため、しばらく休むことをメールで告げた。凪には私のHSPを話すように言ったが、どうしても言いたいなら自分の口で言うべきと一蹴する。他人のことをいちいち語らない習性が染みついているようだった。葉月珈琲では料理番に専念し、新しいチョコレートの開発を任されていた。お兄ちゃんはこれ以上私から事情を聞こうとはせず、コーヒーの研究に没頭する。


 凪は予てから続けていたブログを更新した。


 自身の同性愛を認めた上で、一部の心無い人に暴露されたことを無念に思うと書かれていた。


 このことが原因なのか、凪のファンクラブの会員が激減した。偏見に屈するかのように、彼女は活動の幅を縮小せざるを得なくなった。ファンだと思われるのが怖くて退会した部分もあるだろうが、当時の日本は性的少数者への理解が進んでおらず、専ら蔑視されたり笑い者にされたりするのが当然のことであった。しかも彼女とユニットを組んでいる私までもが疑いをかけられた。迫害を恐れた私は、引きこもりにならざるを得なくなり、考えることをやめた。


 暴露の翌日、葉月商店街へと買い物に行った時だった――。


 通行人から白い目で見られ、仕舞いにはいつからそういう病気なのと聞かれる始末。


 同性愛でもカップルでもありませんと言ったが、事態の深刻さを諸に痛感した。一刻も早くこの偏見解消に力を入れなければならないと強く感じたし、とても外出できそうにないと感じた。


 お兄ちゃんが私の立場であれば、いつから偏見持ちのクソッタレになったんだと言い返すだろうが、私に嫌われる勇気などなかった。嫌われたくないと思ってしまうのは、私の傲慢さによるものだろう。


 全員と仲良くするなんてできない。


 でも仲良くできたら――それはとても素敵なことだ。


 友達とは、良好な関係を築くことが難しいからこそ、価値のある称号なのである。


 1ヵ月後――。


 10月を迎え、私は友恵さんから貰ったショコラティエの衣装を着用する。


 少しばかり気分が落ち着いてきた。


 お兄ちゃんはパナマゲイシャを買い付けようと、パナマへと遠征していた。


 私1人で葉月珈琲に残り、店の経営こそしていないが、店内の掃除を徹底的に行い、束の間の休みを堪能するように、ガンプラの趣味に没頭する他、私は世界大戦で活躍した戦車が私や凪を馬鹿にした人たちを砲撃する夢を見た。不思議なことに、心が痛むことはなかったばかりか、実在の戦車部隊の名前や形を網羅し、プラモデルを購入して組み上げていった。


 いよいよ隠す場所がなくなり、人が入ってくればすぐに趣味がバレるくらいになった。


 畑こそ違うが、私は凪と似たポジションにいる。


 明かせない趣味を悟られることなく没頭する。私の楽しみの1つだ。


 お兄ちゃんも暇な時はゲームに没頭する。オタクでさえ趣味を明かしにくい。こんなことを考えているのは私だけではないはず。なのに何故、誰1人として声を上げないのだろうか。


 パナマからお兄ちゃんが帰ってくると、今度は意外な人物が葉月珈琲にやってくる。


 凪に捜査依頼をしている鈴鹿さんだった。


 通りかかった外国人観光客の1人が葉月珈琲の存在を話し、すぐにお兄ちゃんのことがピンときたというのだから驚きだ。お兄ちゃんは鈴鹿さんからピアニストの道を勧められているが、お兄ちゃんにその気がないことは、火を見るより明らかだ。


「ふーん、そんなことがあったんだ」

「はい。なので、ほとぼりが冷めるまでは外に出られないんです」

「堂々と出ればいいじゃない」

「大丈夫ですかね?」

「確かに世の中には少数派の人たちへの偏見はあるけど、大半の人は自分の生活で精一杯だし、他人のことをいちいち考える余裕なんてないよ。良くも悪くもね」


 黒いシニヨンヘアーを靡かせながら鈴鹿さんが言った。


 彼女自身も理不尽な目に遭っているはずなのに、何故ここまで強気でいられるのだろうか。


 ショコラブリーは深刻なファン離れにより、活動がなかなか再開できずにいる。凪は探偵業に専念できるから運が良かったと言う始末だし、私の周囲には戦闘民族しかいない。


「……そうですか」

「自分を大事にしてくれない人たちなんてどうでもいいじゃない。肝心なのは、自分を大事にしてくれる人と、素敵な時間を過ごすことじゃないかな?」

「――そうですね」


 ごく自然に口角が上がり、目が覚めたように気分が軽くなる。


 鈴鹿さんの言葉は、どんなに具体的な助言よりも私を励ましてくれた。


 心の潤いを取り戻した気がする。言葉は人を傷つける。でも励ますこともできる。思えばずっと敵と向かい合うことばかりを考えていた気がする。


 もう向かい側の店のことは考えない。自分は自分の仕事をするのみ。

読んでいただきありがとうございます。

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