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絡み合った世界の結末 中編 

森に置き去りにされたカローナは熊のような猟師の男に保護され一晩宿を借りた。

男は目を覚ました昨晩の美女とは別人のような幼い顔のカローナを見て絶句する。


「姉ちゃん、嬢ちゃん?」

「昨晩はお世話になりました」


声と頭を下げる動作が昨日と同じだったので別人ではないと思いながらもカローナの顔を指でさす。


「顔が」


カローナは驚く男に自分が化粧の顔とは別人と認識しているのでゆっくりと顔を上げて笑みを浮かべる。


「化粧道具がありませんので、お目汚しをお許しください」

「女は変わるけんべや。食事に」

「お気遣いありがとうございます。ですがお構いなく。私、食事を持っていますわ」


男がカローナを保護した時に書類しか持っていなかった。


「どこべ?」


カローナはポケットから携帯食料の小瓶を出すと男は瓶の中の丸薬を見て顔を顰めた。


「嬢ちゃん、それが食事べか?」

「はい。一月は持ちますわ。」


笑みを浮かべるカローナから男が瓶を取り上げた。薬草が練り込まれた丸薬は非常時の食料として重宝されていたが、日常的に食べるものではなかった。カロリーはあっても栄養価は低く男にとっては飢えを凌ぐ非常食だが、食べ物には含まれない。


「え?」

「子供が口にしてはいけん。」


カローナは戸惑いながらも頷き、お椀を渡され口をつける。

温かい汁に笑みを溢す子供のようなカローナは昨晩よりも似合っていた。


「嬢ちゃん、これからどうすんべ?」

「待ちます。孤児院の視察に来たんですが、このあたりにはありません。私が残されたのは理由があるでしょう。自己判断で動くのは許されません。ご馳走様でした。書類を提出する方法が見つかったので、あとは次の沙汰を待つだけです。」


幼い少女が浮かべるには違和感のある綺麗な笑みを浮かべるカローナを男は不審な目で見ていた。

森に置いていかれた子供。野生動物も多く、小さく華奢な体は自衛も期待できない。


「泊まれるべ。明日、案内するべ。」

「お世話になるわけにはいきません」

「子供は大人に従うべや。」

「かしこまりました」


カローナは道がわからないので、男に従うしかない。第一妃の考えがわからず迎えが来るまで待つしか思いつかなかった。急ぎの執務はこの書類だけであり、カローナが心配するのは執務のことだけである。

カローナは男に連れられて森を抜けて街を目指すが、街の名前を聞いても聞き覚えはなかった。猟師として生きる学のない男は自国の名前も領の名前も知らなかった。


「猟師様、あの大きな館に行ってもいいでしょうか?」

「追い払われるべ」

「構いません。」


カローナは書類を持ち、一番大きい館を目指した。一番大きい館は領主の家か執務を行う領館である。王家の紋章を見て自身が王家預かりの王侯領にいるのがわかった。街全体が寂れ、活気がない王侯領はカローナが初めて訪れた場所だった。

領館の前に立つ兵の目の前に立ちカローナは礼をする。


「先触れもなく申しわけありません。ここに務めるお役人様に火急の用で面会をお願いしたいんですが」

「嬢ちゃん、子供が遊びにくる場所じゃない」

「マグナ公爵家カローナと申します。私の名前を伝えていただけませんか?」

「お貴族ごっこに付き合うほど」


カローナは怪訝な顔の兵に笑みを浮かべてポケットから取り出した銀貨を2枚差し出した。


「お取次ぎをお願いします。結果に問わず、これは対価です」


兵は銀貨を受け取り、領館から文官を呼んだ。怪しい子供に面会を求められたと呼ばれた文官の青年はカローナをじっと見た。カローナは笑みを浮かべ礼をする。


「先触れもなく申しわけありません。マグナ公爵家カローナ・マグナと申します。このたび、」


黒髪で赤い瞳の絶世の美女は第一王子の婚約者として有名だった。目の前にいるのは同じ色を持っても、大人っぽい全く似合わない服を着た愛らしい少女である。


「嬢ちゃん、嘘はいけない。身分の詐称は裁かれるよ。カローナ様に憧れるのはわかるけど」


カローナは自分の薄汚い身だしなみでは、疑われるのはわかっていた。身元の保証は重要ではないので言葉が遮られても疑われても気にせず聞き流す。


「でしたらこの書類を王宮、もしくはここの高官の方にお渡しください。火急の用にてお願いします。私の首は王家のものです。機密ではありませんので、目を通していただいて構いません」


