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社会不適合者が凄腕のショコラティエになっていた件  作者: エスティ
第4章 地方復興編
54/70

54粒目「ユニットフェスティバル」

 サマーシーズン真っ只中、遂にタレントップからの参加者が発表されることに。


 大広間にタレントップ所属タレント全員が集合する。この時点で実績を出していないユニットは脱落が確定しており、いくつかのユニットの中から3組がユニフェス出場となる。


 私は凪の協力を得ると、舞子たちの行動を見張ることはせず、いつも通りに振る舞った。


 変わったのは空いた時間に手作りのチョコレートを作るようになったことだ。朝早起きしてお兄ちゃんのパソコンを使い、調べてからチョコレートの作り方と材料を暗記し、仕事が終わってから買い出しに行って作る。これなら予定が変わってもチョコレートに囲まれた生活ができる。


 仕事の後のチョコレートは最高に美味い。癖になりそう……というかもうなってる。


 特に馴染み深いのがボンボンショコラだ。夏芽の家で作り方を知り、必要な調理器具をプレゼントしてもらってからは定期的に作っているが、多種多様な彩を自分で作れるのが最大の魅力だ。


 チョコレートの顔とも言えるボンボンショコラを究められるかどうかでセンスが問われる。


 コルネを絞って絵を描いたり、ブラシやスプレーを使って自然由来の安全な着色チョコレートの模様を描いたり、チョコレートで蓋をしてから冷やしたりして、シリコンモールドの型に流し込んだ様々な形のチョコレートを作っていく。作り手を試すように、根気強く冷やしたり温めたりを繰り返す作業の多さがチョコ作りの特徴だ。表面を仕上げたらガナッシュを作る。基本的にはナッツやフルーツなどを使ったソースが使われるが、私がよく使うのはコーヒーガナッシュだ。


 お兄ちゃんがよくコーヒー豆を余らせてしまうのだが、お兄ちゃんが6月にバリスタの世界大会で優勝してからは外国人観光客が増え、むしろ売り切れが続出する事態となり、贅沢をしなければこの年を乗り切れるくらいの売り上げになったという。私の方がより稼いでいるつもりだったが、やはり勢いに乗った個人事業主や経営者には敵わない。嬉しい悲鳴が出そうだ。


 コーヒーガナッシュは諦め、次なる食材を追い求めるには十分なタイミングだった。


 周囲を見渡してみると、目をギラギラと光らせながら出場を心待ちにするアイドルたちが、挙って降谷社長の一挙手一投足を今や遅しと待っている。


「今日みんなに集まってもらった理由は他でもない。来週にはユニフェスが始まるし、3日後には出場表明の期限を迎える。そこで俺の独断と偏見でユニフェスに出場する3組を決めさせてもらった。今回選ばれなかったもんにはサポーターに回ってもらうけど、秋にもイベントはある。油断せずに鍛錬を積んでくれや。じゃあ今から合格したユニットを発表するで」


 ここにいるアイドルたち全員が固唾を呑んだ。


 浅尾君をユニフェスに誘っているが、合格ならステージで会えるし、不合格ならサポーターとしてユニフェスの会場で会うことができる。広い名古屋の会場では身内がいた方が安全だ。


