PART2『喧噪と静寂』
ついに今日か。
そんなことを思いながら秋元空也は頬杖をついて目を瞑っていた。
「おまえ今日あれだよな」
恭一が空也と反対側を見ながら言った。
「ああ」
空也はそう短く答えた。
「姉の見舞いだっけ?」
遠慮がちに恭一が問う。
空也はもう一度同じ言葉を口にした。
恭一が弁当を出すと同時に空也は席を立った。
「また図書室か?」
今度は返事を返さずに教室を出て行った。
図書室に入り、いつもの席で寝る。
それは空也の日常の一部となっていた。
昼休みはここに来る。
そして、天才少女の予知を聞く。
今まではずれたことはない。
それは飴が降る事件から同級生が転ぶこと、大きなことから些細なことまで様々だった。
その女子はやはり決まった時間に来た。
シャーペンを日記に走らせている。
そろそろだな。
空也がそう思ったと同時に掠れたような声が聞こえた。
「怒鳴って扉粉砕」
粉砕?なんだそれ。
心の中で空也は笑った。
五時間目が終わり、学校全体が椅子の音でうるさくなる。
恭一は相変わらず空也に話しかけにくる。
そんな恭一を無視しながら空也は他の話を聞いていた。
聞きたかったわけではない。
耳に流れてきたのだ。
「ねぇ、あの子って彼氏いるんだって?」
キャーキャー言っている同じクラスの女子だった。
「知ってる!どこまでいったんだろうね」
「それがさ、彼氏のほうが金使いが荒いらしくてあれやってるんだって」
そこで声をひそめた。
「体売ってるんだって」
女子がそれを口にした時だった。
教室に机と椅子が倒れる音がした。
雑音だらけの教室がその音を合図に無音になった。
音の原因に幾つもの視線が向かれる。
その先に空也が居た。
空也はそれに気付き、教室の扉を思い切り閉めながら出て行った。
廊下を走り、階段を駆け上り、屋上に出た。
「女生徒の話が聞こえてきて、それが自分の過去へつながる。そして感情が高ぶり、扉を思い切り閉めながら屋上へ来る」
屋上に居たその天才少女は空也に背を向けながら言った。
「当たってるでしょ?」
その天才少女は空也のほうへ振り向いた。
「どうしていつも当てるんだ?当たるんだ?」
空也はにらめつけながら言う。
「さてね。私にはわからないわ。わからないけど、わかってしまうことってあるじゃない?そういう類と同じなのよ。ちなみに、あなた力強すぎて扉が壊れてるわよ」
天才少女は微笑んで言った。
「俺の過去は知っているのか?」
「途中からね。さすがに私が知らない場所に居たときのは知らないわ。でもまぁ、あなたの姉のことなら知っている」
空也は身構えた。
「そう身構えなくていいわよ。誰にも話さないし、話す友達も居ないわ。あと、私を殺したって悲しむ人も居ない」
「……なんだそれ、人の過去を知っている代わりに話してくれたのか?」
「そうね、そういうことにしときましょう。あなた私の名前知らないでしょ?私は鈴永静香。そしてあなたは秋元空也」
空也は舌打ちをする。
「なんでも知ってるんだな」
「なんでも知っているとは少し違うけど、知らないことも知っているのよ。知らなくてもいいことも知っている」
「言葉遊びなんてしたくねぇぞ」
空也は踵を返し、学校を去った。
学校から真っ直ぐ家に帰る途中に声をかけられた。
「あ、叔母さん」
空也は秋元翼に駆け寄った。
「久しぶりだね、空也。元気だった?」
まだ学生と言われてもおかしくないぐらい若い容姿をした叔母。
「元気だったよ」
「丁度空也の家へ向かってるところよ。お母さんは居る?」
父の秋元承太郎の妹に当たる。
「今日は仕事だと思う。きっと七時には姉の面会に来ると思うんだけど」
「じゃあ先に叔母さんといこっか。夕理のところへ」
叔母の車に乗り、病院へ走る。
姉の秋元夕理は精神科の病院へ入院していた。
二週間に一度だけ面会をするようにと言われている。
家族の力が必要だ、と。
受付を終え、病室へ向かう。
病室の前まで行くと叔母は止まり、空也にここで待っていてと言った。
叔母は一人で病室に入っていく。
話し声が聞こえるが、空也の耳には言葉までは聞こえなかった。
しばらくして、叔母が出てきた。
「空也、入ってらっしゃい」
空也はゆっくりと病室に入った。
目の下にくま。
痩せた体。
伸びきった髪。
「姉貴……」
空也はつぶやいた。
「来ないでっ!」
夕理は叫んだ。
空也の足が止まる。
「大丈夫よ、空也よ」
叔母は夕理の頭を撫でながら優しく言った。
「姉貴、また来るからな。がんばれよ」
空也はそういうと、病室から出て行った。
*
この病室はいつも機械の音しかしない。
多田賢治は書類をめくりながらそう思った。
少女の寝息は聞こえない。
きっと機械を消せば音という物はなくなってしまうだろう。
賢治は病室から出て、面子がいる場所へ向かう。
「書類、全て読み終えました」
「ごくろうさまです」
面子は賢治から書類を受け取りながら言った。
「ありがとうございます。これからどうしたらいいんですか?」
「だから患者様がいなくなるまで診とくんです」
賢治は納得できなかったが病室へ戻ろうとしたときだった。
面子が机にぶつかって書類を落とした。
賢治は慌てて拾うのを手伝った。
「すいませんね」
面子が謝ってくる。
書類を拾っている途中に一つ、目に留まる報告書があった。
『患者一。異常無し。結果、死亡。様々な改善点がある。後に検討。』
「あ、あまり見ないでくださいよ。大切な書類なんで」
そこまで読んで面子に声をかけられた。
「すみません!」
賢治は謝りながら書類を拾った。
だが、その一部が賢治の頭の中にひっかかっていた。