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Progress 1 (1)

「よっす。って、眠そうだな」


 響が挨拶する、海星の目は半開きだった。


 それもそのはずで、二人よりも何時間も長く校舎に居たのだから。そのうちの大部分は気絶して寝転がらされていたとはいえ、あの固い廊下では疲れがとれるはずもなかった。


 気がついた時には既に日が出ており、一旦寮に戻ってからろくに休むこともできず登校したのであった。


 あの少女は目覚めた時には消えていた。何処へ行ったのだろう。あの光に連れ去られたのであろうか。


 海星はあの少女のことを知っていた。向こうも同じなのかは分からないが。


 星見マナ。


 主に通信回線事業を展開する企業の社長令嬢だ。海星の持つ携帯端末も、星見が提供している回線で通信できている。表に出てくるような人物ではないから誰もが知っているということはない。


 その社長令嬢が同じ学園に通っていて、しかも不可思議な場面で出会った。


 まるで夢のような出来事であったが、海星はそれをしっかりと現実だと認識していた。


「ひょっとして、夜更かしとか慣れてなかった?」


 修二郎の問いかけに海星は顎を半分だけ引き、肯定の意を伝える。田舎では夜遅くまで起きていたとしても、星を見上げることぐらいしかやることがない。


「ごめんよ。僕らももうちょっと早く切り上げるべきだった」


 響は海星の前の席に腰掛ける。


「それか、幽霊にビビっちゃって眠れなかったか?」


「……まさか」


 響や修二郎と話をしている間も、海星は考えていた。眠気に加えて、さらに頭が重くなるような“任務”が今日はあるということを。



「あら、あなたどうされまして?」


 海星が食堂まで階段を降り切ってしまう前に立ち寄った教室――そこに足を踏み入れるか踏み入れないかの地点で女子生徒に声をかけられた。


「灯華に会いに来た」


 学園に越してくる前から、海星は灯華に昼休みになったらすぐにこの教室に顔を見せるよう伝えられていた。そしてそれを実施するよう、昨日電話があった。


 室名札に書かれているのは『三年晴組』。忌々しい。


「灯華さんに……? どういったご用件で」


 不思議そうに女子生徒は首を傾げる。海星はその瞳の奧にある不信感を読み取っていた。どう思われようとも知ったことではないが。


「凜々果、私が呼んだの。その子私の弟ね」


 様子に気付いた灯華が二人のもとへと来る。


「灯華さんの?」


「そ。海星っていうの。海星、この子は私の友達だから怪しまなくていいわ」


「藤堂凜々果です。先ほどは失礼致しました」


 藤堂という苗字には聞き覚えがあった。旧貴族の家系だったはずである。この気品溢れる佇まい、海星は間違いないだろうと判断する。


「よろしくお願いいたしますわ」


 藤堂凜々果は警戒心が解けたとあって、海星に微笑む。


「凜々果ごめんなさい。今から話があるから今日はご飯を一緒できないわ」


「せっかくの姉弟水入らずですものね。わたくしのことはどうかお気になさらずに」


 藤堂凜々果や他にも灯華の友人と思われる女子生徒たちに見送られ、二人は階下の食堂へとやってきた。壁一面がガラス張りとなっている開放感の溢れる空間で、海星も灯華もそれぞれ注文を済ますと、息が合ったようにカウンター席へ隣同士に座る。


「ありがとう。上手くやってくれたわ」


 まず灯華は“任務”をやり遂げてくれたことへの礼を海星に告げる。


「でもどうせならお姉様とか呼んでくれたらよかったのに」


「灯華は、藤堂家を手駒にしているの? 旧貴族制度の位で言えばむしろ湊戸家の方が下なのに」


 一方で海星は教室で感じたことの疑問をぶつける。海星自身、灯華からこの一連の行動の理由を聞かされてはいない。ただ、灯華がなんの意味も持たないことをさせることはないと分かっていたし、はぐらかし癖があることも分かっていた。だからまずは別の糸を辿る。


