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闇色の心


 地球に暮らしていた頃、闇は至る所にあった。けれど、〈沈黙の春〉を境にソアラの前からは消えていった。


 今、このアトリウムから見える夜宇宙(よぞら)も闇ではなく、常に〈淡い光〉に満たされている。

 それは〈人には見えない光〉がソアラには見えているから――


  電磁波のうち、可視光と呼ばれる380〜750nmほどの波長帯を人間の目は感知し、その範囲でのみ世界を認識している。言い換えれば、人間の目に映らないものはこの世にいくらでもある、ということ。


 大まかに言うと、ソアラの視覚は可視光帯よりも長い波長――サブミリ波帯にずれ込んでいる。そのために、今まで見えていたように世界は見えなくなってしまった。


 空の青はかつての青ではないし、草地もかつての緑ではない。

 記憶の風景と現実の見え方とのギャップに最初はひどく混乱し、部屋に籠りがちになったりもした。


 しかし考えてみれば、この世界のあらゆる事象は、人の眼のフィルターを通して見える残像のようなもの。本当は決まった姿などなく、虫たちは虫たちの、動物たちは動物たちの世界を――色や形を見ているのだ。

 そう割り切って、ソアラはソアラの見える世界を受け入れようとしてきた。


 だが厄介なことに、色の見え方の違いだけではなく、大半の物が透過して見えるようになった。体温などの熱は仄かな光となって生物の体を覆うし、その影響で輪郭がぼやけ、個々の判別が難しい時が往々にしてある。


 おまけに、ここSSC(宇宙科学都市)は、研究用機器の他に、研究者達の衣食住全てまかなう、最先端システムの宝庫なので、あらゆる機器から様々な波長の電磁波が大量に、花火のように飛び交う。


 よってSSC上では、多少の差はあれ、昼夜と屋内外問わず、どこにいても眩しい。宇宙線のような害はないにしろ、逐いち見えてしまう身には大いにストレスなのだ。


 ある日、ソアラの主治医で、保護者になってくれたドクター……Dr.Grimwoodが補正用のコンタクトレンズをプレゼントしてくれた。この世界でただ一つ、ソアラの眼にぴったりの代物。


 最近では、寝るとき以外はこのレンズを付けている。お陰で眼への負担が減って眠りやすくなったし、今まで見づらくて目を細めていた景色も、直に見ることが出来るようになった。


 それでも、ソアラの世界が常に光に満ちていることに変わりはない。

 なのに、あの男の子だけは違っていた。ひんやりと冷えて、暗くて……心地のいい闇。故郷の霧がかりの夜をソアラは思い出す。


 街灯で白くけぶるもやが、薄いヴェールとなって周りを覆い、その向こうにある闇をいっそう混沌とさせていたのを。


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