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第九話 月夜に叛逆の刃が光る不具合について



【魔導士】〈ま-どう-し〉[名][可算][男]



 魔術師のうち、聖教会の設ける魔導士試験に合格した者に与えられる最高位の階位。またはそれを与えられた者。

 

 →【―試験】〈―し-けん〉 聖教会が不定期に設ける試験。魔術師としての力量を測る試験で、合格者には魔導士の階位が授けられる。試験の詳細は明かされていない。帝暦1191年に開始。


(出典:帝国彙集第9版第7巻/帝国文化省彙集発行所編)




「魔導士さま、どうぞお入りください!

 食事もご用意させていただいていますので……!」

 

「うむ、存分にいただいて構いませんぞ。

 さしもの魔導士さまと言えど、お疲れのご様子ゆえ」

 

 

 教会の聖堂では、救導師と少女が負傷者の救護に当たっているようだった。2人とも治療の手を止め、僕を奥へと促している。

 ……それはいいとして、今、何と……?

 

 

「……まどーし?」


「隠さなくても結構です、魔導士さま。

 あの驚くべき禁忌秘術ソサリーを見れば、誰でもわかるというものですよ……!」

 

 

 少女がにこやかな笑みを湛える。まさか……

 

 

「……いや、僕はその"まどうし"?なんかではなくて。

 アレも魔術とかではなく、ただその、えーと……」

 

「……成程、魔導士としてのご身分をお隠しになるのも分かります。なにしろ命を狙われやすいご職業柄……。

 されどここは聖教会。我々は秘密をお守りします」

 

 

 少女の後ろでは救導師も静かに頷いている。

 考えてみれば、当然だ。僕たちが未知の現象を"科学的"に解釈しようとするように、この世界では未知の現象を"魔術"とみなすのが当たり前なんだ……。

 となるとだけど……これじゃあ最早誤解を解く事は不可能だろう。

 「この世界はゲームで、あれはバグ」なんて説明を理解してもらえるとも思えないし……いや、仮に理解してもらったら、それこそパニックになるハズだ。自分の住んでいる世界が本当の世界じゃないなんて……。

 

 ……そこまで考えて、はたと気付いた。

 そう言えば僕はどうやってこの世界に来たんだった? ……そうだ、トラックに轢かれて、"地面をすり抜けて"この世界に落ちてきたんだ。ちょうどあのグレート・トロルみたいに……。

 ……というコトは。もしかして、もしかしてだけど…………

 

 僕が元々いた世界。"地球"――あれも、"ゲーム"の1マップだったのか……?

 

 そんな馬鹿な、という反感。それと同時に……僕は、どこか納得していた。

 もし"地球"も"日本"もゲームのマップだったと考えれば、僕がたまたま違うマップに飛んでしまったのも"不具合"として解釈できるのだ。所持していたアイテムがバグっていたのも頷ける……。

 とすれば、"僕"はいったい……?

 

 

「……?

 魔導士さま、どうかされたのですか」

 

 

 少女が首を傾げる。

 ええい、こんなコトは今考える疑問でもない。そもそもこの世界が"本当の世界"か"偽物の世界"かなんて、ヒマな哲学者にでも考えさせておけばいい話だ。

 それより、目の前の問題だ――

 

 

「いえ。それじゃ、お言葉に甘えて泊まらせていただこうかな……」


「どうぞどうぞ、存分におくつろぎを!

 ああ、名のある魔導士さまとお会いできるばかりか、泊まっていただけるなんて」

 

「いやそんな、名のあるなんて」


「またまたご謙遜を!

 どうぞ気兼ねなく教会の設備をご利用ください、家と思って」

 


 あっ、これは無理だな。

 魔導士じゃないなんて言える雰囲気でもなければ、理解してもらえる状況でもない。いや、魔導士じゃない事がバレればそれこそ疑いの目を向けられ、殺されかねないだろう。

 ……ここは魔導士と勘違いされているうちに村を脱出するしかない。出来れば明日の昼には出てしまうべきだろう。

 僕は二人から逃げるようにして寝室に入る。最初に目が覚めた部屋だ。扉の外からは相変わらず、彼らの囁き声が漏れていた。

 ……なんにせよ、一番の心配事は片付いた。あとは――、後で何とかする事にしよう。

 ベッドに潜り込む。全身からどっと噴き出した疲れは、たちまち僕を眠りの底へと押し流していった――。

 

 

 

 

 聖堂では、なおも救導師と救導女の少女が治療活動を続けていた。

 少女がふと救護の手を止める。

 

 

「……それにしてもあの方は、いったいどこのお方なんでしょう?

 帝都から来たとおっしゃっていましたが」

 

「帝都? 帝都はあんな事になっているというのにか。

 はて、では8年前より前に魔導士の位を授かったというのか? 考えにくい事だが……」

 

「うーん……それか、出身が帝都というコトだったのかも」


「なるほど、"消失"の生き残りか……確かに考えられない事ではない。

 しかし、あのお歳で禁忌秘術ソサリーを使いこなすとは……どれ程の鍛錬を積まれたのやら」

 

「ええ、感服の至りです! ぜひ魔術の心得を教えていただきたいところ……。

 ……と、もうこんな時間ですか。では、晩餐の支度を……」

 

「……バカか!? 魔導士さまも頂かれるかもしれぬ食事なのだぞ。

 ここは村から料理人を呼びつけるべきだ」

 

