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Progress 1 (6)

 迎えた月曜日。臨海学校を終えたばかりとあって、一年生の間にはまだ楽しさの余韻が残る。そんな中、海星は霊能研究会に籠っていた。


 精霊を呼び出す儀式のことについて調べてみたかったのだが、手元にある携帯端末だと小さすぎる。PCルームが放課後には解放されていたり、図書室にはパソコンブースもあるが、こことは違い人気も多い。


 悠にはため息を吐かれたが、おそらく定位置にしている場所を空けてくれた。棚から日頃ストックしてあるらしいお菓子と本を取り出すとソファに腰を降ろす。


 警戒心が薄いのか見られても良いと思っているのか、悠は海星から完全に目を離していた。海星自身も勝手に詮索するようなことはなく、インターネットブラウザだけを開く。


 オカルト研究会の部室そのものが燃えてしまったとあって、警察も彼らの儀式の内容を詳細に調べることは困難なようだった。


 閲覧するサイトがどれも頭が痛くなるような内容だった。それでもなんとか目を通してはみるが、オカルト研の儀式に関係があるのかどうか、それを判別することができないぐらいだ。結局、有力な情報は掴めなかった。


 海星は小休憩とばかりに、もうひとつのテーマに移ることにした。


 響が言っていた“幽霊スポット”。


 検索をかけてみると、行ってみたことを書いたブログや投稿は見つかった。中にはおもしろおかしく書かれているものもあるため儀式のこととは違い見入ってしまいそうになる。


 精霊を目撃したという証言もない。


 目撃していたとしても、無事に帰ることができなかったのか。雑誌には神隠しだのといったことが嘘っぱちのように書かれていたと記憶しているが、実際に襲われた今となっては、その可能性も信じてみてもよいかもしれない。


 残された手は、夜空とオカルト雑誌の出版社に直接問い質すことである。どちらも異なる意味で取り合ってくれるとは思えないが。


 夜空は、精霊はマナを狙っていると言った。その理由までは聞き出せなかったため、真実かどうかも怪しいところである。


 海星は席を立ち、まだ同好会に残っているかもしれない夜空のもとへ向かうことにした。


「あなた、湊戸灯華の弟なのよね?」


 悠は手元の本から顔を上げずに尋ねた。


 海星は肯く。


「そう」


 少なくともこの学園ではそういうことになっている。


 灯華に会いたいのだろうか。その理由の詮索も想像もしないことにした。海星を歓迎した理由が灯華にあるのなら、解決してしまえば今の関係は維持できなくなってしまう。


「幽霊、あなたは好み?」


 海星が調べていたことを見通していたのかそれとも偶々なのか、幽霊のことが好きかどうかと奇妙なことを訊いてくる。


「いたらいいなとは思う」


 灯華のことが頭に浮かぶ。


「そう」


 海星は礼を言って、悠の根城を出る。悠は目を伏せたままだった。


 同好会の部室(につながる部屋)は部室棟ではなく、同じ校舎の空き教室にあるためそう離れてはいない。海星が部室まであと数メートルというところまできて、入り口から運良く夜空が出てきた。


「あ、よかった。まだ校舎内にいらしてたんですね」


「会長、なにか言ってた?」


「いえ、特には。これから同好会にですか?」


「夜空に用事」


「私に……?」


 瞬間、夜空の顔が強張る。


「いえ、私からも少しいいですか?」


 夜空からそう言い出してくることに、海星は意外に思った。人気のない場所で話をしたいのはお互い様で、海星が中庭のベンチへ行くことを提案し、夜空はそれに同意した。


「その、精霊のことで見て欲しいものがあるのですがいいですか?」


 先に夜空から話し始めたことに、海星は反対を示さなかった。むしろこちらから言わずとも精霊のことを知れるかもしれない。


 夜空は大きく深呼吸して目を閉じ、身体を少し海星の方へ向かせた。


「久しぶりだな、海星」


 ゆっくりと開くその眼は、再会してからの夜空よりもよっぽど親しみがあった。


「やっぱり、夜空だったんだ」


「夜空に憑いている精霊だけどな。ワタシは海星にならこの事を隠さなくてもいいと言ったのだが、星見マナのことがどうとかでな」


「大丈夫。なんとなく察しはついていたから」


「流石だ舞島海星、お前は昔からそうだった。今ではマシにはなってきているが、以前の夜空は極端な引っ込み症で外に出られなかったのだよ。もうこれで全てが分かっただろう?」


