Progress 1 (3)
学園寮で一人暮らすことになる以前、月ヶ瀬夜空は共に遊ぶ仲だった。毎日のように近所の子供たち数人が集まっては外で走り回ったり誰かの家の中でゲームをしたのだが、その年齢はバラバラ。海星の同い年は夜空しかいなかった。
夜空との再開は海星にとって、学園での数少ない良かった出来事になるはずだったが、向こうが覚えていないということで逆に気を落としてしまった。
(夜空が覚えていないのなら、こちらもあまり親しく接しない方がいいだろう)
「私の弟で雨組と知ったら必ず招待すると思ったわ、あの男」
猿飛影虎の誘いがあったその後、海星は灯華に捕まって再び部屋に来ていた。
影虎には、もう一度だけ来て欲しいと言われている。だから一日考えて、明日に参加をするかを告げる。そのように今日のところは折り合いを付けていた。
「初めからそれが狙いだったのか」
「最初のミッションが私と姉弟だということを周知すること。その次がまほろば同好会に取り入ることね」
猿飛影虎は灯華と同じ高等部三年。海星の存在が女子の間で広まれば、影虎がいずれ耳にすることもあるだろうという算段だ。
「前々から、まほろば同好会がアストラルに関してなにか掴んでいることは知っていたわ。でも私は晴組所属。あそこには入れて貰えないのよね」
これまでの灯華の行動が腑に落ちたと同時に、やはり只者ではないと海星は再認識する。
「それで、情報を引き出せそう?」
「僕が入ること前提に話されても困るんだけど」
「クッキーあげたでしょ」
海星が早いこと田舎に戻りたがっていることは灯華も知っている。だが、どうしても海星のことを利用したいらしい。
「野詠悠という女子生徒は、他の部員とは違う感じがした」
「ああ、それいいわね! 海星、悠ちゃんと仲良くなりなさい」
「今思いついたのか……」
「そんなことないない。前々から話聞きたいとは思っていたし」
この瞬間、海星のサードミッションが決定した。
「灯華は、幽霊を探しているの?」
灯華の動きが止まった。
「“アルトラルの鍵”がどういった経緯でそう名付けられているのかは分からない。けど、アストラルには霊的な意味が含まれている。それを追求していけば、いずれ幽霊の存在に辿り着けるかもしれない」
灯華がそこまでして“アストラルの鍵”について調べたいと思っている理由は、ここまでくれば簡単に想像できた。
「僕に忘れろって言うなら、どうして僕の前に現れるようなことをする。灯華の顔を見たら、嫌でも思い出すじゃないか」
記憶から消し去ろうとはしないのは、灯華の方だった。いや、もちろん忘れられない。忘れてはいけないことではある。
灯華は黙ったままだ。これ以上は時間の無駄だとばかりに海星は灯華の部屋を出た。その瞬間、海星の端末がメッセージを受信する。すぐさま内容を確認する
メッセージアプリというものがある。海星もそういったメッセージアプリを利用し、連絡を取り合うのに使うのだが、つい先日より知らない人物からのメッセージを受信するようになった。
本来なら知らない者からのメッセージが勝手に届いたりはしない。海星のアカウントが外部に漏れたということになるが、海星は注意深い人間で心当たりもない。なにより、これを使い始めたのはごく最近だった。
イタズラと割り切って無視を決め込んでしまえばそれまでの話ではある。しかし、海星はそれ以上に不審に思うことがあった。それはメッセージの内容である。
(まほろば同好会に参加しろ、か)
どこか近くで見ているのか――海星は自分に近しい人物を思い浮かべる。
送り主は、海星の今の状況を知っていた。今まではここまで直接的な文章を送ってこなかったのに。
灯華から与えられた“任務”もそうだが、海星の個人情報が何者かに筒抜けだからこそより頭を悩ませることになっている。
だが、本文はいつも海星の行動を誘導するような内容だった。
これは実に妙である。
“アストラルの鍵”のような見えない何かに惹かれるように、海星は今日もメッセージを受信するのであった。
●