「そうしたい処ですが、村人は疲弊しています。

 それに、わたしも料理には自信があるんですよ! この前作った"ゴブリンの姿煮"なんかとっても好評で。

 隠し味にミル虫の頭を入れたのがよかったみたいです」

 

「……私がアレを食べて3日間寝込んだから言っているんだ……。

 はぁ、元気の残っている村人に手伝ってもらうとしよう」

 

 



 夜。

 あらゆる物が暗闇に沈み、光も音も死に絶える虚無の時間。

 

 

「……………………」



 ゆっくりと、部屋の扉が開く。

 部屋は暗闇に閉ざされていた。扉を開けた主は足音を立てないよう慎重に部屋に踏み入ると、ふたたび細心の注意を払って扉を閉めた。

 手狭な小部屋は、窓の隙間から射し込む微かな月明りに照らし出されていた。片側に本棚が、もう片側にベッドが据え付けられている。ベッドの上に掛けられた布団はこんもりとふくらんでいた。

 訪問者はそれを見下ろすと、懐から静かにナイフを取り出した。ナイフの細長い刀身は、月明りを浴びて研ぎ澄まされた銀色に輝いている。

 しばしの静寂。

 そしてナイフは翻り、布団の上に深々と突き立てられた――。

 

 

「……やっぱり、君か……。

 疑いたくはなかったんだけど、ごめんね……」

 

 

 唐突に浴びせられる声。

 侵入者は声の主を探して周囲をきょろきょろした。

 ふいに軽い音が響く。部屋のランプに火が灯された音だった。

 部屋に横たわる暗闇が払われ、橙色のあたたかな光が部屋を包む。

 

 

「…………な、どうして……」


「考えてみれば、おかしい話だったワケで……。

 どうしてトロルの棲息地に、"救導女(・・・)"の人なんかがいたのか」



 僕は天井から下がったランプの角度を直しながら、ためらいがちに声を掛けた。

 侵入者――少女はしきりに部屋を見回していたが、はっとして天井を見上げる。……目が合った。

 

 

「…………!? あ、貴方……どうして本棚なんかの上に」


「なんか、こんなところからすみません……。

 "どうして"っていうのが"手段"の質問なら、アレです、さっきジャンプ中に武器を構えて解除すると空中でさらにジャンプできる事に気付いたので……」

 

「…………? く、空中でジャンプを……?

 そうじゃなくてわたしが聞きたいのは……」

 

「あっ、すいませんそうですよね……。

 いや、思い返してみればヘンなことばっかりだったんです。君は危険なハズのトロルの棲息地で僕を見つけるし、妙に戦闘慣れしているし。

 救導師の人は決して攻撃力(ATK)は高くなかった――それに、戦闘には剣を使ってました。教会ですから、救護が専門の人なんですね。でも、君は魔物相手に善戦するほど戦闘力があった。

 それに、"結界"……救導師の人は、教会が強力な結界を張っている、と。でも、実際には魔王軍は結界なんて無いかのように襲撃してきた。

 なら、考えられることはひとつ……教会内部の人間が、あらかじめ結界を消していたってコトです。どうやったのかはわからないですけど……」

 

「………………。

 ……最初から、警戒していたんですね。流石、魔導士……」

 

 

 ……まあ、それだけじゃ絶対に気付いてなかったんですけどね。

 僕が疑問を持ったのは、救導師の人に情報魔術を見せてもらった時……救導師の人の生体情報ステータスは白く表示される一方、魔物の生体情報ステータスは赤文字で表示されていた。――そして、少女も。

 こういうUI(ひょうじ)は大体、相場が決まっている。"白文字"は敵対していないNPC、"赤文字"は敵対しているNPC(・・・・・・・・・)。洋ゲー風の、驚くほどわかりやすいインターフェースだ。

 救導師の人は「救導師ほどのクラスでないと触れられない魔術」と言っていたから、この事を彼女は知らなかったのだろう。

 そこから考え直してみると、怪しい点がボロボロ出てきた。そして、今に至るという訳だ。



「…………完敗、ですね。

 はぁ……やっぱり、魔導士を殺すなんて無茶だったか」

 

 

 少女がベッドからナイフを引き抜く。

 勢いで布団がめくれ、下に積んでいた書物が露わになった。

 僕は慌てて文言を付け加えた。

 

 

「あ、ぼ、僕を殺してもロクな事にはなりませんよ!

 君が犯人ってメッセージを隠しているからバレる事になるし、それに僕は魔導士なんかじゃ――」


「……いいえ、もう貴方を殺すつもりはありません。どうせ魔王軍は壊滅したのですし……。

 それより、他の方は?」

 

「……、え?」


「既に警邏けいらは呼んでいるのでしょう?

 魔導士の殺害を試みたというのは火刑に値する大罪……しかも、魔王軍の襲撃を誘致したとあっては家系の3親等まで死罪に処される叛逆罪ですからね……」

 

「そ、そう……。

 でも僕は君を通報する気は」

 

「……わたしに、死ぬ覚悟はできています。元より生きている価値も無き身……されど、公衆の面前で惨たらしく焼き殺されるくらいなら、この手で」



 少女はナイフの刃を自分に向けて握り直すと、喉元に刃先を当てた。

 

 

「……え!? ちょっ、待って……!」


「待ちません」



 少女は両手に力を籠める。

 いやいやこの展開は予想してないって、待って待って待って……!




 ブツッ。

 

 

 鈍い音が、小さな部屋に響き渡った。

 

 

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