表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔王の娘  作者: 万滋
1章〔地の底の教団〕
5/12

第4話

 


 穏やかな暗闇の中で、ぽつりと灰色が灯った。



 黒にも近いその色は、最初は砂粒程度の大きさに、次には豆粒に、さらに拳ほどの大きさにまで拡がり、まだまだ拡がっていく。

 黒のような灰色の中心から次第に黒が抜け、明け方のように白み始める。


 ………まだ、このまま暗闇の中にいたい。

 どうしようもなく穏やかなのに、ここから出ていきたくない。

 倦怠感を覚え再び意識が沈みかけようとしたところで、いきなり頬に強く何かが当てられた。

 威力は大したことがないけど、沈みかけていた意識をまた浮上させるには十分だった。




「…ミヨ。ミヨ、起きろ。いつまで寝てるつもりだ」



 柔らかなもので何度もぺしぺしと頬を叩かれる。あたしが一度起きかけていたのはバレているらしい。

 仕方なしに、あたしは"目"を開けた。



 眠気のせいか"視界"は不明瞭で、見えてる範囲も狭い。そんな寝起きのぼんやりとした中でも、目の前に誰かがいて、あたしの顔を覗き込んでいるということだけは何となく分かった。

 半分も開いていない目をこすり、もごもごと口の中で言葉を吐き出しかけた。



「………おはよ、ルト…」


「おはよう。よく寝てたな」


「……もうちょっと寝かせて……」


「十分寝てるだろ。もう昼に差し掛かりそうな時間にはなってるからな」



 ほらさっさと起きろ、一日中寝てるのは"怠惰"だけだぞ、とぺしぺしぺしぺし執拗にあたしの頬を叩いてくる。威力はないのに地味に痛い。

 のっそりと起き上がって、寝惚け眼をこすった。まだまだ"視界"がはっきりとしない。目の前にいるルトの姿も朧気だ。

 部屋の中は相変わらず窓がないから暗いけど、扉の隙間から漏れる光でうっすらと照らされてはいる。


 扉の外、少し遠い所からざわざわとした人の話し声が、わずかに反響して聞こえてくる。教団員の活動時間はとっくに始まっているようだ。



「…ルト、あたしどれくらい寝てた?」


「さあ、体感で半日くらいじゃないか」


「………寝過ぎた………」



 寝たのが真夜中で、今がルト曰く昼になりそうな時間……いやいや、いくら何でも寝過ぎでしょ。先生のあの薬どんだけ効果抜群なんだ。

 でも、たっぷり寝たからなのか薬の効果なのか、あるいはどっちもなのか分からないけど、体の疲れが取れているようだった。


 …はあ、また後であの薬貰うようかな。




 ひとまず着替えようと思いベッドから降りようとする……けど、"視界"がはっきりとしないせいで、立ち上がろうとした瞬間、少しふらついた。

 上手く立てず、そのままぼすんとベッドに座り込んでしまった。



「おいおい、まだ寝惚けてんのかよ。珍しいな」


「……うー……」


「分かった分かった。着替え持ってきてやるから座ってろ」



 呆れたようにルトが溜め息を吐いて、ベッドからひょいっと飛び降りた。クローゼットの引き出しを引っ張り出して、適当なものを見繕っている。

 それを眺めてる間にも、徐々に"視界"が明瞭になり始めてきた。それでもまだ眠く感じてるのだけど。


 まだ十分に働いていない頭で、ぼんやりと中空を見つめていた……ら、突然お腹に何かがものすごい勢いでぶつかってきた。



「うぐっ!?」


「いい加減起きろ。頭突きかますぞ」



 唐突すぎてろくに身構えられず、もろに食らった。

 かますぞ、じゃなくて、かましたぞ、だろ……どっからそんな勢い出したんだって思えるほど無駄に威力が高かったのですが。



 けど、頭突きされた衝撃で今度こそ目が覚めた。欠伸を一つこぼして、ちょっと寝癖の付いた頭を少し掻いた。


 こんなに寝たのも、起きてここまで眠気を感じているのも、久しぶりだ。

 ルトが見繕った服に着替え、軽く顔を洗いに洗面所へ向かった。洗面所の鏡は、少しだけ曇っていて見えづらい。まぁ、身だしなみを整える程度であれば支障はない程度ではあるけれど。





