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社会不適合者が凄腕のショコラティエになっていた件  作者: エスティ
第4章 地方復興編
53/70

53粒目「憩いの居場所」

 8月を迎えると、タレントップ所属のアイドルたちの姿が見えなくなる。


 専らヘルスケアスリーツに入り浸りで、スポーツをしてから大浴場かプールに入り、特に仲の良い子同士で食事に行くのだが、最も緊張するのは着替えの時だ。


 タレントップ所属タレントが多くいることもあり、彼女たちを目当てに入会する者が出始めたことが一時期問題となった。以降は友人以上の関係でなければ他の利用客に話しかけてはいけないルールが適用されており、入会研修でも入念に説明されている。


 友人に紹介すれば、紹介者と紹介相手の両方の会費が割引となるおまけつきだ。芸能事務所に所属する人が紹介した場合は事務所の割引となるが、事務所を出た場合は個人の会費が割引となる。私は静乃たちにもヘルスケアスリーツを紹介し、度々ここで会うこととなった。


 学生の場合は下校してからになるため、夕方に会う機会が格段に増えた。


 大浴場に浸かっていると、体を洗い終えた凪がキョロキョロと周囲を見渡しながら私とお揃いの白いバスタオルを脇から下に纏い、ゆっくりと湯船に浸かる。


「はぁ~、気持ち良い~。やっぱ運動した後の温泉は効くぅ~。上がった後のコーヒー牛乳もすっごく美味しいんだよねー。あれはたまらないよー」

「なんかおっさんみたいなこと言ってる」

「いいじゃん別にぃ~。中身はおっさんってよく言われるけど、女だってさっぱりしたい時があるんだから。あたしは自然体でいたいの」


 凪が私との距離を詰めながら両手を伸ばす。


 私には凪の言いたいことが染みるように分かる。


 なのに凪らしくないと、つい考えてしまった。先入観って怖い。こういう身近な言動から改善していかないと、世の中を変えるなんて夢のまた夢。何なら私たちが世の中のいいように変えられてしまっている自覚を持った方がいいのかもしれない。凪らしさは彼女自身が決めるべきことなのに。


 自分さえ変えられない人が、世の中を変えられるはずがない。


 話題がないのは気まずいと思い、昨日凪が赤裸々に語った真意を問うことに。


「凪、この前言っていたこと、本気なの?」

「あたしがお父さんの後を継ぐことでしょ。もちろん本気に決まってるでしょ。いつになるかなんて流石に分からないし、下手したら一生できないかもしれない。でもあたしは本気で世の中を変えたいと思ってる。政治じゃなくて、民間の力でね。それができるかもしれないポジションに生まれてきたのは、きっと何かの使命だと思ってる。一生楽できて羨ましいなんて言われるけど、あたしはその分責任も背負ってるつもり。大人しくしていれば安定した一生を送れるかもしれないけど、そんなのつまらない。何より……行動しないのは今の世の中を肯定することに他ならないから」

「凪は大人だね」

「世間が幼いだけ」


 軽くあしらうように凪が言った。時折私の胸を見てはため息を吐く。


 私はちょっとした優越感に浸った。凪にも誰かを羨む気持ちがあるのだと知った瞬間、何とも言えない安心感を覚えた。凪の体はスレンダーでくびれがある。比較的長身ということもあり、モデルとして活動することもある。居座っているだけで花になるのは立派な才能だ。


 他の女性たちが凪に話しかけたそうなのが視線だけで分かる。


 皮肉にも周囲の女性たちのお陰で、凪にとって私は立派な友人であることが確認できた。


 無論、私にとっても、凪は掛け替えのない友人だ。


「あっ、璃子に凪、久しぶりー」

「久しぶりー。璃子に紹介してもらったんだね」

「えっ、何で分かったのっ!?」

「静乃以外にも璃子の友人たちが来るようになったし、以前はここに来ていない人たちだったから」

「ここって色んな器具があるし、トレーナーさんが丁寧に教えてくれるから、凄くやりやすいよねー。私はどこに行っても男の人に声かけられるけど、ここにいると落ち着くー」

「あたしも始めて来た時は滅茶苦茶声かけられて、トレーニングに集中できなかったの。だからここの社長に頼んで、友人未満の相手には声をかけちゃいけないルールを作ったの」

