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社会不適合者が凄腕のショコラティエになっていた件  作者: エスティ
第1章 学生編
28/70

28粒目「犠牲の上に成り立つ平和」

 冬休みを満喫していた私は1月を迎え、正月恒例の初日の出を祖父母の家で拝んだ。


「璃子ちゃん、今年で小学校卒業だっけ?」


 声をかけてきたのは親戚の1人、楠木吉樹(くすのきよしき)である。


 葉月家の親戚にあたる楠木家の長男で、なよなよしていて、どこか頼りない中肉中背の男子、2歳年上でお兄ちゃんとは同い年。よく言えばごく普通で、致命的な欠点がない。悪く言えばどこにでもいそうで、特にこれといった特徴もない。普通の人まっしぐらだ。


 無論、それは最悪のパターンを回避すればの話だが……。


 祖父母の家は横に長い一軒家で2階はなく、屋根には灰色の瓦が敷き詰められている。畳ばかりの和室には、長方形のテーブルが等間隔で2列に6台置かれ、床には全員分の赤い座布団が敷かれている。お兄ちゃんはいつも部屋の隅っこにいて目立とうとしない。


「うん。吉樹は中3だから、受験の年になるね」


 勉強嫌いを見透かした上で、からかうように言った。


 吉樹には自分の意見というものがなく、周りに流されてしまいがち。典型的な日本人と言える。吉樹も迷彩戦略を用いてはいるが、意識的に用いている私とは異なり、無自覚に周囲と馴染んでしまう天然キャラだ。幼少期から一緒に遊んだ仲であり、親戚の中では最もお兄ちゃんと仲が良い。


 ゲームの腕は並以下で、新しいゲームを買っては、私の家に持ってきてくれるが、すぐにコツを掴むお兄ちゃんによって返り討ちにされている。立ち回りが素直すぎるのか、動きを読まれてカモられてしまう。権力を握っても乱用はしないタイプだ。


「はぁ~。そうなんだよねー。でも受験勉強なんて何をすればいいんだか」

「高校だったら余程点数が悪いとかじゃなければ受かるけど、大学受験までには勉強嫌いをどうにかした方がいいかもね。吉樹はまず授業中に起きているところから始めないとね」


 吉樹が深いため息を吐きながら顔を下に向けていると、1人の女子が私の隣から澄んだ声で呟いた。


 楠木柚子(くすのきゆず)は窓越しに太陽を眺め、黒い長髪を靡かせている。


 反応は至って冷静だ。絵に描いたようなクールビューティー、胸は大きくも小さくもないが、腰がくびれていて、全体的に引き締まっている。私より4歳年上の高校1年生で、流行に敏感な女性らしさを併せ持っている。吉樹とは対照的に頭脳明晰で、成績は学年でもトップクラス。


 学校では常にマイペースでどこのグループにも属さないが、柚子に憧れた女子生徒たちが集まってくるため、いつの間にか柚子を中心としたグループが出来上がってしまっている。


 男子からはモテるが、高根の花と思われているのか、なかなか近寄ってくる男子はいない。


「やれやれ、頑張ればまともに就職できる時期に生まれたというのに」


 呆れるように言ったのは、いとこの中の最年長、葉月大輔(はづきだいすけ)


 私より12歳年上の氷河期世代、大学は卒業したが、不況で正規雇用にありつけなかったことを悔いているばかりか、自分の実力が正当に評価されていないと、愚痴ばかりこぼしている。


 社会に出てから茶髪に染めているが、自分の過去への決別であると苛立った目が言っている。周囲は大輔がぐれているものとばかり思っているが、黒髪以外の人が最初からぐれているわけではない。普段は派遣社員として働いているが、給料の割に休日が少なく、いつ首を切られても不思議ではない。


 お前の代わりなどいくらでもいると社会から言われている状況の中、より良い条件を求め、転職活動も行っており、正規雇用に拘り過ぎるあまり、自分の価値観さえ見失っている。


 この国は正規雇用に届かない者には厳しく、生まれた時点で余程の才能がなければ抜け出せない蟻地獄に嵌っている。この時点で選択肢が少ないことに気づいている人は少ない。就職自体が向かない者にとっては、成功するか引きこもるかの二択を突きつけられる。


