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1年間の逃避行
生きていくのが難しいと思い始めたのはいつだったか。
自分には才能がないのだと気付いたのはいつだったか。
何も成しえない自分に生きていく意味は、価値はあるのかといつも考えていた。
自問自答だらけの毎日で、このままではいけないと思った。
でもだからと言って世間の輪からはみ出ることもしなかった。
なんだ、人生ってこんなもんか。
夢はとうの昔にあきらめた。今の自分には生きるためのほんの少しの汚いプライドだけ。
「それなら、私にその人生少しだけくれませんか」
春のにおいがし始めた冬の終わり、狭いカウンセリングルームで女は言った。
どういう意味かと問う前に彼女は続ける。
「私、あと1年で死ぬんです。」
「だから、あなたの1年間をください。」