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悪魔王の娘  作者: 万滋
2章〔水辺に薫る丘〕
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第1話

 


 大食堂の一件から、二日が経った。


 薄暗い室内で愛用の拳銃を手に取り、細かく点検する。薄暗い中でも、銀色のそれは鈍く光っていた。

 確認し終えた拳銃を、ベッドの上に二丁並べて置く。その二丁を取り囲むように、ベッドの上には備品が広がっていた。

 予備の弾丸……調達も難しいため多めに用意をしている……、緊急時の煙弾、包帯とロイ先生から貰った薬草入りの軟膏、携帯用のナイフ、銀製の水筒、そして半ば無理やり持たされた非常食糧。

 今一度それらを確認し、ウエストポーチに詰め込んでいく。最後に拳銃をホルダーに収めて、上着を羽織った。



「準備は大丈夫か」


「うん、平気」



 上着と腿を手で払い、ルトをいつもの場所へ乗せる。任務に出る前のいつものルーティンだ。気持ちを切り替えて、気を引き締めるにはちょうどいい。



「ルト、行くよ」



 小さく息を呑み込んで足を一歩踏み出したあたしの耳元から、「おう」と短く声が返ってきた。




 部屋を出て廊下へと出れば、地下に位置する教団の薄暗く少し冷たい空気が肌を撫でた。

 時間帯は明朝。教団の活動時間にはまだまだ早く、静まり返っている。

 一階に降り、人気もなく寒々しい広間を突っ切る。石造りの灰色の床を歩くたびに無機質なブーツの音がやけに大きく響いた。

 広間を突っ切り、さらに奥へと進めば、数日前に通ったばかりの巨大なアーチ状の入り口が姿を現す。そこを潜ってから数えて四番目、室内からほんのりと青白い明かりの漏れる部屋へと踏み込んだ。


「転移の間」第四転送陣には既に団員の数名が集まっていた。見た限り、あたしが一番最後だったらしい。

 まぁ、元々早めに来るつもりはなかったわけだけど。

 あたしが遅れてきたことによる怪訝と、その中に混じる侮蔑の視線を無視して、集団へと歩み寄る。その中に、団員たちの輪から少しだけ離れたところに……案の定、テオドールが立っていた。

 あたしを見た途端にその赤紫の目が複雑そうに曇ったけど、それには気付かないふりをした。



 そして、あたしが足を止めると同時に、第四転送陣の管理者であろう黒ローブが音もなく忽然と姿を現した。相変わらず顔はよく見えず、見た目だけでは他の黒ローブとも見分けがつかない。そもそも区別があるのかどうかも怪しいところだ。

 黒ローブが出現したことにより、団員たちの顔にも少し緊張が浮かぶ。現れたときと同じように、転送陣の管理者は唐突に言葉を発した。



『任務参加団員、全て揃ったことを確認した。これより、出発前の最終確認を行う』



 抑揚のない無機質な声が、転移の間の石壁に反響した。


 通達されていた任務内容をまた簡潔に確認し、今後の任務地への移動順序を説明された。

 本部のこの転送陣からの転移先は、件の村に最も近い教団支部の転送陣となっている。そこから船で川を上って村へと移動するということらしい。村の周辺には水辺が多く、水棲の魔物も生息しているため十分に警戒をすること、と補足された。


 最後に、今回の任務での参加団員の名前が班ごとに読み上げられた。

 あたしが班長を務める第一班は、男三名、女二名の構成。ちらっとそれぞれの得物、体格などを見た限りは近接戦、狭い場所での戦闘を有利に進められる人材が揃えられているようだ。主な目的である遺跡調査を担当するのは、予想通り第一班と見ていいだろう。黒ローブからの点呼で「テオドール=エドガー」と呼ばれていた金髪の優男が、腰に細身の剣を携えていたのが少し意外だった。革製の軽鎧の上から目立たない色の外套を羽織り、そこから覗く篭手に小振りな盾が固定されている。

 第二班は、見るからに後衛、遠距離型の戦闘スタイルであろう団員が集められている。第二班班長だという眼鏡をかけた男は、ローブを羽織ったいかにも魔法使いらしい出で立ちをしていた。


 二班の点呼が終わり、第二班班長があたしの方へと歩み寄ってくる。眼鏡で少し顔立ちは分かりにくいが、穏やかで人懐っこそう、という印象を抱いた。



「第二班班長、エスト=サトゥリアです。今回の任務では、第二班は主に第一班のサポートということになります。よろしくお願いします」


「ん、どうも」



 差し出された右手を軽く握り返し、班長同士の挨拶を済ませた。

 班長の挨拶を終えると同時に、また唐突な黒ローブの無機質な声が『全団員、陣の中央へ』と告げた。指示通り団員たちが集まり、黒ローブは陣の外側まで音もなく後退する。その動きが石造りの床の上を滑っているようで、足のない幽霊のようだった。