「へぇ~、凪が作ったルールだったんだー」


 静乃が感心するように言った。この話は以前凪から聞いた。


 最初は女性だからとそっちのけにされたが、自分がサイバーモール社長令嬢であることを明かすと、何事もなかったかのように手の平を返し、あっさりとルール変更を勝ち取った。凪自身は暗黙のルールになることを望んでいたが、注意喚起だけでも声をかけてくる人が後を絶たなかったため、ルールにせざるを得なかった。事の発端は声をかけてくる人へのファンサービスに時間を割き、その後のイベントに支障をきたしたためであった。有名人の人権が守られにくいのがこの国の欠点だ。


 無論、ここまで話してくれるのは私と2人きりの時だけだ。


 しばらくして大浴場から上がると、着替え終えたところで脱衣所から出る時だった。


 凪と静乃が話しながら外に出る。私も続いて外に出ようと足を進めた。


「葉月さんって、いつも凪さんと一緒にいるけど、馴れ馴れしいよね」

「ホントホント、凪さんとは一言話せただけでも恐悦至極なのに」

「ちゃんと立場を弁えてほしいよねー。入ったばかりの新人のくせに」


 女子たちの陰口が聞こえてくる。できれば聞きたくなかった。


 舞子は他の女子たちとつるみ、延々と私のことばかりを語る。


 普段の私は背景と一体化しているため気づかれない。だが噂になるくらいの存在感があるのは迷彩戦略の敗北といったところか。存在感を隠したいが、アイドルは存在感を出さなければ生きていけない。故に嫉妬の目を向けられやすいのだ。アイドルの仕事を続けている内に分かった。私の天職ではない。


 葉月珈琲がピンチでなければ誘いを断っていたくらいだ。


 無論、それは他の仕事にも言える話だった。天野さんに女流棋士になる気がないことが遂にばれてしまった。今は触れないでくれているが、いずれ決着をつけなければならない。


「璃子、どうかしたの?」

「何でもない。どこに行こっか?」

「私友達誘ってるんだけど、一緒に行かない?」

「「?」」


 私と凪は同時に首を傾げた。静乃に案内されるがままついていく。


 意外なことに、場所はサイバーモール内の飲食店コーナーだった。


 静乃が言うには、浅尾君たちと待ち合わせしているとのこと。予てから浅尾君たちとも交流のある静乃にとって、彼らを誘うのは当然のことであった。


 浅尾君、中島君、江藤君の3人が凪の姿を見て慄いた。


「えっ、本当にあの天根凪ちゃんなの?」

「すげー、ライブ以外で生で見たの初めてだー」

「シーッ! 周囲の人にばれちゃうでしょ! ちょっとは自重して」

「「「はっ、はいっ!」」」


 静乃が唇のそばで人差し指を立てた。この3人を完全に手懐けている。


「まあまあ、あたしとしては遠慮のないつき合いを望んでるから、もっと気楽にね」


 可愛らしく、さりげなく、緊張を和らげるように凪が言った。


 こんなことは一度や二度ではないと目が言っている。


 サイバーモール内の飲食コーナーには、全国区のチェーン店が揃っている。


 日本食、中華、洋食、更にはハンバーガーショップやアフリカ料理の店まである。値段が高めに設定されているのは場所代だろう。浅尾君や静乃は呆気に取られているが、凪は涼しい顔で歩きながら見える商品全てに興味を持っている。値段を見ないで買い物をしてきた証拠だ。


 静乃がピタリと足を止めた先には看板がある。


 どうやら先月末に撤退してしまったようだ。


「あれっ、お店が閉店してる」

「静乃が言ってた店か?」

「うん、先月まではここにあったのに」

「サイバーモールは華やかなイメージがあるけど、どの店も水面下で競争させられてるの。しかも場所代も高いから、売れなかったから次の店舗と交代。だから入れ替わりが激しいの」


 虚しさを醸し出すように声が低くなる凪。


 ショッピングモール展開による経済の活性化はサイバーモールの方針でもある。


 出店する他の企業にとってはチャンスでもあるが、掴めなければ撤退を余儀なくされ、撤退を機に倒産する企業も珍しくない。ここまで一貫して冷たい経営方針でなければ生き残れない。凪の気持ちが手に取るように分かる。このまま浅尾君たちが社会に出てやっていけるのかどうかを心配している目だ。


