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社会不適合者が凄腕のショコラティエになっていた件  作者: エスティ
第4章 地方復興編
57/70

57粒目「想いが募る追憶」

 10月を迎えると、タレントップでの活動が一息吐く。


 凪が珍しく学校に行ったのだ。来年は中3を迎え、受験シーズンとなる。


 既に受験勉強を終えている凪にとっては楽勝だろうが、高校や大学に進学すれば留年がある。必然的に登校を強要されるため、アイドル活動を制限せざるを得ないと思いきや、凪は通信制高校に通いながら名門大学を目指すと言うのだから驚きだ。低レベルに合わせている暇はないと言わんばかりに、凪はアイドル活動の傍ら、諮問探偵に勤しんでいる。彼女は一生に仕事に困らないだろう。


 しかし、凪の板チョコの腕前は、初心者にしては非常に筋が良かった。


 このまま陰で暗躍するばかりで、料理の才能を開花させないのが惜しいと思うくらいには――。


 板チョコ対決で試食した優子さんも気づいていた。ヤナセスイーツでお手伝いをしている時は度々凪の話題が上がる。莉央さんは内心複雑なようで、自分の上位互換を見つけた顔だ。


「もしヤナセスイーツが稼いでいたら、璃子ちゃんも凪ちゃんもうちで育てたのになー。2人共凄く筋が良いし、あれは鍛えれば相当な腕前になるよ」

「板チョコを食べただけで、そこまで分かるんですね」

「基本中の基本にこそ、その人の全てが表れるの。全く同じ材料を使っていても、作る人が違えば味も変わるし、あの時は経験豊富な璃子ちゃんに分があったけど、もし小さい頃からチョコレートを作り続けていたら、天井知らずになってたかも」

「……優子さんも気づいてたんですね」

「そりゃそうよ。次世代の才能を見抜くのも仕事の内。もっとも、うちでは育てられないから、見込みのある子は名古屋の洋菓子店に紹介してるの。でも璃子ちゃんはここを離れたくないもんね」


 私の心中を見透かしたように優子さんが言った。


 確かにその通りだが、岐阜から名古屋までは電車で30分程度。


 就職するだけなら引っ越す必要はないが、修業するなら近い場所がいい。ヤナセスイーツでは商品の作り方から仕入れ方まで一通り教わった。チョコ作りは独学でやるしかないが、経験の浅い私の力量ではいずれ頭打ちになる。ショコラティエとして名高い人たちは、がっつりと修業してきた人たちだ。


 私もプロからの指導を受けて修業したい。何ならお金を払ってでも……。


 ケーキの切り方は以前から丁寧なつもりだったが、更に早く処理できるようになっていた。工場の機械にでもなった気分だ。優子さんが早送り映像のようにケーキを8等分している。傍から見れば乱暴に切っているようにしか見えないが、試しにサイズを測ってみると、全部正確に切れているのだ。


 最初は私も真似していたが、なかなかうまくいかなかった。


 そんな私でも、職人技と言えるくらいには早く正確に切れるようになったわけだが、慣れてくると当たり前と思うようになるのか、人に自慢する気さえ起きなくなる。


「ふーん、やっと見て盗めるようになったじゃん」


 私の8等分に気づいた優子さんがケーキを見つめながら歩み寄ってくる。


「えっ、じゃあ優子ちゃんが璃子ちゃんの前でケーキを切っていたのって」

「そゆこと。あからさまに指導しちゃうと、児童労働と見なされちゃうから、なかなか面と向かって教えられなかったの。でも目の前で見せるくらいなら、後は本人のやる気次第だし、問題ないでしょ」

「あー、なるほどねー」


 莉央さんが両手の平を合わせて納得する。就活生らしい姫カットを丸くまとめている。


 茶髪の所々に黒が混ざっている。真面目な雰囲気の名残が残っている。就活中の莉央さんを何度か見たことがあるが、よく見ないと他の就活生とあまり区別がつかない。


 履歴書も見せてもらった。書かれていることは事実ではあるが、真実ではない。


 卒業見込みはともかくとして、他の免許類は習得見込みであるにもかかわらず、習得済みとも受け取れる書き方をしている。このことを指摘すると、いかに人事部を騙すかが面接だからと笑いながら言った時は、日本の就活のあり方に恐怖を覚え、口元が震えたくらいだ。


