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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

墜ちる、花火

作者: 小谷 純


「またか…」


冷えた手を擦り合わせ呟く。

いま僕はどういう顔をしているだろうか?



怒りや嘆き、悲しみと憎しみ。

複雑な感情が血と共に身体を巡る。

言いたいことはもっとあった、感情的になったってよかった。

でもその一言を絞ると喉は固唾さえ通さなくなる。



花火が上がっているから来て、と彼女から連絡があって久しぶりに足を踏み入れた空気の悪い1Kの部屋はまるで空き巣が入った直後のように荒れ果てていた。

几帳面な彼女がクローゼットにしまったはずの夏服も冬服も、引き出しごと床にぐちゃぐちゃと混じりきって、あらゆるものがひっくり返っている。




「やっときた。花火、きれいだよ」

地獄をも思わせる薄暗い部屋の奥で振り向く彼女の憎たらしい笑顔もきれいだ。


僕はそのかわいい顔を向けられるだけでなんだって許してしまいそうになる。

実際、このありさまである。



「見ないの?花火。入りなよ。」



彼女は再奥の大きな出窓に腰掛けていた。

玄関で呆然と立ち尽くしていた僕は恐る恐る踏み場のない部屋に足を置く。


ああ、なんでこうなってしまうんだろう。

僕がいるだけでいいと空虚な事を言うくせにいつだって突き放すように裏切り、僕を傷つけ、感情を揺さぶる。



全身が心臓になったようだ。

手足も上手く動かないし、呼吸もままならない。

声が震えないように、動揺が伝わらないように、出来るだけ深く息を吐き余裕のある自分をつくる。こういう時は目を見ないがいいんだっけ、いやそれは野生の動物の場合だったかもしれない。



でも、目の前にいる彼女に理性があるかなんて、

誰かに判断できるのだろうか。



「危ないから、そこから降りて」

「ほら、花火きれいだね」

「花火…?」


ガシャンという音と同時に足に痛みが走る。

何か踏んだ、ガラスだ。

痛みはあるのに頭は働かず声も出ない。

履いていた厚手の靴下にも、床に散った服にも血が滲む。



割れた、注射器だった。


見慣れた光景であるが毎度言葉を失う。

普段は嫌なことがあってもへらへら笑い、何も考えてないって顔をするのに、勘だけは誰よりも鋭くて、どんな場所に隠しても警察犬のように鼻が利く。



顔を上げると傷つく僕を一瞥もせず、彼女は空を見上げている。


星すら輝かぬ冬空に痩けた両腕を広げ、

ひどいクマのできた目を輝かせ、

開けきった窓へ身を乗り出す。



「花火なんて、久しぶりに見たね」

ああ、本当に笑顔は一級品だ。


そう穏やかな気持ちさえ出た瞬間、ぐらりと彼女のバランスが崩れ窓から落ちそうになった。

あっ。どちらともとれぬ声が響く。




時間がゆっくりと流れる。

腕を伸ばしたが、焦りはない。

数秒のことなのにたくさんの考えが頭を巡り始めた。


骨と皮だけになった彼女の身体を抱きしめるのが正解なのか、僕にはもうわからなくなっていたのかもしれない。





ここに来る前から気づいていた。

そもそも花火なんて見えやしないのだ。



2月の真冬に花火は上がらないし、

彼女は薬物の影響で視力は溶けて半年以上前からほぼ盲目なんだから。



薬物に依存した彼女と葛藤してもう6年。

何度止めたってどこからか買ってきて、どこに隠しても部屋中をまさぐって薬物をみつける。

ここで彼女の腕を引いて助けても、明日には薬が抜けてケロッと忘れてしまう。

その細い腕だって中身もスカスカで強く引けば折れてしまうだろう。



僕も彼女も、限界なんだ。

自分に小さな言い訳を残す。



伸ばしかけた腕を下げた。

その瞬間、もう後悔していた。




ドン、という音を仕舞いに

ぼくたちの真冬の花火は堕ちてしまった。



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