大キイ、グロイ、強イ!
「うわっ……グロ……」
被害者のもとに近付いて、最初に思ったのはそれだった。
倒れこむ被害者。そしてそれにゆっくりと近付くこの階層のボスモンスター、「コレイジュ・ロータス」。
しまった、こいつが居たか。
コレイジュ・ロータスは元の世界で言う蓮の見た目をしたモンスターだ。とはいっても、あの綺麗な花ではない。花托、つまり蓮コラと言われるあれに使われる見た目だ。
集合体恐怖症の人が見たら発狂するような、ぶつぶつと穴が空いたモンスター。故に、グロい。
しかし、こいつはグロいだけではなく、戦っても普通に強いのだ。
準備もしてないし、できるだけ戦いたくない。とはいえ被害者を諦めるわけにはいかない。つまり取る行動は一つだ。
そっと、そーっと被害者に近付く。
「気付くな、気付くなよ……」
抜き足、差し足、忍び足。これらが掛け声でなくそれぞれ一つの動作を表すと知ったときのことを思い出しつつ、慎重に歩く。
しかし、そんな努力も虚しく。
被害者まであと三歩というところで、蓮の孔がこちらを向いた。
気付かれた!
一瞬の判断で被害者をひっ掴み、背中に負って走り出す。四階の転移場所は知覚できる、このまま走って逃げればきっと間に合う!
しかし、背中を向けている俺のすぐ左の地面に拳大の何かが飛んできた。それは着弾と同時に短く蔓を生やした。どうやら種のようだ。蓮ってそんな生態だっけ。
「やるしかない……か」
俺は覚悟を決め、後ろに被害者を寝かせ、剣を構えた。
それを待っていたかのように、コレイジュ・ロータスは種を飛ばしてきた。
速い。だが……
「ぜやっ!」
対応できない速さではない!
迫り来る種を両断し、振り向いて蔓が伸びないことを確認する。流石に二つに斬られては成長できないようだ。
ビシュ、ビシュ、と種を飛ばしてくるが、俺はそれを少しずつ前進しながら丁寧に斬っていく。
焦るな。被害者が後ろに居る以上「避ける」という選択肢は無い。一つずつ確実に斬らなければならない。
種を飛ばす蓮。斬り飛ばす俺。じりじりと前進するものの、速度的には止まっているのと変わらない。必然、戦況は膠着状態になる。
先にしびれを切らしたのは相手だった。一瞬種での射撃が止んだかと思うと、次の瞬間六つの種がショットガンのように同時に飛んできた。
「ぐあっ!」
なんとか五つは斬ったが、残り一つは脚に直撃した。ずるりと蔓が伸び、俺の養分が吸われる感覚を受ける。
「くそ……精霊よ、彼の者を見よ。彼は和が生命を脅かす者なり。我が魔力を使うことを許す。貴様の力をもって仇なすものを焼き払え。『|燃焼(プロミネンス』」
音を立てて俺の脚にくっつく種が燃え上がる。初級炎魔法、『燃焼』だ。対象を燃やす魔法だが……燃やしやすいものしか燃えない。敵が植物型で助かった。
とはいえ、俺に魔法の才能はまるで無い。さっきのを何度も使われると、とても魔力が持たない。ついでに燃やすときの熱さも洒落にならない。
「万事休すか……?」
二回目の射撃が来た。さっきと同じように切り払い、食らったら燃やす。三度目も四度目も、切り払い、燃やす。それを続けているうち、ある法則が見えた。
敵の射撃間隔だ。単発だったときはほぼ絶え間なく撃っていたが、散弾になってから攻撃が断続的になっている。例えるなら、アサルトライフルからポンプショットガンに持ちかえた感じだ。
その間隔は、およそ四秒。四秒あれば何ができるか。踏み込んで斬ることも可能だが、ここはあえて『燃焼』を使ってみようと思う。近付いて斬れば、必ず大きなリスクが生まれる。魔法であれば、近付くこともないのでリスクが軽減される。
ダメで元々。俺は次の射撃を切り払うと同時に詠唱を始めた。
「グアアァァァッ!」
とても植物とは思えない唸り声。と同時に、複数の種が飛んできた。それを右手の剣で切り払って、剣をしまい、両手それぞれで被弾した種と奴本体を燃やそうとする。
が、それは叶わない。
「がはっ!?」
顔面に種が直撃した。六発のうち、顔めがけて撃たれた種。そのすぐ後ろに同軌道で種がもう一発放たれていたのだ。しゅるりと蔓が伸びる。それに伴って俺の体から力が抜けた。
「プ……『燃焼』……」
音を上げて燃える種。蔓までもが煤になってはらはらと落ちる。顔面は火傷と引き換えに軽くなったが、失った力は戻らない。腰に差した剣がとても重く感じた。
無理だ。勝てない。一か八か逃げるしかない。
俺は被害者の女性を運ぶため抱き抱えた。と同時に、身体への刺激で彼女が目を覚ました。
「ここは……
? …………きゃっ!だ、誰よあなた!離しなさい!」
「あ、ちょっ……今暴れたら……!」
彼女の必死の抵抗に、俺は体勢を崩した。なんとか片足をついて転倒するのを回避し、もう片方の脚で走り出そうとーーー
ボンッ
「うおっ!?」
「きゃあっ!」
控えめな爆発音が響いた。俺の身体は吸い寄せられるようにして地面に倒れた。手、足、果ては舌すらまともには動かない。呼吸はできるが、会話はできそうにない。
間違いない。マンドラゴラを踏んだ。
ボスモンスターの前で、一切の行動ができない状況。それが意味するものは何か。
「……あ、う」
僕の上から声が聞こえた。おそらく被害者の女性だろう。彼女も可哀想だ。秘密がバレて、こんな世界に叩き落とされて、わけもわからないまま人生の幕を降ろそうとしている。
どうにか解毒の魔法を詠唱しようとしてみるが、無理そうだ。彼女には死んでもらうしかない。一緒に逝くので許してはくれないだろうか。
どしん、どしん、とコレイジュ・ロータスの足音が聞こえた。歩けたのか、あいつ。
迫り来る死の象徴を意識し、全てを諦めて俺は目を閉じた。
ああ、もう一度達美の料理が食べたかったな。
そんなことを考えた瞬間、風を切る音が聞こえた。
「……コレイジュ・ロータスは弾速が遅い。お前なら守るものさえ居なければ全て切り落とせただろう。そこを気に病む必要は無い」
気持ちいい音が響き、支えを失って倒れた音が二つ聞こえた。おそらく、コレイジュ・ロータスが両断されたのだろう。
「問題は、マンドラゴラの解毒薬を買っていかなかったことだ。戦闘は準備を怠ったやつから死ぬ……教えたはずだろう」
正直、油断してました。
すいませんでした。
そんなことを言いたかったが、呻き声にしかならない。
「……無事でよかったよ」
しかし、それで全てがわかったかのように、師匠は笑った。
その顔は記憶の中の父親の顔に、少し似ていた。




