とある青年の心配
――清明姉さんが、死んだ。
それを聞いた瞬間、俺の意識はブラックアウトした。
俺の名前は勇谷 悠音。漢字はアレだが、心身ともに歴とした男だ。
……まぁ、顔立ちが母親似で女顔であることは、否定しない。
俺には、二歳上に姉が一人いた。
ちなみに母は俺が五歳の時に、そして父は姉の成人を見送るように亡くなっている。
以来、この七年間は姉弟二人で支え合うように生きてきた。一緒に暮らしてたワケじゃないけど、互いに面倒を見てくれるような相手――つまり、恋人とか――がいなかったから、定期的に顔を合わせていた。
そのせいで、周囲からすれば、俗に言うシスコン・ブラコンに見えたことだろうと思う。まぁ、確かに姉のことは大切にしていた。が、関係としてはこの上なく健全だ。
……でも、姉が死んだから、俺は本当に独りぼっちになってしまった。
姉の清明は、基本的にお人好し。頼まれたら、断れないタイプの人間だ。
だから、死因が過労による心臓麻痺と聞いても、違和感はなかった。
上司に無理を言って、駆け込んだ病院――の、霊安室。
そこにいた姉の遺体は、傷も汚れもなく綺麗なまま。まるで、眠っているかのようだ。……身体が、冷たくなければ。
ただ、最後に会ったときに比べると、いくらか窶れていた。
父が生きていた頃は、むしろぽっちゃりマシュマロ系だった姉。この頃は会うたびに痩せていたけど、これは……あんまりだ。
昔からそうだ。
あの姉は、本当に人を頼ることを知らない。……そういうところが父そっくりだった、 見た目も中身も。
そんな姉を助けたくて、俺は姉の家に近い今の勤務先に入った。……のに、肝心なときに出張で出払ってたとか。俺、本当にタイミング悪ぃな。
「……これから、どーすっかなぁ」
―――なぁ、姉さん。
姉の葬式が終わった、今。
唐突に何もかもを失くした気がして、俺は茫然とする他なかった。
だから――これは、何の嫌がらせだ?
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――拝啓、我が愛しの愚弟へ
新緑が青々と繁る季節になりましたが、いかがお過ごしでしょうか。
私は、そちらではおそらく死んだことになっていることでしょう。
さて、悠音がこの手紙を読んでくれてると言うことは、あの方がちゃんと約束を守ってくれたことかと思います。よかった。
……本当は渋られたんだけどね。でも、悠音にだけは、ちゃんと事情を知っててもらいたかったから。
□月×日。
確かこの日が、私の命日になっているハズ。
でも、私は生きていたんだ。……最初の時間ではね。
詳しい事情は省くけど、私は本来なら私は死んでいたところを、偶然にも生き延びていたそう。スゴいでしょ?
でも、そのまま私が生きていると、どうも世界に及ぼす影響が強すぎるらしい。最悪、地球滅亡とか。そりゃあ流石に、困るよねぇ。
だから、本来のシナリオに戻すことを条件に、私は転生することになったんだ。
あ、心配しないでね?チートスペックは、ちゃーんと準備してもらったから。……と言っても、これ書いてる今は実感ないんだけど。変じゃなきゃいいなぁ。
私は、そちらの世界では死んだ。……けど、これからは異世界で生きていく。
この先、悠音に会えなくなるのは正直、寂しい。
でも、こうなった以上は、今いる場所で生きなくちゃ。
だからさ、悠音。
私の愛すべき、愚弟。
泣いてないで、前を向いてね。アンタは、心配しいだけど。姉さんは、むしろアンタの方が心配だわ。
悠音は昔から他人に依存する傾向があったから……よけい、ね。
悠音、悠音。私の大切な弟。
強く、しぶとく、長生きしてね。お願いよ。
そして、輪廻転生の先のどこかで、また家族になれならいいな。
貴女の姉、清明より
追伸 この手紙を届けた者より
貴方のお姉さんは、無事に異世界に転生しました。
……と言っても、肉体情報はこちらのものをそのまま流用しているので、ほぼ転移と言っても過言ではない状態です。名目上の親はボクですが、彼女は何も変わってません。容姿も、性格も。
……あ、でも。身体能力と魔法が使えるようになったこと、あと体質――太りやすいのは、変わりましたね。うん、そこだけかな?
だから、安心してください。
彼女は、きっと元気にやっていけますから。
ЙшМЦК"И'ЦЙ'ълより――
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宛名が姉さんの名前だから、つい読んでしまった。自室に引きこもり、誰にも見せないように、気づかれないように。ひっそりと。
嫌がらせか、悪戯か。最初はそのどっちかと思ってた。
でもこれは、紛う事なき姉の文章だ。
……ワープロで打ち出したのか、筆跡は分からなかったけど。でも、基本は真面目なのに、ところどころで何処か間抜けているのは、姉の文の特徴だった。
この内容をそのまま信じると、姉は別世界で生きているらしい。……遺体を見て、遺骨も荼毘に付した後だから、にわかには信じがたいが。
あの姉ならやりかねない。
そして、最後の追伸の部分。
これを書いたのが、きっと文中に出てくる『あの方』なんだろう。……姉が好かれそうなタイプだな。
清明姉さんは、なぜか小さい頃から変人に好かれやすかった。
その変人たちは、決して悪い人ではないのだが――こう、あれだ。浮世離れしていると言うか、孤立しやすそうな性格の人ばかりだった。あ、一匹狼もか。
清明姉さんは、この人(?)が名目上の親になっていることを知ってるんだろうか?
……いや、知らないだろうなぁ。そういうところ、あの姉は抜けてるし。
でも親なら、どうかお願いだ。
清明姉さんが、変なのに引っ掛からないように見守ってほしい。鈍いし、恋愛初心者だから。
……って、やっぱり。
どんなに姉さんが俺を頼りなく思ってても。結局はどこへ行っても、俺に心配されるんだよ、姉さんは。
「……姉さんこそ、今度は長生きしろよ」
その瞬間、最後の涙がほろりと頬を伝っていく。
俺の呟きは、窓向こうの夕空に浮かぶ一番星だけが聞いていた。
読んでいただき、ありがとうございます。