次の日。
海星が教室に入ってまず目に付いたのは、月ヶ瀬夜空と野詠悠の姿であった。
今まで全く気がつかなかった。この学園を早く出て行きたいと、そう思っていたが故にクラスメイトに関心を持たなかったのが原因か。
「おはようございます、悠さん」
夜空が近づいてみても、本人はまるで反応なし。昨日ダンボール群の上にいた時と同じで文庫本を掴んでいるだけだった。
たまにページをめくっていた。
そんな悠とはどうすれば仲良くなれるだろうか。悩みの種が増えていくばかりの海星である。
夜空も自分の席に着いた。
彼女を見ていると、まだ一緒に遊んでいた頃の思い出が浮かんできた。夜空が引っ越す際、近所の友達と別れを言い合う時の記憶だ。あの後、夜空は何かを海星に見せたいものがあると人目の付かない山奥に連れて行った気がする。
よく立ち入ったことのある山だ。歩くことのできるルートなどを容易に呼び起こせる。だが、草木や川や岩だらけで特別なものは見当たらない。夜空はなにを海星に見せたのだろうか。
夜空がいること。灯華からの“任務”。謎のメッセージ。それからもう一つ。理由になる要素はいくつもあった。
まほろば同好会に参加しよう。
なにより、幽霊を探しているのは海星も同じなのだから。
海星は後ろ髪を引かれながらも、そう決断するのだった。
●
放課後、まほろば同好会へと渡り廊下を歩いている海星は気付いた。窓から見える階下で、男子数人がなにやら声を出さないようにしつつも慌ただしい動きをしていることに。
束になって誰かを囲んでいるようだ。頭一つ分以上小さかったが、男子生徒たちに抵抗して動いている内に、昨日まほろば同好会で影虎の隣に立っていた女の子の顔が見えた。
一瞬だけ、海星は名前を思い出すことに躓く。椿茜だ。
連中は茜の口を塞ぎ、囲いを維持したまま教室へと連れ込む。海星はすぐさま駆け出した。
階段を降りた先、扉にはオカルト研究会と装飾された文字で書かれている。
「これより、精霊召喚の儀式を執り行うのだ」
中から遮光カーテンでも垂らしているらしく、様子を窺い知ることはできない。だが連中の声が教室の外にも聞こえてきた。
オカルト研究会のことは響や修二郎からだけでなく、学園で過ごす中で自然と良くない評判を耳にすることがあった。だが内輪で盛り上がってるだけで、誰かを巻き込んだという話が出てきたことはなかった。何をしようとしているのかは不明だが、茜を拉致するなどという犯罪行為に及ぶということはこれまでになかったのだ。
躊躇わず海星はオカルト研究会に乗り込んだ。
「げげっ!」
一番手前にいた生徒が声を上げる。
「おい、ちゃんとロック掛けとけよっ」
「いや、ここの前を通りかかる奴なんてほとんどいないからいつも……」
彼らの統率感のなさからも、今回の事態は初めてなのだと窺える。茜を連れ去るのも手際良くいったとは言えなかった。
海星は連中の動揺を気にすることなく教室の真ん中で地べたに座らされている茜を見た。茜を中心に魔法陣が描かれており、蝋燭の火がいくつも点され妖しく照らされている。広さは他の部室と変わりないはずだが、妙な圧迫感があった。まだ夜目が効いていないが、いろいろとオカルトグッズが溢れかえっているようだ。
その奥ではオカルト研の代表と思われる生徒が司教のように立ち、書物を開き意味不明な音を唱えていた。
「いいから捕まえてろ!」
「はいっス!」
海星は連中に構うこともなく茜に辿り着こうとするが、代表の一言で両脇から腕を取り押さえられてしまう。部員たちは特に力自慢であるような体躯をしているわけではなかったが、二人を振り解くことのできる海星ではなかった。
海星は今の指示に従う二人をどこか猟奇的に思えた。まるで代表の意思で他の部員を操っていたようであった。オカルト研究会の人数に対し一人で乗り込んだことに、海星は今更ながら後悔する。まさかここまでの強行に及ぶとは。連中をただの学生という基準で考えてはいけなかった。
「今から行う高尚な儀式を前に、誰であろうと構ってなどいられないのだ」
