第八話 魔王が時速1000kmで吹っ飛んでいく不具合について
「……今、何と言った?
魔王を…………」
「ええ、おもいきりブッ飛ばせるかもしれません」
炎上する村。群がる魔物、傷だらけの少女。
そんな絶望的な状況の中で僕は――、大見得を切ってしまっていた。
あーあー、言っちゃったよ。もしこれで倒せなかったら赤っ恥ってレベルじゃないぞ……!
……でも、僕には不思議な自信があった。強ボスを倒すためセーブ&ロードを繰り返している時、大体ボスを倒せる時には"倒せる"という奇妙な予感があるのだ。
格好つけた言い方をすれば"ゲーマーの勘"というのか……これは外れたことが無い。
「……………………ふふ、ふはは、はははははは!!
あの魔王を見てもなお、そんな酔狂が言えるとは! 救いようのない大馬鹿か、それとも気でもおかしくなっているのか!?
いいだろう、倒してみてくれとも! 自信満々の"秘策"とやらを使ってな! はは、あっははは…………」
「あ、あの……」
どっちかと言えばこの人の方がおかしくなっちゃってないですか……?
「……そ、それじゃえーと……、
きゅ、救導女?のひと、すみませんが手伝ってくれませんかー」
少女に呼び掛ける。少女は魔物の一群を退け、座り込んでいた。見るからに満身創痍だ。
「て、てつだう、ですか……? 何をする、つもりで……」
「えーっと……、まずはそこにある馬車を集めてもらいたいんですが。
できれば家具とかも、こう折り重なるようなカタチに……」
「…………、えっ? ば、馬車……?
こんな時に、儀式か何かするおつもりですか……?」
「いえ、その、………えーと」
説明に窮する。
致し方ない――ここは、ゴリ押しさせてもらおう。
「……そうです、まあそんな感じです! こう、魔王を倒す儀式的な!!
こんな時でなんですがお願いします!!!」
渾身の土下座。
ダ○ソのやり過ぎで課題をまるまるすっぽかした時、教師に決めたウルトラCの必殺技だ。ちなみにその時は2時間くらい説教を喰らうハメになった。
しかし、これが一番手っ取り速い――なにしろ、今から起こる事を説明しても分かってもらう事なんかできないだろうから。
「ちょっ、そんな……!
わかりました、やります、やりますから……!」
少女が慌てる。人間として大切な何かを失った気はしないでもないが、魔王に殺されるよりはマシだと思いたい。
――はあ、やるしかないな。魔王、討伐――――。
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~"よいこの物理演算砲つくりかた教室"~
『――"物理演算砲"?』
『ええ。あれは間違いなく確信犯ですねぇ……』
『……いや、わかんないんですけど。
それってつまり何なんですか? なんか、馬車とか家具とかを重ねているみたいですけども』
『……アレを見ても分からないですかねぇ、はぁ……。
キミ、よくこの仕事に就けましたねぇ……』
『うるっさいですねー! 新人なんですよ!
それで、その"物理演算砲"っていうのは? いい加減教えて下さいよセンパイ』
『…………。
そうですね……"物理演算砲"というのはね、ボクらの呼び方で……つまり一種の兵器。禁じられた技術、在ってはならない現象……』
『はぁ……
………………?』
『……まず、基礎的な処のおさらいからいきましょうか。
今われわれが管理している、このマップ……電脳空間上の、仮想世界。
この世界の物理法則は、すべて"物理演算"によって計算されています。
リンゴが樹から落ちる軌道から、城が崩壊する様子さえね』
『あ、それは聞いた事ありますね。
学校で習ったんだったかな』
『……基礎の基礎ですよ……。
ともかく、この世界のあらゆる物体の挙動は"物理演算"という神によって計算されている。
ところが、問題は……この"神"は、全能の神ではないというコト。
物理演算は無限に計算を出来るワケではない。どうしたって、その電脳の"性能"は有限ですから』
『あー、なるほど。わかりますわかります!