カローナは笑みを浮かべて文官に書類を渡した。文官は王族印のある書類に目を見張った。


「よろしくお願いします。これは対価です」


カローナは文官の手を掴み銀貨を5枚握らせて、呼び止められる前に頭を下げて立ち去る。対価の分は働くのは常識である。必要な手配は整え、王侯領は王家の直属なのですぐに王宮に書類が届くと安堵の息をつき猟師の男のもとに戻った。


「ありがとうございました。用は終えました」

「嬢ちゃん、いいべか?」

「はい。対価を支払いました。お金の分はしっかり働くのが官吏です。あとは迎えを待つだけです」


男は子供なのに堂々と語るカローナ用の外套と靴と服を買い、カローナを連れて家に帰った。

カローナは与えられたものに首を傾げながらも、カローナの服装は森で生活するのに相応しくないと言われ頭を下げて受け取った。

翌日、カローナは男に保護された場所に案内され、記憶を頼りに馬車から降りた場所を目指した。御者と別れた場所に着くと蹄の後がなく迎えが来てないことがわかった。


「猟師様、お世話になりました。いずれこの御恩はお返ししますわ」


カローナは親切な男に礼をして、木陰に座って迎えを待ちながら思考を巡らす。

男はカローナの様子を見ていた。ずっと座り虚空を見つめ食事も一切とらない少女を。


「嬢ちゃん、帰るべ」

「お気遣いありがとうございます。お気持ち」

「夜は危ねぇ、行くべ」


男は日が暮れても全く動く様子のないカローナを担ぎあげた。


「え?」


カローナは初めて人に担がれ見慣れない風景に思わず笑みを溢した。ふと王子の婚約者になる前の家族との記憶がよみがえり首を横に振る。カローナの幸せの象徴を守るための方法が思いつかなかった。

その日も男に用意された食事を食べ、体をお湯を分けてもらい体を拭いて布団に入り目を閉じる。そして翌朝男に挨拶をして出かけ、馬車の迎えを待ち夕方には男に連れ戻される生活が続いた。

男は一向に迎えが来ないのに、毎日迎えを待つカローナに残酷な言葉を告げた。


「嬢ちゃん、捨てられたんべや?」

「え?」

「森に子を置き去りにせん。」


カローナは何度か瞬きをして首を傾げる。


「置き去り、捨てられた・・?新しい婚約者を迎え入れるために邪魔になった?なんだ・・。」


カローナは第一妃の思惑に思い当たり自然に笑った。


「ありがとうございます。気付きませんでした。」


カローナが事故で亡くなれば王家とマグナ公爵家に確執はできない。簡単だった。家族に会えないのは寂しいが、カローナの存在を消えるのを望まれるなら従うだけである。カローナにとっての幸せの象徴を守るにためにも最善である。正妃しか持てない妃を迎えるならイナナが第一王子の婚約者に選ばれることもない。


「簡単だったわ。気付かなかった。カローナ・マグナは死んだ。でももうすぐ出荷、望み通りの結末。そっか」


カローナは沸き上がる笑いが堪えきれず肩を震わせて笑う。第一妃の妖艶な笑みの意味がようやくわかった。


「猟師様、お世話になりました。」


男は突然笑い出したカローナの独り言が聞こえた。


「嬢ちゃん!?」

「最後の役目がわかりました。最後に温かい食事に出会えて幸せでした。」

「死ぬのは早いべ。街に降りればいいべや。」

「ごめんなさい。おかしくて。事情が話せませんが、望み通りの結末です。家族に何も残せないのが心残りですが、これからを思えば最善。良かった。では失礼します」


男は礼をして、楽しそうに笑いながら立ち上がるカローナを必死で引き止めた。

目の前の少女の様子が明らかにおかしかった。消沈ではなく楽しそうな笑みを浮かべている。夜遅いので今日も泊まるように必死で説得する男にカローナは首を傾げながらも勢いに負けて頷き渡されたお椀に口をつけて、最後の晩餐の幸せな味を楽しんだ。男は美味しそうに自分の料理を食べる少女が心配でたまらなかった。男は訳ありの少女に情が移っていた。


