PART15『捜査』
蝉がうるさかった夏から、静かに虫が鳴く秋には空也の力の制御は上達していた。また、同時に静香も空也とともに練習を行うことにより、今ではすっかり様々な雑音を取り除くことができている。
そして、丸長からそろそろ研究施設を探したいと申し出があった。空也は静香には黙っていたが、ストッパー解除で読み取られてしまい静香も強引についていくことになった。
今日はその作戦会議をするということで、空也と静香は丸長の家につくと、ドアを2回ノックしたあと間を開けて1回ノックした。家に通うようになってからこのドアのノックをしてほしいと言われているため続けている。どういう原理かわからないが、どうやらドアはノックのリズム、強さによって空也が来ていると判断でき勝手に開くようになっているらしい。丸長は大体地下の研究室にこもっているらしく、チャイムを鳴らされても気づかないらしい。
「おお、来たね」
地下に降りた二人に気づいた丸長は座るよう促した。
「さて、早速だけど作戦を練ろうか。といっても、既に賢治君と話し合っていて目処はたっているんだ。話していなかったけど、今回捜査する病院は賢治君が働いている病院なんだ。だから、賢治君は中から動き、俺達は外から攻める」
病院名を聞くと、誰でも知っている一番大きい病院だった。
「そう、大きい病院のため、人の出入りが激しい。俺は君達二人の保護者として入り込む。君達は患者として入ってほしいんだ。そして、総合受付に行き、こう告げる。『どこの病院に行っても取り扱えないと言われ、大きな病院に来た。ある時から速く走れるようになった』とね。これを言って、相手に変化があればそいつは研究の関係者だ。そうやって研究の関係者を探り、大体の検討をつける。俺の洞察力があれば、大体の関係が分かれば研究施設もわかるのではないかと思っているが―――」
「その役目、私にやらしてください。私なら相手の思っていることを読み取ることができます」
丸長の話の途中で静香が割り込んだ。
以前、空也がなぜそこまで丸長の手伝いがしたいか聞いたことがあった。すると、静香は「今までここまで親身になってくれて、さらにこれを治してくれるなんて思ってもいなかったからとても感謝している。だからなにか手伝いがしたい」と言っていた。
「出来れば静香ちゃんのストッパー解除は使いたくないんだけど……まぁ数回なら大丈夫か。よし、任せるよ」
表情には出さないが、静香は嬉しそうにしているのが空也にはわかった。
「じゃあ俺が患者役でいけばいいんですね」
「ああ、そうだ。相手がどういう人か分からない。ましてや、こっちがストッパー関係……つまり実験体になりそうならなりふり構わないかもしれない。なので、相手が変な行動をしようとしたとき、すぐに力を出して振り切れってくれ」
「わかりました、じゃあ鈴永にお願いして、おかしいことがあれば合図してもらいます」
「そのほうがいいな」
丸長は同意した。
「診察自体は君達二人で行ってもらう。俺は静香ちゃんに言われた場所に行こうと努力する。その前に賢治君と落ち合うつもりだけどね」
そう丸長が続けた。
「俺達は診察のあとどうしたらいいんですか?」
「そうだな、基本的には待っていてもらいたいんだけどいいかな?」
空也はわかりましたと頷いた。
決行日、丸長の車で病院へ向かった。空也や静香は実際にはこの病院へ来たことがなかったため、近くに来て改めて驚いた。規模が違う。
車を駐車場に留めると、丸長を先頭に病院へ入った。入るとき、丸長は入り口付近にある病院の案内パンフレットを2枚とった。老若男女問わず、大勢の人々が病院内に居た。
総合受付まで行き、要件と症状を伝えた。総合受付の人は症状を聞きながらどこの科に案内すべきか考えている様子だった。丸長はちらりと静香の方へ目をやった。静香はそれに気づき、首を振った。ようするに、この人は関係ないようだ。