「私の行きつけ……売れなかったんだ」

「飲食業だったらよくある話だよ。それでも激戦区で成功すれば大きな利益になるから、どの企業も必死ってわけ。あっ、そうだ。あたしの行きつけのお店行く?」

「えっ、いいの?」

「うん。だって璃子の友達でしょ」

「何言ってるの。凪だって私の友達だよ」


 静乃が抱きつきながら言った。ふんわりとしていて、人懐っこい性格には何度も救われた。


 凪も静乃の温かさを肌で感じ取る。素直に抱き返すと、静乃に目線を合わせた。


「ありがとう。じゃあ行こっか」

「うん、どんなお店なの?」

「カフェなんだけど、そこのマスターとは知り合いで、お父さんとも仲が良いの。値は張るけどカラオケボックスみたいにワンルームを丸ごと独占できるから、あたしみたいな有名人にとってはうってつけの場所ってわけ。ワンルームだから秘密会議もできるよ」

「秘密会議って、そんなにしないでしょ」


 クスッと笑いながら静乃が言った。


 ワンルームで男子3人と女子3人って……完全に合コンなんだけど。


 凪の行きつけのカフェは『サイバーロースト』という店だった。


 サイバーモール系列の店ということもあり、カフェというより焙煎屋の色が強く、焙煎したコーヒー豆の販売も、店頭で注文するより通信販売がメインである。


 流石にワンルーム貸し切りは高く、凪に奢らせるのは悪いと思い、カウンター席に座った。


 カウンター席の左から、私、浅尾君、凪、江藤君、静乃、中島君の順に座った。


 浅尾君とは積もる話もあると思っていた。凪は江藤君と、静乃は中島君と積極的に話している。10分毎に男性側が別の女子の隣に移動するため、凪が必ず全員と話せるようになっている回転寿司タイプのセッティングだが、やはりこれは合コンの域を出ないし、中学生にはまだ早すぎる気もするが……。


 静乃の意図を考えれば、交流を深めるためであることが見て取れる。


 特に男性陣から頼まれた様子はない。凪も理解した上で了承している。


「将棋教室を休んでるって聞いたけど、ホントか?」

「うん。アイドルの仕事が思ったより忙しくてね」

「女流棋士を目指す気がないなら、早く言った方がいいんじゃねえか?」

「天野さん、そんなに焦ってるの?」

「本格的にプロ棋士を目指すなら、今の内に専念した方がいい」

「専念しないとなれない仕事か……」

「そりゃそうだ。何かを選ぶってことは、何かを捨てるってことだからな」

「……考えとく」


 どれかに精を出すと、別のことに時間を割けなくなる。


 チョコ作りには絶対時間を割きたい。ユニットフェスティバルが近づくにつれ、振り付けや歌詞を覚える時間が増えていく者が後を絶たない。私と凪は一度で覚えるが、他はそうはいかない。


 私と凪がヘルスケアスリーツで行っていたトレーニングは体力作りだ。


 みんなが準備に忙しい中、私だけは凪と同じトレーニングメニューだったことが舞子たちの目についたのか、私が舞子から出番を奪ったものと受け取っていることを名前を伏せて話した。


 最初こそ陰口だけで済んでいたが、次第にエスカレートしていった。同僚の間で伝達されているはずの情報が私にだけ共有されていなかったり、私のロッカーが何者かに荒らされていたり、後をつけられているような違和感を持ったりしたことを浅尾君に話した。


 お兄ちゃんなら気にも留めないだろう。


 私はいじめを受けなかったこともあり、全くと言っていいほど耐性がない。


 毎日こんな思いをしながら学校や会社に行くのって、ストレスにならないんだろうか。私は必要以上に相手の心に敏感だ。今にも胸が張り裂けそうな思いだが、察する文化と言いながら、本当に困っている人には鈍感なもので、声を上げようなら甘えるなの一点張り。


 誰かを頼ろうという発想に至りにくいからこそ、ある日突然我慢の限界を迎えて事件を起こす。凪に相談しようと思ったが、ユニットフェスティバルに集中している凪に迷惑をかけるわけにはいかない。


「なるほど、天羽とユニットを組んでからずっと同僚に疎まれてるってわけか。葉月は昔っから何をやっても筋が良いもんな。芸能界は嫌でも比較されるし、しょうがねえだろ」

「簡単に言うけど、嫉妬されるって楽じゃないよ。はぁ~、いっそ引きこもりたい」

「また逃げるのか?」

「……どういう意味?」

「そのまんまの意味だ。葉月はそうやって、中学でもいじめを受けると悟った次の日から不登校になっただろ。学生の内はそれでいいかもしれないけどさ、社会に出た後も、ずっと逃げてばかりでいたら、家の中ぐらいしか、居場所がなくなっちまうぞ」


