PART8『進行』
夏休みも残り一週間を切った。
赤坂の事件以来、静香は廃墟地帯に来なくなっていた。
空也は廃墟地帯の部屋の窓から夏の空を見上げながら呆けていた。
そんなある日だった。
イヤホンから流れる音楽とは別に、扉が開く音が聞こえた。
目をやると、静香が立っていた。
相変わらず制服姿で。
「久しぶりだな」
「そうね」
そう言いながら、静香はソファーに座った。
「なにか飲む?」
暇だった空也は、紅茶でもいれようかと立ち上がった。
「いや、いらないわ。それより、この前手伝ってくれるって言ったよね?」
「ああ、赤坂のときのか」
「そうよ。とりあえず、これ読んでくれる?」
静香から手渡されたのは、茶色の封筒だった。
その中身は、いつかの雨の日に拾った『あしあと』と書いてあるノートだった。
空也は黙ってそれを開けた。
『私が生きてきた跡を残す日記』
めくった1ページ目にはそう書いてあった。
読み続けると、どうやら病気の少女が書いた日記らしい。
部屋には、いや、廃墟地帯すべてが無音に包まれ、ノートのページがめくられる音しか聞こえないような気がした。
読み終えた空也は、静香にノートを返した。
もっとも、静香は拾ったのだから、返したというのは変かもしれないが。
「それで、頼みというのは?」
「この日記の中にかかれている、屋敷の場所に行きたいのよ。誰も住んでいないって書いてあったところ」
最初、言っていることがわからなかった。
意味はわかる。なんのことを言っているのかということも。
ただ、一人で行けないのか?
なんでも知っているのなら、いけるはずではないのか?
知らなくても、こいつなら調べて行けるのではないか?
その疑問が頭の中を巡った。
「もちろん、私もそうしようとしたわよ。でも、なぜかこの場所がどこにあるのかもわからないのよ」
不思議なこともあるものだ。
空也はそう思いながら調べるために立ち上がった。
見つけるまでにそれほど時間はかからなかった。
あそこまで放置されるほどの場所が少ないからだ。
家が地面に埋まっているって、いつの時代から放置されているのだろうと思わせるくらいだ。
「距離は電車で一時間ってところだな。俺もついていかなければいけないのか?」
廃墟地帯の古びたビルの一室の、ソファーの上で寝転んでいる静香に空也はたずねた。
「どっちでもいいわ。どうせならきなさい」
「なんだそれ」
それから数時間後には電車の中だった。
リズム良く揺れる箱の外の景色は、時間が経つにつれ、人工物の量が減っていった。
リズムの良い音もどんどん複雑になった。
最初乗っていた人々も次々と降りて行き、電車の中には空也と静香だけになっていた。
途中から、静香が険しい顔になっているのに気がついた。
「大丈夫か?電車に酔ったか?」
空也は静香の顔を覗き込んだ。
「いや、大丈夫よ。それより、目的地につくまで話しかけないでくれる?」
空也はそう言われるが、険しそうな顔の中にある不安そうな目を見逃さなかった。
「わかったよ」
理由も聞かないほうがいいと判断した空也は、電車の外を見た。
そこには、青い空と草原が広がっていた。
電車がとまり、駅からでた。
都会にいた空也は景色に圧倒された。
こんなところがあったのか。
日記に書いてあった通り、道を真っ直ぐ歩いた。
その間、静香の口が開くことはなかった。
何分か歩いていたら、それが見えた。
ぼろぼろな大きな豪邸。
鉄格子の扉が半分倒れている。
庭に入ると、日記にあった通り、その豪邸がよく見えた。
蔦が巻きつき、ガラスは割れていた。
空也たちの周りには子供の遊具があった。
ただ、日記にあったベンチだけがなかった。
ふと、違和感に気づいた。
確か、日記では最後にここは爆発されたのではなかったのか。
空也は屋敷を見渡した。
左から右へゆっくりと。
最後まで身終えると、視線を元に戻した。
その視線の先には、数秒前は屋敷しかうつしてなかったが、いつの間にか少年が居た。
空也より背が低く、少し長めの黒い髪が耳を完全に隠し、片目も隠れている。
そのもう片方は、見かけない青緑の目をしていた。
「よく来たな」
少年は口を開いた。
空也と静香はどうしたものかと目を合わせた。
「まぁ、日記を見てここに来たのだろうけど」
少年の言葉で、日記の内容を思い出した。
この少年が飛騨勇一なのか?
空也が想像してた人物像より子供に近かったので驚いた。
「日記にも書いてあったと思うけど、この建物は一度崩れてしまってな。元通りにはしたんだけど、やっぱりあのお嬢ちゃんがいなくなったせいか、元気がなくてね」
屋敷の元気がない……?
空也は言葉の意味を理解できなかった。
それは、天才の静香も同じらしく、不思議そうな顔をしていた。
「意味わからないような顔してるけど、いつかわかるさ。そして、またここに来るだろうね、おまえさんたちは」
少年はそう言うと、ゆっくりと歩き出した。
空也と静香の間を通り過ぎる。
通り過ぎる瞬間に少年は小さな声で一言言った。
「秘密基地、ばれてるぜ」
<注意>次話で前作『あしあと』のネタバレがあります。
本文に出てくる『あしあと』は日記風小説として前作を投稿しています。
まだの方はそちらからお読みください。
https://ncode.syosetu.com/n4324dx/