 少数派で尖りもない人間に至っては、選択肢すらないのだ。


「まあでも、学校が駄目でもさ、会社で頑張ればいいと思うよ」


 大輔の隣から優しく高い声で、大輔の弟、葉月優太(はづきゆうた)が言った。


 温厚で心優しい性格、私より8歳年上で、大輔と同様に社会人。大手に勤めることができたが、本人は毎日齷齪しているようで、プライベートなどあってないようなものだ。親戚の集会を欠席することも珍しくない。給料こそ高いが、部署がかなりブラックなようで、安定の代償は大きかった。


 不況になればなるほど、安定の価値が高まっていくと言ってもいい。


 生活を人質に、過重労働を強いられる様を私は知っている。


 大輔と優太は将来の私たちだ。お兄ちゃんの言葉を借りるなら社畜。2人のようになれと言われたら嫌だと言いたくなる。大輔は作家、優太はイラストレーターを目指していたが、親から現実を見ろと言われ、見事に撃沈した。現実を見ろとは、大人しくサラリーマンになれという意味だ。


「つまんねえことばっか話してるな」


 お兄ちゃんが私にだけ聞こえるように顔を近づけ、ボソッと呟いた。


「正規雇用で就職しないと、生活が厳しくなっちゃうからでしょ」

「生活なんて飯が食えたらそれでいい。給料以前にみんな無駄な買い物しすぎだし、そんなに貯金したいんだったら、同じ服を何日も着回して、1ヵ月1万円生活でもすればいい。僕はできる自信あるぞ」

「まっ、欲を抑えられないから貧乏になってるって言いたいのは分かるけど、今の状態で日本人から購買意欲を抜いたら、悲惨なことになるよ。消費が減ったら、給料も更に下がるだろうし」

「だろうな。仕事が忙しすぎると、勉強する暇がなくなるし、ますます不利になる。大人になったら勉強しなくなるっていうよりは、やりたくもない仕事に可処分時間を取られるってことだ」

「お兄ちゃんはやりたいことだけやるつもりなの?」

「もちろん」


 何の迷いもなく、自らの意思を誇示するかのように、歯を見せながらお兄ちゃんは答えた。


 集団生活さえ回避できれば何でもいいらしいが、この国でその選択は普通に生きるより修羅の道だ。


 もっとも、普通に生きようと思えばできる人間に限るが。


 1人でいる時の方が生き生きする人間も珍しい。それほど面倒な人間とばかり出会ってきたとも思えないが、ここが私とお兄ちゃんの波長が合うポイントだ。家に引きこもって1人で仕事をする方が向いている。外に出て人に会いに行く仕事ばかりがメジャーな仕事なのが欠点だ。


 しかし、お兄ちゃんは部屋の隅っこにいながら、かなりの確率で話しかけられる。主にリサやエマや柚子といった女性陣に囲まれている。芯が真っ直ぐなのか、男子からは敬遠されるが、女子からはモテる部類である。学校でも屋上で女子から告白されたことがあったようで、他の男子からすれば羨ましい以外の何ものでもないが、お兄ちゃんにとってはそっとしといてくれよと言いたくなる事態だ。


 男子からは嫉妬を買い、女子からは愛着を買う。


 私は男子を近づけないよう、適度に女子とつるんで溶け込んでいるが、お兄ちゃんはいつも1人きりでいるために話しかけやすいのだ。しかも学年で唯一の茶髪だ。目立たないわけがない。他人から何であいつだけと言われるところまでが容易に読めてしまう。


「経営学の勉強はできたの?」

「一応一通り覚えた。後は資金源だな」

「銀行は貸してくれないだろうから、まずはどっかでバイトして貯金するのが無難だろうね」

「だな。生活は親に任せて、3年くらい働いて起業して、駄目だったらまたバイトして貯金の繰り返しになると思うけど、何回もやったらその内うまくいく。何とかなる。ケセラセラ」


 自らを鼓舞するように、部屋の奥から外を見ながらお兄ちゃんが言った。


 余程就職するのが嫌らしい。お兄ちゃんが言うには、家の向かい側にあるカフェのキッチン担当として活動し、接客はせずにフードやドリンクを作ることに専念するんだとか。接客はカフェのマスターやお父さんが担当するが、この手の仕事で接客をしないのは珍しい。


