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挿し絵あります。
苦手な方は、表示をOFFにしてください。
「忘れ物、ないかい?心の準備は?」
「だいじょーぶ、全部オッケーだよ」
ここは、相変わらず真っ白な空間。
でも、今は私の足下に複雑怪奇な魔法陣――ホントは魔法円と呼ぶらしい――があった。赤橙黄緑青藍紫……くるくると色を変えながら、ふわふわと淡く光を放っている。泡沫のように、儚く瞬いて――消えて、結んで。
それが、この空間によく映えて、なんとも幻想的だ。
「それじゃ、イリオス。弟への手紙、頼んだよ?」
「うん、任せて~」
私が異世界に行くにあたり、一つだけ心残りだったこと。それは、弟――悠音の存在だ。
頼りになるはずの両親はすでに他界していて、姉弟揃って人見知りゆえに、親戚付き合いも特になかった。だから、たった一人の肉親である弟を、私はそれはそれは可愛がっていた。
あの子がこれからどうなっていくのか、それだけが気がかりで。私はイリオスに無理を言って、弟への手紙を書かせてもらった。
「またシナリオに影響が……」とかで、スッゴく渋られたけど、なんとか粘り勝ったのだ。……最終的に辞めたとは言え、ブラック企業に五年も勤めていた社畜の根性を舐めてくれるなよ?フフフ。
まぁ、さすがに死んだはずの私が直接届けることは出来ない。だから、そこはイリオスに任せたけど、ね。
イリオスなら、ちゃんと届けてくれる。そう、私は信じてる。
念を押して後のことを頼むと私は、イリオスと延々と悩んだ末に完成した服――いや、もはや衣装だ――を着崩れを直し、魔法陣の中心に立つ。
その瞬間、光はさらに煌々と輝いた。
「淋しくなるなぁ……」
と、そう目を細めて呟いたイリオスは、フワッと空中に浮かび上がり、私の目の前に飛んでくる。
あらゆる宝石が霞んでしまうような、美しい銀朱の双眸。
束の間、我を忘れてぼぉっと見惚れていると、段々とその顔が近づいてきて――。
チュッと、額に熱が弾けた。
「―――っ!!?!?」
「あははっ!清明さん、かぁわいっ」
コロコロと、軽快で無垢に聞こえる、邪悪な声を上げてイリオスは、笑った。
笑いすぎか――それとも、別の理由からか。目尻には涙が浮かんでいた。
イリオスはさりげなく拭っていたが、私は何も言わなかった。……言えなかった。
そんな私の頭を撫でると、イリオスの私より小さな身体が、魔法陣から離れていく。
少し、胸が苦しい。もう泣きそうだ。
イリオスが指揮者のように手をサッとあげると、足下の魔法陣が大きくなり、回転を開始した。
……どうやら、これでホントにサヨナラだ。感覚的に、そう分かった。
「ねぇ、清明さん―――……」
閃光に包まれる刹那、イリオスが小さな声で呟いた。音は分からなかったけど、唇の動きは三つ。
不思議と、私には何を言ったのかが分かった。
「イリオスヴァスィレマッ、必ず!必ず、私は―――……っ!」
私は必死で答えたけど……その声は、イリオスに届いただろうか。それを知るすべを、私は知らない。
でも、あの時イリオスは、きっと――――。
サアァッ――と、風が駆けて、辺り一面の緑に白銀の波が生まれる。
見上げた空は、抜けるような快晴で、今まで見てきたどんな空より透き通った青色をしていた。
……魂の故郷の空より、ずっとずっと青かった。
ふと、太陽を見ていると、急に頬を熱いものが伝っていった。
眩暈がした気がして、その場に背中から倒れ込む。と、若草がサワリと鳴って私を受け止めてくれた。
「あは」
喉奥――いや、それよりもっと深いところから、ぐうぅっと迫り上がって来る、何か。その衝動のままに、私は口を開いた。
「あはっ、あははっ!あはははは―――っ!」
狂ったように笑う――私。
それなのに、目からは涙腺がバカになったかように、次々と涙が溢れてくる。
狂喜、絶望、憤怒、空虚、哀愁、愉快、安楽、寂寥――様々な感情が入り乱れて、心が飽和してしまいそうだ。
ただ、ひたすらに声をあげ続けて。内側に蟠るものを、全て吐き出して。
……顎が疲れ、頭が痛くなった頃、ようやく冷静になった。
「これから……どーしよっかなぁ」
太陽に手をかざすと、自身の内に流れる血潮の色が透けて見えた。
それは、さっき別れたばかりのあの方の瞳を彷彿とさせるようで――。私の目に、新たな雫が盛り上がる。それが焼けるように熱い、そんな気がした。
そっと胸に、太陽に透かしたその手を当てると、トットットットッと、いつもより少しだけ早い鼓動を感じた。隠しきれない興奮が、手のひらに伝わってくる。
「私は、生きてる。だったら―――」
私はすっくと立ち上がると、天に向かって大きく伸びをした。ついで深呼吸して、ふっと息を止めてみる。
そして、覚悟を口にした。……言霊は、力になるから。
「前を向かなきゃ、ね」
そうして、私はその場から歩き出した。
そこに涙は、もうない。
これから始まるのは、まるでお伽噺のように。何より英雄譚のように、永く後世の人々に受け継がれていく物語。
とある元・平凡女性の生きた、非凡で痛快な波乱万丈の伝説だ。
――そして、それは。
彼女がやがて幸せになる為に迷走した、長い長い回り道のお話。
読んでいただき、ありがとうございます。
同時投稿はここまで!
次回からは、基本的に火・金曜日に予約投稿されてます。……たまに、番外編を投下するかも?