あたしも計算ばっかりしてると頭痛くなってきて、まる2日は寝ないと何もできないですからね』
『本当、キミはよくこの仕事に就けましたねぇ……。
とにかく、物理演算は決して万能ではない。全ての物体の挙動を完璧に計算していては、とてもじゃないですが処理が追いつかなくなってしまうのですねぇ。
そこで……物理演算は"手を抜く"。
細かいトコロの計算を簡単に済ませてしまうのです。物体の挙動はやや不自然になるが、そうするよりほかに手は無い』
『ますますアタシみたいだ』
『キミとは大違いのレベルですけどね。
そういうワケで、物理演算には"隙"が出来る。そして、それは物体が増えれば増えるほど、大きくなっていくのです。具体的には――』
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「なるべく物体が速く、多く、そしてそれぞれが極めて近いコト。
……物理演算の隙をつきやすくする基本条件。
さらに加えて、物体の形状が"複雑"であるコト。形状が複雑って事は、物体同士が至る所で衝突し、物理演算がますます忙しくなるってコトになる……。
ちょうど知恵の輪みたいに」
「……よくわからないですが、馬車をなるべく入り組ませて置けばいい、ってコトですか……?」
少女が答える。
既に馬車は3台ほど積み重ねられ、その隙間には家具や樽がぎゅうぎゅうに押し込まれていた。
「はい、まさしくその通りです。ああ、スゴくいい詰め方ですよ……!
あ、ほら。上の方の馬車なんか、いい感じになってきた」
「……!
な、何あれ……? 何か、馬車が"ブレている"……ような」
少女の言う通り、馬車は微妙な瞬間移動を繰り返し、なんとも不気味な挙動を繰り返し始めていた。
「……ちなみに、ああいう"ブレ"って、見た事はないんですか?」
僕は好奇心から聞いてみる。
この世界の物理演算がガバガバなら、複雑な形状の小物を積み重ねただけでこういう事が頻繁に起こっていても珍しくない。
「……いや、あんなモノ……。
そもそも、わたし……こんなに物体を積み重ねたコト自体初めてなんです」
そうか。
そもそも、モノを積み重ねる文化そのものが無いんだ――きっとこの世界の先人はこの"怪しげな挙動"の事を知っていて、だんだんモノを積み重ねなくなっていった。それで、この世界からモノを積み重ねる行為そのものが減っていったんだ……。
「……それにしても、凄い怪力ですね。
馬車を持ち上げるなんて」
「怪力なんかじゃないです、"増力魔術"のおかげです。
本来は攻撃力を増強するための魔術ですけど、こうやってモノを運ぶときにも……、よっと」
少女が馬車をもう1台、上に投げる。
馬車のブレはますます激しさを増した。よし、そろそろだな……。
「……それじゃ、僕の合図で地面に設置した"石壁魔術"を発動してもらえますか」
「は、はい。準備はできてます、けど……何なんですか、これ……?」
「説明は後でお願いします!
とにかく、あと少しで……」
僕は空を見上げた。動き方からして、そろそろのハズだ。
「そう、あと6秒。5秒。…………」
タイミングを計る。僕の目は、頭上を悠々と廻る魔王の巨竜種に釘付けになっていた。
「4、3…………」
さっきのグレート・トロルを見るに、これでうまく行くハズなんだ。後はタイミングと角度次第――。
「…………2、1。
……………………………………、」
永遠とも思える1秒。
夜空は相変わらず巨竜種の群れがぐねり、炎上する村のあかあかとした光を浴びてぬらぬらと腹を照り輝かせている。生暖かい微風が頬を撫でた。
FPSで培ったエイム脳をフル稼働する。脳内で繰り返し繰り返し"軌道"のシュミレートを重ねた。偏差、曲射、重力、風向き。
ここだ。今、ここなら行ける――――
「撃て」
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『……馬車をさんざん組み合わせて"知恵の輪"状態にしたトコロで、下から石壁を生成……! そんなやり方があろうとは……。
この男、本当にやらかすつもりですねぇ……!』
『……あの、結局それで何が起こるのかサッパリなんですけど。
なんか馬車が変にブレてますけど、あれって何なんですか?』
『……ですから、"物理演算"の隙です。物体の速度があまりに速かったり、距離があまりに近過ぎたり、数があまりに多過ぎたりすると――物理演算という神でも、流石に手が回らなくなってくる
特に、"馬車"のような入り組んだ物体は危険です。その結果、物理法則が計算しきれない箇所が発生する。
いわば神が見逃してしまった領域、物理法則の空白地帯。そこで何が起こるか?