 言われてみればその通りだ――私は誰にも邪魔されずのんびり過ごせる空間に飢えている。


 私にとっての憩いの居場所はどこだろうと模索してみれば、やはり家以外に思いつかない。


 将来ショコラトリーを開いた時の構想が思い浮かんだ。引きこもりが過ごしやすい店舗を作ることを真っ先に考えた。これならイメージがしやすいが、どこもかしこも社会人向けの店舗ばかりで、引きこもりが来る前提のショコラトリーとなると、やはり売り上げは度外視することになるだろうか。


 ショコラトリーを立ち上げるためにも、今はとにかく稼がないと。


 1人でも多くライブに招待しよう。今の私にできる精一杯の仕事だ。


「それはそうかもね。でも私はそれでもいいと思ってる。仕事に適性があるように、引きこもりにも適性があると思うし、頑張った末に社会から追い出されるんだったら本望だよ」

「随分カッコつけるようになったな。まるで追い出されても悔いがないみたいに見えるぞ」

「……人の心配するより、まず自分の心配をしたら?」

「心配ってほどじゃねえよ。中津川がよく葉月のことを話すからさ」

「そんなに心配してくれるんだったら、今度のユニフェス、来てくれないかな?」

「別にいいけど、他の連中も一緒でいいか?」

「うん、ステージで待ってる」

「一度言ってみてえな。でもさ――」

「ん?」


 浅尾君が目つきを鋭くしながら、ゆっくりとカウンターテーブルに両肘をついた。


 本気で何かを尋ねたい時の仕草だ。やはり私のことを心配してくれている。


 彼の意図が分かった時、ちょっぴり嬉しくなった。また胸がドキドキする。私に何かを訴えかけるように思考が正常に働かない。こんな気持ち、初めてだ。以前から浅尾君には思うところがある。荒井君から守ろうとしてくれた時から、何かある度に浅尾君のことを思い出す。


「葉月って、本当は何がしたいんだ?」

「……それは――」


 私が答えようとした時だった。凪が笑顔のまま浅尾君の型を指で優しく叩く。


「浅尾君、もう10分経ったよ」

「ああ、分かった。また今度な」

「う……うん」


 会釈をしながら返事をすると、今度は中島君が私と凪の隣に腰かけた。


 女子との接し方をまるで知らない接し方、ボサボサと乱れている短髪、女子たちからあからさまに嫌われているわけではないだろうが、水面下では敬遠されていることが見て取れる。


「璃子ちゃん、ショコラブリーってユニフェスに出るの?」

「まだ分からない。発表もされてないし」

「そっか。でも凪ちゃんも一緒でしょ。だったら大丈夫だと思うけど。楽しみだなー」

「過度な期待は禁物だよ。駄目だった時が悲惨だから」

「璃子ちゃんは期待とかしないタイプなの?」

「するわけないでしょ」

「あははっ! 璃子ちゃんらしいやらしいや」


 満面の笑みから八重歯が見せる中島君。


 どこか抜けているが、私のことになると躍起になる。


 当たり前のように友達感覚で喋りかけてくれるが、妙に距離が近いのが気になる。パーソナルスペースというものを学習していないのだろうか。あるいは人の気持ちに鈍感な自分本位な性格だろうかと勘繰ってしまうが、やはり私には理解できない。テストでも毎回最下位争いをするくらいだし、私に送ってきたラブレターも字が汚くて、解読に多少時間がかかったくらいだ。


 ――あれっ、そういえばこの前、拙い文章を見たことがあるような。


 まさかとは思うけど、あれ……中島君じゃないよね?


