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とある虜囚の夢現

 第1章、始まります!


 ――トトッ、トトッ、トトッ……


 深い深い海の底から、ゆっくりと浮上して来る様に、意識がゆるりと覚醒する。

 薄目を開くと、其処(そこ)は相も変わらず闇の中。一筋の光すらない此処(ここ)では、抑々(そもそも)見える物など無い。



 兎角(とかく)、久し振りの目覚めだ。

 ……いや、何時振(いつぶ)りだろうか、()()()()()()()()



 永く眠っていた所為(せい)か、五感も身体も麻痺しかけてるらしい。目は仕方無いにしても、鼻も耳も狂っている様だ。何も感じないし、分からない。……触覚と味覚が元よりあまり鋭くないのは、果たして救いか否か。

 (ただ)、身の内で時を刻む鼓動だけは、強く感じていた。


 ――トトッ、トトッ、トトッ……



(気の、所為か……?何時(いつ)もより、早い)


 ふと、違和感を覚える。恐らく、()れは気の所為ではないだろう。

 (いく)ら起き抜けで寝惚けていても、()れだけは間違えようもない。何故なら、此処では其れしか感じる物は無いのだ。

 つまり、唯一の娯楽の様な物。其れに変化が有れば、此の身が気付かない(はず)が無い。


(だが、何故だ―――?

 我が身に、一体何が起きている?)


 (ひそ)かに、混乱を(きた)す。

 不思議と気分が高揚して、ソワソワふわふわと何だか落ち着かない。平静を取り戻そうと、一度息を吐いてみる。だが、其れが(つね)に無い不可思議な熱を帯びている気がして、更に胸奥が(せわ)しなく(はや)った。思わず漏れた声は、何処と無く甘い。



 動悸、微熱、其れに挙動不審―――(かつ)て出逢った数少ない仲間内で、其の症状についての言及を聞いた事があった。


 まさか、とは思う。

 でも、此の有り様を説明するに、其れ以上に整合性ある物は無いだろう。


(ようや)く、現れたのか。我が―――愛しの、《(つがい)》よ)


 心内でぽつりと呟くと、何処(どこ)かで(やわ)く温かな光が灯った気配がした。

 本当に(かす)かで淡いが、確かに存在する清らかな――光。


 ()ぐにでも此の手の中に、囲ってやりたい。が、(いま)だ其れは、遥か彼方に()る。其の事実が、もどかしくも、切ない。

 (しか)し、と(さか)しく冷静な頭脳は思考する。


(だが、神は残酷非道だな。何故、此の時機なのだろうか……)


 せめて、番が現れたのが半世紀前なら、何処へでも迎えに行けただろうに。

 そう、其処が例え、此の惑星の裏側であろうと、一飛(ひとと)びだ。


 だが、今や此の身は虜囚に堕ちた。


 肉体は操られ、精神は縛られて。時折に気紛れな破壊活動に使われるだけの自身。其処に己が意思など存在しない。


 そして、此の身は。

 (やが)て来る滅びの時(まで)、解き放たれる事は無いだろう。……何故なら、解放者は其の役目を果たせないのだから。


(嗚呼、済まない。未だ見ぬ我が番。

 今生(こんじょう)其方(そなた)と巡り会う事は、出来ないだろう)


 全ては、遅過ぎたのだ。



 如何(いか)に焦がれようとも、既に汚れてしまった此の身が、(おの)が生命より大切な番を(いだ)く機会など来る筈もない。

 一族の(さが)として、其れが望めない事実が、()れ程に凄愴(せいそう)な事か。此の想いを理解できるのは、恐らく同胞だけだ。


(頼む、頼むから。我が番よ。

 我の分まで、幸せになってくれ―――)


 たった今、其の存在を知った番。

 実際に其の姿を見た事があるわけでもないのに、只管(ひたすら)に相手の幸福を(こいねが)う。



 元来、此の習性が難儀な物だとは承知している。だが、執着心とも言える其れを、どうしても憎む事は出来なかった。




「クウゥン……グルルルゥウ―――」


 気が付けば、目から流れた雫が頬から顎へと伝って行き、地面に小さな水溜まりを作っていた。無意識に、再び口から甘える様な音が漏れ出る。

 其の声はまるで、親を求める子の様であり、死に際に伴侶を想う老人の様でもあった。


 愛おしい、苦しい、淋しい、悲しい――会い、たい。


(嗚呼、また……意識、が……―――)


 と、其の時。

 ドロリと重たい何がが意識に溶け込んで、心に幾重(いくえ)もの薄紗(ヴェール)が張り巡らされていく。


 此の瞬間は何時迄経(いつまでた)っても慣れないし、毎度背筋が冷えてゾッとする。

 奈落に沈んで行く様な此の感覚を味わうと、もう、二度と目覚めないのでは――と、先の見えない恐怖が付き(まと)うのだ。


(叶う、なら……せ、めて…………一目、だけ……で、も……―――)


 眠りに入る直前、脳裏に(よぎ)った(ほの)かな明かりに手を伸ばす。届けばいい、そう切望した。(しか)れど、



 其の刹那、最後に残った泡沫(ほうまつ)が弾けて、全てが闇に呑まれて――消えた。


 意味深ですが、この方の次の登場は、しばらく後の予定です。

 ……悪しからず。


 読んでいただき、ありがとうございます。

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