26粒目「狸を化かす狐」
時は流れ、10月を迎えると、私は早速行動を開始した。
浅尾君、中島君、江藤君、夏芽、冬美を公園に呼び出し、夏芽救出作戦の計画内容を伝えた。
荒井君に同調する者にばれたら作戦は失敗だ。計画内容を伝える相手は、夏芽に対して好意的な人、もしくは荒井君に対して嫌悪感を持つ人に限る。寝返る人数が多ければ多いほどばれやすくなる。相手の主戦力を引っこ抜くだけでもかなり大きい。浅尾君は荒井君が一目置くほどの生徒だ。
味方に引き入れたのは、運動神経に優れているのもあるが、何より荒井君に対抗できる数少ない存在でもあるし、浅尾君は自分の立場を気にしたことがない。生活水準こそ下がったが、浅尾君の親は無事に再就職を果たしたようで、狭山社長のことを恨んでいるわけでもなさそうだ。
夏芽と冬美は私の隣に陣取り、浅尾君、中島君、江藤君は、公園のトンネルの中で座り、対面する。
「じゃあ俺は男子を寝返らせて、藤倉は女子を寝返らせればいいわけか」
「うん。寝返らせる時は、必ず1対1で話し合いをすること。数が多ければいいってものでもないし、確実に信用できる人を厳選して寝返らせてほしいの。少なくとも、小学校を卒業するまでは口止めしておいて、夏芽には荒井君の方から約束を破られないように契約書を書いてもらった。今日夏芽はみんなの前で嫌そうな顔をしながら調印したでしょ。これでかなりの同情を集めることができたはずだから、浅尾君と冬美は運動会当日までに、白組の主力から信用できる人を寝返らせる。中島君と江藤君は荒井君の動向を見張ってほしいの」
「分かった。世の中は思い通りにいかねえってことをあいつに思い知らせてやる」
「璃子ちゃんのためだもんね」
「ちげえよ。狭山のためだ」
……この2人で大丈夫かな。まあでも、浅尾君が最初に誘ってくれた2人だ。
以前は夏芽の件でかなりの迷惑を被ったが、その後は特に何もないかと思えば、今度は荒井君の身勝手な言動に悩まされることとなり、一泡吹かせたいと思っている。
サッカーのクラブチームでは独裁者となり、気に入らない生徒はレギュラーから外され、奇しくも浅尾君はレギュラーから外されたことを不服とし、中島君と江藤君と一緒にクラブチームをやめた。この3人にとっては共通の敵である。あんなのと一緒になった人が可哀想と考えるのも無理はない。
2年前、お兄ちゃんは戦力集中を前に、成す術もなく敗れた。
戦術が戦略に勝るのは難しい。お兄ちゃんは戦力を偏らせる戦略に対し、戦術で立ち向かってしまったが、戦力が整っていない状況で戦術は意味を成さない。同じ戦力なら勝てたかもしれないが、対抗できるだけの戦略はなかった。お兄ちゃんに友達を作る能力がないのが致命的だった。
そこから数日にわたり、浅尾君と冬美は密かに白組となった生徒と学校の外で密会し、お礼をする約束で寝返りをさせた。この2人を選んだのは、友達の数が突出して多いからだ。私が聞いた限りでは、白組の1割程度を寝返らせた。1学年で行われる運動会は多くて80人対80人程度の規模。
その中から主力を10人程度寝返らせれば、勝算は十分にある。
私、夏芽、冬美の3人だけが残り、浅尾君たちは去っていった。
「ねえ、寝返らせるとは言っても、紅組と白組の戦力に歪みが生じたらどうするの?」
「そうだよ。もしばれたら大目玉だよ。でも荒井君、何で勝負を挑んできたのかな?」
「戦力が白組に偏ってるから。つまりイカサマってこと。白組にいる生徒、みんな運動が得意で、体育の成績が優秀な人とか、スポーツ大会で入賞した人が、紅組に1人もいなかった」
「……そんな、嘘でしょ」
「どうりで自信過剰だったわけね」
「でも、そんなことが許されていいの?」
「良くないよね。だからイカサマに対してイカサマで報いるの。大人たちはみんな子供に対して誠実さを求めるけど、真に受けていたら痛い目を見る。社会に出たら、納得がいかない仕事とか、出来レースにつき合わされることもある。理不尽を黙らせるには、こっちも頭を使って、対抗する必要があるの」