途端、はっきりと煙のようなものが立ち上り始めた。蝋燭の火からではなく、魔法陣から。アストラルによる現象を幾度も目撃して今更驚くべきものではないが、それは夜の学園に響や修二郎と忍び込んだ際のものと同じように見えた。
「ふははははは! いいぞやったぞ、精霊だ! 成功したんだ!」
代表が、常人の域から離れ気味の興奮した声で言う。その一方で、残りの連中は呼吸すら止まったように黙っていた。だが海星の身体を掴む力だけはしっかりと入ったままで、人間よりも機械に妨害されているといった感覚だった。
海星が入ってきた時はまだ正常のように見えた茜も、身体の力が抜け落ちたようにぐったりとしている。
「くッ、そおぉおオオオオッッ!」
海星はより一層、部員たちを振り回そうとする。あの光が星見マナを襲ったものであろうが、茜をいち早くここから逃がさなければならない。
だが、そんな海星を絶望させるような光景が広がった。
炎だった。
光が、煙が、成長するかのように炎へと生まれ変わっていった。
あの夜に見た光が人のような形をしていたように、炎は身体を成形していく。実際の炎とは違う、絵画的に描かれたような姿は現実感を失わせる。それでもはっきりと、触れれば死に及ぶという実感が伝わってきた。
炎の手が、茜へと伸ばされる。
「やめろおおおおオオオォォォッ!」
海星が叫ぶ。
その声に、扉が開く音が重なる。茜が炎に包まれようとするその瞬間、外からの光が入り込んできた。
そして、炎が、炎へと衝突する。
扉の外から勢いよく放たれたような炎が魔法陣から噴き出す炎を弾き、茜の身体から離れる。二つの炎はやがて混じり合い、その衝撃で蝋燭が倒れた。
海星はその一瞬の出来事に目を見開き、新たな炎の発生源を見る。
「お前、まさか精霊を使役しているっていうのか⁉︎」
代表が驚くその先にいた人物に、海星もまた目を奪われずにはいられなかった。
月ヶ瀬夜空だった。
「海星」
誰の声か、一瞬だけ判断しかねた。数年ぶりに聞いた、懐かしい音――
「ッ!」
それも一瞬、海星は思考を取り戻す。精霊は未だ茜から離れていない。さらに蝋燭の火が床を燃やし、茜に迫ろうとしている。
夜空が来てくれたとはいえ、海星は動くことができないままである。夜空はどうやら精霊の相手をしているだけで精一杯で、こちらまで集中力を割く余裕はないようだった。
「精霊を使い魔になんて、この書物には記されていなかったぞ。どうやって精霊と契約した!?」
代表の目は完全に夜空へと向いている。
冷静さは取り戻した海星が、夜空の他に誰かがいることに気付く。
「はぁ、やれやれ」
夜空の後ろから、自身の存在を知らせるためにわざとため息を吐いた悠が入ってくる。
「言っておくけれど、私にはあなたを守る義務も義理もない」
まるで空に向かって言っているような口ぶりだった。
この状況で悠は落ち着いていた。海星を捕まえているオカルト研究会の部員たちを躊躇なく蹴飛ばすと、彼らはいとも簡単に床に倒れた。
「そいつら、気絶しているわよ」
「どうして?」
「運命の導きかしらね。月ヶ瀬がオカルト研に入っていくところを見たの。茜も遅いし、それで様子を見に来た。ふたりは同じ同好会の仲間だもの、助けるのは当然でしょ?」
本気で言っているのかは分からなかったが、そんなことを考えている暇はない。混じり合う炎に駆け寄った海星はすぐさま茜を抱える。
「出ましょう!」
夜空が声を張る。精霊と呼ばれていた炎だけでなく、蝋燭の火が既に書物などに燃え移り教室の中に広がっていた。
オカルト研の中で唯一意識がある代表はその場を動こうとはしなかった。二つの炎が混じり合う様子を恍惚といった様子で眺めていた。
海星が連れ出そうと部室に戻ろうとすると、
「放っておきなさい。もう無理よ」
悠がそれを引き止める。
煙とともにオカルト研究会を出る。断末魔なのかもしれない代表の叫喚に、夜空が耳を塞ぐ。その頃になって、ようやく教師や他の生徒が火事に気付いたようだった。
「話がややこしくなる前に離れるわ。きなさい」