***


王宮からカローナの参内の命令にマグナ公爵夫妻は顔を見合わせていた。

公務で留守とイナナから聞いていた。

マグナ公爵は参内し謁見の間で国王と第一王子と第一妃にカローナの不在を告げる。


「陛下、カローナは公務で王宮に滞在しているはずですが。4日前に王宮に出かけてから帰っておりません。」

「私の呼び出しも応じないからフィリップといるものと」

「私は母上と・・、父上、失礼します。」


第一王子は国王の返答を待たずに部屋を出て行き、カローナの行方不明に捜索の手配を整え馬で飛び出した。第一妃は扇子で顔を隠しながら、カローナに任せるつもりだった公務をどうするか思考を巡らす。第一王子と婚約破棄してもマグナ公爵家はしっかり後見につき、今後も自分達の命令に従うようにと忠告した命令をカローナが勘違いしたとは気づいていなかった。第一妃は息子と婚約破棄しても手塩に掛けて育てたお気に入りのカローナを自分の手駒からの逃すつもりはなく、新しい婚約者もしっかり用意していた。そしてその婚約者をカローナが取り込み第一王子を共に支えることを望んでいた。カローナは過酷な外交と船旅の後に第一妃に面会し、疲労が貯まり思考能力が落ちていたことには誰も気づいていない。

国王はマグナ公爵家を怒らせないように、カローナの捜索に全力を尽くすと約束するとマグナ公爵よりカローナが見つかり次第、待遇について話し合いたいと申し出を受け心の中で恐怖に怯えながらも平静を装い了承する。


****


翌日に帰国した第三王子は母親の言葉に絶句する。


「行方不明?」

「ええ。数日前に第一王子殿下と面会した後から姿が見えない。公務に出かけるとイナナ嬢への手紙を騎士に託した後の目撃情報がないわ」


この件は第一妃も第二妃も仕組んでないと母親に聞いた第三王子も飛び出した。

第一妃との取引も順調に進み、ようやくカローナを救う準備が整い、自分の成人を待つだけだった。しばらくは本国で、カローナを陰で手伝いながら機を待ち、一人ぼっちの誰よりも笑顔の可愛い初恋の少女の手を引けるまでもう少し・・・。


「こないだカローナ様に憧れる少女に会った。服装はそっくりなのに、幼い顔に似合ってなくて、」

「どこで!?挨拶はいらない」


第三王子はカローナの名前に文官の肩を掴む。


「元伯爵領です。王宮に書類を届けて欲しいと託されましたが、書類は大臣の手に」


第三王子は乱暴に手を解き厩に向かって走り去る。鞍もつけずに愛馬に跨り鞭を振るう。文官の口にした領は伯爵の不正が見つかり王家預かりになっていた。治安が悪く荒れた元伯爵領に自衛のできないカローナが一人でいるなど危険しかない。書類を届けにきたカローナを保護しなかった者は、あとで裁くと思いながら馬に鞭を入れた。



まだ何の力のない子供の頃、第三王子は茶髪のカツラを被り金髪を隠し、人目を避けて後宮の庭園の隅の木の下に座るカローナに会いに行っていた。どんな時もにっこり笑って迎えるロナと名乗ったカローナに。


「サン、」

「今日は宿題はないの?」

「うん。終わった。会えたらいいなって」


数時間前にカローナは第一王子の部屋で年上の令嬢と第一王子に異国の色の赤い瞳を綺麗ではないと嫌味を言われているのを第三王子は聞いていた。


「ロナの瞳は世界で一番綺麗だね」

「ありがとう。サンの陽だまりの色も綺麗」


どんなに辛くてもいつも笑顔のカローナ。王宮では綺麗な笑顔で、茶髪のカツラを被ったサンの前では可愛い笑顔を浮かべる女の子。泣き言も言わずに、宿題を手伝うとニコッと笑ってお礼を言う。時々空を見上げて切ない顔をする女の子。


「ロナ、いつか…」

「サン、もう行くね」


立ち去るカローナの背中をサンと名乗った第三王子は見つめる。大人は誰も助けてくれない。兄にも父にも助けを求めるのは無駄であり余計にカローナを苦しめると母親に止められる。令嬢達が憧れる王子の婚約者という立場はカローナを孤独にする。第三王子は願っても無駄だと知っているので、全てのものを利用して力をつけると決めた。いずれ絶対にカローナを……。

