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社会不適合者が凄腕のショコラティエになっていた件  作者: エスティ
第4章 地方復興編
64/70

64粒目「数奇な楽器店」

 3月シーズンはあっという間に過ぎていった。


 株式会社狭山は方針を転換し、夏芽の百合園はどうにか守られた。


 狭山社長はユニフォーム開発に忙しく、やはり土日も出勤の日々が続いているようだが、早矢仕社長と意気投合したのか、お取り潰しになっても社内には残してもらえるかもしれない。


 ホワイトデーを迎えると、浅尾君たちがバレンタインデーのお返しにマカロンを持ってくる。


 バレンタインデーでは相も変わらずハートブレイクチョコを義理チョコとして渡し、その気がないことを何も言わずに分からせることが前提となっており、変に期待されないのが幸いだ。ハートブレイクチョコの依頼が私の実家に殺到し、私の両親までもが駆り出されることに。


 ハートブレイクチョコは面と向かって断ることを良しとしない国民性に合致した。


 私はレシピをお父さんとお母さんに伝授し、利益の一部を実家に譲渡した。


 稼ぎが厳しい中で、少しでも実家に貢献できたのは私の中で初めての実績だ。


 中津川珈琲は私たちを繋ぐ共通の集合場所となっていた。しかしながら、集合する度に食べるため、注文によってお金を消耗していくのが浅尾君たちにとっては負担が重いようで、新卒並みの給与があった私にとっては盲点となっていた。つまりお金がかからずに集合できる場所が必要となったのだ。


 葉月商店街だと目立つし、他に候補となる場所はないものか。


 エンジェル・ウィングで凪と雑談している最中、私は資料を読みながら悩みを打ち明けた。


「買い物をしなくてもいい集合場所ねー。葉月珈琲は駄目なの?」

「お兄ちゃんが日本人恐怖症を乗り越えるまでは無理かな」

「じゃあサイバーモールは?」

「遊べる場所がないし、どの店も高いから厳しいかも」

「うーん、あっ、だったら岐阜で最大のショッピングモールに行こうよ。ここからちょっと離れた場所にあるんだけど、遊べる場所もあるし」

「あー、あそこなら一度行ったことあるよ。葉月珈琲からも離れてるし、丁度良いかもね」


 凪が最大規模のショッピングモールを紹介してくれた。


 家から少しばかり距離があったため、サイバーモールの方を優先的に選んでいた。


 移動距離を考慮しないのであれば、ショッピングモールは至る場所にある。サイバーモールはあくまでも中部地方で最も勢いのあるショッピングモール事業を行うグループ。東京や大阪ともなれば、サイバーモールに匹敵する企業がいくらでもいて油断はできないと凪は言った。


 浅尾君たちにメールで伝えると、あっさりOKが貰えた。


 4月には葉月商店街でイベントがある。


 タレントップの企画により、葉月商店街でライブイベントを行うわけだが、演奏のために楽器を見て回ろうと考えた。家にはピアノがあるが、お母さんが趣味で始めたピアノをお兄ちゃんが引き取って動画化しているのだ。お兄ちゃんは一度聞いた曲であれば何でも弾くことができる絶対音感の持ち主だ。一方で私は練習しなければ習得できないことからも、お兄ちゃんは得手不得手が極端であることが見て取れる。お兄ちゃんの特技はいずれも1人で完結しているものだ。


 私にも同じことが言える。チョコ作りは1人の方がずっと集中できる。


 バイオリンを嗜んでいる私だが、ショコラブリーも自分の楽器を持ち寄って参加する。学習発表会の時だけ学校に借りて練習したことはあるが、やはり一筋縄ではいかないのだ。


「じゃあ今から買いに行こっか。璃子はまだバイオリン買ってないよね?」

「それはいいけど、凪は予定大丈夫なの?」

「あたしはこの後オフだし、練習するなら璃子としたいもん。何年か前に『見尾谷楽器店』っていう楽器専門店ができたから、そこに行ってみようよ」

「う、うん」


 いつになく乗り気の凪。探偵の仕事をしている時よりウキウキしている。


 腕の動きがいつもより早い。仕事を切り上げるつもりだ。誰かに決められた仕事を定時までこなすのではなく、自分でオフの時間を作ることに慣れているようだ。


 多くの人は誰かが決めた予定に時間を奪われている。故に自分で判断ができず、仕事を優先せざるを得ない弱い立場であることが窺える。これからは自分でオフの時間を作れる人と作れない人の格差が浮き彫りになっていくことを私は確信した。格差社会の一部をまた見てしまった気がする。


