表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/11

Prologue

 今年もまた、人々は春の花と共に萌芽する。


 校舎の前で学生達はいくつもの小さな集団に分かれて喧騒を起こしている。場によっては会議室かどこかから引っ張って来た長い机を拠点として道を歩く他の生徒に声を掛けていた。


 その光景を見下ろすことのできる一年生のとある教室で、湊戸海星はクラスメイトの城間響と机を挟んでいた。


「それで、『幽霊による人間界の支配だ』なんて言われているわけだ」


「へえ」


 海星の相槌は第三者から見れば退屈そうと思われるものである。だが、海星の関心はしっかりと広げられている雑誌の内容に向いていた。雑誌は響が趣味で毎月購読しているもので、どうやら普段から持ち歩いているらしい。学園でも電子機器が授業に取り入れられているような発達した世の中で、響の趣味は珍しい部類に入るだろう。

 

 その雑誌にはいわゆる幽霊スポットと呼ばれるような場所が増えていると書かれていた。それがきっかけとなり、オカルト界隈では響が話したことを唱える人間も現れるようになった。好奇心で幽霊スポットに足を運んだ人間がその後、死亡したという話も多数あるらしい……。


「でもここ数十年は技術の発達で、事故や病気なんかによる死亡者数は減少傾向にあるからね。そう考えると幽霊の数はむしろ減る方が正しいんじゃないかなあ。人口も少なくなっているし」


 机の脇で同じく話に興じていた、響の友人である修二郎が口を挟む。幽霊を否定するのではなく、むしろ乗っかかるような口ぶりだ。


「だからこそ、だな。それで幽霊が今になって焦って進行してくるとか」


 響はオカルト雑誌のページをぱらぱらと飛ばしながら、


「そういやこの学園も幽霊騒ぎってあるんだぜ。夜な夜な外から校舎を見上げると、窓に人影が映るらしい」


「仮にそんな時間に校舎の近くまで立ち寄る人間がいるとすれば寮生だろうね」


 学園寮は校舎の隣に建てられている。寮生が夜中に抜け出した際に何かと見間違えたことが噂の元凶か。


 響がページをめくると『幽霊スポットの増加』から『アカシックレコードの探求』の特集に変わった。


「そうだよ! 海星の学園案内も兼ねて幽霊探索をしないか? 肝試しってことで」


「そんな時期じゃないけどね。また夜の学園を探検するってこと?」


 修二郎が尋ねる。


 海星はこの学園では珍しい高等部からの編入生である。二人はいち早く海星に声を掛け、今こうして放課後まで一緒にいるのだった。いきなりのオカルト談義だったが、響の話の上手さもあって海星はいつの間にかそれに興じていた。


「また?」


「中等部の頃にも一回やったんだよ」


 海星の問いかけに修二郎が答える。


「なっ、海星。面白そうだろ?」


「うん」


 本心から、海星は頷いた。


「よし決まりだ。夜になったらもう一度集まろう。修二郎は七時に駅で待ち合わせな。その後、寮の方に海星を迎えに行くぞ」



 時刻は夜の七時を過ぎた頃、海星は寮の自室を出たところで立ち尽くしていた。携帯情報端末を見つめている。つい先程、響と修二郎が合流し、学園に向かっているとの連絡があった。


 手元の端末が振動する。電話の発信者を確認して、それに応じた。相手側の第一声を聞き届け、「うん。上手く、やってる……」と返事をする。それからはいくつか相づちを打ち、通話は終了した。力なく腕を降ろし、再び何もしない時間が過ぎていく。


 寮で引越しの荷物の整理を行っていた時、部屋に取り付けたテレビでとある著名人の死が伝えられた。その人物に対し、海星は少しばかり情が移った。その理由は二つある。


 一つは、まだ自分と年齢が比較的離れていないこと。もうひとつは、その人の頑張り(海星的に言うと、有能振り)が以前から画面を通してでももの凄く伝わっていたこと。


 死の前までは思い入れなんてほとんどなかったはずなのに。死の後になって、同情のような気持ちが膨らんできた。


 繋がりなど一切ない人の死である。その死が海星の日常に影響を与えることなどない。それなのに心を動かされる理由を考えて動けなくなっていた。


 そうしているうちに、約束の時間を迎える。


「おぉ海星、待たせたな!」


 響の手には、ここに来るまでの道すがらで買ったらしき、一口飲んだだけのペットボトルが携えられていた。


「さ、行こうぜ」


 三人は生徒達の間で密かに知られる“秘密のルート”から校舎に忍び込んた。某二階の空き教室を占拠しているゲリラ部の生徒たちが、依頼に応じてその日の帰り際に教室の窓をこっそりと開けていたのである。


 もっとも、一部の特別教室や職員室などがある棟だけは流石に侵入できないらしいが。


 修二郎が持ってきた懐中電灯を控えめに点灯させる。


 この学園は各学年、三つのクラスしかなく全学生数は三百人程でしかない。一年生の教室はここ三階にあり、一年経つ毎に下がっていく。生徒数の割りに教室の数が多く、三つに一つ以上の割合で空き教室となっている。だが、その空き教室も扉を開けてみれば生徒の誰かが部活や同好会に使用していた、ということがよくあるらしい。そうしたゲリラ部に使用されている教室や、固く施錠されている教室を除き、一階から順番に噂の真相を探っていった。