夏芽と冬美は迷いのない目でコクリと頷いた。
こんなことが罷り通るようなら、私がいる教室は……間違いなく悲しいクラスだ。
――運動会当日――
多くの保護者が集まり、運動場がざわざわと騒がしくなってくる。
教室から持ってきた椅子を角丸の長方形に沿って並べていき、後ろには保護者たちがピクニックのようにレジャーシートを敷いている。うちの親はまず来ない。共働き家庭の中には、うちのように来る余裕のない人もいるわけだが、ここにも貧困の片鱗が表れている。
私たちは体操着のまま、赤白帽子の赤い方をかぶり、白い方をかぶる荒井君たちを注視する。
本人は勝ったと思っているつもりだろうが、夏芽は絶対に渡さない。
「狭山、あの時の約束は憶えてるよな?」
「そっちこそ、紅組が勝ったら、あたしのことは諦めてもらうから」
「その強気がいつまで持つかねぇ~」
荒井君はニヤリと犬歯を見せながら去っていく。
紛れもなく女の敵だ。白組に所属しているのは運動系のクラブチームに入っている生徒ばかり。紅組はどちらかと言えば勉強の方が得意で、体育の成績は芳しくない。運動能力の高い生徒が白組に集中しているハンデを、密かに背負わせるイカサマを隠し通すつもりでいる。
なら私は……寝返りというイカサマを隠し通すまで。
紅組の指揮を執るのは夏芽だ。私が夏芽に指示を出し、夏芽が実行に移す。
みんなからはあたかも夏芽がリーダーシップを執ってように見える。これで私の安全は確保できた。運動会はこの年から総合スコア勝負ではなく、勝ち越し勝負となった。マッチ戦を行い、決められた勝利数を先に満たした方を勝ちとする方式だ。この方がシンプルでいい。
玉入れ、徒競走、綱引き、騎馬戦、リレー、障害物競走、棒倒し、大玉送り、空飛ぶ絨毯の9種目を行い、先に5勝した方を勝ちとする旨を司会者の生徒が説明する。この時点で戦力の偏りが生じていることを知っているのは、荒井君を除けば、私と夏芽と冬美のみ。
お兄ちゃんが出来レースを経験していなければ気づけなかった。
「宣誓! 僕たち!」
「私たちは! 正々堂々と!」
「「戦うことを誓います!」」
夏芽と荒井君による選手宣誓が行われたが、この宣誓は早くも破られたと言っていい。
多くの子供たちは、水面下で大人の事情が蔓延っていることを知らないまま育っていく。猛毒に侵されている自覚もないまま社会に放出され、やがて世の不条理を思い知るが、その頃には思考力さえ摘まれてしまい、手遅れになっていることも少なくない。仕返しする力さえなくなっているのだ。
この世界は騙し合いのゲームだ。私が勉強するのは、騙されたくないからだ。
夏芽には宣言通り、正々堂々とした立ち振る舞いを演じてもらっている。
最初に行われた徒競走は、白組に足の速い生徒が偏っていることもあり、白組が勝利した。障害物競走とリレーでも、運動能力の差が生じたのか、白組が3連勝を重ねた。ここまでは作戦通り。途中までは白組にリードを譲り、荒井君を完全に油断させた。
人が最も油断する時――それは勝利を確信した時だ。
「おやおや、このままじゃ、俺たち白組が勝っちまうぞぉ~」
挑発するように荒井君が言うと、夏芽はわざと地団駄を踏んだ。
無論、これも私が指示した行動だ。あからさまに悔しがり、あくまでも潔白のまま、正々堂々戦っていることを認識させた。荒井君は紅組がイカサマに気づいていないことを確信し、安心の笑みを浮かべている。ここまで信じ込ませれば、もう二度と疑われることはないだろう。
私はここから夏芽を通して合図を出し、紅組と一部の白組生徒による逆襲を開始した。