 見尾谷楽器店に赴くと、色の違うバイオリンが壁に貼りつくように設置され、周囲には年代物のピアノが据え置かれている。楽器専門店なだけあり、昔を思わせる雰囲気が漂っている。


 1人の女性が笑顔で私の前に立ち塞がった。


 とろーんとした幼い目つき、全面的にスレンダーな体つき、(からす)の濡れ羽色のようなシニヨンヘアー、細長く白い指は爪が切られていて、ピアノを弾くのに適している。私を見下ろす角度がピアノの席に着いた時のお兄ちゃんと同じ角度だ。非常に洗練されている。


「あっ、あず君久しぶり――ん? あれっ、あず君にしてはちょっと大きいような」


 女性が目を凝らしながら私に近づき、顎に指を当てつつ、私の胸元に目線を集中する。


 凪は女性の目線の先を理解すると、目をピクピクとさせながら唇を尖らせた。


 ――はい、変人確定……なんて思っている内は、私も不寛容なんだろうなぁ~。


 どうやらこの人もこっち側の人間らしい。お兄ちゃんと知り合いであることも不自然ではない。出会ったのは日本人恐怖症を発症する前だろう。であれば小中学校時代に会っているはず。私は奇しくもお兄ちゃんと同じ姫カットであった。ポニーテールなら声をかけられなかったんだろうか。


「梓は私の兄ですが……やっぱり似てますかね?」

「うん。同じ髪型だし、顔だけじゃ見分けつかないもん。あず君の妹だったんだー」

「葉月璃子です。兄がお世話になっているようで」

「ふふっ、お世話になってるのはこっちの方だから。私は見尾谷鈴鹿(みおたにすずか)。ここで楽器店の店長やってるの。気軽に鈴鹿って呼んでね」


 ウインクをしながら鈴鹿さんが言った。


 気品を感じさせる佇まいから気さくな性格は思った以上に好印象だ。


 変人っぽさもあるが、それ以上に落ち着きと教養を感じさせる。


 芸術に携わる者の性なんだろうか。普通の人がなれない仕事なだけあり、一般的なものとは異なる感覚を持っていると思わせるミステリアスな佇まいだ。


「鈴鹿さんはお兄ちゃんのこと、知ってるんですか?」

「知ってるも何も、あず君にピアニストの道を提案しているところなの。本人はバリスタになるって聞かないけど、私としてはピアニストを目指してほしいなって」

「あの、裏に置いている楽器も見せてもらっていいですか?」

「ええ、構わないけど――璃子ちゃんの知り合い?」

「はい。天羽凪です。アイドルの仕事をしていて、璃子とはユニットを組んでいます」


 何の違和感もなく自己紹介を済ませる凪。


 地元では有名人だが、自分のことを知らない人がいても不思議ではないと言わんばかりだ。


 鈴鹿さんも凪のことを知らないあたり、何か別の活動に没頭しているようで、世間にはどちらかと言えば無頓着なようだ。さっきまでピアノを弾いていたし、相当なマイペースだ。


「へぇ~、アイドルかぁ~。じゃあここに来たのは、ライブ演奏のため?」

「はい。葉月商店街のイベントで、アイドルや演奏家が集まってフェスを開催するんです。あたしたちも参加するので、バイオリンを買いに来たんです」

「凪ちゃんはバイオリン弾けるの?」

「いえ、璃子が弾くんです。あたしは曲に合わせて歌います。楽器は苦手なので」

「手先が不器用とか?」

「弾けることは弾けるんですけど、家での稽古できつく絞られたので」

「あぁ~、凪ちゃんも英才教育受けてたんだー。私も色んな楽器を叩き込まれてね、本気で好きじゃなかったら、ここまで続いてなかったかも」


 鈴鹿さんにも思うことがあるようで、家はそれなりに裕福なようだ。私より10歳年上の氷河期世代ではあるが、それを感じさせない余裕がある。今は音大の講師をしながら楽器店を営んでいるという。