「そんな風に見えた? 私のことを慕ってくれているのは感じるけど、そんなのじゃないわ。ただの友達よ」


「そう。それより灯華に訊きたいことがある」


「なにかしら?」


 灯華の表情が鋭くなる。そうさせたのは海星だ。海星が真剣になる時の口調や表情を灯華はよく知っている。


「今から言うワードについて、情報を持っているか尋ねたい」



「……こればっかりは意味ないと思うけど」


「いいじゃない。久しぶりに姉弟水入らずなんだもの」


 藤堂凜々果の言葉を借りる灯華。よく言う。


 同じ学生寮なので灯華の部屋の様相は海星のところと変わりない。しかし、まだ住み始めて間もない海星とは違い、この部屋は二年分の生活感があった。


「それで、お昼はなにも聞かなかったことになってるから、改めて用件を聞かせてくれるかしら?」


 いろいろと文句を言いたい部分はあるが、時間の無駄であると判断した海星はせめてもの抵抗としてキーワードだけをぶつける。


「星見マナ」


 昼休みの食堂で同じことを言った時に、灯華は押し黙ってしまった。そしてこの場では誰かに聞かれてしまうかもしれないということで、今こうして海星はこの部屋にいるのである。


「どうしてか、っていうのは聞くまでもないわよね。会ったんだ。で、確かに上級生で中等部からここにいる私なら訊く相手として相応しい。なに、気になっちゃうの?」


 星見マナの顔を蘇らせる。あの晩の感覚は忘れられなかった。


 海星は無言を貫き通す。それが否定の意を表すことも、質問に早く答えろと訴えていることも、灯華はよく分かっていた。


「ここに通っているよ。今は偽名を名乗っているみたいだけどね。あんたみたいに」


 灯華は、いつもそうしていると思われる様子でくつろぎ始めた。


「今どうしているか知ってる?」


「流石に知らないわよ。話したこともないし。あんたが話し掛けてみればいいじゃない」


「見つからない」


 それができれば灯華に尋ねていない。昨日の今日ではあるが、学園のどこかで見かけるということはなかった。


「そりゃまあそうか。……海星、あの子が他の人からなんて言われているか知ってる?」


 知っているわけがない。


「幽霊」


「……」


「だったり、宇宙人だったり。それぐらい謎な存在ってこと」


「……灯華に訊いて正解だった。灯華も注目していた」


「そりゃまあ、あの星見だものね。嫌でもするわ。あんたは違う理由みたいでだけど」


「そんなのじゃないと言っている」


「昔のことなんて忘れなさい。“アストラルの鍵”の相性が良い子がもし女の子だったらそのままくっついちゃいなさいよ。実際、そういう話は多いのよ」


(その話をするためにここに呼んだのか)


 これ以上の長居は無用だと判断した海星は部屋を出ようとする。


「これでも食べていかないの?」


 灯華が取り出したのはクッキーの箱だった。


 それを見た海星は引き返す。


 灯華なりの報酬なのだろう。海星は灯華が手に持つ箱の中からひとつ、口の中に放りこんだ。


「ねぇ、海星は幽霊を信じていないの?」


「食べている時は話しかけないでっていつも言ってる」


「ほんと、貧乏性よね〜」


 海星は好物を口にする際はいつも、味覚に最大限集中するためこうして目を閉じ、他の感覚をシャットアウトする。灯華はそれを面白がって邪魔をする。


「そうやって大人しくしている時は可愛いのにね」


 灯華は海星の髪をぐしぐしと撫でる。


「僕は灯華がどうしてそう思うのか理解できない」


 海星は灯華にされるがまま、クッキーを食し続けるのであった。



「眠い」


 その後、お菓子を食べ尽くした海星は灯華のベッドにのそのそと横たわっていった。


「あんたって人に対して遠慮とかしないよね」


 灯華の言葉を聞き流し、海星は目を瞑った。


 ごそごそと、近づく気配がする。どうやら灯華がベッドに乗ってきたらしい。いちいち指摘するのも億劫なので、気にしないことにした。


 海星が次に意識を取り戻したのは、何かが鳴った時だった。


(誰……?)


