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悪魔王の娘  作者: 万滋
1章〔地の底の教団〕
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第1話

 



 体が捻れる感覚と一瞬の浮遊感を感じて、すぐに元の体の感覚が戻ってきた。



 薄暗い円形型をした石壁の部屋。足元には発動していた余韻か、うっすらと輝く白い線の陣が壁の近くまで目一杯に描かれている。

 あたしたちには馴染みある「転移の間」と呼ばれる部屋だ。その部屋には今、あたしを含めて数人が今まさに転移をしてきたところだ。


 任務の緊張からようやく解放されたのか、他が安心したように気を緩め伸びをしているのを横目に見ながら、陣の外側に立っているローブを纏った管理者の所へと歩み寄った。

 フードを被って目元がよく見えないそいつは、目の前にやって来たあたしに軽く頭を垂れた。



「ミヨ団員、並びに部隊班員、ご苦労であった。任務成果はいかほどか」


「無事に成功、要請あった村々近辺のグールの群れはすべて討伐した。報告よりも規模が大きくはあったが、村人たちに深刻な怪我人もなく、こちらも大きな被害は被らなかった」


「その他、任務中に不信に思った点などは」


「…グールの中に随分頭の良さそうなやつがいた。人に化けて子どもを拐い、仲間に襲わせてこちらを誘き寄せようとするなどの行動を取っていた。また、全体的に見てもグールの気性が荒いように感じた」


「報告ご苦労、内容はすべて局長への報告と変えさせていただく。此度の討伐任務班員は全員、医務班からの診察、必要であれば治療を受けよ。十分な休息を取りたまえ」


「ああ」



 抑揚なく淡々と労いの言葉とちょっとの指示を出し、一瞬で煙のように姿を消した。

 毎度思うけど、陣管理者のあのローブは人間味がまったくなくて不気味だ。まぁ……ほんとに人間じゃないのかもしれないけど。


 別に興味がないから、あれが何だろうがどっちでもいい。



 欠伸を少し噛み殺しながら、でかいアーチ状の出入口へとさっさと歩いていく。あたしが動き出しているのに気付いて、呑気に喋っていた他の団員も慌てて出ていこうとした。

 その時にはすでに、いつの間に戻ってきたんだかあのローブが音もなく、さっきと同じように陣の外側に佇んでいた。





「転移の間」から出ると、数時間前まで同じ任務を遂行していた団員たちは銘々に散っていった。

 こういう時、挨拶とかするのが常識ではあるけれど、生憎とあたしは他のやつらと気軽に話すような愛想の良さも、仮にやったとしてもそれに返してもらえるような人望もない。

 むしろ、あっちからしては迷惑だろうし。


 あたしも……そういうのはメンドくさいから、別にいい。



 あのローブの指示通りその足で医務室に行こうと思ったけど、少し考え直して一旦自分の部屋に戻ることにした。

 銃とか荷物を置きたいし、それに、あいつもさすがに起きてるだろうから。

 起こさず置いていっちゃったから、様子くらいは見ておきたい。


 踵を返して、自分の部屋のある階へと足を向けた。




 ここの建物…というか施設自体の作りは、簡単に言うとバカでかくて長い長方形型で、真ん中が吹き抜けの大広間になっている。その大広間の両側の壁を埋め尽くすように団員の部屋とか、医務室とか、その他諸々の施設へと繋がる出入口がある。

 団員の居住スペースである部分は、部屋数で言えばこの建物じゃ一番だろう。ちなみに大広間のあるここのエリアは全部で5階まである。


 あたしの部屋はその中の一つで、二階の一番隅の部屋。割かし距離があるのが難点だろうな。




 ブーツの音を鳴らしながら上階へ上がるための階段へ向かう途中、数人のグループとすれ違った。

 そいつらはあたしの姿を見た途端、慌ててあたしから顔を背けてそそくさと離れていった。知らん顔でそのまま行くあたしの背中に、恐ろしいものを見たかのような視線が投げ掛けられた。


