とある管理者の独白
「ちゃんと届いたみたいだよ。清明、さん」
ボクは、清明さんの弟――悠音くんに手紙を届けてから、しばらくその様子を見守っていた。
……この『手紙』の存在は、本来のシナリオに無かったものだ。これがどんな影響を及ぼすものか――と、警戒していたけど。
「杞憂、だったみたいだ。
立ち直るのが早くなっただけだね」
思わず、ホッと息を吐いた。
よかった。これで大きな影響が出てしまうなら、手紙を渡したことをなかったことにしなくちゃならない。……手紙を届けた事実は変わらないけど、それじゃ約束を守ったとは言えないから。
まぁ、この手紙で彼が慰められたことで、彼の婚期が大分遅れるみたいだけど……それは世界的には許容範囲だ。
しかし、この二人はよく似ている。顔立ちじゃなくて、内面が。
見た目上は、父似な姉と母似な弟とでハッキリ分かれてる。だけど、育ってきた環境の所為か、はたまた生来のものなのか。根本的な部分が同じなのだ。おおらかで、天然なところが。
……だって、普通『異世界転移・転生』なんて、信じられると思う?
いや、確か、に生まれ変わりを信じる人や、神隠しが実際にあると思っている人たちが一定数いることは、知ってるよ。
でも、この勇谷姉弟は、あくまで一般家庭で育ってきたのだ。だから、まさかあそこまで抵抗なく信じられるとは――思っても、みなかった。
特に悠音くんには、ね。本当に、吃驚だよ。
……さて、あまりに長く現にいると、ボクこそシナリオ狂わせの原因になりかねない。少し名残惜しい気もするけど、そろそろ行かなきゃ。
「……もう、戻ろうか」
いつからか、すっかり習い性になってしまった独り言を呟くと、ボクはまたあの空間へと消えた。
ボク――イリオスヴァスィレマという存在が、いつ発生したのか。
それは、つい最近のことの気がするし、悠久より向こうの出来事だった気もする。ようは、分からないのだ。
でも、気がついたらここにいた。この真っ白で何もない空間に、独りきりで。
それからは時折、どこからか聞こえてくる指示通りに、ヒトやモノを異世界転移・転生させる日々。『寂しさ』からか、時々ヒトに会うとついついお喋りが過ぎるのだ、この口は。
……どうせなら、感情なんて要らなかったのに。
そんな中でボクが彼女と会ったのは、まったくの偶然だ。
その時も、天の声(?)に従ってヒトを呼び寄せただけだった。天の声はいたくこの世界を気に入っているらしくて、転移・転生対象を連れ出すことはよくあった。でも、今回はどうも毛色が違うらしい。……何となく、切羽詰まっているような?
周囲の目――監視カメラも含む――がないことを確認して、ボクは彼女をここに召喚しようとして――。
「―――っ!何これ!?本当にこの子、人間っ!?」
空間一つを任されるほどの支配者たるボクに、対抗しうる莫大な力。人間風に言うと、神の領域だろうか。
一瞬の気の緩み、迷いがボクという存在の消滅に繋がる――そう、確信できた。だから、彼女を『転生』させろ、なんて命令が下ったのか、とも。
しかも、所有していることに気づいてすらない力を、無自覚で発動しているから、尚悪い。
「や、ばっ!あは、ボク、終わるかも―――」
……あぁ、でも。
それもいいかもしれない。
なにせ、ここは酷く退屈で孤独だ。消えてしまえば、このボクとしての感情は救われる。
……ボクとしてのイリオスヴァスィレマは、解放されるかもしれない、と。
そんなことを思った。その瞬間だった。
「~~~っ、ひゃーぁっくしゅんっっっ!」
「へ?」
どこか間の抜けた盛大なくしゃみが聞こえて、それまで梃子でも動かんとばかりだった抵抗が、あっさりと消えた。
そして、ずるり、と大きな蕪が抜けるように。彼女――清明さんは、ここにやって来たんだ。
それからは、楽しかった!
まず行ったのは、彼女への事情説明。途中で落ち込ませちゃったり、脅されたりもしたけど、すぐに理解してくれた。
……たまにこのタイミングで発狂したり、暴走したりする子がいるけど、その子たちみたいに精神を縛る必要がなくて楽だった。有り難いことだよね、正直。
次のステ振りも面白かったしね!
彼女の初期値は、確かにすごかった。けど、このボクと渡り合えた彼女としては、そうでもないんだよ?転生する分で、やっぱり弱ってるからかなぁ。
……ちょっと悔しくなって、思わず彼女に内緒で『特典』をつけてしまった。テヘッ☆
あと、装備品決めも良かったよ!
ボクと清明さんの趣味は近いのか、型を決めるときはすんなりと行った。
動きやすいズボンに、ヒールはないけど丈夫な厚底安全ブーツ。トップスはシンプルなカットソーにしたけど、その上にはいかにもファンタジーなローブを重ねた。フードに飾りでケモミミをつけたときは、つい二人で篤く握手を交わしてしまった!
問題はカラーリングだったけど、熱い論戦の結果、基礎にブルーグレーを入れることでまとまった。やれやれだ。
刺青――本当は神印紋と呼ぶ――の方は彼女に任せたけど……流石と言うかなんと言うか。中々に女の子らしいデザインだった。
デザインの桜が入ってるのは、日本人転移・転生者にありがちだけどね。綺麗だったよ。
常識のお勉強も……まぁ、したけど。
清明さんの転生先は、ボクが自由にしていいと言われて創った世界だ。よって、ボクがルールなんだけど……あれぇ?いつからこんな風習できたのだろう?しばらく放置してた所為かも。
……うん、今度からもう少し面倒みてあげよう。彼女も行くことだし。
あ、そうそう。
この時、お金とか食料とかのことに気づいたんだよ!
お金は清明さんの日本円での所持金と銀行預金をそのまま転生先で使えるように換金して、用意した食料代だけは引かせてもらった。……値切られまくったけどね!流石は、自称『ブラック企業に五年勤めていた社畜』。粘り強いったらありゃしない。
そんなこんなで、二人で面白可笑しく準備を進めていたんだけど。
……やっぱり、別れはくるもので。つい、
「淋しくなるなぁ……」
なんて言ってしまった。
すでにボクにとって彼女――清明さんの存在は、友人であり、大切な娘だった。
『かわいい子には旅をさせよ』とは、彼女の故郷にある諺。でも、この手から離れて行くのは――旅立って行くのを見るのは、何だかね。痛かったよ、心が。
だから、最後に清明さんにはボクの加護を与えた。何か、明確な繋がりを残したくて。
……その為に額にキスした時の彼女は、さいっこうに可愛かった!
あの後、清明さんはすぐに行ってしまったけど。彼女の声はちゃーんと聞こえていたよ。
「『必ず、会いに来るから』かぁ……」
ボクは、思わずクスクスと笑みをこぼした。どうやら、ボクはあの子には敵いそうもないや。
「『またね』、清明」
ボクはもう、孤独じゃない。
読んでいただき、ありがとうございます。
次回から第1章入ります。