「この症状を先生のほうへ伝えますので、しばらくロビーの椅子に掛けてお待ちいただけますか?」
メモを取り終えた受付の人はそう言った。丸長は頷きながら、些細なことが気になったので質問したという様子を装いながらこう訪ねた。
「この病院では一度症状を聞いた後、医師にわざわざ伝えてから案内するんですか?」
これはおそらく、この症状が来た場合に伝えろと言われているのか、全部そうしているのかを調べるためだと空也は思った。
「いえ、受付の方でわからないときのみ聞くようにしています」
丸長はお礼を言うとロビーの椅子に向かった。座った後、静香に訪ねた。
「さっきの質問のとき嘘はついていたか?」
静香は微妙な顔をしていた。
「嘘ではなさそうです。ただ、あの受付の人もわざわざ医師に伝えるのはおかしいと思っているみたいでした」
そうか、と丸長は頷いた。
しばらくして、受付のアナウンスで呼ばれた。呼ばれた場所へ向かうと、先程の受付の人ではなく、看護師が対応した。
「お待たせしました。一応内科ということで一度先生に診察してもらって判断されるほうがいいかと思います。症状がかなり異例なので、特別にすぐ診察できるそうです」
看護師は内科のエリアまで案内しながら言った。丸長はお礼を言いながら静香に読み取らせるためありふれた質問をいくつか投げかけた後に、聞き出したい質問を言った。静香は常に看護師のすぐ横に立ち、顔をじっと見つめている。
「こういった異例なものってやはり大きな病院ですし数人は来るんですか?」
「そうですね、たまに来ますね」
看護師は真面目な顔で頷く。
「じゃあ、こういう異例なものに対しての研究とかもされているんですよね?治ります?」
「してると思いますよ。治るかは先生に聞かないとわからないですが……」
「ああ、そうですよね。じゃあ研究室とかってどこらへんにあるんですか?詳しく研究している方々にお話を聞いてみたいのですが……」
「申し訳ないですが私はどこで行われてるかは知らされていないです」
看護師は申し訳なさそうに言った。丸長は後で先生に直接聞いてみます、と言いながら静香に視線だけ向けた。静香は丸長の尻ポケットに入っているパンフレットを2つとも取り出すと、あるフロアに赤ペンで丸をつけた。そして、1つだけ丸長の尻ポケットに戻した。
内科のエリアにつくと、内科専用の受付を済ませ椅子に座った。丸長は小声で静香にどうだったかと聞いた。
「詳しくは本当に知らないみたいだけど、心当たりはあるみたいでした」
「わかった、ありがとう」
丸長は立ち上がると内科のエリアから出ていった。
空也は静香とロビーで待っていると、空也の名前が呼ばれた。空也の名前と言っても『秋元空也』ではなく、偽名を使っている。丸長のとある知人のおかげでばれないそうだ。返事をして診察室に入っていく。
「あれ?お父さんは?」
30代後半の鼻から下をマスクで覆った医者は二人を見て言った。
「用事があるみたいで一度出ました。診察自体は俺一人で大丈夫です。一応姉も来ているので二人で話を聞きます」
静香のことは空也の姉ということにしている。様々な病院を回った設定なため、医者も納得したようだった。
「それでは、症状を詳しく話してもらえるかな?」
空也は丸長と打ち合わせをしたとおりに話をした。1ヶ月ほど前に足が速くなるようになった。そして、2週間前から足全体が痺れるような症状が不定期に出るようになったと。
医者は聞きながらメモを取っていく。
「なるほど、じゃあ今度はちょっと採血して調べてみようか」
医者は看護師を呼び、採血をする場所を用意させた。看護師は2人居て、2人とも男性だ。