 キッチンに引きこもるという発想はお兄ちゃんならではだ。これならコミュ障という弱点が邪魔にならない。不器用なところもあるが、アイデアを思いつく創造力は私を凌駕している。私が学校生活に馴染もうと努力している間、お兄ちゃんは社会を経験し、社会に出た後の立ち回りを心得ている。正解のある問題は、暗記さえできれば誰でも解けるようになる。だがお兄ちゃんは理不尽と真っ向から戦い、正解のない問題への対処法を身につけている。


 エスプレッソマシンの使い方から直し方までをおじいちゃんから学習しているのが証拠だ。


 身の回りの世話もできるし、料理もできるのだからそこまでの不安はない。


 何なら就職が嫌で必死に料理を勉強しているまである。料理担当はほとんど人と接しなくて済む仕事だし、パソコンで発注できれば、尚更人と接する機会は減る。好きなことを究める時、もしくは嫌いなことを回避する時に動くお兄ちゃんをコントロールするのは至って簡単だ。暇になって何かやらかしそうになれば、パソコンにでも貼りつけておけばいい。


 親戚の集会は昼から夕方にかけて続いた。


 正月だけは初詣に向かう班、祖父母の家に残っておせち料理を作る班に分かれる。


 話題はいつも同じだ。仕事や結婚の話ばかりで、ここにいる時くらい趣味の話でもすればいいのに、それができずにいるのは、生活に余裕がない証拠とも言える。ただ愚痴を漏らすだけの飲み会のようになってしまっているが、普段は悲愴感溢れる場所で仕事をしているなら、ここは愚痴をこぼせる数少ない場所と言える。夕陽が見えたあたりから、机や畳に手を置いて立ち上がり、ぞろぞろと帰宅する者が現れる。おじさんたちもおばさんたちも、目を大きく見開きながら談笑している。


 私にとっては静かに過ごせる数少ない一時。特に何も飾らないのがいい。キャラの濃い人ばかりが集まっていると、ちょっとした違いで悪目立ちすることもない。誰もが普通であり、誰もが特別なのだ。みんな違ってみんなどうでもいい。この場ではそれが実現している。


 親戚たちは夕暮れまで過去の武勇伝を自慢し合い、正月はお開きになるのであった――。


 2月上旬、ここまで平穏だった私のクラスに異変が生じた。


 国語の時間、尊敬する人物の発表会でのことだった。


 クラスメイトが出席番号順に1人ずつ作文を読み上げる。テーマは尊敬する人物だ。私は音もなく立ち上がってから400字詰めの作文用紙を両手に持ちながら読み上げた。無難に両親と答え、標準的な速度で読み終え、拍手を貰ってから何事もなく席に戻った。


 ふぅ、変に思われてないようで何より。


 ゆっくりとため息を吐いた。みんなの前で何かを発表するのは命懸けだ。


 これが元でいじめが発生することもあるし、ここでも賢い人に見えてしまってはいけない。


 他の生徒も両親か有名人の名前を挙げた。


 しかし、静乃は歴史上の人物、それもかなりコアな人物を挙げてしまった。ただでさえ荒井君から睨まれているというのに、静乃は最悪の行動を選択してしまったのだ。目立ってはいけないとあれほど言ったのに、作文には性格が出てしまう。しかも文学的な言い回しも多かった。私はわざと子供らしい下手な文章でやり過ごした。作文発表も平均的な立ち振る舞いで済ませたが、これには長森先生も残念そうにため息を吐いていた。静乃は荒井君にずっと睨まれてるし、なんか心配になってきた。


「はぁ~」


 あっ……またため息出ちゃった。学校行事は心臓に悪い。


「おい、お前調子に乗ってんじゃねえぞ」


 休み時間になると、荒井君が静乃に声をかけた。


 この時、静乃は私たちから遠くの席まで離れ、孤立無援の状態だ。


「えっ……どうかしたの?」


 首を荒井君に向けながら恐る恐る返事をする静乃。


 荒井君は運動こそできるが成績が悪く、賢そうに見える人をいじめる傾向が強い。運動会の一件で権威を削いだはいいが、それでも十分な影響力を有している。目立ってはいけないことに変わりはない。


 静乃は安心しきっていた。何事も慣れ始めが最も危険だ。馴染めていたと思ったら幻想で、本当は馴染めていないことに気づく。誰もがこの壁にぶつかり、多くは挫折して諦めていく。