 生気のまったく感じられない陣の管理者から、低く聞き取りにくい呪文と思しき詠唱が流れてくる。仄かに青白く照らされていた石壁に強い光が照り返した。

 徐々に光が強まっていき、知覚できる感覚が薄れていく。魔力に満ち満ちた光に”目”を潰されないようにと閉じたとき、遠くで抑揚のない声が響いてきたような気がした。



『では、此度の任務の武運を祈る。魔を退けし同志達に、偉大なるエルミア様の加護があらんことを』



 光に包まれていく中で遂に体の一切の感覚が消失して、そこで意識が一旦途切れた。




 ***




 切れていた意識が急に鮮明な形になって、身に覚えのある自身の感覚になった。最初に足の裏に固い地面の感触があり、しっかりと二本の足でそれを踏みしめる。

 あたしたちを包んでいた転移の光が急速に薄れていくのを肌で感じながら閉じていた"目"を開ければ、そこは既に見知った教団本部の壁ではなかった。


 一見すると本部の「転移の間」と同じような円形の石造りの場所だけど、壁に嵌め込まれたレンガの並びが違っている。本部の壁は無機質で冷たい灰色一色で、今立っている室内の壁は焦げ茶、赤茶、白の三色のレンガが規則的な模様を描くように並べられて、それがずっと上まで続いてる。僅かに転移の魔方陣の光が残滓として残って青っぽく見えるけど、本部のものと比べたらずっと暖かみのある色合いだった。


 そして、そんな広間の魔方陣より外側……本部のものより少し広く見える室内に、アーチ状の入り口を背にして数名の一団が立ち塞がっていた。

 "目"で転移してきた全員が揃っていることを軽く確認して、その一団の方へと一歩足を踏み出す。遅れて、第二班班長も慌ててあたしに続いた。

 一団の先頭で、片手を腰に当てやや足を開き気味に佇む、一人の女性の前へ進み出る。後ろでまとめている金髪にフレームのない眼鏡、つんと吊り上がった目元と結ばれた口元には、上に立つ者特有の貫禄と高圧さがあった。じいっとあたしの目を射抜いてくるその女性を、あたしも真正面から見返した。



「教団本部より、任務遂行に派遣されました。今回の任務班第一班班長、ミヨといいます」



 胸に手を添えるなどの挨拶はせず、目だけを軽く伏せた。あたしに続いて第二班班長もその女性に簡単に挨拶をした。

 くいっと片眉持ち上げてみせたその人は、目だけで素早く団員たちのことを見回した。一通り確認できたのかまたその視線があたしに向くと、にっと笑うように持ち上がった口角の影が深くなった。



「申し遅れた。私はエルミア教団カレーヌ支部の責任者、支部長シュバルツ=アレクシアだ。今回、この依頼を斡旋した責任者でもある。よろしくな」



 ……内心、はたと目を丸くした。

 そのあたしの心情を顔には出さなかったとは思うけど、あたしの目を見ていたその人は面白いものを見るように目を細める。片手を差し出され挨拶を求められ、無言でそれに応じた。あたしから手を離し、握手の形を保ったまますぐそばに立つ第二班長の方へと向く。眼鏡の青年は、緊張しているのか若干強張った表情をしつつもその掌を握り返していた。

 班長二人との顔合わせも済み、支部長は一歩後ろに下がって腕を組む。睨め付けるような視線は、さながら団員たちを品定めしているようにも思える。本部から派遣された奴らは果たしてどんなもんなのか、と考えていたのかもしれない。

 その時間もほんの一瞬で、その女性は……さっきと同じように、にっと口角を吊り上げる笑みを浮かべた。



「今後の流れは本部でも聞かされているだろう。余計に繰り返すという手間はしない。ついてきなさい、うちの船着き場まで案内しよう」



 言うや否やすでに半身をこちらに向けて、支部長は歩きだそうとしていた。後ろにちらりと視線を向けて団員たちに軽く合図を送り、あたしたち班長二人も女性の後へと続く。支部長の傍らには部下と思しき人が一人付いているだけで、彼女と共にあたしたちを出迎えた一団のほとんどはあたしたちに道を譲って、そのままここに残るみたいだった。投げかけられてくる視線を感じつつも、彼らの真ん中を通り抜けた。


