PART1『天才少女と昏睡少女』
昼休みが始まる。
寝心地がよかった図書室へ今日も向かう秋元空也。
昨日と同じ席に座ると、さっそく顔を腕に埋めた。
目を閉じた。
周りの音がどんどん消えていく。
暗闇から夕暮れの風景に変わる。
都会の中の住宅街。
ここだけ見て田舎と言われても違和感がないような場所。
だが、自然は少ししかなく、やはり都会なのだろうと納得してしまう。
オレンジよりも少し赤い夕焼けが坂を照らす。
そこに中学生か高校生かの少女が歩いている。
鞄を持ってステップを踏むかのように。
「あめが降る」
その声で夕焼けに沈む都会の住宅街は消えた。
空也は顔を少し上げ、周りを見渡した。
昨日と同じ席に昨日と同じ女子が昨日と同じように日記にシャーペンを走らせていた。
空也は気に留めず、また顔を埋めた。
「秋元、今日部活は?」
五時間目が終わりのチャイムとともに空也に話しかける恭一。
「いかねぇよ」
空也はめんどくさそうに言った。
「いつになったら来るんだよ……」
恭一は呟きながら下を向いた。
「なんでそんなに来て欲しいんだよ。なんか理由があるなら話せよ」
珍しく人の顔を見ながら空也はそう言った。
「いや、別に。友達が幽霊部員だったらちゃんと来させるのが普通だろ」
「へぇ、そういう理由なのか」
そう流した空也だが、恭一の目が泳いでいるのを見逃さなかった。
授業開始のチャイムが鳴り、ガタガタと椅子が踊る。
空也は眠くないわけではないが、寝る気分でもなく頬杖をついて目をつぶっていた。
教師が教室に入ってくる音が聞こえて授業が始まる。
号令をかけないで授業を始める教師だ。
教科書と全く同じことを言い、それを黒板に書いていく。
チョークが黒板を叩く。
授業開始から数十分のときだった。
誰かがつぶやいた。
「あめだ」
傘もってきてないな、と空也は思いながらそれを聞いていた。
だが、教室がざわめいていく。
雨が降ったぐらいで大げさな。
空也はそう思いながら窓を見た。
降っていた。
飴が。
色とりどりの飴が降っていたのだった。
空也は目を見開いた。
その異常な光景はとても綺麗だった。
無機質な学校の建物を色とりどりな飴が染めていくように見えた。
空也のクラス以外も気付いたらしく学校全体がざわついていた。
数分後、その飴は止んだ。
落ちている空き缶を見つけて蹴り飛ばした。
空き缶は宙を舞い、回転しながら茂みに落ちていった。
廃墟地帯へ向かう空也はホームルームのことを考えていた。
六時間目が途中で終わり、担任が入ってきた。
あの飴降り事件のおかげで掃除をしなくてはいけないらしく、学校は早めに終わらせることになったらしい。
飴を撒き散らしていたのは三年の男子生徒二人だった。
飴を万引きして何袋も開けては撒いたと聞いた。
このビルと工場ばかりある都会に本当に色とりどりの飴が降ってくれたらな。
空也はそんなことを考えながら汗を拭った。
そして、ふと気になった。
図書室にいたあの女子。
そういえば昨日もなんか言っていたな。
記憶の箪笥を開け、思い出す。
今日はパソコンが壊れる。
そう言っていたのを思い出した。
「そういえば昨日、図書室のパソコンがつぶれたと担任が言っていたな」
空也は一人でつぶやいた。
今日も言っていた。
あめが降る、と。
天気予報でも見て雨が降るのかと思っていたが飴のほうだった。
もしかして未来予知?
ないない。
脳内で二人の空也が会話しているイメージだった。
一週間、空也は夏休みに入るまで昼休みは図書室で過ごした。
昼食は廃墟地帯に行ってからパン系ならコーヒー、米系なら緑茶を淹れて食べることにしていたので、昼休みが始まると共に図書室へ向かっていた。
ここ一週間見ていた限り、空也の斜め前の席に座る女子は昼食を食べてから来ているようだ。
毎日同じような時間に来ている。
服装だが、真面目な格好だった。
制服を改造したりというのがまったくない。
あと、初めてみたときやその次の日はチラッとしか見てなかったから気付かなかったが、メガネをかけているようだった。
ただ、日記を書くときはメガネをはずしているようだった。
そして、彼女が呟いた言葉はいつも的中していた。
逆かもしれない。
彼女が呟いた言葉がその事柄を引き起こしていたのかもしれない。
「そんなことあるか」
空也は笑うようにそう言った。
「ん?なんか言ったか?」
恭一が振り返りながら言った。
「いや、独り言だ」
「珍しいな。秋元が独り言なんて」
「珍しくねぇよ。あ、そういや、おまえ知ってるか?」
「何を?」
「図書室にさ、真面目そうな女子がいるんだけど、誰か知っているか?」
「なんだなんだ?また珍しいな、他人に興味を持つなんて。惚れたのか?」
「おまえと一緒にすんじゃねぇよ」
空也は面倒くさそうに言い返すとノートにイメージを書いた。
「……おまえ絵上手いのな」
「別に上手くないわ。知ってるか?」
ノートを見た恭一は誰かわかったようだった。
「ああ、この人あれだな。学年トップの人じゃね」
「学年トップ?あの女子がか。まぁ、そんな雰囲気はするわな」
空也はノートを閉じた。
*
病室に入ると、少女は目を瞑っていた。
寝ているのか、起きているのか。
生きているのか死んでいるのかすらわからない。
多田賢治は採血をし、指定された場所へ血液を届けに行った。
「ごくろうさまです。彼女の様子はどうでしたか?」
面子は血液を解析しながら聞いた。
「寝てました」
「そうですか。死んでなければいいですね」
感情がないような声で言った。
「彼女の名前はなんなのですか?書類には患者三って書いてありますが」
「それですよ。彼女に名前はないです」
それ以上はなにも答えてくれなかった。
賢治は病室に戻り、彼女の近くの椅子に座った。
「君はなんで寝ているんだい?」
患者に話しかけてみるが、やはり反応はない。
まぁ、寝ているのはどこか悪いからなのだろうが。
書類も不思議なことに患者のどこが悪いかが書いていない。
この時間にどの薬を投与するか、そして異常がないかの検査の繰り返しだ。
これはなんの薬なのだろう。
賢治は頭をひねった。