 任意参加のイベントであるため、全額自腹にはなるが、以前から欲しいと思っていた楽器だ。主にお兄ちゃんが使い込むことになるだろうが、私はたまに使えればそれでいい。


 購入するバイオリンが決まると、鈴鹿さんは過去の話をしてくれた。


 子供の頃からピアノに明け暮れ、大会での入賞経験もあるが、ある日を境にピアノを弾かなくなってしまったという。天才ピアニストと呼ばれていた弟が何者かに襲われ、両手の神経がズタズタに引き裂かれた。医者から二度とピアノが弾けないと言われた弟は、自ら命を絶った。


 以降、鈴鹿さんはピアノを弾けずにいたが、数年前、お兄ちゃんと出会い、弟の面影を重ねるようになってからは、再び羽ばたこうとリハビリを始めたという。お兄ちゃんにピアニストの道を勧めているのは弟の遺言状に、才能ある者を支援してほしいと書いていたからであるとのこと。ここにある楽器の多くは、生前の弟が自暴自棄から売り払ってしまったものを買い取ったもので、家に置いておけなくなったことがきっかけで楽器屋を始めたという。鈴鹿さんは弟を殺した犯人を追っているが、目撃者がいない上に、警察は煙たがるように詳しい調査はしてくれなかったという。


 何かがおかしい。夢を断たれるほどの事件だ――なのに警察は一体何をしていたんだろう。


 一筋の違和感を持った。私が暴行を受けた時も、凪が怪我をさせられた時も、警察はロクに動いてはくれなかった。私だけじゃなかったと思うだけで、少しばかり腑に落ちた。


「鈴鹿さん、ピアニスト襲撃事件の犯人、逮捕したいですか?」


 凪が鈴鹿さんの正面に立ちながら真剣な眼差しで尋ねた。


「もちろん、逮捕してほしいに決まってる。それが無理なら、せめて犯した罪を公にして、社会的制裁を受けてほしい。今こうしている間にも、犯人はのうのうと生きてるんだから」


 悔しさを滲ませるような涙声に、私も涙腺が緩みそうになる。


「分かりました。その事件、エンジェル・ウィングに任せてみませんか?」

「エンジェル・ウィング?」

「あたしの知り合いに、変わり者の探偵がいるんです。エンジェル・ウィングは探偵事務所の1つで、迷宮入りになったまま放置されている未解決事件を専門に捜査していて、身近に事件を解決してもらった人もいるんです。秘密裏に活動しているので、住所は公開してませんけど、無料で依頼できますよ」

「――分かった。じゃあ依頼させてもらおうかな」

「事件当日の状況を詳しく聞かせていただけませんか?」


 凪がメモ帳とボールペンを取り出すと、鈴鹿さんは証言を始めた。


 日付から細かい出来事までを入念に記入する。この数奇な楽器店は弟の亡霊だ。かつて買い戻した楽器を再び売ろうとしているということは、弟の悲劇に苛まれる苦しみから解放されたいのだ。


 弟の形見と思われるグランドピアノには値札がない。


 楽譜には『翼をください』の歌詞が書かれていた。


 羽ばたきたいが、過去という名の呪いのせいで翼を封印されている。奇しくも彼女を救おうとしている事務所がエンジェル・ウィングとは皮肉なものだ。


 隣の楽譜には『You Raise Me Up』が書かれている。文字通り私を引っ張り上げてほしいと誰かに訴えたいことが見て取れる。音楽とは人の心そのものかもしれない。


 弟に犯人の姿を見ていないかを聞いたところ、犯人は顔も名前も分からない子供だったという。以前からいじめを受けていた兆候はなく、突然人通りのない道端で、自身と同じ背丈の子供にカッターナイフで襲われたという。ということは他校の生徒である可能性もある。