 新卒採用よりも、まずは仕事をさせてみて、筋の良い人を残す方がずっと効率的だと思うが……。


「どうして最初に言ってくれなかったんですか?」

「だっていくら言ったところで、本人に学ぶ気がなかったら意味ないもん。職人技を究めるのに必要なのは主体性なの。最初から誰かに教えてもらおうという受け身な気持ちだとすぐに飽きちゃう。職人仕事に限った話じゃないけど、自分から無心になって続けることに意義がある。璃子ちゃんは十分見込みがあると思うし、いつか璃子ちゃんに教えたいな」

「優子さん……」


 優子さんから学んだことは多い。口で語るだけではない。


 私は優子さんから職人としての心構えを学んでいた。


 ヤナセスイーツで働くみんなの動きをマネしている内に、自分の行動に妥協できなくなっていることに気づいたのだ。優子さんたちは店の営業が忙しくて教える暇もないし、世間体もある。ならば技を盗むしかない。とは言っても、実用的と言えるのはケーキの作り方くらいだ。


「あっ、やっぱりここにいた」


 聞き慣れた声が聞こえると、私はゆっくりとショーケースの方向を向いた。


 目の前には仕事を終えた凪が佇んでおり、ほぼ何も入っていないピンク色の鞄を片手に持ち、サングラスをかけている。忍者のように存在感を隠しているのは探偵故の習性だろうか。


「凪、いらっしゃい。学校はどうだったの?」

「以前と変わらない。退屈だったなー。子供でも分かる内容だったし。璃子の作ったケーキはある?」

「あるにはあるけど、私が作ったケーキは商品として出せないの。ごめんね」

「じゃあ試食してみる?」

「いいんですか?」

「もちろん。璃子の友達でしょ。璃子、早速持ってきてあげて」

「は、はい」


 優子さんに言われるがまま、私は苺が乗ったショートケーキを凪の前に置く。


 ショートケーキを見るや否や、凪は目を輝かせながら、お預けされている子犬のような顔だ。


 1切れ口に頬張ると、凪は美味しそうに口周りを白く染めながら咀嚼する。


 つい私まで食べたくなる。何度か試食はしたが、味には問題なかった。どこに出しても恥ずかしくはないと優子さんは言うが、子供が作ったものを出せば児童労働となるため、練習で作るか雑用をこなすくらいしかないのだ。凪もこのことに気づいていた。


 凪の理解は思ったより早い。優子さんとロクに会話していないのに、ヤナセスイーツの本質をすぐに見抜いてしまったばかりか、藤次郎さんや優香さんの職人技を監視カメラのように観察している。


 続いて優子さんが作ったショートケーキを購入し、この場で食べ比べる凪。


「なるほどねー、何で璃子のケーキが店頭に出せないか、分かっちゃったかも。これ、どこのお店にもありがちな味だよね。味自体は美味しいけど、プレーン感が強いというか、この前他の洋菓子店で買ったケーキの味によく似てる。優子さんのケーキはしっかりとクリームと苺の味がする」

「璃子のケーキは目立とうとしてないというか、むしろ他のケーキに溶け込もうとしてる感じがする」


 思いつきのように莉央さんが言った。だが言いたいことは分かる。


「あー、それ言えてるかもしれませんねー。璃子は良くも悪くも謙虚ですから」


 同調するように凪が返事をする。この瞬間に意気投合したのがすぐに分かった。


「だよねー。禁欲的というか、全然弱みを見せようとしないし、見た目とのギャップが半端ないの」


 しばらく私のことを本人の前で語りながら盛り上がってしまった。


 すると、莉央さんと凪の会話を聞いていた通行人たちが何事かと集まり始めた。


 凪のことを噂し始めるや否や、何人かがヤナセスイーツに入り、次々と商品を注文し始めた。特に凪が食べていたショートケーキが飛ぶように売れた。釣られるように他の商品まで売れていき、ヤナセスイーツは約3年ぶりのショーケース売り切れを記録した。目玉であるスフレチーズケーキの売れ残りを貰えなかったのが残念なくらいで、自分のことのように嬉しかった。