 朧げな頭で、どうやらそれがインターホンだと理解する。海星は立ち上がりよろよろと玄関に向かう。


 扉を開けると、


「海星さん……。どうして灯華さんのお部屋に? いえ、ご姉弟ですし問題はないのですが」

 

 藤堂凜々果が不思議そうな顔をしていた。この時点でも海星は自分が灯華の部屋を訪ねていたということを思い出していない。目の前の人物に見覚えがあるという程度の認識しかできていなかった。


「姉弟? 僕と灯華はべつに――」


「わぁーッ! 海星ストーップ!!」


 玄関の様子に気がついた灯華が、バスルームから髪を湿らせたまま飛び出してきた。


 寝起きの海星が普段からは考えられないほどとんでもないことしでかすことを、灯華はよく理解していた。


「と、灯華さん!?」


「ごめんなさい、凜々果。どういう用件かしら?」


「え、ええ。宿題で解らない問題がありましたので、ご相談に乗っていただこうかと……」


 凜々果はタブレット型端末を抱えている。


「しゅくだい?」


「いいからあんたは早く起きなさいっ!」


 灯華は海星の背を強く叩いて部屋の奥に追いやる。


「あ、あの……お取込み中のようですので、また出直しますわ」


「いーの、いーの! 邪魔ならこいつ追い出すし。入って!」


 灯華に手を引かれ、凛々果は考えをまとめる暇もなく足を踏み入れる。


「そうだ、クッキーあるから食べよ?」


 灯華が凜々果にそう提案した瞬間、海星の目は一気に覚める。それはつまり、自分が貰ったこのクッキーを渡せということである。


「ほら、海星」


「ぐっ」


 海星はその腕にクッキーが残っている入れ物を抱く。


「また買ってくるからいいでしょ。ごめん、こいつ大好物だから譲らなくって」


「そうなのですね。大丈夫ですよ、大好きな物を取られたくないのはわたくしも同じですから」


「……いや、いい」


「よろしいのですか?」


 海星は頷く。凜々果の人柄に観念したのだった。


「ありがとうございます。今度お礼にクッキーを持ってきますね」


「いいの!?」


「そんなことしなくていいって、凜々果」


 凜々果は目を輝かせている海星を見て微笑み、


「構いませんわ。それより灯華さん……」


「あーうん。どこが分からないの?」


 二人は部屋に元々備え付けられているテーブルでノートとタブレット端末に顔を向ける。


「灯華ってそんなに成績良かった?」


「失礼ね。と言っても、凜々果の方が賢いけど」


「いえ、そんな」


「ふむふむ、ちょっと時間かかりそうね。先に髪乾かしてきていい?」


 灯華はまだ頭にバスタオルを乗せたままであった。


 凜々果に断りを入れて、灯華はバスルームの方へと戻る。海星はクッキーを食べることを再開していた。


「お願いしたいことがある」


 海星は食べることを中断すると目を開いた。


「なんでしょう? 私が力になれることでしたらよいのですが」


「勉強教えてくれる? 中学校の時とは勝手が違ってついていくのがやっと」


海星も地頭が悪いわけではない。これまでに通っていた田舎の公立中学校とはあまりにも授業の進み方などが違い過ぎ、今は戸惑いが大きいのだ。


「もちろん構いませんが、どうしてわたくしに?」


「灯華にはできるだけ貸しをつくりたくない」


 灯華は海星に対しては損得勘定で物を考える。それは決して悪気があるわけではなく、将来の二人にとって必要な要素であるからだ。とはいえ、灯華に弱みを握られたら最後、どのようなことになるのか分からないのも事実。


海星にとって、湊戸灯華とは恐るべき存在なのだった。

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