とんとんと空也の背中に指が当たった。これは静香が危険を察知したときに出すサインだった。静香は身体を動かさずに背中に文字を書いていく。これも2人で練習しており、ある程度の短文であればわかるようにしていた。
『さいけつじゃない』
空也は背中に書かれた文字を読み取ると同時に冷や汗が頬を伝うような感覚になった。
看護師の男性2人が空也の左右に立った。
「じゃあ腕をまくってもらえるかな?」
看護師が空也の腕を触ろうとする。その空也の目に写ったものは、採血の注射のそばに違う注射もあったということだ。
空也は静香に目を向ける。
「あれ?採血は苦手かな?ちくっとするだけだから出してごらん」
看護師と医者は空也と静香が考えていることには気づかず、ただ怖いだけかと思っている。そのやりとりが少しあったあと、静香は空也の肩をぽんっと叩いた。その瞬間、空也は腕のストッパー解除を行い、静香の両足を片腕で支え持ち上げた。医者達が驚いているすきに診察室のドアを開け、全力疾走した。後ろから何か声が聞こえるがお構いなく走り続ける。
「次の角を右よ」
予め静香が覚えていた病院のマップと、静香のストッパー解除により、人がいない方向へ空也を案内していく。人気のない場所と判断したのか、静香は「降ろしてよ」と言った。空也は静香を降ろすとその場で座り込んだ。空也はしばらく息を整えたあと、静香に質問した。
「あの注射器の中身はなんだったんだ?」
「あれは麻酔だと思うわ。少なくとも私達2人の自由をなくすものよ」
空也は青ざめた。
「病院側も結構な無茶をするんだな」
「ええ、そうね。まぁ、ここまで大きい病院ならばもみ消すことなど容易いのよ」
冷静な静香が少し怖いと空也は感じた。それを読み取った静香はため息をつきながらこう言った。
「これでも怖いのよ」
静香は一呼吸置いた後、診察室を出る時の話をした。
「あのとき、実は診察室の外に一人、多分看護師だと思うんだけどずっと立ってたのよ。その人がなかなかいなくならなくてタイミングが遅れたわ」
空也の肩を静香が叩くときはその部屋から脱出できるタイミングを意味していた。これももしものためということで丸長が考えたものだった。静香が診察室の外を探るといったものだ。
「そうだったのか……」
ある程度回復した後、暗い廊下の柱の影で休んでいる間、パタパタと急いで歩く音が聞こえていた。
「私達を探しているようね」
静香はぽつりと言った。何度か放送で空也の偽名を呼び出している。
回復した空也は静香の案内で動き始めた。もしこういう事態になったときは丸長と合流するか外に出るか、可能な方を選ぶようになっていた。
「私達が居ても邪魔だと思うわ。だからここから出ましょう」
静香はあまり使われていない廊下を選んで進んだ。しばらくすると、2人は非常階段の扉の前に立った。
「ここから出るのか?」
空也は静香に聞いた。静香は頷くと、非常階段の扉を開けようとした。だが、静香の力では開けられなかった。空也は少し力を入れ、非常階段を開けた。
非常階段はあまり掃除もされていないのか少しホコリっぽく、電灯もついていないせいで非常灯の緑の光が不気味に照らしているだけだった。静香を先頭に歩いていると、突然静香が止まってしまった。
「誰かいるのか?」
空也は小声で静香に聞いた。だが、反応がない。空也は肩に触れてみた。
言葉にならない短い悲鳴を上げて静香は空也のほうへ振り返った。静香の表情はなんとも言えない顔になっていた。
「どうしたんだ?」
空也はそういうと、静香は困ったように言った。
「丸長さんが言っていた副作用が出たようよ。さっきまで耳が聴こえなかったわ」
空也は生唾を飲んだ。
「しまったな、出ないと言われていたのに……」
「実は家で練習していたの」
「おまえ……」
