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悪魔王の娘  作者: 万滋
1章〔地の底の教団〕
9/12

第8話

 


 男たちの笑い声は、固まっていた周囲の団員たちをハッと我に返らせ、さっきとは違った意味でざわつかせた。笑い声が大きいせいか、あたしたちの周囲よりもさらに外側にまでそのざわつきの波が広がっているようだった。

 野次馬根性剥き出しの声、男たちの迷惑な笑い声に眉を顰める顔、そしてテオドールの言葉をあからさまに謗る嘲笑──

 はっきり言って、非常に嫌な空間だ。この空間の中で違うものといったら、さっきから呆気にとられているしかないあたしと……少しもその瞳の真っ直ぐさを崩していないテオドールだけだった。


 端正な顔立ちの金髪の男は、ギュッと拳を握り固めた。



「……何が可笑しいんですか」


「ひゃはは!おいおい兄ちゃん、妙な冗談で笑かしてくれんなよ。真面目くさった顔が余計に可笑しいぜ」


「ほんとほんと!冗談言わなそうなおキレーな顔で何言ってんだよ!」


「……冗談なんて、言っているつもりは毛頭もないです。先程の暴言、撤回してください」



 押し殺した低い声には、はっきりと怒気が滲んでいた。静かに繰り返されたその言葉に団員たちはキョトンと目を丸くし、そして今までで一番大きく声を上げて笑った。完全に馬鹿にしたその笑いは、しかし次の瞬間には、憎々しげに歪められた侮蔑の表情へと変わっていた。

 団員たちとテオドールの間の空気が一気に物々しいものになり、遠巻きにそのやり取りを眺めている周囲が不穏な空気にざわつく。そんな中でも、赤紫の目を持つ男の視線は少しも逸らされることなく、団員たちを睨みつけていた。



「……おい、お前その化け物を庇ってるつもりか?」


「俺は……人として当然のことをしているまでです。彼女は貴方たちに何の危害も加えていない。自分に関係のない他者を理不尽に嘲り見下すのは、弱者の行うことだ」


「ふざけんな!!」



 石造りの大食堂の壁に怒声が反響した。今度こそ食堂全体に聞こえたようで、ざわつきがさらに大きくなった。


「何だ、ケンカか?」「おい見ろ、あそこ……」と、遠巻きにひそひそとそんなような声が聞こえてくる。テオドールと団員たちの物々しい雰囲気……それプラス近くにいるあたしへの、テオドールたちに向けられる好奇とはまた別の意味の視線が、あちこちからぶつけられた。


 マズい、騒ぎが大きくなり過ぎてる。

 こちらを注目する視線が一気に増えたことに、何度目かの舌打ちを溢した。ただでさえ居心地が悪過ぎるのに、なんてことしでかしてくれてるんだあの金髪野郎は。

 これ以上関わるのは非常にメンドくさい、できることならそれら全部を無視して立ち去りたい衝動に駆られる。しかし、それはそれでまたさらにメンドくさいし、後味悪い。


 こちらもまた何度目かの溜め息を吐いて、事の発端である金髪サンを団員たちから引き離そうと振り向きかけたあたしは、突如響き渡った怒号にその動きを止めざるを得なかった。



「お前、あの化け物を庇うとか正気か!?」



 怒鳴り散らす団員は、あたしの方を指さしながら侮蔑も剥き出しに、憎々しげに睨みつけてくる。まるで、親の敵とも言わんばかりだった。もちろんあたしには、そんな因縁をぶつけられるようなことをした覚えはないんだけど。

 睨みつけてくる視線を冷めた目で見返す。化け物化け物といちいちうるさいんだ。そんなの……あたしが十分知っている。




「彼女を化け物と呼ぶな!!」



 …………けど、その視線と視線の間に、予想外の声が割り込んできた。

 張り上げられたその声は、一瞬でその場の喧騒を静まり返らせた。中心にいる……張本人は、自身の瞳の真っ直ぐさを表すような凛としたその背中に、激しい怒りを乗せていた。

 テオドールの突然の剣幕に団員も面食らったようで、短く息を吸い込み言葉を詰まらせた。一方でテオドール……見た目は物腰穏やかな男は、うっかり口から出てしまった激情を落ち着かせるためなのか、長く息を吐き出していた。はっきりと分かりやすい怒りは幾分か小さくなり、キッと団員たちを睨み据える。



「……彼女は、人だ」



 お前たちとは違う、と酷く低い声音で溢した。周りに聞こえるか聞こえないかというくらい押し殺されたその言葉になぜか……呪詛、のような重い響きがあったように聞こえたのは、気のせいだったのだろうか。


 その言葉が……おそらく、聞こえていたとは思うけど、言葉を詰まらせていた団員は不意に口の端を奇妙な形に歪めた。あまりにぎこちなくて、無理矢理に笑みの形を作ったんだと気付いたのはそいつが再び口を開いたときだった。



「……あー、もしかしてあんた、入ったばっかでアレのことをよく知らないとか?」



 明らかにテオドールの怒気にたじろぎ声が僅かに上擦っていたが、その口調は義憤を振り撒く男をせせら笑っていた。



「それじゃあ正義感溢れる新人団員さんに分かりやすく、丁寧に教えてやるよ」



 得意げそうに胸を反らし、またあたしの方を指で示した。テオドールは、あたしの方を振り返ることなく、そいつに噛み付くんじゃないかと逆に心配になりそうなほど、そいつの顔から視線を逸らしていなかった、けど。