それは"在ってはならない現象"。物理的に在り得ない現象、物理演算の敗北。
――物体同士の"めり込み"です』
『めりこみ……』
『そう! モノがモノにめり込んでしまった状態。
"一つの空間を2つ以上の物体が占有する事は出来ない"――物理法則の大原則をガン無視した"不法行為"ですねぇ。断じて在り得てはならない現象。
物理演算の神は、この緊急事態にどう対処するか? 答えは簡単、"慌てて物体同士を引き剥がす"のですねぇ……それも、"凄まじい力"で』
『……あー、なるほどなるほど。知恵の輪を解いてて詰んだ時、怒りに任せて引きちぎるみたいなモンですね』
『いったいキミはどれだけ感情が先行しているんですか?』
『ってことは、やっと見えてきました……あのプレイヤーの思惑が。
あいつは組み合わさった馬車に石壁をブッ込むコトで、わざと物体同士の"めり込み"を引き起こそうとしている。そして、めり込んだ物体は"凄まじい力"で引き離されて……』
『そして、勢い余って――――ほら、"こうなる"』
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「やった」
ふとした呟きが漏れた。思い描いていた事が思い描いていた通りになった時の、ささやかな安堵。
だが、ふと左右を見てみると――安堵どころではない反応が巻き起こっていた。
「……………………、はい?
ば、馬車が……」
「……消えた?」
「い、いえ違います……。わたしには、見えました。
…………"飛んでいった"、んです。目にも止まらない速度で」
――馬車は、上空へと発車した。
ハエのようにとぐろを巻く魔物の群れの中心、魔王めがけて、一直線に――――
「……石壁が突っ込んだ馬車が、大体5メートルはめり込んでたかな。
それが一瞬……つまり1/60秒で引き離されたわけだから、その初速はざっと秒速300メートル。
確かジェット機の速度が秒速280メートルくらいだったから――」
『魔王は、この世界で初めて"ジェット機以上の速度で飛来する馬車"に衝突された事になる』
馬車が魔王に衝突する。気持ちいいほどのクリティカルヒットだ。
『ァガッ』という不思議な叫び声が、大音量で夜空にこだまする。
そのまま魔王は馬車と共に吹っ飛んでいき、地平線の向こうに消えた。一昔前のアニメなら「キラーン」という閃光のエフェクトが入れられそうな、キレイな飛びっぷりだった。
HPが150万だろうと、防御が50万だろうと――"物理演算"に勝つことはできない。
「え、えーと……
これって」
少女が剣を握り直す。見れば、先ほどまで辺り一面で猛威を振るっていた魔物軍団は、今や目の前で起きた事態を理解できず狼狽えていた。無理もない、自分とこの首領が馬車で吹っ飛ばされれば誰だってそういう反応になる。
そして、魔王がいなくなったというコトは……
「……えっと。
よくは分からないですけど、……魔王による魔力の供給を絶たれたお前らなど虫けらも同然!!
