情報と知識
さてかなり前に情報は知識ではないと書きましたが、それをさらに詳しく書いていきます。
まず情報とは知識で解析するための元でしかない。
知識とは理解すること、そのシステムを知ること。
例えば生姜を温めると体を温める。
この時点ではただの情報。
そしてほんの少しシステムを知ると生姜の成分には温めると体を温める成分があるが100℃を超えるとその成分は死んでしまう。
ここまでシステム理解して初めて使える知識となる。
さらにその成分の名前やどんな反応が起きるかまで知るとさらに深い知識にはなるが一般的にはあまり必要ではない、科学者などの領域になる。
ようするに大事なのは情報鵜呑みにするではなくその情報のシステムを理解して初めて知識になる。
情報だけしか記憶しないでその情報だけで生きてるのが現代のほとんどの大人。
まあ正直野生動物と変わらないイメージのみの知恵しか使ってない。
なぜそうなるか?
簡単なこと。
学校教育そのものが情報を記憶させるだけだから。
「1,582年織田信長が本能寺で死ぬ」
それが何?(笑)
この公式を覚えておくようにー
知らんわ!
その公式になる手順を覚えなきゃ意味がないわ(笑)
ようするに学校教育って時間の無駄なんだよね。
そして子供があれは何?これはどうして?と何でも知りたがるのに学校いくと勉強嫌いになるのも実に簡単。
人間は何かを理解すると脳から脳内麻薬が出て楽しくなるように作られてるんですよ。
あくまで理解。
しかし情報を覚えただけではその脳内麻薬はでない。
ようするに情報を記憶するだけが勉強であり学習と思い込ませて人間の持つシステムの知識を理解する楽しさをわすれさせる。
それが今の現代教育の実態。
そして奴隷みたいにまわりの言いなりのがらくたにして生活のためだけに生きる生物として無意味な大人に作り上げてるわけです。
まあ政府とか知っていてわざと使いやすい奴隷に育てているのか、誰も彼も本当にバカだから気付いてないだけかは知りませんがね(笑)
人間は知識を理解するのが好きになるように設計されて作られている。
そして思考するのが大好きになるようになっている。
なんでだろう?どうしてだろう?
大切なことなんですよ。
人間は学習が好きな生き物。
学習嫌いな人間は本来いません。
作られているだけです。