次に玉入れが行われたが、運の要素が大きく、どちらが勝っても不思議ではない。しかし、それは誰もセオリーを知らなければの話だ。紅組はボールをいくつも重ね、バスケットボールのように投げた。塊にして投げた方が入る確率が高く、狙いも定めやすくなる。白組にいる浅尾君を始めとした造反者たちは、周辺のボールを独占するように集めて回り、わざと外しながら遠くに投げ、拾う時間を稼いだ。
紅組の創意工夫、そして白組の生徒たちがボールを投げにくい状況を作ったことが重なり、玉入れは紅組の勝利に終わった。荒井君は運で勝敗が決まったと思い、歯ぎしりを始めた。
「ったく何やってんだよ。俺たちが負けるはずねえってのに……」
続く綱引きは、お互いが向き合って綱を引っ張るが、造反者たちは引っ張っているように見せかけながら綱を相手側に押し込んだ。荒井君たちは味方のふりをした敵に気づかぬまま、徐々に紅組に引っ張られ、競技用ピストルが2回鳴ったところで、この場に肩を落とした。
ここで一度昼休みとなり、私たちは一息吐く。
お母さんが作った唐揚げを口に頬張った。いつも給食を食べている影響からか、弁当がとても豪華に感じた。造反者には作戦の話題を一切しないよう、夏芽を通して伝えておいた。誰が聞いているか分からない以上、絶対に油断してはならない。勝利を掴む……その瞬間までは。
騎馬戦は最初こそ白組がややリードしていたが、造反者たちは我先にと紅組騎手の頭に乗っている赤白帽子を取りに行くふりをして、他の白組の馬に体当たりを仕掛けた。赤白帽子の取り合いになっているところにも突撃を繰り返し、最後は自らも倒れて失格となった。
最後は荒井君が数の暴力に押され、紅組の勝利となった。
これで3対3となったが、保護者たちや何も知らない生徒たちが盛り上がる一方で、荒井君は焦りと違和感を持ち始め、全身の筋肉を強張らせ、顎にまで汗が伝う。
続く棒倒しはお互いの陣地に高い棒が置かれ、先に相手側の棒を倒した方の勝ちとなる。造反者たちは白組側の棒を守るふりをして、押し倒そうと腕に力を込めた。紅組側の棒は守ろうと維持した結果、先に白組側の棒が倒れた。白組の造反者が紅組に加担しただけで、白組は面白いように総崩れだ。
周囲には紅組が底力を発揮しているようにしか見えない。
何も事情を知らない紅組の生徒たちに至っては、勝因が自分たちの力であると本気で思い込みながら燥いでいる。それも間違いではない。勝った瞬間、本気で喜ぶことで、白組に造反者がいる可能性に全く気づかせない環境作りに貢献している。逆に造反者には本気で落ち込む演技をするよう伝えてある。
「くそっ! 一体どうなってやがんだっ!」
4対3となり、荒井君は後がなくなった。
白組の生徒たちは、敵に貢献する無能な働き者が味方にいることに気づいてすらいない。
地べたを這い回りながら自滅の一途を辿っていく様は実に滑稽だ。
大玉送りは途中まで互角だった。これも造反者である浅尾君が仕組んだ罠が炸裂する。浅尾君たちのところに大玉が送られたところで、浅尾君が大玉を行列から大きく外れた方向へと強く飛ばし、大幅なタイムロスを記録した。紅組の大玉が先にゴールし、紅組の優勝が確定する。
「そんな……俺が……負けた」
荒井君は意気消沈しながら、この場に肩を落とした。
それを見ていた白組の生徒たちも、釣られるように覇気がなくなった。
さっきとは対照的に、今度は夏芽が歯を見せながら余裕の笑みを浮かべている。当初の予定にはなかったが、消化試合として最後の競技、空飛ぶ絨毯が行われたが、既に敗北した白組の士気は憔悴しきっていた。この競技は造反者が働くまでもなく、紅組が普通に勝利した。いくら戦力差があるとはいえ、士気が下がっていれば、本来の力も出せない。こればかりは不正を仕掛けた側の自業自得だ。
運動会が終わり、私たちは椅子を持って教室へと戻った。
荒井君の前に立ち塞がる夏芽。
「約束だよ。もう二度とあたしに関わらないで」
「……ふざけんな。この運動会は俺が勝つはずだったんだ!」
「でもあんたは負けた。約束は守ってもらう」
