夜明けの庭で
illustrated by mariy
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「――そっちには何もないわ!」
その声に男の子が振り返ると、数歩先に一人の少女が立っていた。
暗がりの中に浮かび上がる白いネグリジェ。ゆるく編んだ亜麻色の髪を垂らし、くるりと跳ねた前髪の隙間から、きらきら溢れるような眼がこちらを見つめている。
草を踏みしめ、少女は少しずつ近づいてくる。そして目の前に来るやいなや、パネルに宛てがった男の子の手をむりやり引き剥がした。
「ばかな真似はやめて……」
非難を込めた眼に、柔らかな琥珀色を湛えて。
*
まだ皆が寝静まる未明のこと。
いつもそうしているように、ソアラは音を立てないよう、そうっと部屋を出た。
回廊を軽やかに抜けて行くと、横目にはアトリウムになった中庭を望むことができる。庭といってもめぼしいものは何もなく、芝生がどこまでも広がっているだけなのだが。
回廊から駆け下り、芝に踏み入った途端、ソアラは足を止め、天を見上げた。微笑み、鼓動を鎮めるように手を広げ、大きく深呼吸する。
ここでの夜はいつも淡い光に満ちている。
ドーム状に張り巡らされたシールド・ガラスが有害な宇宙線を遮断するので、安心して外の宇宙を見ることができる。閉鎖的な施設の中ではお気に入りの場所だ。
恐い夢を見ると、ソアラはよくここへ来て、歌を口ずさみながら夜明けを待った。すると不安がすうっと遠のいて、また何気ない日常に戻ることができるのだ。
今日も一人、小声で歌いながら中庭を散歩する。
庭の最奥に見える四角い枠組……景観上さりげなく設けられた非常口は、逆にこの施設が絶対安全であるという誇張のようにも思える。
ソアラは急に足を止めた。非常口の前に小さな影がぽつんと見えたからだ。
――誰?
この時間、めったに人など来ないのに……今朝は先客がいるらしい。しかもまだ、子供だ。
ソアラが見守っていると、その子は非常口の横にあるパネルに慣れたように手をかざした。パスワードを次々と読み上げていく。
ポーン……、ポーン……
認証を知らせる音が次々と聴こえてくる。ソアラは空恐ろしくなってきた。なぜあんな小さな子がパスワードを。しかも暗唱している。
――まさか、非常口の外に出るつもり?!
カチャリ。
解錠音が鳴るのと、ソアラが飛び出したのは同時だった。