「1組目はアフタヌーンドーターの2人や」

「「「「「やったあああああっ!」」」」」


 2人が同時に飛び上がりながら喜んだ。


「2組目はビッグモニの2人や」

「「「「「きゃあああああっ!」」」」」


 またしても黄色い声が飛び交った。


「最後の3組目は……ショコラブリーの2人や」

「「「「「……」」」」」


 全員が同時に絶句する。ステージで待ってるとは言ったけど、まさか選ばれるとは思わなかった。


 凪は至って冷静だが、舞子たちはそうはいかんぞと言わんばかりにずかずかと前に出た。


 降谷社長もこういったことは想定済みなのか、顔色1つ変えない。


「ちょっと待ってください! 凪さんはともかく、何で葉月さんがいきなり選ばれるんですか!?」

「そうですよ! 私たちの方がずっと年数長いのにおかしいですよ」

「文句があるんやったら、別の事務所にでも好きに移籍したらええ。新人やからって過小評価すんのは後輩に抜かれたくない焦りからやろ。璃子ちゃんは俺がわざわざ仕事を振らんでも、凪ちゃんの助けを借りずともちゃんと実績を出してる。料理番組に出てるのも、チョコ作りの腕前を評価されたからや。こればかりは璃子ちゃん自身が勝ち取った実績や。俺も璃子ちゃんのチョコを食ったけど、プロ顔負けの美的センスと味わいやった。何なら食ってみたらどうや?」

「「「「「……」」」」」


 反論できないのか、全員がだんまりを決め込んだ。


 チョコ作りが実績として認めて貰えたのは嬉しい限りだが、私の作ったチョコが原因でレギュラー枠を勝ち取っているとは思ってもみなかった。どうやらプロデューサーも試食していたようだ。


 私の作るチョコレートには不思議な力があると言わんばかりだ。


「じゃあ今日は解散、各自仕事を始めてくれや」


 降谷社長が社長室へと入っていく。ユニフェス出場が決まったのは嬉しいが、内心複雑な思いだ。


 凪が私の手を引くと、心配そうにしながらも笑顔で正面から抱きついた。


 無論、これはわざとである。みんなが見ている前で抱きつくことで嫉妬心を煽り、次なる行動を誘発する作戦だ。このためだけに、凪は大胆にも私の頬に自らの頬を擦り合わせた。ピタッとくっつくが、摩擦が起こるほどではなく、あくまでも演技の範囲内だ。


「ちょっと凪……やり過ぎじゃない?」

「いいのいいの。これくらいしないと疑われるから」


 凪と一緒にタレントップの外に出た。舞子たちは呆気に取られながら口をポカーンと開けている。


 兎にも角にも、ユニフェス出場が決まって何よりだ。チョコレートの力は偉大なり。


 ――ユニットフェスティバル当日――


 私と凪は朝早くからタレントップの前で待ち合わせた。


 事務所は空いているが、他のタレントたちは既に名古屋へと向かったようだ。


 ロッカールームに入ると、私のロッカーに直行する。やはり荒らされていた。囮として用意していた服がボロボロだ。凪はカバンからカメラを取り出すと、さも当然のように写真を撮り始めた。


「思った通り。相変わらず幼稚な連中ね」

「これで証拠になるの?」

「一応提出はするけど、決定的な証拠はこれで取る」

「何で指紋検出キットを持ってるの?」

「前にも言ったと思うけど、あたしってよく嫉妬を買うから、逆に嵌めた証拠を取るために、執事に頼んで色々揃えてもらったの」


 家に執事がいるとは、大手グループ企業ならそれくらい裕福で当然か。


 名古屋の会場に向かうと、浅尾君たちと合流する。静乃たちも私を見るために来てくれていた。


 浅尾君と静乃に伝えれば、後は彼らが勝手に広めてくれる。


 会場では全国から集まった選りすぐりのローカルアイドルたちが火花を散らすようにリハーサルに勤しんでいるところであった。午前12時から審査が始まり、午後6時には終了するとのこと。知名度については地元では有名くらいに留まっているが、大きなポテンシャルを秘めている。


 優勝はもちろんのこと、入賞するほど審査員から気に入られれば、上京を果たせるばかりか、有名な芸能事務所への移籍もできるという。多くのローカルアイドルの目指す場所だ。


 私の答えは決まっている。どこにも行かない。ただ自分がどこまで通用するのかを確かめたい。


「璃子ぉ~!」


 会うなりいきなり抱きついてくる夏芽。


 指には絆創膏が何枚も巻かれている。シャンプーの匂いがするし、髪が艶々だ。朝風呂に入ってきたようだが、まるで彼氏とデートでもするかのように、いつも以上に力が入っている様子である。


 以前より身長が伸びている。金髪に染めていて色気もある。とても14歳とは思えないほど、立派な大人のお姉さんだ。ここにきて一段と成長を感じるが、私はほとんど身長が伸びていない。