「そんなこと言っていいのかなー。そっちがその気なら、会社潰すよ」
「どこまで卑怯なの!」
「何とでも言え。お前は俺から逃れられないって言っただろ」
「そこまでにしておきなさい!」
「「「「「!」」」」」
刺さりそうなくらいの鋭い声で注意の声を向けたのは、長森先生だった。
「荒井君、勝負に負けた挙句、約束も守れないような人に、誰かと結婚する資格なんてないよ」
「おいおい、教師だからって調子に乗ってると、どっかに飛ばされるかもしれねえぞ」
「飛ばせるものなら飛ばしてみなさいよ。あなたの自分勝手な行動に迷惑している生徒がどれだけいると思ってるの? 今後狭山さんに迷惑をかけるようなら、出席停止処分にするからね」
「……後悔するぞ」
荒井君は終礼を無視すると、黒いランドセルを背負い、帰宅してしまった。
長森先生は止める気にもならず、追いかけることさえしなかった。荒井君が約束を破るのは想定していたが、勝っても会社が潰れるならどの道論だ。いずれどこかで会社を潰されていたと考えれば、会社を守り抜く道は捨てるべきだろう。でもここまで取るに足らない人だとは思わなかった。
――どうしよう。私……とんでもない領域に足を踏み入れてしまった。
やばい、頭が痛くなってきた。お腹もムカムカするし、当分休みたい。
「はぁ~」
終礼が終わり、帰路に就いたところで、私は思わず大きく息を吐いた。
「大丈夫?」
私を気にかけて冬美が声をかけてくる。
「うん、大丈夫。気にしないで」
「璃子、今日はありがとう。まさか本当に勝つとは思ってなかったけど」
「礼には及ばないよ。それより、会社は大丈夫なの?」
「分からない。でも荒井君がその気なら、結構やばいかもね」
「なんか他人事みたいに言うね」
軽い口調の夏芽を見た冬美が様子の変化に気づく。
「あたし、会社のために我慢するのはやめる。誰かに足元を見られている時点で……身分不相応だから」
何かを諦めたような暗い眼差しを、夕暮れの空へと向ける夏芽。
力になれなかったとは思わない。会社が潰れたら潰れたで、失うものはなくなり、暴君ルートを回避することができる。何かを失うということは、何かのために我慢をしなくてもいいということだ。暴君ルートを回避できただけでも良しとしよう。とりあえず彼女の望みを叶えることはできた。
しかし、事態はこれだけでは収まらなかった。
後日、長森先生は来年から別の学校に飛ばされることが決まった。
私は2人の歴史を変えてしまった。それも良かれと思っての行動で。
世の中思い通りにいかないのは私も同じのようだ。どうにかなると思っていたのに、結局、夏芽と長森先生を追い詰めてしまっただけで、何も変わっちゃいない。むしろ悪化させてしまった。どうして何も悪いことをしていない人ばかりが……犠牲にならないといけないのだろうか。
「璃子、何で泣いてるの?」
自室にこもっている私に話しかけてきたのはお兄ちゃんだった。
「えっ……」
目を指でなぞってみると、ヌルッとした液体の感触が指に伝わる。
「お兄ちゃん……」
柄にもなくお兄ちゃんの胸に飛び込んだ。お兄ちゃんは理由も聞かずに受け止めてくれた。
頭の上から何かを嗅ぐような音が聞こえる。不意に頭を上に向けると、お兄ちゃんは私の髪をクンカクンカと嗅いでいた。薬物依存患者のようにリラックスした顔のまま、私と目が合った。
「何やってんの?」
「いやー、花の匂いがするからさー」
「……変態」
すぐにお兄ちゃんから離れてしまった。
でも何だか、面白い反応をするお兄ちゃんを前に、つい笑ってしまった。
どんなに状況が変わっても、お兄ちゃんはお兄ちゃんだと気づかされた。普段から周囲を振り回している立場の人が、周囲に振り回されることはない。私もここまで自分勝手に振る舞えるだけのメンタルがあれば、どれほど楽だろうか。痛い目に遭わされるお兄ちゃんを見る度に、嫌われるのが怖くなる。