「うん」


「それで、夜空はいつしか学校での人付き合いをワタシに任せるようになった。つまり、あの頃一緒に遊んでいたのは、夜空じゃなくてワタシだった。子供の頃はそれでもよかったんだが……ワタシはバカでな。勉強に追いつけない。中学時代の転校を機に、元の夜空のままで学校生活を送るようになったよ」


「どうしてマナは狙われる? 精霊に恨みでも買われた?」


「それはないな。あの子を襲っている精霊はそれぞれ別人だ。そんな大勢の死人から恨みを買われる人生ではあるまい。あの子が普通の人間ではないのが理由だろう」


「それはマナの持つ“アストラルの鍵”のせい?」


「まぁ、あやつの“アストラルの鍵”が夜空や海星の持っているものと何が違うのかまでは知らんがな」


「いつからキミは夜空に取り憑いている?」


「うーん、ワタシもはっきりとは覚えてないけど海星と出会うちょっと前だったと思う。なんせ時間の感覚が掴み辛くてね。こっからの難しい話は夜空に代わるよ。ワタシからは以上だ。また会えて嬉しかったよ海星。それじゃ」


「また」


 手を振ると同時に、夜空の身体が力尽きたように目を閉じる。それから夜空の顔つきが変わった。


「あの……という、わけ、です……」


「うん。よく分かった。次はこっちから訊いてもいい?」


「あ、はい。どうぞ……」


「精霊とはいったい何者?」


「えっと、精霊は精霊でも私に憑いているのとマナさんを襲う精霊とでは違ってて。その……彼女から聞いたのは、精霊とは死んでもこの世に未練があって残った人で、生きている人に守護精霊として憑きながら自分の目的を果たそうとするって……」


「幽霊、なの?」


「幽霊からランクアップした人、でしょうか……?」


「いたんだ? 幽霊」


「少なくとも、ここには」


「幽霊に会うには、どうすればいい?」


「ええ!? と、どうしてですか」


 幽霊を探している人がいる、とは言えまい。なんと答えるべきか。先走っていたせいで、夜空のもっともな問いがくることを予想していなかった。


「夜空だけに負担をかけるわけにはいかない。もしも方法があるのなら、手伝いたい」


 言ってから、これも本心であることに気付く。


「どうして……?」


「夜空こそ、何故星見マナを守っている? 星見からも精霊からも、夜空には何の見返りもない」


「見返りと言いますと、マナさんのお屋敷で贅沢をさせて貰ってはいます。それに、お嬢様を自分だけが持っている力で守るだなんて滅多に経験できるものではありませんし」


 夜空が守護霊に憑かれたのは、海星の故郷に来ていた間。それから星見マナの護衛を務めるために田舎を去ったのだという。


「なにより、私にはそれしかできないから……。彼女の願いを聞いてあげることも、マナさんを守ることも、私にしかできないことだから……!」


 そうはっきりと宣言する夜空の眼には、確かな光が宿っていた。それを見た海星は、もう何も口出しすることはなかった。


「……大丈夫です。マナさんのことは任せてください。精霊に会いに行って、逆に襲われるかもしれませんから。でも、そうですね。それならマナさんに夜の学園に忍び込むことをやめてもらえるよう、説得してもらえませんか?」


「どうして夜に?」


「マナさん天文部なんです。それで、たまに望遠鏡で空を見ているみたいです」



 夜。こんな短期間に二度も学園に忍び込むことになるとは流石に海星も思ってはいなかった。数十分前、夜空からマナが抜け出したとの連絡が入り合流。響や修二郎と忍び込んだ際は、某ゲリラ部の教室の窓から侵入していたが、マナや夜空はまた別のルートを使用していた。


 私立の割に警備には力を入れていない学園に思うところはあるが、夜空と海星は学園の最上階を目指した。


「私はここで待機しています。マナさんのこと、よろしくお願いします。精霊の気配がしたら察知できますし、すぐに駆けつけますので」


 この先の階段は天文台へと続いている。校舎はその部分だけは出っ張ったようになっている。この学園はアストラルの鍵を持った子供たちを受け入れるために五年前に改装されたが、ここだけはそのままのようだった。