 優子さんが言っていた通り、胸に栄養が回り過ぎたのだろうか。


「久しぶり。元気そうだね。不登校になって瑞浪さんに裁縫を習ってるんだね」

「えっ、何でそこまで分かるの?」

「うちの中学って校則厳しいでしょ。金髪に染めたのは学校に行かなくなったからで、裁縫は指に絆創膏を何枚も巻いているのを見て分かった。友恵さんも裁縫の後で絆創膏を貼った跡が残ってたし」

「校則が変わった可能性は?」

「それだったら、冬美たちの誰かが教えてくれるか染めているはず」

「ふふっ、前より言うようになったじゃん。誰かが……璃子を変えてくれたのかな?」


 ファンにサインを書いている凪に羨望の目を向ける夏芽。


 今までの言動を考えれば、最も私とユニットを組みたかったのは夏芽かもしれない。


 私は普段着の中でも特に普遍的とされる短パンにTシャツを着用し、日常的に目立たないようにしているのだ。傍から見れば道に迷っているボーイッシュな少女にしか見えない。注目されにくい服を無意識に選んでしまうあたり、迷彩戦略が板についている。


 サインを要求される可能性は低いが、他人に話しかけられるのは脅威だ。


 不審者に話しかけられたら逃げる。見知らぬ人に話しかけてはならない風潮のはずなのに、有名人が相手なら少女でも平気で話しかけるのは流石にどうかと思った。仮に私のファンがいたとしても、仕事していない時は、そっとしておいてほしい。有名人もオフでは一般人であることを忘れてはならない。配慮ができてこそファンと呼べると思う。ハードルが高すぎるだろうか。一般人にとっては一生に一度あるかどうかの機会だが、有名人にとっては日常茶飯事というギャップを埋められないのが問題だ。


「私はいつも通りだよ。いつも通りに接する相手が増えたのはあるけど」

「もう雲の上の存在かー」

「冬美、私はどこにも行かないから安心して」

「じゃあ時々でいいからさー、酒処藤倉にも来てほしいなー。今じゃ公式の璃子推し店舗だから」

「恥ずかしいんだけど」

「何言ってんの。むしろ活躍の割に過小評価されすぎ」


 不満そうに頬を膨らませる冬美。私推しと言われるのは嬉しいが、同時に困る。


 世間からはいないくらいに思われたいが、それを不憫に感じるのもファンかもしれない。


 夏芽たちと話すと、1人で売店の前に立つ浅尾君の姿が見えた。


 私と凪の出番は後の方だが、あまりのんびりもしていられないため、後ろに立つと、浅尾君が後ろを向いて私に気づく。やや見下ろすようにしながら歩み寄ってくる浅尾君はまた身長が伸びたようだ。


「まさか本当にステージで待ってるなんてな」

「まあね。正直に言えば、サポーターとして来るつもりだったけど」

「やっぱり分かってねえな」

「何が分かってないって?」

「自分がどれくらいの価値を持ってるかってことだ。案外鈍いんだな」

「鈍いって言っても、実際世間からは大人しい普通の女子くらいにしか思われてないよ」

「それは葉月が大人しい普通の女子を演じてるからだろ。和子さんがそうだったからさ、全く同じじゃないにしても本質は同じだ。出来の良い男はひけらかすけど、出来の良い女子は隠したがるって和子さんも言ってたしな。でもアイドルの仕事なら嫌でも目立つ。その潜在能力もな」

「……」


 だって女子が目立ったら生意気って言われる社会だし……。


 今まではそうやって諦めて、自分の可能性に蓋をしてきた。


 でも、もう蓋をするのはやめにする。何でも社会のせいにしている人自身も社会の一部だ。ある意味では自傷行為に等しい。だが理不尽を見過ごすこともまた、理不尽な社会を肯定することに他ならないのが何とも皮肉である。今まではそれで良かったのかもしれない。