10月前後のお兄ちゃんは、学校を休むことが多かった。
精神に明らかな異常が見られた。私と一緒に歩いている時、無意識に人を避けようとしたり、他人との会話に参加しようとしなかったりと、今までにない症状だ。以前のお兄ちゃんであれば、どんな人が相手でも堂々としていたし、ここまで怖気づくことはなかった。
無理をしているのは明白だ。おじいちゃんの一声で学校を休めたのは幸いだ。
全ての人間が就職レールに向いているわけではないと、私はこの時点で気づいた。
学校に行けない人、就職できない人、家に引きこもっている人は甘えと思っている自分にさえ、お兄ちゃんは気づかせてくれた。ずっと学校に居座り続けている内に、私は段々と他者に対して不寛容になっていた。お兄ちゃんがいなければ、私は弱者に厳しい人格になっていただろう。身近に自分と異なるタイプの人がいることは、世の常識に違和感を持つ機会であると知った。
適度に休むことを覚えなければ、健康にも支障をきたす。
お兄ちゃんは社畜ならぬ、学畜になりつつあった。
努力してない人なんていない。努力したけど駄目だった人がいるだけ。お兄ちゃんはお兄ちゃんなりに馴染もうとしたが、暴君がそれを台無しにした。コーヒーの知識だけなら、誰にも負けていないし、コーヒーを淹れる時は、誰よりも集中する。他人とは人の長所にはなかなか気づかないもので、短所ばかりが目についてしまいがちだが、あまり好きではない。私の慎重さは他人への不信感によるものだ。
「璃子ってさー、いじめられたことないの?」
「ないよ。お兄ちゃんのお陰でね」
「反面教師にされてる……あっ、そういえば、将棋でプロの人に勝ったって聞いたけど」
「あれは持ち時間10分の中だったし、相手に考える時間を与えなかったから勝てたけど、タイトル戦みたいに、考える時間があったら、どうなってたか分からない。本来の実力っていうより、心理戦で勝ったようなものだし、相手も衰え気味で長年タイトルとは無縁の人だったし、鍛えたらプロで通用するって言われたけど、プロは安定しないから断った。それに目立ったら犯罪だし」
「安定するかどうかで職業を選んでたら、公務員しかねえぞ。璃子は自分を抑えすぎだと思うけどな。そういう生き方してたら、死ぬ時に後悔すると思うけど」
お兄ちゃんはそう言いながら明かりを消した。
睡眠時間を増やそうと、布団を頭からかぶった。
最近のお兄ちゃんはロクに眠れていない。11月になれば、また通学しないといけなくなる。学校を卒業したらどうなるのかと、今の段階から気になった。ここまで将来が読めない人も珍しい。行く当てがあるだけマシかもしれない。行きつけのカフェで修業するのはいいが、接客は思った以上に大変だ。色んなタイプの人と必然的に出会う機会ではある。
マルチタスクやイレギュラー対応が苦手なお兄ちゃんに接客が務まるとは思えないが、一度体験して思い知るのもいいかもしれない。私はとりあえず高校まで行って、一般職に就いて資金を貯め、優子さんの店でノウハウを積んでからショコラティエを始めたい。
接客はできるが、得意ではない。接客は他に任せ、私は引きこもってひたすらチョコレートを作る。それでいいじゃない。誰にも迷惑をかけないし、人と関わる仕事は、思った以上に疲れることを思い知った。今日の運動会だけで、1ヵ月分の体力を消耗した気がする。
まあでも、あれだけ多くの人と接するのは、後にも先にも学生時代だけでたくさんだ。人との関わり方を知るだけでなく、自分が人と関わることに向いているかどうかを選別するための場所だと思えば、そこまで苦痛ではない。そうとでも思わないと……あんな動物みたいな人たちと接するのも億劫だ。
私とお兄ちゃんの共通点が浮き彫りとなった運動会は、静かに幕を下ろしたのであった。
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