 いかん、何だか怖くなってきた。あまり刺激しないようにしないと、何をされるか分からない。信用がないわけではないが、例の脅迫状の文章にそっくりだ。ラブレターが送られたのは1年くらい前だ。とっくに交際は断ったが、諦めきれないようにも見える。まだ家の中にあったはず。こんなことを言ったら怒られるが、ラブレターを捨てることさえ忘れるほど興味がないのだ。


 無論、それは他の男子にも言えることだが……。


 例の脅迫状は私が家に持ち帰っていた。


 お兄ちゃんにも見つからない場所に隠しているが、一度実家に戻ってラブレターと照合し、真実を明らかにしなければならないと心が叫んでいる。理不尽な世の中が続いた要因が、理不尽を黙認してきたことならば、私はあらゆる困難に立ち向かうことが求められているのかもしれない。


「葉月、どうした?」


 江藤君が声をかけてくる。考えている間に入れ替わったようだ。


「あっ、えっと……何でもない」


 素っ気ない返事をしてしまった。流石に考え過ぎだろうか。


「今度のライブが楽しみだなー。リハーサルとかやってんだろ?」

「うん、一応ね。この頃ずっとアイドルの仕事と並行してるから」

「中学卒業したらどうするんだ?」

「高校にはいかないって決めてる」

「ええっ!? マジで言ってんのかっ!?」


 唐突に頭を少しばかり後ろに引く江藤君。学歴信仰の強い風潮のせいだろうか。


「じゃあ……アイドルの仕事に専念するってことか?」

「まだ分からないけど、成人するまでは続けるつもり。区切りの良いところでショコラティエ修行を始めようと思ってるけど、候補が全然見つからなくてね」

「だったらヤナセスイーツとかいいんじゃねえか?」

「私が目指してるのはショコラティエ。ヤナセスイーツはパティシエの仕事でしょ」

「でもよー、チョコ作りもお菓子作りには違いねえだろ。俺は今でもサッカーやってるけどさ、時々他のスポーツもやったりするんだ。何でか分かるか?」

「基礎体力を鍛えるためじゃないの?」

「ちげえよ。サッカーだけじゃ鍛えられない筋肉を鍛えるためだ。アメリカなんかはトップアスリートの人ほど、色んなスポーツやってたりするもんだ。まあそれでプロになれるとは限らねえけどな」

「!」


 江藤君の言いたいことが分かった。他のスポーツは本命のスポーツにも活きる。


 私はショコラティエに固執するあまり、シェフ、パティシエ、コンフィズール、グラシエといった仕事を軽視するようになっていた。凪と実力が拮抗していたのは、彼女のセンスだけじゃない。


 凪は様々な知識や技術を体得しているのだ。


 普段から自分用の弁当を作るために料理を作っていて、それがチョコ作りにも活かされているのだとしたら……このままじゃ取り残される……私は確かな危機感を抱いた。


 たった1つの道に専念しているようではいけない気がする。


 ――決めた! 毎日色んなチョコレートを作ろう。どんなに忙しくても調理時間くらいは取れる。


 形式的なチョコレートだけでは限界がある。


 せっかくトレーニングを始めたわけだし、いつでもチョコレートが食べられるとも限らない。勉強でもスポーツでも、糖分補給は必須と言っていい。江藤君の言うことが本当なら、私はもっと調理の幅を広げた方がいいのかもしれない。まずはスポーツ用のチョコレートを作ろうと考えた。


 食事が終わると、私は静乃と男性陣たちと別れ、凪と同じ帰路に就いた。


「はぁ~、やっと終わったぁ~」

「璃子の同級生って、割と面白い人たちだよね」

「遠回しに私も面白い人って言ってるように聞こえるけど」

「そうかもね。でもさっきの璃子はちょっとつまんないって思ったかな」

「――えっ?」


 一瞬、頭がポカーンと真っ白になる。また声が低くなった。凪は確実に怒っている。


「あたしって全然信用ないんだね」

「信用ないって、どういうこと?」

「舞子ちゃんたちが鬱陶しいなら、嫌がらせをやめてほしいって言えばいいじゃん」

「……聞こえてたんだ。でも証拠もないのにそんな――」

「あるよ。今度ロッカーを荒らされたら教えて。あたしに考えがあるから」

「凪に迷惑はかけられないよ」

「あのねー、ユニットは一心同体が原則なの。璃子はあたしにとって大事なパートナーなの。どちらかだけでも成立しない。璃子のピンチはあたしのピンチでもあるんだから」

「凪……ありがとう」


 寄り添うように凪の胸に顔を預けると、今まで悩んだ想いが目から溢れ出る。


 私は自分のことしか考えていなかった。誰かに迷惑をかけたくない気持ちは、誰も私に干渉するなと突き放すくらいの自分勝手かもしれないと、自らの幼さを悔いた。


 こんなにも最高の友がいることに気づけない私は未熟者だ。

読んでいただきありがとうございます。

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