久方ブリノ幸セナ通学路
「兄貴、起きなって!遅刻するよ!」
今日も今日とて妹の達美の声で目が覚める。兄と妹という立場上、駄目なお兄ちゃん以外の何物でもなかった。
達美に促されるままリビングへと降りる。が、そこにツインテールの可愛い妹の姿はなかった。
「あれ、愛は?朝練にしたって早いだろ」
「コンクール近いんだってさ」
「コンクール?へえ、演劇部にコンクールなんてあるんだな」
「そりゃあるでしょ。何だと思ってるの」
「文化祭のための一発屋だと」
「……それ、愛の前で言わないでよ?」
もちろんです。
しかし、愛なら「そういうイメージだよねー」と笑いそうな気がする。人当たりがいいのだ。俺と違って。
「しかし、愛が居ないとなんとなく寂しいな」
「なによ、あたしじゃ不満?」
「いや、可愛い妹が居て幸せさ」
「……うっさい。早く食え、バカ兄貴」
達美が顔を赤くした。
最近は達美を照れさせるのがマイブームだったりする。こいつも人当たりが悪いので褒められ慣れてないのだ。
そのまま朝の準備を整え、達美と一緒に家を出た。
「兄貴。今日は帰り、早いの?」
「いや、何もなければ普通」
「ふーん。最近夜どこも行ってないね」
達美の言葉になんとなく遠くの空を見つめた。
前回の仕事から一ヶ月、『断界』は静かだった。俺が知る限りは誰も落ちることなく、皆平和に日常を歩んでいる。
正直、俺としてはそっちの方がありがたい。歩合給じゃないので、月四十万の収入は変わらないのだ(たまにボーナスは入るが)。
ちなみに何もないから行かないというものでもなく、一度断界へは行った。師匠に説教を受けるためと、この間の女性を助けた報酬を確認するためだ。
人を助け出すと、『断界』から報酬が貰える。次に行ったときに自然に手に持っているのだ。
今回は安そうなおしゃぶりを手に持っていた。大抵はこんな小さなものだ。
「ま、あたしとしてはご飯が時間通りに食べられて嬉しいけど」
「別に待ってなくてもいいんだぞ」
「む……」
達美は口を尖らせてそっぽを向いてしまった、
「ルールだもん」
ああ、そうだったな。
父さんと母さんがいくら遅くなっても、待って一緒に食べてた。
俺は黙って達美の頭を撫でた。達美は恥ずかしそうにしつつも拒むことはなかった。
「達美は偉いな」
「……あたしたちのために働いてくれてる人を蔑ろになんてできないよ」
結構殴られてる気がするけど。なんて、無粋なことは言わない。
俺は拒まれないことをいいことに達美の頭を撫で続けた。
達美がデレる、幸せな時間。ああ、このままこんな時間が一生続けばいいのに……
「よっ、お二人さん!朝から熱いねぇー!」
ぱん、と頭をはたかれた。
無言で顔面を殴った。
「……浩介さん」
「よっ!達美ちゃん、今日も可愛いねえ!」
「今日もタフですね。今日はあたしからもいいですか」
「おぉ……思ったより怒ってるな。久々に素直になったところを邪魔されたツンデレっ娘みたいな反応だな」
「ふっ!」
「ごぶうっ!」
「浩介……哀れな奴」
みぞおちにクリーンヒット。俺は浩介の冥福を祈って手を合わせた。
「さよなら、浩介……」
「勝手に殺すなっつーの!」
「……もーっ!」
達美は浩介を殴るや否や中学の方向へと走っていった。
「ちょっ!達美!弁当!」
「げほっ……あー、今日は朝から忙しいな」
浩介のいつもの呟きが、何故だか今日はとても耳に残った。