「この前までちゃんと黒髪にしてたのに、また金髪に染めやがったな」

「染めてないよ。私は生まれつき金髪なの」

「そういうのは外国でやれ。ここは日本だ。日本で暮らすなら、日本人らしく生きてもらわないと風紀が乱れるんだよ! 明日は授業参観だ。今日中に黒髪に戻してこい。さもないと、分かってるよな?」


 荒々しい声で威嚇しながら、荒井君が自分の席に戻ったかと思えば、何やら机の中の道具箱に手を入れると、長い鋏を取り出し、チョキチョキと音を立てながら挟み、静乃に地獄をチラつかせる。


「荒井、まさかアレやんのか?」

「ああ、昔先輩から教えてもらったやつだ。風紀を乱した奴への罰として、断髪式をやってたんだよ。明日までに黒髪に戻さなかったら、こいつの裁きを受けてもらうぜ」


 静乃は小刻みに体を震わせ、縮こまるように席に着いている。


 そればかりか、クラスメイトたちは逃げるようにぞろぞろと教室を去っていく。私もクラス全体の動きに倣い、席を立ちあがった。音もなく教室から避難し、図書室へと向かった。


 それは静乃を見捨てることを意味していた。


 静乃は捨てられた子犬のような目を私に向けた。


 ――ごめん、助けてあげたいけど、私にはどうにもできない。


 いじめを受けるのが怖い。ここまでずっといじめを回避してきたことが仇になっている。見ているだけでも嘔吐しそうなくらい気分が悪い。直接攻撃のダメージは、きっとこんなものではないのだろう。


 私は紛れもなく臆病者だ。いつか逆の立場に立った時、静乃に見捨てられても文句は言えない。自分の無事と引き換えに、大事なものを失った気がする。平和とは誰かの犠牲の上に成り立っている。決して無料ではない。本来もっと感謝しなければならないものだ。


「璃子、静乃のこと、放っておいていいの?」


 夏芽が後ろから話しかけてくる。隣には冬美が苦々しい顔のまま口を閉じている。


「助けたい気持ちはあるけど、関わったら私たちも断髪式の餌食になる。殴り合いで解決するっていうなら話は別だけど、その場合は私たちも相応の犠牲を払うことになるし、最悪通えなくなるかも」

「先生に言ったらどうなの?」

「長森先生も、荒井君にはお手上げって言ってた。あの時荒井君に逆らったせいで、来年度から別の学校に左遷されるんだって。今度邪魔をしたら、不祥事をでっちあげてクビに追い込むって、校長を通して伝えられたみたいだし、先生に頼る手は封殺されてる」

「そんな……先生でも手を出せないなんて」

「浅尾君は?」

「江藤君と中島君と遊びに行ってる」

「「「はぁ~」」」


 呆れるようにため息を吐いた。しかも同時だ。みんな静乃の心配をしている。


 私とてそれは同じ。だが助ける方法が思いつかない。隙さえ見せなければ、権威の落ちた荒井君に手出しされることはないのだが、不慣れな日本でそこまで考える余裕はない。もう1つの地元、キーウでは自ら考える力を重視する教育が行われている。


 周りに合わせることを過剰に求める風潮では、自分の主義主張などもっての外。この狭い世界観において身近な存在以外の価値はないものとして扱われるのが流儀だ。賢すぎても愚かすぎてもやっていけない窮屈さを感じて、初めてこの国の学校を知ったと言える。


 もっとも、それを知った頃には手遅れかもしれないが。


 翌日――。


 静乃は学校に来なかった。厳密に言えば、昨日を境に来なくなった。


 不登校は親にとって問題の始まりだが、子供にとっては問題の最終段階だ。


 連絡帳を届けに行った冬美が言うには、適応障害を起こし、家から出ることさえ怖がるようになったという。あの時助けていれば、今日も元気な顔を見せてくれたのだろうか。私1人の判断で、1人の人生を犠牲にしてしまった感が否めない。私が何か思いついていれば、夏芽も冬美も応じてくれたはず。