 少し遠くの方からは、歩くあたしの方に目線を向けながらひそひそと……隠す気はないような、話し声が聞こえてきた。

 その表情は、明らかな侮蔑と嘲笑だった。



 蔑み。嘲り。恐怖。好奇。



 今ここにいるほとんどの者が、そんな感情を込めた目と態度であたしを見ていた。


 無言の恐怖と、遠巻きの嘲笑が、すべてあたしに突き刺さっていた。



 …………昔から変わらない、この冷たく狭い空気と空間。

 あたしに向けられるものも、何一つとして変わらない。


 奥歯を強く噛み締める。堂々としろ、下を向くな、と自分に言い聞かせて、努めて平然な風を装う。

 あたしはこんなものに臆したりしない。

 それでも、踏み出す足が震えそうになってしまうのは、あいつがいないせいなんだろうか。

「気にするな」といつも励ましてくれてるいつもの重みを感じられないから、ここまで不安なのか。


 …早く顔を見たい。

 早く、あの存在感を腕に感じていたい。



 そんなことを息苦しい思いの中で考えながら、足早にその場を去った。





 灯る明かりもまばらで薄暗い廊下を突き当たりまで、何も飾りつけのない木製のドアの前に辿り着く。

 鍵を開けてドアを押すと、蝶番の軋む音が小さく聞こえた。

 あたしの部屋は、他の部屋と違って備え付けの明かりが付いていない。まぁ…明かりがなくてもあたしは生活が出来るんだけどさ。



 その明かりのない室内に、ほのかにオレンジ色が灯っていた。ゆらゆらとした蝋燭の灯りが殺風景な部屋の壁に濃い影を映し出していた。


 その真ん中に……無造作に積まれた本の山。いや、積まれたというより、ぶちまけたっていう表現が良いと思う。


 思いっきり眉間にシワを寄せた。


 物のない部屋だけど、整理整頓はきっちりと心掛けてる。今日……というより昨日だって、片付けてから任務へと向かった。昔とは違って、あたしの部屋を荒らすような物好きだって早々いないし。


