追っ手
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一週間が経ったが、あれっきり中庭で男の子を見かけない。
ソアラの耳にはマニュアル車のレバーの切り替え音。時々ハミングも聴こえる。自家用車を運転している時のドクターはご機嫌だ。
自動運転が当たり前の世の中、わざわざ手動で運転するなんて、ドクターも少し変わっている。そのためにわざわざ免許も申請したりして……その更新手続きも車の点検費用も相当余分にかかるというのに。
なんでも、「古い人間は色々こだわりたがる」だそうで……どうりで部屋や持ち物にアンティークとか年季の入ったものが多いわけだ。
そんな風にソアラがぼんやりと考えていた時。突然、雑踏の合間から飛び出してきたのはあの男の子。続いて研究衣の人達。周りの人も何事かと次々に振り返っている。
――何かヘン、だ。
「止めてドクター!」
ソアラの掛け声に、ドクターは思わずブレーキを踏み込む。
「あの子、追われてる」
「ソアラ??」
「すぐ戻ってくるわ!」
勢いよく車のドアを閉めて、ソアラは人混みをすり抜けていった。後ろからクラクションを鳴らされ、ドクターは仕方なく車を脇に寄せる。
「やれやれ……」
ずれた眼鏡を元に戻し、ドクターは窓を開けると、ポケットから煙草を一本取り出した。
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SSCには研究施設だけではなく、住居も、それに伴い店や道路、公園などもある。小さな街となんら変わらない。SSCは実験上の箱庭都市でもあるのだ。
この取り組みが成功なら、いずれ似たような都市を地球に造るのだろう。今は荒廃が進む地球に――
「はぁー……」
中央管理塔を囲む、広々とした公園に辿り着いたソアラは男の子の姿を見失ってしまっていた。
「小さいくせにすばしっこいんだから……」
午前とあって通勤ラッシュとは対照的に、ぽつりぽつり犬と散歩する人がいるくらいだった。きょろきょろしながら、ソアラが歩いていた時。
「キャッ」
突然ぶつかったのは、さっき男の子を追っていた研究衣の人達だった。のどかな公園の風景にはあまりに不似合いな。
「……っ」
ソアラはまぶしさに眼をつぶった。研究衣はやたら光を反射するのだ。
つぶっていた眼をうっすら開いて見ると、3人のうち一人は若い女性、二人は男性のようだ。若い方と中年と……おそらく、ではあるが。
女性の研究員が済まなそうに、座り込むソアラに手を差し伸べた。ソアラは「ありがとう」と小さく呟いて自分で立ち上がり、服の裾をわざとらしくはたいてみせた。女性はぎこちなく笑っているようだった。
中年の研究員がすかさず問いかけた。
「ねえ君、この辺りで男の子見なかったかい? これくらいの、君より小さな子なんだ」
ソアラはすませた顔つきで指差した。
「その子なら……向こう行ったわ。あの子何かしたの? 逃げてるみたいだったケド」
最後の方は、わざわざ声を大きくして答えてあげた。
研究衣の人達は周りを見ながらたじろいだ。
「いや何、ちょっと尋ねたいことがあったんでね……ありがとう」
3人がそそくさといなくなるのを十分に見届けてから、ソアラは息を吐き、意識を集中させる。
――どこに……いるの?
レプリカの太陽が一番の高みに昇りだす。最もまぶしい時間。しかし、その中でさえ感じる、視界の片隅にぽつんと、小さな闇の気配。
「もう大丈夫なんじゃない?」
ソアラが迷いなく見定めた先、葉の茂みが揺れて、男の子はソアラの視界に姿を現した。不可解と言いたげな顔をして。
ソアラは近づきながらにこりとする。
「いつから気付いてたのかって? 私にはお見通し。だってあなた、周りから浮いて(沈んで)見えるんだもの」
顔をこわばらせてその場を去ろうとする男の子に、ソアラは呼びかける。
「待って、カイセイ!」
唐突に自分の名前を呼ばれた男の子は、立ち止まり、恐る恐る振り返った。ソアラが近づくのと合わせて後ずさり、不安そうにソアラを見上げている。
「助けてあげて気味悪がられるなんて……ひどく悲しいわ」
ソアラは肩をすくめた。
「あなたのこと……名前も、ドクターから聞いたの。ここにいるのもなんだし、ひとまず一緒に行きましょ。ね?」
そう言ってソアラは服の上から男の子の手首を掴む。
「細い……あなたやせ過ぎよ」
「ただいまドクター、ごめんなさい」
すばやく車に乗り込むと、ドクターが心配そうな顔で後ろを見た。
「心配したぞソアラ。いくら新しいレンズに慣れたからといって、急にあんな人混みの中に……おや?」
ドクターはソアラの隣に座る男の子に釘付けになる。
「連れてきちゃった」
ぺロッと舌を出すソアラ。
「理由はあとでちゃんと話すわ。たくさん走って私達お腹ペコペコなの」
こ・な・い・だ・の・話、とソアラが口をパクパクさせている。ドクターは困った顔で時計とソアラを交互に見る。
ソアラは懸命に人差し指を立てている。1時間だけ、ということらしい。ドクターは溜息をついて「OK」と指で示した。
ソアラは男の子が見つからないよう、自分の上着で覆う。
「このまま研究区までこの子も一緒に……お願い」