「分かりました。では先方に伝えておきます」

「それはいいけど、本当に解決してくれる人なの」

「大丈夫です。不謹慎に思うかもしれませんが、未解決事件が大好きで、報酬も求めない人ですから、もし何か分かったら、真っ先に連絡しますので」

「そう……期待してる」


 妖艶な表情を浮かべながら鈴鹿さんが言った。


 私たちはバイオリンを購入すると、ショッピングモールを去った。


 一度エンジェル・ウィングに戻ると、男装してから探偵道具を持って外に出る。彼女が何を思って調査を始めたかまでは分からない。だが何もせずにはいられない様子だ。


 私も手伝いたい。他人事じゃないと胸の内が叫んでいるのが分かる。


 凪は鈴鹿さんに協力を仰いだ。事件が起きたのは鈴鹿さんの弟が中学生の時だが、当時の卒業アルバムがあるはずと思い、鈴鹿さんの弟が通っていた小学校を教えてもらった。鈴鹿さんは親戚が入学予定だから見学させてほしいと、わざわざアポを取ってくれた。凪は下校時刻から鈴鹿さんの弟がいた学校に入り、早速資料室へと赴いた。凪は首をキョロキョロと回しながら人気がないことを確認し、細長い針金のような道具を使ってピッキングをし始めた。思った以上の行動力だ。


 バレればただでは済まない。大人であれば捕まりかねない行為ではある。


 仮にバレたとしても、少年法(インチキバリア)が凪を守ってくれるだろう。


「凪、まさかとは思うけど、今までこんな方法で証拠を掴んできたの?」

「敵はもっと卑怯な方法で証拠隠滅をしてるんだから、これくらいしていいと思うけど。こういう古い学校の扉は簡単にピッキングできるから大丈夫だって。それとも秩序を守って正義を踏み躙るわけ?」

「あー言えばこーゆー」


 凪は多くの迷宮入りとなった未解決事件を解決してきた。


 大半は少しの調査で真相を見破ったと言っていたが、今回は別らしい。


 鍵の奥がカチッと鳴ると、凪は小さくビンゴと呟き、ニヤリと悪女のような笑みを浮かべる。資料室へと侵入すると、何冊もの卒業アルバムが本棚にズラリと並んでいる。


 事前に卒業年度を聞いていなければ迷っているところだ。


 鈴鹿さんの弟がいたと思われる卒業アルバムを手にする。


 私より4歳年上のようだ。同級生の中に疑わしい人物がいるかどうかじゃなく、当時の同級生から事情聴取をするためである。ふと、私がお兄ちゃんから聞いた同級生の情報を思い出す。念のためお兄ちゃんの卒業年度と同じ年の卒業アルバムを取り出し、生徒の顔を入念に確認する。


「――何でこの人がここに?」

「どうかした? ――! えっ、こんなことって」


 私たちの目に映ったのは、黒い制服姿の虎沢君だった。


 虎沢君はこの学校の卒業生だった。お兄ちゃんが言うには、中学生時代に転校してきたらしい。転校した理由は、不祥事であるためと噂されていた。この学校は小中高一貫校だ。中学の途中から不祥事で転校したとなれば、やはりこの件に絡んでいるのだろうか。


 しかし、事件が起きたのは虎沢君が小5の時で、鈴鹿さんの弟は中1だ。


 無関係にも思えるけど、何か引っ掛かる。


「小中高一貫校だったら、下校時刻も一致しやすいし、犯行は可能かもね」

「でも証拠がないよ。襲われたのは道端だし」

「場所はそれほど重要じゃない。問題は虎沢君が璃子のいた中学に転校したのが、事件後3年が経過してからということ。処分を下すにしては時間がかかり過ぎてると思わない?」

