7…ドクターの書斎で
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「もぉ! ドクターったら、あれほど片付けてって言ったのに! 本崩が起きたら私たちすぐ生き埋めよ」
二人の背をゆうに越える書物が山のように積まれている。
「……帰る」
そう言ってカイセイは体の向きを変えた。
「ちょおっと待った! 手伝って。一人じゃぜったい不可能よ」
ソアラがカイセイの腕を引っ張ると、カイセイは不機嫌そうに振り返る。
「深刻な顔して呼ぶから来たのに……なんで僕までやんなきゃいけないんだよっ」
ふぅん……とソアラは腕を組んだ。
「白衣の人に見つからなかったのは誰のお陰?」
「……」
カイセイはしぶしぶ戻り、本を整理し始める。
『Hibernia』『Ard Macha』……
しばらくしてカイセイは手を止め、ソアラの頭上からずぃっと本を降ろして見せる。
「これ」
ソアラは目の前の本をじっと見てから言った。
「そこに置いておいて。分からなくても仕方ないわよ。ゲール語の本だもの」
カイセイは首をかしげる。
「ゲール?」
ソアラは得意そうに話し始める。
「そ、故郷の古語。私の生まれはキラーニィという西の果ての島にある小さな田舎町。ドクターも同じ島出身よ。……身寄りのない私をドクターは同じ土地の者として気にかけてくれて…引き取ってくれたの。3年前に」
「!」
「これは、ママの形見」
そう言って、ソアラは胸元の正十字を手に取った。
「あの沈黙の春から、私の故郷は凍りはじめてる。氷が海岸線を塞ぎいで、冷たい風が作物を枯らした。人も動物も、植物さえも……生きるには厳しいの」
ソアラは手の内のクロスをぎゅっと握る。
「気候だけじゃない。放射性物質のせいで……みんなだんだん弱って、死んでいくわ……運良く生き残っても、なんらかの異常がある……私の眼みたいに」
ソアラの睫毛が頬に深く影を落としたのを、カイセイは静かに見つめてから聞いた。
「ドクターが言ってた。世界は……ソアラのフィルターを通してどんな風に見えるの?」
ソアラは少し考えてから答えた。
「人の顔も景色も、昔見えていたものはぼやけて、透き通ってしまうの。ガラス細工を見るようにね。代わりに人の眼に映らない、形を持たないものがはっきり見える……例えば、心とか」
カイセイは眉をしかめた。
「心……?」
ソアラはふっと息をつく。
「キレイよ。なんて言っていいか………心は光だわ。人の奥からにじみ出る、光の炎。いつも淡く揺らいでる」
「心は……光…」
カイセイのつぶやきにソアラは頷いてみせる。
「でも、それを誰とも共有することは出来ないの。幻だと笑われるわ。触れられないけど、私には手に取るように感じるのに」
ソアラは目を閉じる。少し寂しげなその横顔。
「なのに、あなたときたら」
プッと吹き出すソアラ。カイセイがあまりにも神妙に聞いていたからだった。
「な……なんだよ」
「あなたの場合まったく逆なのよね」
「?」
「変よね……私、あなたの姿少し見えるの。何か私の目に止まる光があなたを包み込んでいるみたい。なのに、心はなかなか見えないわ」
しばらくみつめ合う二人。カイセイはそっぽを向いて言った。
「変なの」
ソアラはとたんに頬を膨らませた。
「そーゆう所がかわいくないんだから。そんなんじゃ女の子に見向きもされないわよ」
カイセイは聞かないそぶりで、本のページをめくり、そのページに目を凝らした。
「今月中旬、南西の空。20時頃から、百年に一度の大流星群……あるけど?」
ソアラも思わず本を覗き込んだ。
「見るしかないじゃない。ケホ……」
気がつけば、部屋中ほこりが舞っている。カイセイが本を一気に引き抜いたせいだ。
「ちょっとぉ空気悪いじゃない……ケホケホ。なんでそんなほこりだらけの取るのよ。しかもそれ、1900年代出版の本よ。ドクターの古書コレクション」
年代が違う。ソアラはがっかりした。カイセイがすかさず問いかける。
「今年は何年?」
「20××……あ…」
ソアラの目が輝き出す。
「そっか、今年がちょうど……」
カイセイも満足そうに頷く。
「そ、その100年後」
カイセイは黙々とその本を読み始めた。ソアラは手持ち無沙汰に他の本に手を伸ばそうとして、止めた。
「ねえ」
ソアラの呼びかけにカイセイは振り返らずに答える。
「なに?」
「もしよ、もし…地球に……」
そこまで言って、ソアラは言葉に詰まってしまう。カイセイは不思議そうに振り返った。ソアラは首を振るう。
「ううん! ……何でもないわ」