 広間のアーチを潜り抜けるとすぐに広い石の階段が目の前に現れる。先を行く女性を追う大勢の足音が壁に反響して、やたらと騒々しい。そんな騒々しく無骨で無遠慮な音を気にせず、支部長の女性はよく通る声で後ろにいる班長二人に言葉を投げかけてきた。



「村までの案内、船の操縦はうちのやつらを使わせる。村までは同行させるつもりだ。村を拠点とし、任務の経過、必要な資材などはそいつを通じて報告してくれ。君たちの任務のサポートはこちらが全面的に保証する」


「助かります」


「まぁ、君たちは本部の優秀な団員だろう、活躍を期待しているよ」



 ところで、と支部長はあたしの方をちらりと振り返った。突然話が変わった雰囲気に少し驚いたけど、それは顔に出さず彼女の横顔に目を向けた。



「ミヨ団員といったね」


「はい」


「ふむ、君の噂はかねがね聞いている。こんな田舎の支部にも噂の足とやらは届くらしい」



 その言葉に、無意識に眉間にしわが寄ってしまっていたらしい。無言になったあたしにその人の横顔が僅かに緩んだ。その横顔に、一瞬既視感を覚えて、あたしはまた目をしばたかせた。



「そんな顔をするな。なに、嫌味で言ってるんじゃない。まさか、噂の『娘』がこんなに可愛らしい少女とも思わなかったしな」



 どことなく軽い口調でそう口に出す女性は、最初に対峙したときの高圧的な印象とは全く違っていた。それに、見た目に反して案外おしゃべりなのかもしれない。

 というより、階段を上りながらよくそこまで喋れるな。支部長とか管理職は体力が衰えてるもんだと思うんだけど、この人はそれを微塵も感じさせないほどハツラツとしてる。歳も…………たぶん、そこそこいっている、とは思う。

 支部長の意外さに目を丸くしている間に、階段を上りきっていた。ここの支部のメインであろう円形のホールに出てきた一団は、ホールの奥に控える扉の方へと足を進めていく。なんでも、この扉から支部の裏手、ここが抱えている船着き場へと通じているそうだ。

 そう説明をする支部長は、ふと思い出したような仕草を見せてまたあたしの方をちらっと見てきた。



「今回の任務、本部では指令局長が手を回したのかな」



 一瞬、言われている意味が分からなかったけど、任務班構成や準備段取りのことを聞かれてるのかと思ってとりあえず「まぁ、はい」と曖昧に返しておいた。それでどうやら当たりだったらしく、「では実際に顔を合わせたかな」と続けざまに尋ねてきた。



「……いえ、本人が忙しいらしくて代理ね……代理人を通じての通知でしたけど」


「そうか、元気そうで何より」



 あたしの答えに女性は満足そうに頷いて、再び前に向き直った。心なしか、さっきよりも少し雰囲気が柔らかそうに思える。それ以降、支部長が本部の指令局長のことについて話題に出すことはなかった。


 ……何で支部のこの責任者の女性が、局長の話題を出したのかは、何となく想像がついている。名前を聞いたときから妙な違和感はあったけど、どうやらあたしの予想は当たっていたらしい。



「シュバルツ=アレクシア」と名乗ったこの女性は、アイリスの主人である……エルミア教団本部の指令局長、「シュバルツ=アルフマン」と遠くはない関係を持つ人物なのだろうと。

 まぁ、もちろんそんなことはあたしには関係のない話だから、また掘り返すほどの興味もなかったけど。




 裏手に繋がる通路の扉を支部長が押し開けたとき、ひゅっと冷たい空気が頬を撫でた。


 人が横に並んで三人程度の幅の通路は、魔法の光で照らされているのか明るかったけど、空気には少し湿り気を帯びた水っぽい匂いが混じっていた。裏手に船着き場があるということだから、この支部の建物自体が川べりに建てられているんだろうということは想像できる。虫とかカビとか処理が大変そうだな、という感想は胸にしまっておいた。


 通路を抜けた先、その終点に水門を思わせる出口の扉があたしたちを待ち構えていた。支部長に付き従っていた人がその脇に駆け寄り、何か操作している。ここからだとよく見えないが、操作盤のようなものが壁に嵌め込まれていて、その中央にくぼみがあるらしかった。その人が掌をくぼみに当て何事かを唱えれば、水門の中央が円形にぼうっと光った。そこを中心にして、水色の光の線が水門の表面を四方に走る。

 円形の魔方陣が門に描かれて一際強く輝いたとき、音を立てて扉が上へと開いていく。外と中を隔てた扉の隙間から湿り気のある風が流れ込み、あたしたちの足元をゆったりと通り抜けていった。




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