「まさか今出るなんてね、ストッパー解除をやめてしばらくしたら聴力は戻るみたいよ。今まで聴こえないほうがよかったと思っていたのに、いざ聴こえなくなると怖いわね」
「わかった。それはもう使わないようにしよう。どっちにしろ、この階段を降りればすぐ出口なんだろ?」
静香は頷いた。
今度は空也が先頭をいき、静香が後ろを歩いた。
足音を殺してはいるが、それでも静寂な緑色の闇は微かに足音を響かせている。
「非常階段を降りると廊下が少し続いて裏口があるわ。入ってきた場所は多分見張られていると思うわ」
「わかった。そういえば料金払ってないから普通に犯罪だよな……」
「今そんなこと心配してどうするのよ。まぁ、丸長さんがどうにかしてくれるわよ」
小声で話しながら降りていると1階についた。その下のほうにも階段は続いていた。1階の非常扉をゆっくり開ける。
そのときだった。鉄の非常扉の隙間から2人の看護師の姿が見えた。微かに「居たぞ」と声が聞こえ、自分のほうへ走ってくるのが空也にわかった。
空也は慌てて扉を閉め、力いっぱい抑えた。幸い、空也からは押して開ける側だった。空也はどうしようか迷い、静香を見た。静香はうずくまっていた。どうやら外に何人いるか調べようとストッパー解除を行おうとしたらしい。そして、上の階からぱたぱたと足音が聞こえた。どうやら、連絡をして2階の非常扉から入ってきたらしい。
「鈴永、階段降りてろ!」
空也はとっさに丸長の言葉を思い出しながら静香に叫んだ。丸長の言葉は本当に最悪の事態になれば病院を破壊してもいいと言われていたのだ。本当にしなければいけない状況になるとは思わなかった。
空也は声を上げながら抑えていた非常扉をストッパー解除とともに手前に引っ張った。金属とコンクリートが擦れて嫌な音がなる。周りから見れば5秒ほどの出来事だったかもしれない。空也からすればかなり長い時間に思えた。鉄の扉を引き抜き、狭い階段をかぶせるように置いた。その間に2階から来る何人かの人影が見えた。
地下へ降りる階段の一番上の段には非常扉が横向きに刺さるようになっていた。実際、コンクリートの階段を少しえぐっているのが見えた。
空也はすぐに静香を抱えると、自分でも何段飛ばしているかわからないぐらい急いで降りた。
どれくらい降りたのか、空也自身は分からないが下へ続く階段がなくなった。空也はすぐに非常扉を開けると、電気がところどころにしかついていない廊下が続いていた。廊下は灰色のコンクリートがむき出しで、よくわからない物が落ちていた。
静香の聴力も戻ったようで、2人で恐る恐る歩いた。
相変わらず薄暗い廊下の中、2人の足音が微かに反響している。後ろから追ってくる音はしなかった。
しばらく歩くと、光が一部の廊下を照らしていた。どうやら部屋があるようだ。
空也と静香はその部屋を覗き込んだ。
そこには、2人が想像していない風景が広がっていた。
体育館ほどの広さの部屋で、床・天井・壁が全て相変わらず灰色のコンクリートだった。2人が居る場所は部屋の丁度真ん中にあるようで、左右に部屋が広がっていた。
2人から見て右奥には何か大きい機械があり、その横に馬の被り物をした白衣の人間がいた。そして、左奥には丸長と、賢治が立っていた。賢治は入院用の白い服を来ている少女を両手で抱えていた。丸長の前には変な面をした人間が立っていた。面は額に『2』という数字に、その少し右下に笑ったような目。またその少し右下には目を閉じて泣いている絵。そして、笑ったような目の下に2つの口が上下に並び、下の口は面の端っこに描かれているせいで途中で切れてしまっている。
2人は丸長と賢治のほうへ駆け寄った。
*
空也と静香を診察の待合室に置いて丸長は静香が印をつけてくれた案内図を手にその場を去った。
丸長はまず始めに賢治と待ち合わせている場所へ向かった。ある病室だ。