カローナの無事を信じてもいない神に祈りながら馬に鞭をいれ駆け抜ける。

元伯爵領に着き、第三王子は慌てて追いかけてきた侍従にカローナの捜索を命じ、自身は領館を訪ねる。突然の第三王子の訪問に驚く大臣や文官を笑顔で宥め、カローナを名乗る少女に渡された書類の用意を命じると、躊躇う大臣を笑顔で脅し書類を探させた。書類は王妃の執務だがカローナの文字で綴られていた。


「殿下?」

「なんでもありません。書類はこちらで預かります。僕はこれで」


第三王子は時間が惜しい。怪しい少女が持ち込んだ書類を提出しなかった真っ青な顔の大臣の弁明や接待を勧める声も無視して立ち去り、合流した侍従に書類を預けた。


「殿下、5日前に黒髪の少女が森に住む猟師と共にいたと情報が」

「場所は?」


第三王子は案内される猟師の家を目指すと、無精ひげを持つ大柄な熊のような男が飛び出した。

男は第三王子に目をくれず、走って通り過ぎる。第三王子は家の中を侍従に調べるように命じ男を追いかける。


***


カローナは猟師の男に帰る家がないなら、しばらくここにいてもいいと言われた。働き口の紹介もされたがカローナは死を望まれているので丁重に断った。カローナは隣で眠っている親切な男に頭を下げた。そして男に与えられた服ではなく、自分の服に着替え布団を片付け深々と頭を下げて静かに小屋を出た。

男の家でカローナの荷物や死体が見つかれば誘拐や殺人を疑われる可能性があった。親切な男にも誰にも迷惑にかからない死に方を考えながらあてもなく足を進める。

獣に食べられるには獣を探さないといけない。木から落ちたくても木登りはできない。毒草も見つからない。ふと水の流れる音が聞こえ、足を進めると川を見つけた。目の前の川は浅いため死ねないとため息をこぼした。途方に暮れ水のせせらぎに耳を傾けると、カローナは川の上流に進めば滝があると男から聞いた話を思い出した。滝に身を投げて、流されて遺体が発見されれば誰にも迷惑がかからないと素晴らしい思いつきにカローナは笑いながら、川の上流を目指して足を進めた。

カローナは感謝を込めて、手持ちのお金は全て男の枕元に置いてきた。なぜかカローナを一人で外出させたがらない男の思惑はわからない。男に何度も生きるように言われてもカローナには許されなかった。カローナは最後に美味しい食事とアイディアをくれた男に感謝し空を見上げると快晴である。

空の青さにカローナは笑った。そして木々の間から照らす光を見て大好きだった色を思い出した。カローナは幼い頃に出会った茶色い髪と陽だまりの様な温かみのある瞳の色を持つ、少年の姿をした何でも知ってるサンと名乗る物知りの優しい妖精を思い出した。

母から大事な人にしか教えてはいけないと言われたカローナのもう一つの名前、ロナと呼んでくれた王宮で唯一の温かさを持つもう二度と会えない妖精が消えてから初めて話しかけた。


「サン、ロナは出荷された。でも希望の出荷先だった。もしも来世があるなら会えるかな」


第一王子の婚約者のカローナは王族の命に絶対服従であり大事な人にさよならも伝えられない。


「お父様、お体にお気をつけください。お母様、いつまでもお父様とお幸せに。イナナ、いつもありがとう。幸せに。おじい様、約束は叶えられませんが先に待ってます。叔父様、叔母様、伯父様、イナナをお願いします。」


カローナは大事な人達への別れの言葉を口にしながらゆっくりと足を進める。足がもつれて転んでも、起き上がり、擦りむいた膝から流れる血も気にせずに前を向いて決して足を止めずに歩き続けた。


****


第三王子は追いかけて男の肩を掴んだ。


「待て!!黒髪、赤い瞳の子を知ってるか!?」

「はなせ!!」


第三王子は鬼のような形相で睨む熊のような男を冷たく見つめた。


「言え!!カローナに何をした!!」

「お偉いさんの事情は知らんべや。儂は嬢ちゃんが生きるのが許されねぇのが許せんべや。」


第三王子の顔が真っ青になった。


「生きるのが許されない・・?」

「邪魔んべや。」

「この辺りに身投げできる場所はあるか!?」

「崖と滝」

「どこ!?」

「滝はそん川を辿」


第三王子は男の手を離して、言葉を最後まで聞かずに川の上流目指して駆けだした。

カローナが命を断とうとしてるのは杞憂であってほしかった。最後に会ったカローナは、「お気をつけていってらっしゃいませ、殿下」といつもの人形のような笑みを浮かべて見送ってくれた。馬を取りに戻ることさえ思いつかないほど焦り、第三王子は一番大事な少女のために必死で駆ける。