「潜在能力って言うけど、人よりちょっと器用なだけだよ。なのに嫉妬を買う意味が分からない」

「俺は分かるなー。他の人が何年もかけてやっとできるようになったことを1回見ただけでコピーする技術なんて披露されたら、そりゃ疎まれるだろうな」

「何でそこまで分かるわけ?」

「難しいことは分からねえけどさ、この前会って話した時、本当は世間に文句を言いたくてたまらないって顔してる時の和子さんと同じ顔してた。葉月も本当は――」

「やめてよ……私はお兄ちゃんとは違う……」


 つい意地を張ってしまった。浅尾君の前だといつも調子が狂う。


 そんなことを考えていると、凪が私の元に戻ってくる。


 浅尾君と挨拶を済ませると、ステージ裏でやるべきことを再確認するようにリハーサルを行った。披露する曲は1曲のみ。たった1曲だけで何が分かるんだと思われがちだが、人数が多い上に何曲も聞いていたら切りがない。最も自信のある曲を厳選できるメリットもある。


 午後2時45分、私と凪の出番がやってくる。


 ステージには高さがあり、会場中の熱気を独占する格好だ。


 5人ほどの審査員が対面するように居座り、テーブルの上にはボールペンやノートがあり、誰を引き入れるかを見定めているようだ。ユニフェス自体はローカルアイドルに全国区進出のチャンスを与える目的で2001年に始まったものだ。しかし、無事に状況を果たし、トップに登り詰めたのは、歴代参加者の中でもほんの一握りという狭き門だ。


 凪が左から私に顔を向ける。私も凪の顔を見つめると、同時にコクリと頷いた。


 曲がスタートすると、私も凪も同時に打ち合わせ通りにステップを踏む。


 ショコラブリーのデビュー曲である『チョコのように甘い恋』を披露した。


 手足と体を大きく動かし、時折全身の柔らかさを表現する。私も凪もI字バランスができるくらいの柔軟さがある。私1人ではここに立てなかっただろう。凪と一緒ならどこまでもやれる気がした。それは何もアイドルの仕事に限った話じゃない。私と仕事のリズムが合うのだ。


 阿吽の呼吸なんて信じなかったが、本当にできる相手を見つけた時、不信は自信に変わる。


 曲が終わったところで、私と凪の体の動きがピタリと止まる。どこを見渡してもカメラがない。あくまでも秘密裏に行われているイベントなのか、テレビでは放送されていないようだ。お客さんの数が若干少なくなっている。1番の本命はとっくに出番を終えたらしい。


「いやー、うまかったねー。君たちは姉妹か何か?」

「いえ、あたしたちは同級生です。しかも生年月日が全く同じです」

「へぇ~、それは奇遇だねぇ~」


 最初こそ凪が質問に答えていたが、途中からは私に質問が集中した。


 それもそのはず、プロデューサーは全員が男性で、私の胸ばかり見ながら質問を繰り返した。


 一度目立ってしまったら最後、なかなか放してくれない理由がこれだ。着痩せする服を選んだつもりだったが、それでもダンスの時に弾んでしまう。迷彩戦略はシンデレラの魔法の如くあっさり解けた。


 インタビューが終わり、スタッフルームで一息吐こうかという時だった――。


 プロデューサーたちの真後ろにいた1人の少年と目が合った。


 全員の毛が逆立つように怖気が走る。あの虎沢龍が私と凪の様子を終始見守っていたのだ。何度か見たことはあるが、実際に近くで見ると迫力がある。一度目に入った獲物は逃さない虎のように獰猛な目と龍のようなオーラの強さ、犯罪級の所業を彷彿とさせる。


 お兄ちゃんの情報によれば、性格は至って残忍で、学校の独裁者。昔の避難民に対する扱いと何ら変わらなかったことから、お兄ちゃんにはナチ野郎と呼ばれている。お兄ちゃんは元から日本人嫌いの傾向にあったが、それを決定的なものにしたのは虎沢君だ。