 目を少しだけ細め、あたしのことを指さす団員の指先を見つめる。そいつのことなんかあたしは至極どうでもいいんだ。何を言うつもりなのかも……だいたい想像がつく。


 静まり返った喧騒の、その中心で、静けさを破り周囲に知らしめようとする、悪意に満ちた声が張り上げられた。



「──あの娘は、『半分』人間じゃない」



 しかも、ただの化け物じゃない。わざとらしく、やけに仰々しいその声音。


 ……これまで何度、こういうことを経験してきたか。あまりに多すぎて数えることはとっくの昔に放棄していた。何度も何度もそういうことをやって、よくもまぁ飽きないなとも思う。



「…………それが人間だから、仕方のねぇ種族だよ」



 不意に耳元から、誰かに向けて言ったのかただの独り言だったのか、ポツリとそんな言葉が聞こえてくる。あたしの考えていることが筒抜けだったのか分からないけど、感情の読み取れない、平淡な言葉だった。



 ── 一際大きな悪意の声が響き渡った。




「あの娘は、教団の──いや、人間全ての敵とも言える、汚らわしき”悪魔”の血を持つ子供……悪魔の頂点に立つ悪魔王、”サタン”の娘だ!」




 ……グッと、眉間に深いしわが刻まれた。




 ──『サタンの娘』。

 団員の唱えたその言葉が、あたし目掛けて突き刺さるように反響した。

 人間でありながら"化け物"……大悪魔"サタン"の血を引く忌み子。魔払いの組織『エルミア教団』の異端児。


 ──それが、あたしだ。





 張り詰めた周囲の静けさに、再びざわつきが起こり始める。どことなく様子を伺うような空気が耳に遠い。

 いつだか地上で見た演説を終えた政治家よろしく、やけに優越感に浸った様子で団員はテオドールのことを見返した。その本人は……なおも団員のことを見据えていた。

 あたしの位置からは背を向けているテオドールがどんな表情をしているのか分からない……その気になれば”見る”こともできたけど、そこまでする気力も興味も薄かった。


 たっぷりと二拍分の沈黙が流れ、ふとテオドールは息を吐き出した。思った通りの反応ではなかったのか、得意げな顔をしていた団員は怪訝に眉を顰めた。



「……知っています」



 …………一瞬、その場にいた全員の頭に「?」が浮かんでいるのが見えた気がした。次いで、短く乾いた息を吐き出したような声。


 テオドールの言葉を理解するのに思考が追い付いていないらしいその場の固まってしまった空気と、団員の間抜けな顔と、揺るがずに真っ直ぐ見据えるテオドールという、何ともちぐはぐなその光景は、滑稽ですらあった。

 金髪の男は一度息を飲み込み、凛とした姿勢もそのままに、再び口を開いた。



「……俺は、彼女が『サタンの娘』であることを知っている上で、彼女と接していました。俺のような新人にまでわざわざ懇切丁寧に教えてくださり、ありがとうございます」



 テオドールが、相手によく聞かせようとゆっくり、はっきりと言ってのけたその言葉は、口調こそは丁寧そのものではあった。ただ、丁寧な口調も相まって皮肉以外の何物でもなかったと感じたのは、あたしだけじゃないはず。


 ……テオドールのその言葉を聞いても、「だろうな」としかあたしは思わなかった。というか本人が「多少は耳にしたことある」ってさっきあたしに言ってたし。

 知ってた上で今の今までの言動を取ってたというのも、意味が分からなすぎるけど。



 心なしか、周りからクスクスと笑い声が聞こえてくるようだった。

 呆然としていた団員の顔が見る間に赤くなり、目が吊り上がっていく。怒りと羞恥の両方といったところかな。大勢の前で恥を掻かされたんだから、当然の反応だろう。



「……知っていただと!?」


「ええ、はい」


「お前……知っていて、あのガキを庇ってるっていうのか!?あの、半端な化け物を!正気じゃない!」



 まるで今恥を掻かされた自分を誤魔化すかのように、団員は見苦しく喚き立てる。しかし、自分へと捲し立てられる罵倒に怯むこともなく、むしろ興奮収まらないそいつとは対照的に冷静な様子で見返している。

 心なしか、その背中に呆れと……冷たい雰囲気が滲んでいる、ような気がした。



「ヒト以外の血が入っているからとなんだ。人を見下す貴方たちの方がよっぽど化け物だ」



 ……「化け物」、と悪意満ちてあたしにぶつけられてきた言葉を強く、団員へと跳ね返した。



 瞬間、肌を刺すような視線が、金髪の男へと容赦なく突き刺さった。

 一つなんてものじゃない。あちこちから一斉に、嫌悪感剥き出しの鋭い針がテオドール目掛けて飛んでくる。もしそれが可視化できるなら、今頃その細身の体は針の山よろしく無惨な串刺し状態になっていただろう。

 …………テオドールの言葉は、周囲の団員たちにも火種となって振り撒かれたらしい。

 そして、間近で……本人に、真正面から直接爆弾をぶつけられたそいつは、明らかに目の色が変わっていた。



「……ん、だと……?」


「聞こえませんでしたか。貴方『たち』が化け物だと」



 ……「たち」の部分をことさら強く言う辺り、初めからあの言葉は周囲にも向けた挑発だったようだ。

 男の口元が戦慄き、小刻みに拳が震え始めているのが見える。ああ、これはマズい……



 隠しもせず、あたしは大きく舌打ちをした。……やっぱり、さっき部屋に戻っておけば良かった。





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