***


カローナはようやく滝を見つけた。

何度か転び、服も破けていたが気にする余裕はなく、目的地にたどり着き空を見上げて笑みを浮かべた。髪を整え服の汚れを手で払い、靴を脱ぎ跪いた。深呼吸をして思いっきり息を吸い両手を組んで神に祈りを捧げる。


「両親よりも先立つ不孝をお許しください。王家の繁栄のため命を捧げます。恨みはありません。咎があるなら全てわが身に。カローナ・マグナは心のままに生きました」


しばらくしてゆっくりと目を開き、躊躇いなく激しい水流に飛び込んだ。太陽の光が川に反射しキラキラとカローナの好きな色をしていたので、激流も怖くなかった。カローナは懐かしい声に笑みを浮かべて目を閉じた。

第一王子の婚約者のカローナは最後まで王家のために祈るしか許されない。それでも、最後だけは夢に耳を傾けることを許して欲しかった。


第三王子は飛び込む黒髪を見た。


「カローナ!!やめて、待って、ロナ!!」


カローナの体が激流に飲み込まれるのを見て、第三王子も飛び込んだ。必死に水を掻き、手を伸ばしカローナを掴まえ、飲まれる滝に抗わずに、カローナだけは離さないように強く抱きしめた。


「滝の安全な落ち方が役に立つなんて」


第三王子は水面から顔を出しカローナを抱えたまま泳ぎ陸に上がった。


「ロナ、起きて、ロナ!!」


カローナは呼ばれる声に目を開け、大好きだった瞳の色を見つけ笑みを浮かべる。走馬燈の中のサンにさえ伝えられない。


「サン、来世で」


第三王子がカローナの目覚めにほっとしたのは一瞬だった。カローナの瞳に力はなかった。


「ロナ、遅くなってごめん。」


第三王子はカローナを強く抱きしめる。カローナは走馬燈なのに温かい体に首を傾げる。


「妖精の魔法?走馬燈なのにあたたかい」

「妖精?」

「ロナは大人になったからもうサンとは会えない。サン、さようなら。もしまた会えたら」


カローナは首を横に振り目を閉じた。続きを言葉にするのは許されない。何かを願うなら全て王家のためでなければいけない。亡くなる直前の願いは神に届く特別な意味を持つため王家のために祈るようにと教わっていた。


「カローナ、さようなら。安らかに」


第三王子は光のない瞳に力のない声、押し殺したような諦めた顔をしたカローナを見て決意する。

ポケットの中の小瓶が無事だったのに笑い、自身の口に含み、目を閉じたカローナに口づけてゆっくりと飲ませる。第三王子が涙を流し、押し殺せずに溢した言葉を聞くのは飛んでいた白い鳥だけだった。


***

カローナの捜索が行われ四日目にマグナ公爵家の刺繍入りのハンカチと血まみれの服と黒髪が発見された。

第一王子は見覚えのある服と黒髪を見て、握りしめた拳から血が流れるのに気付かず茫然と立ち尽くした。


「賊の住処には血まみれの死体が乱雑されてました。焼かれた死体もあり、カローナ様かは判別できません。生存者はいません。黒髪は高値で取引されます。そしてこれらを見ると」

「カローナは生きておらんと・・・・」


マグナ公爵家でも黒い空気に襲われていた。


「お姉様が、亡くなったなんて・・・。どうして?お姉様が何をしたの!!」

「イナナ、落ち着きなさい」

「王家は幾度となくうちの干渉を断った。護衛もきちんと手配をすると。お姉様の時間を奪い、冷遇して命も奪うなんて!!滅べばいいと思ってたわ。でもお姉様が、どうして」


マグナ公爵夫妻はイナナの豹変に必死で宥めていた。最近のイナナは落ち着きを覚え暴走することもなくなり、王家への不満を口に出さずいつも笑顔でカローナ達のために動いていた。マグナ公爵夫妻もカローナを奪われ、怒りと悲しみ、喪失感、後悔に襲われている。それでも、もう一人の愛娘を不敬罪で殺されるのは避けたかった。

泣き叫ぶイナナが持つ真っ黒い見たことのない文字の怪しい本を必死に取り上げようとしていた。


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