その病室を開けると、賢治は白い服を着た少女を抱えて待っていた。
2人は何も喋らず頷きあうとその病室から静かに出た。丸長の後ろでその病室の鍵を閉める音が聞こえた。
次に、賢治が資料を見つけた部屋へ向かう。その途中で病院関係の人に会うことはなかった。
資料がある部屋に入り、2人はある程度調べた。ストッパーに関する資料は少なかったが、研究が行われていたことはわかった。
全資料の写真を撮った後、静香が印をつけた場所へ向かった。
その場所は手術室のようだった。賢治にその部屋に入ってもらった。
しばらくすると、賢治が出てきた。
丸長の顔を見ると、首を横にふった。どうやら収穫はなかったようだ。
だが、丸長にとっては予想通りだった。静香が読み取ったのは、あの看護師が不審に思っている場所、つまりこの付近になにかがあるのだ。
丸長は慎重に壁や床、天井、道具などを調べてみると、一見壁のようだが、鍵穴のようなものがあるドアを見つけた。そのドアは、かなり小さく100cmくらいに見えた。
賢治が驚いているのを横目に丸長はピッキングで鍵を開けた。
ドアをくぐると普通の階段と廊下が続いていた。
まっすぐ歩くと、ある部屋についた。電気はついていない。
丸長は小型のペンライトであたりを見渡した。どうやらここが研究所のようだった。
2人は電気をつけずに部屋に入り、探索を行った。
しばらく暗闇の中、各々のライトを手に探索を行ってたが、突然賢治が丸長を呼んだ。
「これ、みてください」
ライトを照らしたものは、縦2m横1mくらいの長方形の機械だった。同じものが2つ並んでおり、片方には『患者二』もう片方には『患者四』と書いてあった。
その2つを確認したときだった、突然部屋の電気がついた。
2人は部屋の出入り口に注目した。そこには、奇妙な面をした人間がいた。
「面子さん……」
賢治がつぶやいた。
「知り合いか?」
丸長は小声で訪ねた。
「ええ、上司ですよ」
面子はゆっくりと歩いて2人に近づく。
「いつかはすると思っていましたよ、多田さん」
賢治の身体がぴくりと動いたのを丸長は感じた。
「なにをですか?」
賢治の声が少し声が強張っていた。
「その患者の救助ですよ。気づいてなかったようですけど、あなたがこの救助を行いやすいように仕向けたのは私ですよ」
面子はそう言いながらも2人にゆっくり近づいてくる。
「どういう……ことですか」
賢治は動揺している。
「あなたが資料とか見つけたでしょう?あれは意図的に見つけさせたんですよ」
かなり近い距離になり、丸長は身構えた。
「そう構えないでいただけます?私はその子に薬をもってきたのよ」
面子は手を差し出した。その手には注射器があった。
「その薬はなんだ」
丸長は声を低くして言った。
「今までの薬を無効化するものですよ。まぁ、私は指示通りの薬を出してはいなかったんですけど、その代わりに一時的に眠る薬を毎日与えていたものですからさすがに身体が持たないと思いまして」
「面子さん、あなたは一体……」
賢治は敵か味方かわからなく、どうしていいかわからない。
「あなた達がどういう立場か私には分からないのでなんとも言えないです。ですが、私はその子を救おうとは思っていますよ。なんたって……」
面子は面を顔から少しはずした。
賢治は面子の顔と抱えている少女の顔を交互に見た。とても似ている。
「私はその子の母親ですからね」
面子はそう言いながら面を顔に戻しつつ、少女に注射を打った。
「あ、このことはこの子には内緒ですからね」
面の下でどのような表情になっているかは分からなかった。
「面子君、早くその2人を捕まえなさい」
突然離れたところから声が聞こえた。全員その方向を向く。
そこには、馬のかぶりものをした人間がいた。手には銃がある。
「君達下がりなさい。もちろん、面子君もだよ」