 藤次郎さんも優香さんも凪に感謝の意を述べた。


 凪がいるだけで人が集まり、近くにある店が売れるようになる。


 ――これが、サイバーモール社長令嬢なんだ。


 会う度に格の違いを思い知らされる。多くの人は彼女の素性を知らない。つまり凪自身が自分で勝ち得た名声だ。自分で臨んだわけじゃないだろうが。


「莉央さん就活終わったんですね」

「何で分かるの?」

「茶髪に染めたばかりみたいですけど、髪自体は整ってますし、就活で黒に戻してから髪型を整える癖がついてるみたいですね。でも今は手放しでバイトしていて、何かを心配する様子もありません」

「なんか璃子がもう1人いるみたい。まあ、すぐ見分けがつくのが幸いか」

「どこで見分けているかはおおよそお見通しですけど、今は女性も中身で勝負する時代ですよ」


 ジト目で莉央さんを見ながら意地を張るように凪が言った。


 やはり凪も気にしているようで、少しばかり優越感を持ってしまった。


 それだけ普段から凪に圧倒されているということだろうか。


 今まで誰かと張り合おうなんて、思ってもみなかった。しかしながら、生年月日が全く同じで、どこか私に近いものを感じさせる凪は、私の本能が初めてライバルと認めた相手だ。全てにおいて追い抜かれる危機を感じ、何事にものめり込むようになったくらいには。


「莉央さん、サイバーモールのことを恨んでたんじゃなかったんですか?」

「それはそれ、これはこれ。凪ちゃん自身はすっごく良い子だって分かったし、私もサイバーモールのことを誤解してた。正攻法ばかりじゃ従業員を食わせられないなんて言われたら、何も言い返せない」

「あたしもサイバーモールの実態を知らなかった。お父さんがそこまで強引な経営方針だったなんて、思ってもみなかったし……今度お父さんに会ったら、ちゃんと伝えておきますね」

「ふふっ、期待してるね」


 莉央さんはすっかり上機嫌だ。というより凪の話し方がうまい。


 ヤナセスイーツでのお手伝いを終えると、優子さんからいくつかのフィナンシェを貰った。


 帰りに凪と一緒に食べながら帰宅する。途中まで歩いていると、葉月珈琲が見えてくる。誰かをうちの店まで案内したのは初めてだ。凪もおおよそ見当がついていたようで、自分の推理が当たっていたことに安堵する。同時に明かすまで隠し通した私の腕前にも驚いたという。


 なのに天羽社長の動向を掴めなかったのは、ロクに会っていないからだ。


 仲が悪いのかと聞いてみれば、凪はボブヘアーの短髪を指でクルクルと回しながら認めた。目を逸らしているのは後ろめたいことがある人の心理だ。


「お父さんとは小学校時代までは仲が良かったけど、ある日を境に、ロクに話さなくなったの」

「何かあったの?」


 恐る恐る問いかけると、凪は眉間にしわを寄せ、深刻な顔になっていく。


「あたし、4年前からある人を追っているの。同い年であたしや璃子と同格と言っていいくらいの子」

「その子が私と凪と同格?」

「ええ。()()()()は成績優秀なクラスメイトの女子で、生まれた時から子役のアイドルだった。でも小5の時、あたしの前から忽然と姿を消した。まだ10歳だったのに……彼女の親は捜索願を出したけど、学校は例の女子の失踪を問題にしたくないのか、転校扱いで除籍処分する始末。警察は何日も例の女子を探したけど、結局見つからず、今も行方不明のまま」

