表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/15

7…ドクターの書斎で

✳︎


「もぉ! ドクターったら、あれほど片付けてって言ったのに! 本崩(なだれ)が起きたら私たちすぐ生き埋めよ」

 二人の背をゆうに越える書物が山のように積まれている。


「……帰る」

 そう言ってカイセイは体の向きを変えた。

「ちょおっと待った! 手伝って。一人じゃぜったい不可能よ」

 ソアラがカイセイの腕を引っ張ると、カイセイは不機嫌そうに振り返る。

「深刻な顔して呼ぶから来たのに……なんで僕までやんなきゃいけないんだよっ」


 ふぅん……とソアラは腕を組んだ。

「白衣の人に見つからなかったのは誰のお陰?」

「……」

 カイセイはしぶしぶ戻り、本を整理し始める。




『Hibernia』『Ard Macha』…… 

 しばらくしてカイセイは手を止め、ソアラの頭上からずぃっと本を降ろして見せる。

「これ」

 ソアラは目の前の本をじっと見てから言った。

「そこに置いておいて。分からなくても仕方ないわよ。ゲール語の本だもの」

 カイセイは首をかしげる。

「ゲール?」

 ソアラは得意そうに話し始める。

「そ、故郷の古語。私の生まれはキラーニィという西の果ての島にある小さな田舎町。ドクターも同じ島出身よ。……身寄りのない私をドクターは同じ土地の者として気にかけてくれて…引き取ってくれたの。3年前に」

「!」

「これは、ママの形見」

 そう言って、ソアラは胸元の正十字(クロス)を手に取った。


「あの沈黙の春から、私の故郷は凍りはじめてる。氷が海岸線を塞ぎいで、冷たい風が作物を枯らした。人も動物も、植物さえも……生きるには厳しいの」


 ソアラは手の内のクロスをぎゅっと握る。

「気候だけじゃない。放射性物質のせいで……みんなだんだん弱って、死んでいくわ……運良く生き残っても、なんらかの異常がある……私の眼みたいに」


 ソアラの睫毛(まつげ)が頬に深く影を落としたのを、カイセイは静かに見つめてから聞いた。

「ドクターが言ってた。世界は……ソアラのフィルターを通してどんな風に見えるの?」


 ソアラは少し考えてから答えた。

「人の顔も景色も、昔見えていたものはぼやけて、透き通ってしまうの。ガラス細工を見るようにね。代わりに人の眼に映らない、形を持たないものがはっきり見える……例えば、心とか」

 カイセイは眉をしかめた。

「心……?」

 ソアラはふっと息をつく。

「キレイよ。なんて言っていいか………心は光だわ。人の奥からにじみ出る、光の炎。いつも淡く揺らいでる」


「心は……光…」

 カイセイのつぶやきにソアラは頷いてみせる。

「でも、それを誰とも共有することは出来ないの。幻だと笑われるわ。触れられないけど、私には手に取るように感じるのに」

 ソアラは目を閉じる。少し寂しげなその横顔。


「なのに、あなたときたら」

 プッと吹き出すソアラ。カイセイがあまりにも神妙に聞いていたからだった。

「な……なんだよ」

「あなたの場合まったく逆なのよね」

「?」

「変よね……私、あなたの姿少し見えるの。何か私の目に止まる光があなたを包み込んでいるみたい。なのに、心はなかなか見えないわ」


 しばらくみつめ合う二人。カイセイはそっぽを向いて言った。

「変なの」

 ソアラはとたんに頬を膨らませた。

「そーゆう所がかわいくないんだから。そんなんじゃ女の子に見向きもされないわよ」


 カイセイは聞かないそぶりで、本のページをめくり、そのページに目を凝らした。

「今月中旬、南西の空。20時頃から、百年に一度の大流星群……あるけど?」

 ソアラも思わず本を覗き込んだ。

「見るしかないじゃない。ケホ……」

 気がつけば、部屋中ほこりが舞っている。カイセイが本を一気に引き抜いたせいだ。

「ちょっとぉ空気悪いじゃない……ケホケホ。なんでそんなほこりだらけの取るのよ。しかもそれ、1900年代出版の本よ。ドクターの古書コレクション」


 年代が違う。ソアラはがっかりした。カイセイがすかさず問いかける。

「今年は何年?」

「20××……あ…」

 ソアラの目が輝き出す。

「そっか、今年がちょうど……」

 カイセイも満足そうに頷く。

「そ、その100年後」


 カイセイは黙々とその本を読み始めた。ソアラは手持ち無沙汰に他の本に手を伸ばそうとして、止めた。

「ねえ」

 ソアラの呼びかけにカイセイは振り返らずに答える。

「なに?」

「もしよ、もし…地球に……」

 そこまで言って、ソアラは言葉に詰まってしまう。カイセイは不思議そうに振り返った。ソアラは首を振るう。

「ううん! ……何でもないわ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