 だったら、原因は一つしかないだろう。



「………ルト、何してんの」



 本の山の上に、2頭身くらいの塊が座り込んでいた。

 それは人間で言うなら、ギクリと肩を強張らせたような仕草をしたと思う。



「……よ、よお、ミヨ。帰ってくるのが早かったな」



 ぎこちない動作で不自然にこっちを振り返り、明らかに引きつっていると分かる声であたしに喋りかけてきた。




 …………「ぬいぐるみ」が。




 いや、別にぬいぐるみが喋って動いてるのは、あたしとしては別に気にすることじゃないんだけど。

 部屋に入って無表情のままドアを閉めたら、バン!!と割りと派手に音が鳴った。勢いが強すぎたらしい。


 つかつかとその本の山に歩み寄って、ぬいぐるみの前でしゃがみこんだ。

 部屋が元々薄暗くて蝋燭しかついていないせいか、ぬいぐるみの重たそうな頭に影が落ちている。

 ツギハギだらけの、かろうじて猫を模したものだと分かるボロボロのぬいぐるみだ。接ぎはいだ布の右目とボタンの左目は、無機質で不気味ですらある。


 まぁ、それは「あたし以外の」人間から見た感想で。


 あたしにとっては、特別な同居人だ。



 その同居人であるそいつの重そうな頭を上からがっちりと掴んだ………雑に扱えば今にも取れそうな頭だ。

 手の下でその頭がビクリと震えたのが分かる。

 恐る恐る、といった具合にボタンの目があたしの方を見上げてきた。



「お……おい、ミヨ、」


「ねぇ、ルト」



 何か言いかけたのを遮って、右手にぐっと力を込めた。割りと強めに。下から「うぐ」と鈍い呻きが聞こえた気がするけど、気にしない。

 ぬいぐるみの顔を覗きこんだあたしは、史上稀に見る笑顔を顔面に思いっきり張り付け、



「………てめぇ、人が整頓しておいた本を何ご丁寧にぶちまけてんだ」



 割りとよく出すひっくい声を喉の奥から震わせた。

 あたしのとある知り合い曰く、「とても女の子の出す声じゃない」、だとか。

 ぐぐっと力を強めたら、ぬいぐるみは慌てたように短い腕をブンブンと振り回した。そして残念ながらそれはあたしには届かないわけだけど。



「ちょ、ちょ、ミヨ待て!頭が潰れる!」


「じゃあこの本の山はなんだ」


「や……それは、起きたらお前いなかったし、仕方ねーから本でも読むかと…だけど俺、この体だろ?棚から引っ張り出そうとしたら、その、本が勝手に落ちてきたっつーか……」


「だからお前が落としたんだろ」


「……………はい」



 はぁっと溜め息をこぼした。


 ぬいぐるみを掴んだまま立ち上がって、ベッドの方へと叩きつ…………放り投げておいた。これ以上追及しても無意味だし、本人に悪気があるわけではなかったんだから。



「ぶげっ!」


「今度やったら頭に釘ね」



 顔面から落ちたのか随分間抜けな呻きが聞こえてきたのを無視して、床に散らばった本を一冊一冊拾いながら棚の方へと戻した。



 で、このさっきから喋って動いてる猫のぬいぐるみ。

 あたしの部屋の同居人であり、あたしの使い魔でもあるそいつの名前は「ルト」。

 ぬいぐるみが使い魔ってのもおかしなもんだけど、本人曰く、本来は悪魔で具現化する力が弱いんだとか何とか。だからあたしの持ってたぬいぐるみを依り代として、あたしの召喚に応じたらしい。



 ……もう十年以上も前のことだ。



 初めて召喚を行ったあたしの前に現れた、「ルト」と名乗った無名の悪魔。

 今では大切なあたしの『家族』だ。扱いが雑なのは気心許してるからこその雑さなんだと自分に言い聞かせてる。




 散らばっていた本を片付けて、腰とかに提げていたホルスターや荷物を下ろして身軽になる。ベッドに投げつけられたルトは鼻の辺りを押さえてもそもそと起き上がっていた。



「そう言えば、お前さっきまで任務に行ってたんだろ」


「うん。ロクイア地方のとある村周辺に、けっこう規模のあるグールの群れが出たから討伐しろ、って任務」


「……ロクイアにか?グールが群れで?」


「うん」



 愛用の銃に傷がないか確認しつつ、ベッドに腰掛けた。一旦脇に銃を置いてから、ルトのことを抱き上げて膝の上に乗せる。

 その本人は腕を組んで何かを考えているようだった。



「……お前、グールの生息域とか特徴は知ってるよな?」


「えっと…高温で乾いた土地に、単独か多くても5匹くらいのグループで行動するんだっけ」


「そうだ。場所で言うなら砂漠地帯に生息してるような魔物だが、ロクイアは真逆の湿気が多くて気温も比較的低い地域だ。それが何でんな場所に……しかも群れで…」



 ぶつぶつと独り言を呟いて、首を傾げていた。さっき投げつけたあたしが言うことじゃないけど、ポロっと頭落ちたりとかしないのかな。


 ルトはこんな見た目をしているけど、それに反して中身はかなりの博識だ。悪魔のことはもちろん、魔物や魔獣、人間界の歴史、果ては天界のことまでとその知識は幅広く限りない。

 ……具現化も出来ないし、「ルト」なんて名前の悪魔は聞いたこともないから、無名の低級悪魔なんだと思っているんだけど、その割にはいろんなことに精通してる。


 小さい頃は誰も知らないような、ルトの話を聞くことが唯一の楽しみで、ウキウキしてたっけな。

 今でもそうだけど、さ。



 不思議なやつだなぁとは常々思う。けど、それ以上にルトは、あたしにとって大切な存在であることに変わりはない。




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