「あの人はこの病院の院長よ」
面子は丸長と賢治に小声で説明した。
「君がこそこそとしているのはなんとなくわかっていたからね、ここで処分できるのは嬉しいよ」
院長は銃を持ちながらこちらに歩いてくる。
3人は後ずさった。
「とりあえずそのまま反対側の壁まで行ってもらおうか」
3人は院長に追い詰められる。
院長は長方形の機械を見ながら話し始めた。
「この機械はなにかわかるかね?この機械の中には私の研究成果が詰まっているのだよ。君達にはその成果が果たして本当に成功しているかを確認してもらおう。まずはこちらからだ」
院長は患者四と書かれている機械に手を伸ばそうとしたとき、部屋の入り口から足音が聞こえた。
丸長は足音のするほうに目を向けると、空也と静香がこちらにかけてくるのが見えた。咄嗟に向かってくるのを止めようと思ったが遅かった。
院長は患者四と書かれている機械あるスイッチを押した。すると、蓋が開くように機械が開いた。
機械の中には小学校にも入学していないと思われる少年が寝ていた。
「これはね、私が造ったんだ。人造人間ではないが、生身の子供に遺伝子を注入し、脳に機械を埋め込むことによって私の命令を聞くようにしてある。さぁ、04起きるんだ」
院長はその少年に声をかけると、目を開けた。
「君達はストッパー解除について知っているようだから説明は省くが、これは全てのストッパー解除を自在に操れるようにしてあるのさ」
04と呼ばれる少年は機械から出ると、見渡した。少年は、耳元と眉毛が隠れるくらいの黒い神が伸びており、服は患者服を着せられていた。
「さぁ、君の力を見せてやりなさい」
院長が少年に声をかけると、無表情のまま空也たちのほうへ風のように向かってきた。おそらく足のストッパー解除をしているのであろう、本当に風の如く、瞬く間に空也の目の前まで飛び出してきた。そして、空也に殴りつけようと拳を振り上げる。
「空也くん!君の思い切りの力で殴り返すんだ!」
丸長はとっさに空也に向かって叫んだ。
空也は腕に力を入れて殴り返した。
少年の拳と空也の拳が重なり合う。膨大な力と力がぶつかりあったせいで、部屋に大きな音が鳴り響いた。
その音で起きたのか、賢治が抱えている少女の目が開いた。
賢治は声をかけようか迷っている内に、少女の口が開いた。
「助けてくれたんですね、ありがとうございます」
一度も聞いたことがない声で礼を言われ、さらにしゃべれないと思っていた賢治は驚きを隠せなかった。その声は弱々しく、すぐに消えてしまいそうに感じた。
「さて、もう一つの研究成果を見せてやろう」
院長は患者二と書かれている機械に手を伸ばし、先程と同じようにスイッチを押した。機械が開き、今度は少女の姿が見えた。
「楓ちゃん!」
次の瞬間、張り裂けるような少女の声が部屋中に響いた。
「おっと、君は患者三か。君は用済みだ、殺しなさい」
院長は少年に指示を出した。
空也の目の前に居た少年は、空也が瞬きをしている間に姿を消していた。
空也には、その後の出来事がスローモーションの映像のように見えた。
少年は賢治が抱えている少女に向かっていた。その少女を守るように、丸長と面子が少年を追いかけた。しかし、少年の速さにはついていけなかった。空也の視界の端で、患者二と書かれた機械から出てきた少女の目がパッと開いたのが見えた。その目はすぐに患者三と呼ばれる賢治に抱えられている少女を捉えていた。次の瞬間、機械の中には少女の姿はなく少年の前に立ちふさがっていた。少女は足元まで伸びる髪を揺らしながら、少年を蹴り上げた。そして、院長から銃を奪い取り、賢治が抱えている少女の前で倒れてしまった。
その後、丸長は一瞬の隙をついて少年を気絶させ、院長は為す術もなく丸長と賢治に捕らえられた。院長は丸長の知り合いの警察に引き渡された。