「それで探偵始めたんだ」

「例の女子のことで分かっているのは、彼女が岐阜県内の芸能事務所前で真っ黒な自動車に連れ込まれたこと。手掛かりはそれだけ。そこでアイドル活動をしながら、例の女子を探してるってわけ。あたしの推測が正しければ、恐らく彼女は人質に取られたわけじゃなく……仕事中に見てはいけない何かを見てしまった。誘拐犯がお金目当てなら、とっくに身代金を要求してるはずだからね」

「例の女子がいた芸能事務所はどうなったの?」

「あの後すぐに潰れたよ。例の女子以外に売れっ子がいなかったから。今はタレントップ芸能事務所になってる。事故物件ということもあって、降谷社長が安く買い取ったの。あたしは駄目元で降谷社長にこのことを話した。そしたら意外にも協力的で、誰も使っていない1階をあたし専用の探偵事務所にしてくれたの。最初は掃除するのが大変だったけどね」


 私と凪は同時に笑みを浮かべた。彼女はこんな時でもユーモアを忘れない。


「それと凪が天羽社長と仲が悪いことと、何か関係があるの?」

「良い質問だね。でもすぐに答えを言っちゃうのは面白くないから、当ててみて」


 凪は私を試すかの如く、関係性の推測を要求した。


 少しの間、ゆっくりと目を瞑り、目の前を真っ暗にしながら考えた。


 恐らく例の女子は何者かによって誘拐された。真っ黒な自動車ということは、誰かから聞いたか、凪自身が見ている。凪は4年前からタレントップ1期生、例の女子と同級生のクラスメイトならば、きっと下校時刻に、こうして一緒に道端を歩いて……。


 ――ハッ! そうかっ! そういうことだったんだ。


「凪は例の女子と一緒に下校している最中に誘拐された。凪はその時一緒に抵抗したけど、歯が立たなかった。急いで例の女子の家に行って事情を話してから警察に通報して、帰宅してから天羽社長にも協力を仰いだけど、仕事が忙しくて全く取り合ってもらえなかった」

「……正解。やっぱり、璃子が相方で良かった」

「仕事上の……だけどね」

「例の女子を執拗に探す理由は?」

「大切な……恋人だから……とか?」

「!」


 一瞬、凪の目が大きく見開き、明らかな動揺を見せた。


 こんなの凪らしくないと思ったが、無理もないのだろうか。


 私には分からない感情だが、経験したことがないとは胸を張って言えない、このもどかしい気持ち、凪はずっと未練がましさを引き摺りながら、ただ1人例の女子を捜索し続けている。


「普通、ただ友達が行方不明になったならと言って、ここまで捜索に固執することはない。常に行方が気になるくらいに想ってるなら、恋人かなって」

「璃子のそういうところ好きだけど、時々残酷に見える……あたし、女性が好きなの。昔っからね」

「まさかとは思うけど、私を相方に選んだのって――」

「失礼しちゃう。璃子はあくまでも理想の仕事相手というだけ。女性なら誰でもいいわけじゃない!」


 淡々と冷たい口調で凪が言った。何度も理不尽と戦い続けたと訴える顔だ。


「ごめん、凪のこと、全然知らなかったから。でもどうして、そこまで話してくれるの?」

「よく似ているから……例の女子に」

「……他の人は知ってるの?」

「璃子以外で知っているのは、あたしのお母さんと降谷社長だけ」

「どうりで凪が人気になっても、スキャンダルの心配をしなかったわけだ」

「璃子、あんた探偵になる気はない?」

「ええっ!?」


 突然の言葉に体がビクッと反応する。私がショコラティエに誘いたかったのに。


「今すぐ返事をしろとは言わない。でもあたしは本気だから。今日あたしが言ったことは――」

「内緒にしておけ……でしょ?」

「ふふっ、分かってるじゃない。じゃあね。フィナンシェ美味しかったって伝えといて」


 安心するように口角を上げると、凪は颯爽と立ち去っていく。


 何故だろうか。急に凪のことが分からなくなった。きっと知ったつもりになっていたのだ。共通点にばかり気を取られて、相違点には気づこうともしなかった。


 こんな風に思うのは――私が凪を知り過ぎたからこそだ。


 妙に私と距離が近かったのは、あくまでも他のアイドルたちの嫉妬を煽るためだった。私は大きな勘違いをしていた。所謂そっち系と呼ばれている人たちは、同性なら誰でもいいと、漠然とした偏見を持っていた。凪の言う通り、彼女にもタイプというものがある。


