第二話 敵モンスターが強すぎる不具合について
「…………、え?」
辺りを見渡してみる――、そこは一面の平原だった。空は遠くまで青く澄み渡り、果てしなく広がる大地は短い草に覆われている。
ぬるい風がさっと草を撫でると、むせ返るような青臭い空気が鼻に入り込んできた。思わずむせる。
???????????
ここはどこなんだ? 僕はさっきまで大学にいて、2限が終わって、トラックに轢かれて、地面の"下"に落ちて、それで――
そこから先の記憶が無い。ただ、気が付いたらここにいたのだ。
「えーと……まさか、これって、もしかしてですけど……」
"異世界"ってやつ……?
待て待て待て落ち着こう。
異世界転生なんて馬鹿馬鹿しい、某小説投稿サイトじゃないんだから……。
おおかたゼ○伝のやり過ぎで夢でも見ているのだ、そうに違いない。○ァイナル○ァンタジーVIIを徹夜でクリアした時なんか、1週間くらい延々とビルの非常階段を昇り続ける夢に苛まれたもんな。あれは心底しんどかった……。
でも、それにしては妙な疲労感がある。身体も節々がずきずきと痛い。夢の中で疲れを覚えるなんて聞いたことがないけど、何なんだ?
何はともあれ、僕はひとまず休むことにした。大地にはくるぶしの高さまで青草が茂っていてやわらかそうだ。
膝を曲げて、背中をどっかりと草の上に――
「……、いった!!
な、なんだこの地面、すごく硬……」
僕は下を見てぎょっとした。
草が、地面を覆っている雑草が……大地に横たわった僕の身体を、すり抜けているのだ。
「え、えっえっ何、なに」
草を掴もうと腕を伸ばしてみる。だが、草はホログラムのように僕の手を貫通して風に揺れていた。
これは……まさかの異世界じゃなく、幽霊ってオチか。? 僕はトラックに轢き殺されたが、未練があって思念だけこの世に残留してしまった……なんて「ほ○怖」かよ、勘弁してくれ。
……けど、草はすり抜けて地面はすり抜けないってのも変な話だよな。それに、この世に留まっているって言ってもこんな場所知らないし。
僕は、おそるおそる手を地面につけてみた。ざわめく草をすり抜けて、その奥の地面を撫でる。
――土でも、石でもない。そして温かくも冷たくもない、不思議な触り心地の物質だ。何より異様に硬く、とても手で掘れるような材質では無い。
どうなってるんだ、これ……? やっぱり夢? 流石にゲームをやり過ぎたのか?
僕は不安になって再び辺りを見回した。ふと、前方に伸ばした僕の脚が目に入る。
「……って、なんだこのズボンの柄……大阪のおばちゃんか」
僕の脚は変な柄のズボンに包まれていた。デニムの生地に、ベージュ色と黒色で描かれた、不可解なブロック模様がプリントされている。すごく気色悪いデザイン……でも、どこかで見た事があるような気もする。
上も同じく奇怪な柄のTシャツ。まるで、ジグソーパズルをバラバラにして組み直したみたいな――
ふと、僕は足元に革製のカバンが転がっているのを見つけた。たぐり寄せてみると、カバンの中には石ころや鉄クズ、バターナイフ、ビー玉、草、パンの欠片――およそガラクタとしか言えないシロモノが詰め込まれている。
……なんだこれ? 小学生のポケットの中身かよ。 僕のそばに落ちているって事は、僕の所持品なのか……?
本当にどうなってるんですか、これ。 奇妙な世界、奇妙な服装、奇妙な所持品……ここは、この状況は、いったい――
『グルルルル……グルル、グルァァアアァア……!!!』
僕の思考は、唐突に大地を揺らす唸り声でかき消された。
思わず後ろを振り返る。一面の平原の中に立っていたのは、……「緑色の化け物」、としか形容の出来ない存在だった。
『グジュ、グフゥフゥ…………』
怪物は僕の背丈の3倍ほどはある緑色の図体をブルブル震わせている。身体から生えるずんぐりとした四肢、それとぶくぶくに肥えまくった顔。あまり言いたくはないが、かなりキモい……。
怪物の右手には根元からむしり取られた大木ががっしりと握り締められていた。落ち窪んだ眼窩の奥から、僕をじろりと睨み付ける。
怪物が低く唸るたび、猛烈に獣臭い吐息が顔を撫でていった。
これ、もしかして……死んだやつ?
怪物はズシン、ズシンと大地を踏み鳴らしてこちらににじり寄る。見た目に似合わず恐ろしく速い。
……いやいやいや、落ち着こうぜ。こんなの、夢に決まっている。
だから……別に殴られても、ダメージ受けたりはしないよね?
僕のそんな淡い期待は――
『グルルゥァァアアアアアー―――――!!!』
怪物の振り下した巨木の一撃で、打ち砕かれた。