も、ものども、かかれぇー――!!!」
少女が鬨の声を上げると、先ほどまで魔物にされるがままだった村人たちが急激に元気を取り戻し始めた。
「ウォォォォォオオオオオオオ…………!!」
地面を揺るがす、人々の雄叫び。
そこらではたちまち戦闘が巻き起こっていた。農民と思しき老人たちが鎌やら鍬やらを構え、ゴブリンを袋叩きにしている。後ろを振り返ると、麦わら帽子をかぶった子供らがトロルに石を投げつけていた。
ああ、そっか。
こいつらの強さは、魔王による統率だった。おそらく魔力の供給と共に、行動の指示も下されていたんだろう。
それが無くなった今となっては、ただの知能が低い化物にすぎないんだ。それに数が多いとはいっても、あくまで"比較的"。頭数は村人の方が圧倒的に多いのである。
「"∩∩⊚⊘⊚⊘"!」
眼前で少女が唸る。さっき魔王にしてみせた光弾攻撃だ。……いや、よく見ると光弾ではなくて光る石?のようなものを飛ばしている。
高速で撃ち出される光石は魔物たちの頭を吹き飛ばし、みるみる魔物の屍体が高く積まれて行った。――もっとも描画上の都合なのか、古い屍体から順に消滅していっているため屍体の山の高さが変わる事は無い。
この世界、やはりガバガバだ……。
「ふっふっふ……、このチュアッカ聖教会救導師フォールト・フィデルヴィウス、貴様らのような畜生が見る事すらおこがましいわ!」
少女の横で大声を上げているのは救導師の男だ。さっきとは打って変わって強気な表情で剣を振るっている。本当に同一人物か……?
そうして頭を失った魔物達は順当に殲滅させられていき、そして――――夜が明けた頃には、魔物の軍勢は残らず死骸と成り果てていた。
「……なーんか、あっという間だったなぁー」
朝もやに包まれた村の広場。その中央に築かれた魔物の死骸の山を見つめながら、ふっと呟く。村人たちは激戦の疲弊を癒すべく、家に籠って仮眠を取っていた。辺りは死んだような静寂の底に沈んでいる。
僕がこの世界に落ちてきてから、24時間ちょっと。
その短時間に魔物と闘う事になるなんて、想像もしなかった。ふと気を緩めると、絞った雑巾のように全身から疲労が染み出してくる。ああ、インドア派にいきなり戦争なんかさせるもんじゃない。
「はぁーあ……、そうだ。僕も教会に戻って仮眠させてもらおう」
さすがに身体も限界だ。ここは一刻も早く、睡眠をとるに限る。
……しかし、懸念もあった。あの時は生き残る事で必死だったとはいえ、公衆の面前で堂々と"バグ技"を披露してしまうなんて。
村人からすれば僕は、"突然現れていきなり奇怪な技で馬車を吹っ飛ばした不気味な男(本名不明、住所不定無職)"だ。絵に描いたようなヤバい人間じゃないか。下手をすれば命を狙われかねない……。
しぜん、教会に向かう足取りも鈍くなる。もしかしたら僕も魔物の仲間と見なされたりはしないか……? 教会の扉を開けた途端、挨拶がわりに村人の突き出した長槍に貫かれ一瞬で絶命。僕の死骸は魔物の死骸の上で串刺しにされ、戦勝記念の見せしめとして笑いものにされる……。
いや流石に殺されるなんて事はないハズだ、魔王を攻撃したんだし。……でも、それさえ村人を騙すトリックだと思われていたら……? ああいやだ、教会行きたくない。もう帰りたい……。
そうこうしている内に、ついに教会は目の前に迫っていた。
僕は月曜日の朝を3倍したくらいの憂鬱さで、教会の扉を叩いた。
――数秒の、間。
やがて金属製の大扉は、軋みながらゆっくりと開かれ――――
「あっ、"魔導士さま"じゃないですか!!
どうぞどうぞ、お疲れですよね……? ベッドなら空けていますよ……!」
扉を開けた少女が、弾んだ声を上げる。その声色にひとまず敵意は感じられない。よかった……。
……ん? ところで今、なんだって?