 一度訪れたことがあるため知ってはいたが、天文台といっても星を観察しやすいよう天井の一部分がガラス張りとなっているだけだ。


 ただそれでも、ここから見上げる星はまた違って見える。天文台という、その言葉の魔力がその景色を引き起こすのだろう。


 マナの姿はない。その代わりに見えたのがぼろの扉だった。学園生の間で噂をされている、開かずの扉――


「いるのは分かっている。開けて」


 視界が暗いこともあり、扉が急に闇の中に吸い込まれていったように思えた。中から音もなく、マナが顔を出す。海星が来たことに対し、なんの感想も持っていないような様子だった。


 その身体が静かに奥へと引っ込んだため、招かれているのだと判断する。ただでさえ狭い天文台の中をさらに仕切った空間は、とても窮屈だった。田舎にいた頃の秘密基地を思い出す。


 マナは海星のことを気にせず、望遠鏡を覗いた。


 他にも雑多に物が置かれていたが、その中にキャラクターもののフィギュアがあった。マナの親が経営する企業のイメージキャラクターとしてコマーシャル等にも登場するバーチャルアイドルだ。


 マナと全く繋がりのないものではないとはいえ、やはり意外に思う。こう見えてあるのだろうか、愛着というものが。ひいては家族への情というものが。


「どうして月を?」


 まずはマナをここから引きずり降ろすのが先決だ。


「見守っていなくちゃいけないから」


 どちらかというと論理的な思考の持ち主である海星にとって、それは支離滅裂な返答に思えた。会話にならない。


「何を」


「月面基地。急にいなくなっちゃわないように」


 月面基地。


 海星たちが生まれる一年程前に、多国間プロジェクトとして建設された。宇宙開発の更なる発展を願って星光間ネットワークの研究等が進められていたとは聞くが、今はもう一人工衛星としての機能ぐらいしか使われておらず、どの国の人間も基地には滞在していないはずだ。


 もちろんこの情報は、海星を含め一般人が知らされているものに過ぎない。だが、星見マナがその一般人の範疇を超えて何か掴んでいるとも思えない。


 そもそもその望遠鏡で月面基地を見ることはできないだろうに。


「そうしているとまた化け物に襲われるかもしれない」


「死ぬわけじゃない」


「それは夜空がいてくれるからで。マナの代わりに夜空が死ぬかもしれない!」


「夜空も、死なない。死ぬ人も死なない人も、神様に決められてる。夜空、死なない方」


 運命論を信じているというのならオカルト研究会の者たちとそう変わらない。しかし、マナはそれとはどこか違うように海星は感じた。


 自分の立場や身分を良いことに周りを見下すような人間を、海星はこれまでに何度も見てきた。藤堂凜々果のように、そうではない人物ももちろんいたが。だが、星見マナはそれとも違う。本気で命というものに興味がないようだった。


 まるで、誰しもが持つデバイスに潜むAIのように。いや、まだAIの方が人の手で作られた分だけ、まだ人間味がある。


 その晩、精霊は現れなかった。マナは満足したのか望遠鏡から顔を離すとすぐさま立ち去ろうとし、海星が後を追うことになった。


 マナは階段を降りたところで待っていた夜空に一瞥もくれずに歩き続ける。夜空はそれに慣れた様子で後ろに付き添う形で続き、学舎を出たところで海星にお辞儀をしてマナと共に去って行った。


 マナを、そして夜空を止めることはできなかった。


 星見マナはもう取り付く島もない。だが、夜空のことを見過ごすわけにはいかなかった。夜空は守護霊の願いを叶えることに協力する代わりに力を得ている。ただ、その力は夜空自身にメリットはない。危険が伴うだけだ。


 守護霊が願いを成就させてしまえば、夜空は平穏を取り戻すことができる。そうした場合、マナを護るものはいなくなってしまう。


「月、か」


 いっそあの天文台を壊していまえば、マナはもう学園に忍び込まなくなるだろうか。そもそも月面基地に、何があるというのだろう。


 寮に戻るまでの間、海星は空を見上げていた。


 月明かりは、この星に住まう人々の行く先を照らしてはくれない。

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