表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人間として生きるための真理の考察  作者: ムトウゲンジ
86/125

知能とは?

本来生物は遺伝子内のプログラムで動いている。

原初の生物が浮かんで流されるだけでぶつかった物から栄養を吸収しているだけの存在から遊泳できなくても少しでも多く移動出きる繊毛などの気管をつけて少しずつ動きのプログラムをつけていった。

過去はそのプログラムだけでも良かった。

ステゴザウルスなんかも梅干し程度の脳しか無いのではなく知能を得なくても機械的に動いてるだけで生きれた。

虫や両生類なども知能なんかよりプログラムだけで動いている。

しかし進化につれ狩りの仕方が重要になってきた。

そうなるとプログラムだけでは獲物が取れない。

そのプログラムの補助に動きを記憶するための機能をつけた。

その機能は次期に危ない物を覚えるなどイメージ記録機能として少しずつ肥大化していった。

元来人間以外は本能のプログラムが主体で知能は補助に過ぎない。

例えば狼やクジラはもともとそんなに能力が高くなかった。

狼は猫科に比べたら攻撃手段に乏しい。

だから群れで狩りを上手く行うため知能を補助にした。

クジラは原初は四足で水の中の獲物とるがどうしても魚類より水中の動きが悪い。

だから知能で狩りを補助にした。

しかし猿と象は違う。

猿も原初に近いのはプログラム主体でそこまで木の上で複雑な動きはしない。

しかしさらに動きをよくするには道具をプログラム以外から補助しなくてはならなかった。

その道具とは手足。

プログラムだけで足りない動きの仕方を知能でカバーするために知能を発達させた。

象は鼻。

伸びた鼻を上手く動かすためにはプログラムだけでは足りずにさらに器用にするために知能をつけていった。

そこらの学者程度は道具は体以外の物と断定しているが俺から見たら違う。

手足も鼻も立派な道具。

人間以外はプログラム主体で知能を補助。

だからどんなに賢くても本能には逆らえないというか逆らう必要がない。

人間は、そこらの学者は自分が考えてるから動物も基本考えてると思い込んでいるんだろうね。

程度が低いわ(笑)

植物なんて完全にプログラムのみなのに意識あるとか研究してる間抜けおるし。

逆に人間は本能プログラムを完全に抑えてしまい知恵を主体に進化した。

脊椎反射ってのがプログラムであり、熱い物を触ると自動的に手を引っ込めるが、それも抑えることが可能。

プログラムを完全に抑え込んだ生き物が人間。

だから知恵がまっさらな赤ん坊は出きることが極端に限られる。

生存本能に必要なミルクを飲むと排泄すると呼吸する、あとは掴まる機能のみ。

少しずつ動いて体の動きを覚えていく。

これが人間。

性格も本能由来、基礎であり知恵で多少は変更できる。

まあ見た目だけだがね。

中身は変わるわけないよ。

基礎だもの。

知恵でカバーしてるに過ぎない。

俺は心のおもむくまま生きている。

しかしそう進化したんだからそれが正解に決まっている。

素直に楽しく生きるのが人間の進化の成功結果なんだよ。

苦労とか辛いってのは余計な産物、欲が生む。

苦労して努力すれば幸せになれるってのや若い頃は苦労しろってのは人間としての生き方捨て欲を大事に無駄に生きろってこと。

生きてるのが苦労してるとか辛いとか。

そんな阿呆な進化した生物はジャイアントパンダだけで充分だ(笑)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