 二人の中等部時代の思い出などの話を交えながら、四階にある屋上に直接通じる天文台までやって来る。そこに隣接する「あそこは絶対に開かねえ」と響に言わしめた小部屋の前を最後に校内案内は終了した。


「な〜んも面白いもの見つけられんかったなー」


 そう言いながらも満足気な響は機嫌よく笑う。帰り道に再びどこかの教室を覗いたりすることもなく、一同は再び抜け道を通った。


「噂だしね。それにこんな夜に来る人なんて僕達ぐらいだろうし、『夜の学園に来た時に』の部分自体がデマだったのかも」


「いいや、それは分かんねーぜ。ゲリラ部の連中がこの時間におもしろおかしく騒いでいてもおかしくねえ」


「オカルト研とかやってそうだよねえ」


「そこには入らないの?」


 修二郎が口にしたワードに海星が飛びつく。


「僕はオカルトのことを強く否定しないし、響の話が興味深いと思うこともあるけど、オカルト研究会はあまりいい話を聞かないからなあ。海星くんもあそこには関わらない方がいいよ。裏でカルトと繋がってるって噂もあるし」


 響は夜の学舎を堪能したらしく、


「そんじゃ俺ら帰るわ。じゃあなー海星」


「それじゃあまた」


「ん」


 二人に釣られて、海星も手を上げる。響と修二郎の姿が見えなくなって、静まりかえった校舎と海星が残された。だからこそ妙な気配が校舎の上の階で漂っていることに気付く。


 こういった感覚は、海星は幼い頃から絶対の自信がある。


 海星の足下に届く人口の光は、ぽつぽつと学園寮に点いている部屋の明かりだけだ。はるか頭上に輝く満月と星々がよく見えた。さすがに故郷の景色には負けるが。


 都会に来ることになってもう見ることができないと諦めていたが、そうでもなかったようだ。


 考える時間を要さなかった。寮に戻ろうと振り返ろうともせず、海星は再び校舎の中へと入っていった。


 気配のした辺りを目指し、階段を登っていく。私立の学校だけあり校舎全体が優美なものであるのだが、海星はそれらを見れば見るほど憂鬱になっていく。いったいこんな飾りつけに幾らかけたのか。


 海星は学費の高い私立に通うつもりなどなかった。本来なら元いた田舎の高校に通って、それなりに普通の生活をするつもりだったのである。


(こんなとち狂った学校から、こんな街からは一刻も早く出て行く)


 そんなことを思っているうちに三階まで来てしまい、自分の教室の前までたどり着く。気配がしたのはここか、外れていてもこの両隣辺りだろう。


 海星はクラスの名を示す札を、この学園に入らざるを得ないということが分かった時から何度も浮かべることになってしまった、怒りのような感情を表す顔で見つめた。


 一年雨組。


 それは最低最悪の意。


 海星は扉を開けて、教室の中に誰もいないことを確認した。だが、自身の直感が間違っていなかったことを証明するように、どうも通ってきたはずの廊下が騒がしい。胸の奥がざわつく。海星は音を立てないよう、覗ける隙間を残しゆっくりと扉を閉めた。


 海星の目に力が入る。黒く染まった廊下が続いている。その先からなにかぼうっとした、煙のような光が現れた。


 それだけではない。とっくに夜目が効いていたので判断がついたが、その謎の光の前に対峙するように人が立っていた。


 海星はその背丈と髪の長さから少女と判断した。視認するまで気づかなかったが、あの子が気配の正体だろうか。その姿は、人の大きさ程もある光を前にして一切慌てるどころか声も上げずにいた。


 声を掛ける時間もなかった。


 謎の光の一部が少女に向かって伸び、ぶつかる。そして霧散した。それがどういうことを意味するのかを、海星は少女が一切声を発生させるでもなく倒れていくことで理解した。


 海星は自分の気配を押し殺すことをやめ、咄嗟に倒れた少女に駆け寄る。床にぶつけたであろうその頭を起こし、やけに小さくて軽かったことに驚きつつも顔を覗いた。


「……!」


 見覚えがあった。学園とは全然関係のない場所で。


 少女のほんのりとした温もりと匂いに混じって、何故か焦げ臭かった。外傷はないが無事かどうかを判断可能な知識は持ち合わせていない。だが、直感的に分かる。


「駄目だ! 死んでは、いけない!」


 目の前で、一つの命が消えようとしている。普段の海星では絶対にしない狼狽えだった。


 光は依然として海星、いや、少女のもとへ向かってくる。


 その光がまた伸びようとして、止まった。


「ぐっ、うううぅっ……」 


 人間で言えば首にあたると思しき部位を、海星は掴んでいた。掴めるはずないものを掴んでいる。不思議な感触がそこにはあった。光は温かいのか冷たいのか、それすらも分からない。


「うぅ……ゥウルァぁああああアアアアアッッッッッッ!」


 海星は掴む手を、首を握り潰すかのようにさらに力を入れる。


 その日、寮に住まう生徒達は皆、校舎から奇妙な声を聞いたという。それは獣のうねり声のようであったらしい。それはどこか悲壮を感じさせるような断末魔のようにも聞こえた、と生徒達は口にする。


(僕の目の前で、誰も死なせない)


 誰も――、


 幽霊になんてさせない……。


 海星はそこで、意識を失った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