6…ソアラの見る世界
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カイセイとドクターは飲物を片手に、中庭を見渡すことのできる回廊の縁に腰かけた。
「検診……て?」
「気になるかい? Kaisei 」
「!」
カイセイは思わず腰を上げた。この人はまだ自分の名前を知らないはずだ。
「警戒しないでいい。君を追っていたのはArcの――団体の過激派連中だろう。私はここ、SSCで研究者として働いているウォルタだ」
そう言ってドクターは手を差し伸べた。カイセイは恐る恐る握り返す。
「もう体は大丈夫なのか? ソアラの言う通り、君はだいぶ痩せてしまっている。きっとお父さんも今頃君を心配しているだろう」
「……」
黙り込むカイセイの肩にドクターがそっと手を置く。
「私も未だに信じられない……彼とは仕事を一緒にしたばかりだからね」
カイセイはハッとして顔を上げた。
「宇宙背景放射の共同研究? もしかしてあなたは……Dr.Warta Grimwood?」
ドクターは笑顔でうなずいた。
「お父さんからいろいろ学んでいたようだね。カイセイ、君はお父さんに似て賢そうだ」
その言葉に、カイセイは少し恥ずかしそうに俯いた。
「ソアラの検査は、可視光以外の光に順応する、人の視覚の未知のメカニズムを解明し、それを技術として応用するためのものなんだよ」
「未知のメカニズム?」
ドクターの話に引き込まれ、カイセイの声が高くなる。子供らしい声だ。
「そう、一部の虫や鳥は、人に見えない紫外線を感知している。蛇なんかは赤外線も。だが……進化の最たる存在であるはずの人間の視覚領域は可視光帯に限定される、というのが通説だった」
ドクターの話にカイセイはじっと耳を傾けている。
「しかし、ソアラがそれを覆した。あの子は……気付いていると思うが、私達とは明らかに違う世界を見ている。いや、感じている、という方が正しいかな」
カイセイはさっきの不思議な体験を思い出していた。
ソアラはあの時、たしかに自分と同じ風景を見ていた気がした。まるで、自分の心の中に干渉してくるみたいに。カイセイは問いかけた。
「どういう……こと?」
「あの子は可視光帯の色を感じることが出来ない。代わりに、人には感知できないはずの光が見えている。特に感受性が強いのはサブミリ波という波長帯でね」
「サブミリ波ってマイクロ波の一部だよね……まさか」
カイセイは確認するようにドクターを見つめる。
「そう、宇宙を満たす古の光……君のお父さんが研究をしてた宇宙背景放射がそれだ」
言い終えてドクターが隣を見ると、快晴はぽかんと口を開けていた。
「驚いたかい?」
カイセイは急いで頷いた。
「じゃあ、ソアラは背景放射が見えるってこと?」
ドクターは笑顔で頷いてみせる。
「あくまでも一部分だが……そういうことになるね」
カイセイの目に次第に輝きが増すのをドクターは見逃さなかった。好奇心の強さも父親譲りのようだ。
「ソアラの視覚はSSCの維持にも大きく貢献している。サブミリ波の範囲は約900μmと、可視光領域の倍以上に長い。それだけの光を識別できるということは……我々には想像もつかないが、多様で、不思議な……もっと美しい世界を見ているんだと思う。いつか、その世界を共有したいと思っている。広く世にも開示していきたい。――それが私の願いだ」
そう言って、ドクターは中庭を覆うシェルターの天井を見上げた。照明で薄められた宇宙の闇が、のっぺり貼り付いているだけだった。
しかし、ここにもきっと宇宙からの光が降り注いでいる。……ソアラにしか見えない光が。
「大切なんだね、ソアラのこと」
カイセイの言葉に、ドクターは思わずカイセイを見た。一瞬だが、まるで、イクオ博士を相手に話しているような気がした。
――親子とは不思議なものだな。
ドクターは思いにふけりながらカイセイを見つめる。
「ソアラは私の宝だ。ヒナタにとっても君が宝だったように」
そう言ってドクターはウィンクをする。
急に息が詰まるような感じがして、カイセイは思わずその場を立った。それから中庭の奥へ走ってゆき、シェルターの前に立つと、青いビー玉のような地球をしばらくじっと見ていた。




