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Progress 2 (2)

 澪と別れ、海星はぶらぶらと駅前を歩いていた。


 学園の周りはどこのお店も物価が高い。駅前ならどうだろうかとこうして回ってみているのである。


 スーパーマーケットを一件見つけたが、名の知れたお高めの店でありその成果は芳しくない。


「ここでの邂逅もなにかの運命か……。あ、あの! 先輩!!」


 周囲の喧騒よりも一際大きく甲高い声には、震えがあった。


 この街に来たばかりの海星のことを先輩と呼ぶ人間に心当たりがなかったため、反応が一瞬遅れる。


 海星とは頭一つ以上離れた身長差があった。


 初対面では明らかに無理な演技をしていたとはいえ、そのせいで多少なりとも大きく見えてはいた。だが、オカルト研究会の事件では年相応――あの悠が気にかけるぐらいに小さいことを思い知らされた。


 まほろば同好会所属の中等部生である椿茜が海星を見上げていた。片手には書店の袋を下げている。


「悠先輩から聞いた。先輩が助けてくれたって」


 実際にあの場を鎮めたのは夜空だが、茜に言うわけにはいかない。


「今まで礼も言えていなかったから、なにかさせてはくれないだろうか。欲しいものとか、行きたいお店とか」


「いや、いいよ」


 見返りを求めるべき相手なら海星はむしろ遠慮なく請求する。例えば灯華のような。しかし茜には一切の非がない。


「頼む」


 命を救われたとあってか、茜は引こうとはしない。


 なにか欲しいものといっても、茜から受け取ろうと思うようなものはない。そもそもこの辺りにどんなお店があるのかもまだ把握しきれていない。


 ならば、譲歩する意味も含めてこう言ってしまうのが落とし所だろう。


「じゃあ、まだこの辺りのことがよく分かっていないから、茜が普段行くところに連れて行って」


「普段行くところか。そうだな……」


 茜は「ふうむ」と考え始める。恐らく候補がないわけではないのだろう。それを先輩である海星に言うべきか迷っている様子だ。


「わ、分かった。こっちにきて!」


 茜が海星の手を掴む。思わぬ後輩の行動に海星は面食らうが、大人しく付いて行くことにした。


 一分も歩いていない。茜が立ち止まったのはチェーンのラーメン店の前だった。ビルの一階フロアに出店している。


「こ、ここはどう……だ?」


 おずおずと、茜は海星の顔を窺う。


「うん、入ろう」


 海星がそう言うと、茜はようやく緊張を解く。


 お昼の時間帯にはまだ早いため、二人は待たされずに席に通される。


「ここに来た時はいつもこれを食べて帰る。今日はお礼だから奢りだ」


 茜もこの店以外はあまり知らないのかもしれない。


「後輩に奢られる程困ってない。それに、お礼はここに連れてきてくれたこと」


 茜が注文したものは激辛だった。見た目の印象とは離れていたが、無理をしているという様子はなく本当に好きなのだろう。


 注文したものが届いてからはお互い食べることに集中していた。食べ終える時間はほとんど変わらず、海星が会計を済ませると速やかにラーメン屋を出た。


「海星に茜ちゃんじゃない」


「……なんでいる」


 それからすぐ、灯華に出くわした。休日に学園生が近場で遊べる場所なのだから、いてもおかしくないのであろうが。


「ちょっとぶらぶらとね。雫ちゃんはもう帰った?」


「さっき電車に乗ったとこ」


「そっか。それで、どうして二人でいるの? まほろば同好会の活動?」


 灯華がこの子のことに目を付けているとは思っていた。だが、茜の方も灯華を知っていたとは。ただ灯華が学園の中でも目立つ存在だからということではなく、それなりに親しい間柄になっているらしい。


「いや、偶然」


「それじゃあ、三人でぶらぶらしない? 一人で退屈だったの」


「凜々果は?」


「今日は家の用事で帰っちゃってるのよね。それじゃ、行こ」


 灯華とはできるだけ顔を合わせたくない海星だったが、茜のいる今は三人で歩くのも悪くないと思えた。


 しばらく何軒かお店に入りながら駅周辺を歩き回る。灯華と茜が二人で盛り上がっていることがほとんどで、海星は付き添いのようであったが。


「茜ちゃん一人で帰られる? こいつ貸そうか?」


 パンパンと、海星の背中を叩く灯華。


「平気だ。今日はありがとうございました」


 湊戸姉弟にお辞儀する茜。


 茜を見届けて、海星と灯華は学園寮に向かって歩き始める。


「灯華、いつからあの子をたぶらかしてるの」


「たぶらかすって……んー、いつからだったかな? まほろば同好会を監視しているうちにね」


 海星をまほろば同好会に入れるよう仕向けた灯華は、二人が出会うことも当然分かっていた。灯華は海星に“忘れる”ように言った一方、海星に限らずそれが誰であろうと無理だということも重々承知している。