 部屋に戻ってルトを抱き上げ、右肩に乗せた。とりあえず朝食でも食べに行くか……いや、時間的には昼食か。

 …………あれ、待てよ。昨日任務で水分しか摂ってないし、食物摂った覚えが……てことは、昨日の夜から何も食べてないことになる。


 …………昨日の夕食兼今朝の朝食兼昼食か……


 我ながらよくここまで何も食べずに耐えていられたもんだな。

 まぁ、任務だと集中してるから空腹とかを感じないってのもあるし、昨日帰ってきたのが真夜中で、先生のとこ行ってすぐに部屋戻って寝ちゃったって言うのもある。

 そもそも、真夜中に何かを食べようとは思わないというのが、一番大きいかもしれない。



 何も食べていない、ということを思い出したら急に強い空腹感を覚えた。

 さすがに体は本能に忠実らしい、空腹を意識した瞬間に情けなくお腹の虫が鳴いた。


 約一日ぶりの食事で、何を食べようかぼんやりと考えながらドアを引いた。薄暗い部屋の中に、外の光が射し込んで一気に明るくなる。



 ──ああ、またあの空間に行かなくちゃいけないんだな。



 頭の片隅でそんな思いが燻っていた。部屋を出ようとする度に毎回感じる、少しばかりのもやもやとした感情。

 ……さっさと食堂に行って、さっさと立ち去ってしまおう。


 あたしは、自分の眉間に少しシワが寄り始めていたのに気付いていなかった。






 だけど、その瞬間。



『にゃんだーロケット頭突きィィィ!!!!!』


「っっ!!!??」



 叫び声と共に、お腹に強烈な衝撃が襲った。

 まだ本調子じゃないのと油断していたのとで、まともに食らってしまった。

 よろめきかけ、どうにか倒れずには済んだけど、無防備だったせいかダメージがかなりキツい。しかも的確に鳩尾を狙ってきた。


 鳩尾を押さえて声にならない痛みに耐えていたら、軽やかに目の前で何かが着地する気配があった。



『まったく!いつまで待たせやがるですか!!このアイリスを部屋の前で!何時間も!待たせる輩はお前くらいなのです!!』



 可愛らしい声と丁寧語とは裏腹に、言葉の節々と口調がだいぶ荒い……かなり機嫌が悪いらしい。

 強烈な頭突きの痛みに顔をしかめつつ、ようやくその声の主の方へ顔を上げた。



 人間の子どもよりも明らかに小さなサイズの生き物が直立していた。外套のようなものを羽織り、フードも被っている。


 そこにいたのは人間………ではなく、チャコールグレーの艶々とした毛並みを持つ、二足歩行をする猫だった。猫と言っても、普通の猫とはかなり骨格が異なっているけども。

 ピンと尖った耳の形に合わせたフードからは、不機嫌そうにジトリとあたしの方を睨む、灰がかった青い瞳が覗いていた。


 いわゆる、この猫は"ケット・シー"と呼ばれる生き物だ。妖精と共に暮らす妖獣の一種で、この「アイリス」と名乗る猫は、ある知り合いの使い魔でもある。

 あたしともある程度の面識はあるわけだけど。




 そんなファンシーな姿をしているアイリスは、ファンシーで可愛らしい見た目に似つかわしくないふてぶてしい態度を隠しもせず、ゆっくりと尻尾を揺らした。



『まったく、寝坊なのです?こんな時間にようやく起きてくるなんて、グータラも良いところなのですよ。どうせお前のことだから、また夜更かしでもしていたのです』


「いやいや、違うから……てか、来てたならノックするなり何なり呼べよ」


『何度も呼んだのです!それなのにお前がまっっったくもって返事をしなかったのです!居留守かと思ったのですよ!!一度ドアをぶっ壊して入ろうとも思ったくらいです!!よもやお前がノックに気付かないほど爆睡してただなんて!!』


「あー、それは………ごめん」


『謝って済むならこの世に犯罪者などいないのですよ!!』



 べしべしと地団駄を踏んで激しい怒りを露にしてくる二、三頭身くらいの二足の猫。見た目も仕草も可愛らしいものだけど、実際その気になればドアをぶっ壊せるくらいの力は軽く持ってるから、笑って流せない。

 ……たぶん、あと少し遅かったら、ほんとにドアぶっ壊されてただろうな……


 その光景を思い浮かべて内心顔が引きつりつつも、アイリスの方へと目を向けた。



「…それで、お前が来たってことは、局長から何か伝言でしょ」


『ああ、そうです、お前のだらしなさに憤慨しているところではなかったのです。まったく、ミーを待たせた上に地団駄まで踏ませるなんて……お前は思いやりというものが皆無なのですよ』


「いや、地団駄はそっちが勝手に踏み始めただろ」


『お前がさっさと起きてくれば、踏む必要もなかったですよ!』


「うっ!?」



 アイリスは目にも止まらない速さであたしに向かって突撃してきて、あたしはアイリスから二度目の頭突きをお腹に受けることとなった。

 よろめいてお腹を押さえるあたしを尻目に、アイリスは華麗に空中三回転を決めて、軽やかに着地してみせていた。


 …………朝っぱらからルトといい、アイリスといい、今日は猫からの頭突き運がかなりついているらしい。

 いや、朝じゃなくて昼か。




 お腹を押さえながら若干恨みがましくチャコールグレーの猫に目をやったけど、アイリスは澄まし顔で緩やかに曲線を描く自慢の髭を撫でていた。

 あたしの視線を受けて、フンっと鼻を鳴らして見せるおまけ付きである。見た目は可愛いのに、相変わらずこういう部分は腹立たしさを感じる猫だ。



『ま、お前への不満なんて今に始まったことじゃないのです。さっさとお前に用件伝えさせろです』


「……最初からそれだけ言えばいいのに」


『アアん?』


「何でもないです」



 ぼそっと呟いたつもりだったけど、シャッと鋭い爪をちらつかせてきたから口をつぐんだ。

 ……見た目は……可愛いのになぁ……


 アイリスはなぜか軽く舌打ちをして爪をしまうと、ぴょいっと後ろに向かって飛び上がった。

 部屋のすぐ目の前は柵……吹き抜けだから、落下防止用に取り付けられているのだ。


 少し錆びた色をした柵の上に器用に飛び乗り、じとっとした青い目があたしの方を見返してきた。





『我が主、局長アルフマンより、教団員ミヨへと任務の通達なのです』





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