「ちょっと邪魔するぞ。1つ聞かせてくれよ」

「あの、ここは一般の人は立ち入り禁止のはずですけど」

「お前には聞いてねえ。用があるのはそこの葉月璃子ちゃんだ」


 大柄な態度で凪をあっさりといなそうとしたが、無礼な立ち振る舞いに凪も眉間にしわを寄せる。


 敵意が顔に出た時の凪は歯止めが利かない。すぐに嫌な予感がした。こいつに喧嘩を売ってはいけないと直感する。お兄ちゃんを引きこもりに追いやったくらいだ。


 何をするか分からないと思ったが遅かった。


「随分失礼な人ね。スタッフさーん、お客さんがここに迷い込んだみたいです」

「おいっ! 余計なことすんなよっ!」

「きゃっ!」


 虎沢君が凪の体を勢い良く突き飛ばし、近くの壁に背中からぶつかった。


「凪、大丈夫?」


 急いで凪の手を肩の後ろに通して持ち上げる。


「だ……大丈夫。痛っ!」


 苦虫を噛み潰したように痛がりながら足を引き摺る。


「まさか怪我?」

「心配ないよ。ちょっと捻挫しただけ」

「けっ! それくらいで捻挫なんて大袈裟なんだよ」


 禍々しい目を向けながら虎沢君が言った。


 凪の前に立つと、口元を震わせた。


 優子さんが言っている意味が分かった。私には人とぶつかり合った経験が圧倒的に足りない。ましてや得体の知れない他人を相手にぶつかりたくなんてない。


「今すぐ……帰ってください……警察呼びますよ」

「待って。常識の通用する人じゃない」

「呼べるもんなら呼んでみろよ。俺の親父は虎沢グループ総帥で、祖父は岐阜県警所長だぞ。さっきから見ていたけどよ。お前あの葉月梓にそっくりだな。もしかして妹か?」

「……だったら何ですか?」

「お前の兄貴には散々世話になったからな。御礼参りさせてもらおうと思ってたんだよ。でもどこを探しても、あのオカマ野郎の気配すら感じ取れねえ。どこにいるか教えろよ」

「教える義務はありません……帰ってください」


 目に涙を浮かべ、声が震えてくる。早く逃げてしまいたい。


 だが私の足は石のようにピクリとも動かない。勇敢なのではない。逃げる勇気すらないのだ。


 お兄ちゃんは毎日こんな不届き者の相手をさせられていたんだ。みんな仲良しなんて簡単だと思っていたけど、無理にするもんじゃないと今思い知らされた。


 外国に出張している時のお兄ちゃんは生き生きしていた。余程のことがなければ、こんな人と毎日関わらなければならない日常よりずっとマシだ。外国が天国に思えるお兄ちゃんにとって、あらゆる場面で絶妙なバランス感覚を求められる日本社会の方がずっと生き辛いんだ。


 日本人恐怖症は人とぶつかり過ぎた反動だ。


 私が他人とぶつかるのが怖いのは、私もお兄ちゃんのようになるのが怖いからだ。


 引きこもりになるのは賛成だが、いつも何かに怯えながら過ごすのは反対だ。お兄ちゃんが普段から外に出なかったのは幸いだった。これから御礼参りの危険があるのかと思うと、何もしないまま手を拱いているわけにもいかない。どうにかしてお兄ちゃんを守らないと。


 精一杯の忠告も虚しく、虎沢君は嘲笑いながら歩み寄ってくる。


 舐め回すように私の胸をキョロキョロと見る。


 咄嗟に手で隠してしまうくらいには気持ち悪い。


 毎日こんなのと会ってたら、そりゃ人間不信にもなる。うちの親は悲観していたが、不登校は不幸じゃない。絶対領域からの脱出だった。社会そのものが強制収容所のようなものなら、引きこもりは社会に対する抗議なのかもしれない。売り上げのため、日本人規制法をどうやって解除するかを考えていたが、もうそんなことは考えられなくなった。少なくとも、この人が野放しでいる内は……。


 逃げる方法を考えていると、横から人影が見えた。


 私も凪も足音に気づき、スタッフルームの扉がある方向へと顔を向けた。

読んでいただきありがとうございます。

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