「確かにそうだけど、虎沢グループから投資されているのに、校長がそう簡単に転校処分にするかな」

「知り合いに虎沢君について詳しい人っていないの?」

「いたらとっくに頼ってる。身近にそんな人――1人だけいる」


 ある意味最も聞いてはいけない人だが、そんなことを考えている場合じゃない。


「誰なの?」

「……お兄ちゃん」

「あー、確か璃子のお兄ちゃんを追い出したのって、虎沢君だっけ?」

「さりげなく聞いておくけど、下手をすれば忘れてるかも」

「トラウマを持ってるなら記憶が鮮明なはずだよ。無理矢理穿るのは気が引けるけど、まあそこは璃子に任せるね。あたしは虎沢君のことをもっと調べるから」


 卒業アルバムを元に戻してから資料室の外に出ると、幸いにも人はいなかった。


 人がいなくなる下校時刻から学校には行ったのは正解だった。


 トラウマを思い出させるのもどうかとは思うが、やはり最も詳しい人に聞く必要がある。クラスメイトだったお兄ちゃんなら、多少の偏見が入っていることを除けば信憑性がある。


 午後6時、葉月珈琲の営業が終わり、お兄ちゃんが2階へと戻る。


 私も暇な時は手伝っているが、最近はアイドル活動に力を入れている。エンジェル・ウィングの動向も気になるし、凪は本気で事件を解決するつもりだ。


「お兄ちゃん、昔のことだけど、聞いてもいい?」

「まさか……学校のことか?」

「無理にとは言わないけど、虎沢君のことを教えてくれない?」

「……本来は思い出すのも嫌なんだけど。何であんなナチ野郎のことを聞きたいわけ?」

「私の友達が探偵やってて、虎沢君のことを調べてるの。有力な情報を得ることができれば、逮捕できるかもしれないよ。このまま放っておいていいの?」

「あいつは捕まらねえよ。警察とも完全にグルだし、親父が学校まで抗議しに行っても、しつこいと警察を呼ぶと言われたらしい。本来学校に警察が入るのは御法度だ。でもそれが言えるってことは――」

「手を組んでいるってことだね。お兄ちゃん言ってたよね。何もしないのは、世の理不尽を肯定している加害者たちと一緒だって。もう何もしないのはやめるって決めたの。平和を手にするまではね」


 お兄ちゃんに歩み寄り、私なりの覚悟を告げた。


「――同級生の中に、岐阜のことなら何でも知ってる情報通がいてさ、ナチ野郎は中2の春から転校してきた。理由は前の学校で不祥事を起こしたからって噂されてる。もっとも、取り沙汰されてないってことは、証拠は隠滅されてるってことだ」

「どんな不祥事か聞いてない?」

「あくまでも噂だけで確証はねえけど、いじめられっ子の家族が訴訟を起こして、転校処分にする代わりに証拠品を全部提出したらしい。権力を持っているくせに転校処分を受けるなんて、相当揉めたんだろうな。まあ転校してくれたお陰で、早く学校からおさらばできたけど」

「皮肉を言えるくらいだし、もう大丈夫なんじゃない?」

「そういうわけにはいかねえよ――ん?」


 お兄ちゃんが何かに気づき、身を乗り出して外を注視する。


 窓越しに国道の向かい側を見てみると、工事が終わり、飲食店と思われる施設が公開された。


 見るからに豪華な飲食店は『トラサワホテル@カフェ』と書かれていた。


 4月からオープンする予定のホテルで、1階がカフェ、2階以降はホテルのようだ。


 すっかり忘れていた。虎沢グループはホテル事業がメインで、最近は飲食業界にも参入してきた立派なライバルだ。まるで当てつけのように、うちの前にオープンするなんて……。


「あのナチ野郎、どういうつもりだ」


 嫌悪感を表すように、目をムッとさせるお兄ちゃん。


 葉月珈琲の真向かいに聳え立つトラサワホテル@カフェが建ってから、私たちの運命は更に掻き乱されることになっていく。隠れ家カフェにとって、大手チェーン店の存在は天敵と言っていい。


 どうも社会というやつは……私の我慢強さを試さずにはいられないらしい。

読んでいただきありがとうございます。

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見尾谷鈴鹿(CV:椎名へきる)

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