 せめて立場の強い誰かと利害が一致していれば、こんなことにはならなかった。


 昼休み、給食が終わったところで、長森先生が私を呼び寄せるように手の指を曲げた。


 誰もいない廊下の角で、私は長森先生から情報を得た。


「ごめんなさい。不祥事をでっちあげてクビにするって言われた時、足が竦んで動けなかった」

「気にしないでください。先生1人の力でどうにかなる問題じゃありませんから」

「中津川さん、卒業まで学校に来ないみたい。やっぱり……私のせいだよね?」

「不登校を決めたのは静乃です。ここは戦略的撤退が最も有効な作戦ですから」

「でも不登校になって、勉強はどうするのかな?」

「勉強なら家でもできます。それに小学校を卒業した時点で、先生が構う必要はないと思いますけど」

「それはそうだけど……いつかちゃんと、中津川さんに謝らないと」


 長森先生は目を閉じたまま、手の平で廊下の壁にそっと触れた。


 いつもひんやりとしている壁は、今の長森先生には冷たすぎた。


 不登校になるだけの問題が発生し、現場にいた誰もが、問題を知りながら放置する選択をした。私の通っている学校には、不公平な問題がたくさんある。少なくとも、組織にいる誰もが自分の仕事に責任を感じている状態でなければ、まともに機能しているとは到底言えない。社会の縮図である学校でさえこんな問題が起きている。きっと会社と呼ばれる場所でも、似たような問題はあるのだろうと容易に想像ができた。私はそんな舞台で働くために通学しているのだろうか。


 中学でも同じような地獄に耐え続けなければならないのだろうか。


 あぁ、学校に行かなくても就職できる方法ってないのかな。誰でもいい、私を解放してほしい。ただいじめの光景を見守ることしかできないこの地獄から。


 私の密かな願いは、この4ヵ月後、叶うこととなる。


 静乃は学校に来なかった。先生たちはずっと問題視しているが、静乃にとっては地獄からの解放なのかもしれない。原因となった生徒を排除することさえできないし、戻ってくるように言ったところで、連れ戻すのはまず無理だ。不登校が問題なのであれば、不登校に追いやった張本人は何故裁かれないのだろうか。お兄ちゃんが人と関わって生きることに苦痛を覚える理由が分かった。


 こんなことがあるから人と一緒に仕事をしたくないと思う人は、お兄ちゃんのように、人と関わらない仕事を目指した方が最適なのだろう。この選択肢を知らなかったために、引きこもった人も少なくないだろう。静乃には実家の会社があるし、もうすぐ卒業なのが幸いだ。


 しかしながら、進学先はお兄ちゃんがいる中学校だ。


 あそこもあそこで問題ばかりと、お兄ちゃんから聞いている。


 荒井君たちと同じ進学先なのであれば、不登校を継続することは目に見えている。性懲りもなく別の生徒をいじめてるし、このままだと、いつか狙われそうで怖い。誰かが不登校になったところで、最下層の1つ上が繰り下がりで最下層となり、次の生け贄となるのが、閉鎖的な集団の法則だ。ずっと迷彩戦略を張り巡らせてきたのは、つまらない法則に対する精一杯の抵抗だったのかもしれない。


 私は何事もなかったかのように、小学校生活を最後まで送るのだった。


 1ヵ月後――。


 3月を迎えると、私は小学校を脱獄……じゃなかった……卒業したのだ。


 卒業式の予行演習が何度か行われた末、ようやく実行に移された。


 お兄ちゃんは不思議に思っていた。結婚式、葬式、入学式などは予行演習がないのに、何故卒業式だけ予行演習をしなければならないのかと。その意見には賛成だが、どうしても嫌ならサボるしかない。覇者の決断こそが法律であり慣習なのだ。変えたければ次世代の覇者となるしかない。


 私は夏芽と冬美と並びながら帰路に就いた。


「やっと卒業かー。色々あったけど、楽しかったね」

「うん。璃子が助けてくれたお陰だね」

「大したことは何もしてないよ。攻略本を作って渡しただけ」

「それがなかったら、今頃私も夏芽も不登校になってたと思うよ。集団の中での立ち回りとかも勉強になったし、中学は何もないといいんだけどね」

「……」


 静乃のことは助けてやれなかったし、学校の環境を変えるには至らなかったのが心残りだ。


 私は周囲が思っている以上に無力であることを思い知らされた。意味のない経験などない。意味を見出せない人間がいるだけだ。私も良い勉強になった。


 動物の……いや……人の扱い方がよく分かった。

読んでいただきありがとうございます。

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楠木吉樹(CV:福山潤)

楠木柚子(CV:瀬戸麻沙美)

葉月大輔(CV:佐藤拓也)

葉月優太(CV:代永翼)

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