 ――こんなこと……ちょっと考えれば分かるはずなのに。


 身近にはいないとばかり思っていた。でもいないんじゃなく、普通の人のふりをして、人混みに紛れていて分からないだけ。そして周囲からも、そっち系は常にいない存在として扱われてきた。怒ってはいたが、顔が引き攣っていた。あれは世間からの否定的な見方を嫌というほど経験している。


 例の女子が私にそっくりなら、恋愛対象ではないにしても、タイプ的には近いのかも。


 でも凪が女性好きとは思わなかった。スキャンダルが取り上げられがちな芸能界にとって、異性を好きになることがない凪は、ある意味向いているかもしれない。


 でもこんなことを知ってしまって、本当に良かったのだろうか。


 何だか大きな荷物を背負わされたような気分だ。直感だが、私なんかより、ずっと大きな重荷を背負ってきた。表情を見ただけでここまで分かる私だからこそ、凪は私をそばに置いた。信頼されているというよりは、変に自分のことを詮索されたくなかった。


 翌日、タレントップに赴き、社長室に入った。


 不思議と聞かずにはいられなかった。


「降谷社長、お話があります」

「ええけど、仕事終わりでかまへんか?」

「例の女子の話です」

「! ――それ、誰から聞いたんや?」

「凪からです。どうしてそこまで凪に協力的なのか、気になってしまって」

「なるほど、そういうことかいな……俺と凪ちゃんはな、ビジネスパートナーなんや。名目上は俺が凪ちゃんを1期生としてスカウトしたことになってるけど、ホンマは新しい事務所を探してる時、凪ちゃんにこの場所を紹介してもろてな、例の女子のことは俺も気になっとったからな」

「それだけじゃないですよね?」

「えっ……」


 突然の指摘に戸惑う降谷社長。目元が一瞬斜め上を向いた。


 真実だと目が言っている以上、追求しないわけにはいかない。


 凪にとってここまで都合の良いビジネスパートナーが、そう易々と見つかるわけがない。パッと見は普通の子供だし、ただの大人であれば、子供の戯言と聞き流すし、どういう経緯で知り合ったかまでを教えてくれないのも怪しい。可能性があるとすれば、ある意図が働いているはず。


 凪が何故私を残酷と言ったのかが分かった。自分でも恐ろしいと感じるくらいだ。私のように、人の気持ちが手に取るように分かる才能は、自分だけじゃなく、相手を苦しめる可能性がある。凪だって自分の秘密を白状する時、胸が張り裂けそうなくらいに苦しそうだった。


 図星ほど人を傷つけるものはない。正しいことが全てではないのだ。


 間違ってほしかったと願う気持ちが分かった。私だって葉月珈琲の存在を知られたくはなかったし、あの時と同じ思いを味わわせてしまった。今度は同じ思いを降谷社長にも味わわせようとしている私自身への嫌悪感を捨てた。どうしても確認しておきたい。全ては凪のためだ。


 社会に出て人と関わるには、人と傷つけあう覚悟がいる。


 正直怖い。お兄ちゃんだって、昨日の私と凪みたいに、誰かと傷つけあってきた。


 もうお兄ちゃんのことを心配できる立場じゃないんだ……。


 むしろ私が社会に出られるかの方がずっと心配だ。畑は違うが、常識人に合わせて生きていく大変さは痛いほど分かる。引きこもりが増えて当然の世の中だ。


 少なくとも、少数派の人たちにとっては。

読んでいただきありがとうございます。

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