「どういうつもり」


「どうって?」


「幽霊を見つけられなければ、あの子を代わりにでもするつもり? あの子はなにも知らされないまま、灯華のいいように」


「ただ仲良くするだけよ。逆に訊くけど、海星は一緒にいたくないわけ? 茜ちゃんにいつか恋人ができたとして、あんたは黙っていられる?」


 冷静に見える海星だったが、灯華にはその牙が剥き出しになっていることが分かっていた。


「海星だって、こんな風に一緒に歩くことを夢見ていた。そうじゃないなんて言わせないわよ。ま、私は邪魔だったかもしれないけどね」




「ウチの学園の教師ってアストラルのせいで守秘義務とかきついはずだし、おかしいよな。今までも非常勤講師とかいなかったし」


 連休明け――今朝のホームルームで、高等部に非常勤講師が配属されたと連絡された。響だけでなく、他の生徒達の間でもそれは話題となっているようである。


 オカルト研究会の騒動は今でも警察が捜査も終わりマスコミも相手にしなくなったこともあり、生徒の間でも下火になっている。オカルト研究会が使用していた教室は業者によって整備されている途中だが、元々ほとんどの生徒が立ち寄らないため支障もないのであった。


「同じくアストラルの研究をしているところから来られているのだし、そこはいいんじゃないかなあ」


 修二朗はあくまでも冷静だ。


「だとしても、新学期が始まって一ヶ月だぜ。タイミング的にもどうよ」


 海星には事がどれ程の大きさなのか、実感が湧かなかった。しかし今ごろ、灯華が三年晴組の教室で凜々果らと談笑しながらも心の中で不審に思っているだろうということは優に想像ができた。


(その非常勤講師とコンタクトを取れ、とか言われるのだろう)


 その心積もりだけはしておこう。そう思って迎えた放課後、夜空と共にまほろば同好会へと行く。悠はいつの間にか姿を消していた。


 あれからも、夜空はマナと夜に行動しているのだろう。マナの方は宇宙人だの幽霊だの噂されていることを正すように、昼間に学園で姿を見ることはない。


 やがて、いつものように空き教室へとたどり着き、そこから壁にあるワームホールをくぐる。


 作業場に着くと、影虎と茜の姿が見えた。それともう一人、見知らぬ男がいた。


「おお、来たか」


 影虎が、朗らかに手を上げる。


「二人とも、非常勤講師が来られたことは聞いているだろう。先生は学園のOBでこのまほろば同好会出身だ。これからオレ達の活動の力になってくれるだろう」


 どうやってコンタクトを取ろうかは考えなくても良さようだった。


「あはは、あんまりハードル上げられても困るけどね。しがない下っ端だし」


 まほろば同好会に、その非常勤講師は来ていた。


「それにしても驚いたよ。今年はこんなところを拠点にしているなんてね」


「まほろば同好会の拠点はいろいろな空き教室を転々としているが、せっかくだしこういうのも面白いだろうと利用させて貰っているのさ。まさか椿のワームホールが消えないとは当時思いもしなかったが」


「なるほど。それで、君達は今年の新入生だって? 猿飛くんから聞いたよ」


 悠の姿はない。霊能研究会にいるのか、以前のように奥の段ボール群に紛れているのだろうか。


「いつまでいられるかは分からないけど、よろしくね」



「おかしいのよね」


 案の定、灯華から呼び出しがあったため、海星は部屋を訪れた。


「疑り深過ぎない? アストラルのことは元々知っている人間だし」


 響や灯華の言うことも理解できる。だが思考が一辺倒になってはいけない。中立でいるべきだ。


「けど、誰かがバックに付いてアストラルの情報を狙っているかなんて分かりはしない。確かにアストラルは表向きには存在を明らかにされていないけど、それでも知っている人は知っているわけだし。例えば生徒の親とか」


 その親と周囲の人間が何かを企てるという可能性は捨てきれない。そう灯華は言いたいのだろう。


「ウチの学園が元々旧貴族用の学校でしかなかったのと同じように、そこの機関も建物自体はアストラルとは関係なく使われていたのよ。今は両方、国が関わっているとはいえ、一枚岩とは限らない。機関がスパイとして送り込んでいるのかもしれないわ」


「で、僕に調査でもしろと」


「まほろば同好会のOBで楽にコンタクトが取れそうだったのはラッキーだったわね。まぁ、それでますます訳がわからなくなってくるのだけど」


「部室で都合良く顔を合わせられたらの話だけど」


 毎日まほろば同好会に来るとは限らないだろう。非常勤講師は一部の授業を請け負うとは聞いている。加えてアストラル関連のこともある。その仕事量は並大抵ではないだろう。


「非常勤講師がスパイとして、それならこちらも情報が得られるチャンスかもしれないってものよ。話が早いわね、そういうこと」


 海星はため息を漏らした。

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